「……」
目が覚めた時、俺はまだ夢の中にいるような気分になった。
ここは俺の部屋で、目の前にいるのは俺の妹である西菜だ。
しかし、何故か今の彼女は制服姿ではなく、薄紫色をした浴衣を着ていた。
「……どうしたの?お兄ちゃん」
「え?」
「ぼーっとしてるみたいだけど」
「あ、いや……」
俺が戸惑っていると、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「もしかして、まだ寝惚けてる?」
「かもな……」
「もう、しっかりしてよ」
彼女は呆れたように笑う。
「それより、どうかな?似合ってる?」
そう言って、その場でくるりと回って見せた。
「まあまあかな」「ちょっと!そこは嘘でも『可愛い』とか言っとくところでしょ!?」
「……悪い」
俺は素直に謝った。
「本当に反省してる?」
「してるしてる」
「絶対ウソだぁ……」
「そんな事より、一体どういうつもりなんだ?」
「そんな事って……」
不満げな表情をする彼女を無視して、俺は質問を続ける。
「なんで急に会いに来たりしたんだよ?」
「ん~……何でだろうね」
「おい」
「冗談だってば。ホントはね、お兄ちゃんに見せたかったから」
「何を?」
「私の新しい姿を」
「……」
「あれれ、もしかして感動してくれてる?」
「いや、全然」
「もう、つれないなぁ」
彼女は口を尖らせる。
「まあ、良いけどさ」
そして、俺に一歩近づくと、そっと手を握ろうとした。だが、途中で思い直したのか、すぐに引っ込める。
「やっぱり止めとこ」
「どうして?」
「だって、こんなのただのおまじないだもん」
「おまじないか……」
「うん。お兄ちゃんが元気になりますようにっていう、私からのプレゼント」
そう言うと、彼女は再びこちらに手を伸ばしてきた。
今度は避ける事もせず、じっとしている。すると、彼女の指先が俺の掌に触れた。
ひんやりとした感触だった。まるで氷のような冷たさだ。思わず、反射的に手を引っ込めそうになる。
しかし、何とか堪えるとそのまま彼女の手を握った。すると、彼女は驚いた様子で目を丸くする。
「お兄ちゃん……?」
「どうせなら、もっと強く握り締めてくれよ」
「う、うん」
彼女は戸惑いながらも、ぎゅっと力を込めてきた。俺もそれに応えるようにして、しっかりと手を握る。
「……痛いか?」
「ううん、大丈夫だよ」
そう答えると、彼女は嬉しそうな顔を見せた。その瞬間、心の奥底にあった不安が和らいだ気がした。
「ねえ、お兄ちゃん」
「何だよ?」
「またこうして会えるかな……?」
「それは分からないけど、きっといつか会えるんじゃないか」
根拠なんて無いけれど、今はそう信じていたかった。
「お兄ちゃん……」
「ん?」
「ありがとう……」
それが最後の言葉だった。気が付くと、俺の手を握っていたはずの彼女の手が消えている。
慌てて周囲を確認するが、既にどこにも居なかった。俺は深いため息を吐くと、その場にしゃがみ込む。
「……まったく、何だよ今のは」
誰もいない空間に向かって呟いてみた。当然のように返事は無い。
「お前には色々と助けられたけどさ、結局何も出来なかったじゃないか」
西菜を助ける事は出来たかもしれない。でも、その後に待ち受けているのは死だけだ。
それなのに、俺は彼女を救えなかった。
「……クソッ」
拳を強く握り締める。
「どうして俺は無力なんだよ……!」
その問いに答えてくれる者は誰一人としていなかった。