場に緊張が走る中、余りにも呑気な第一声に思わずハルカは力が抜けてしまう。だが誰よりもその声に反応したのは、現在この場を騒がせるクチートであった。
「っ! 何を!」
『ご安心を。敵意はありません』
「いっ! おー、お前か。ここは……ポケセン? 何で俺、ここに居るんだ?」
「俺?」
クチートは女の子に向かって一直線。ジョーイが一瞬危機感を感じて止めようとするも、それを収める様にサーナイトが片手を前に出して制する。するとクチートはそのまま女の子の元へダイブする様に跳び込んだ。クチートよりは大きいと言えど、女の子はまだ幼いと言える姿だ。その勢いを受け止めて一瞬痛がりながらも、相手がクチートと分かるや否や頭を撫でながら周囲を見回す。その際言った言葉に、一人称にハルカは首を傾げた。
『マスター』
「あれ、サーナ。どうして外に……ってか、どうして俺はここに居るんだ?」
『そうですね。簡潔にお伝えするならあのトレーナーがマスターを見つけまして、倒れていると勘違いされました』
「?」
「いや、そこで首傾げないでよ! 普通あんな所で寝てたら倒れてるって思うよ!」
腕にクチートを抱きながら、というよりも後頭部から繋がる大きな口で背中から抱かれた様な状態でサーナイトから話を聞いた女の子は『何で?』とでも言いたげに首を傾げる。思わずそれにハルカが答えれば、ジョーイも同意する様に頷いた。
それから少し落ち着いた頃、女の子はしっかり椅子に座って左右にサーナイトとクチートが座った状態でハルカとジョーイに相対する様に話をする。
「まぁ、なんだ。色々迷惑かけたみたいだな」
「怪我も無かったみたいだから良かったけど、野生のポケモンが居る場所で寝たら危ないんだからね?」
「こいつが居るから大丈夫だと思ったんだよ」
「うん、聞いたよ。ごめんね、君はこの子を守ろうとしてたんだって聞いたから」
クチートはハルカの言葉にもう気にしていないとばかりに首を振る。そこで女の子が寝ていた件についてはお終い。続いてその素性についての話となった。
「貴女の名前を教えてくれますか?」
「俺はサガリ。……取り合えず、トレーナーだ」
「取り敢えず? あ、さっきから気になってたんだけど、女の子……だよね?」
「あ? お前、俺が男に見えるのか?」
「見えないよ! けど、俺って言ってるから」
「別に、自分の事を現すのに私とかじゃ駄目なんて決まりないだろ? 自然とこうなってたんだ、今更変える気は無い」
「そもそも、貴女の年でトレーナーは無理が……。サガリちゃん、今何歳ですか?」
「今年で……15か?」
「へ?」
「なっ!?」
一人称についてはそれ以上話しをする必要も無いと終わり、サガリの年齢を気になったジョーイの質問によって場は一時的に硬直する。明らかにハルカよりも小さな子供の姿をしながら、その年齢は青年に近しいと言っていい程のものだと言うのだ。流石に信用出来ないと思ったジョーイだが、そんな姿を前にサガリは慣れた様子で分かり易く溜息をついて何かを取り出す。……それはトレーナーカードと呼ばれる一種の身分証明書だった。
「……確かに15歳の様ですね」
「本当だった!?」
「もう疑われるのにも慣れたが、にしてもムカつくな」
『マスターの場合、その見た目ですから仕方ありません』
「はぁ。もう、成長しないのか……俺の身体……」
『そのままのマスターで良いのです。成長なんてしなくても、ふふ』
サーナイトの言葉は慰めなのか本音なのか、それは分からずともサガリは諦めた様に項垂れてから切り替える様に立ち上がる。
「なぁ、シャワーとか借りれないか? 何時までも汚れたままなのは、ちょっとな」
「それなら、案内しますよ」
寝ている間は仕方なかったが、既に起きた身。汚れを落としたいというサガリの言葉にジョーイは頷いてポケモンセンターにある身体の汚れを流せる場所へ案内を始める。その際、サーナイトはボールの中へ。離れないクチートはそのまま共に移動する事となった。
2人が離れて行く姿を見送りながら、ハルカは今日あった出来事を思い返した。同日の朝方にジムへ挑み、ダイゴという男を探して石の洞窟へ行って手紙を手渡し、帰りに女の子を拾ったら自分よりも年上のトレーナーだった。まだトレーナーになって日が浅いハルカだが、この一日はとても大変だったと確信している。
「さて、それじゃあ私はハギさんにお願いして次の街に行こうかな。……また会えたら、今度はバトルしてみたいな」
泊まる場所が無い以上、長居する事も無かったハルカは次の街へ向かう為にポケモンセンターを後にする。
その後、数十分が経ったところでサガリが再び片腕をクチートに抱き着かれたまま姿を現した。
泥だらけだった身体が綺麗になり、その見た目も可愛らしい少女へと生まれ変わった彼女。淡い菫色の髪を腰まで伸ばし、勝気な笑みが似合うその姿は将来が楽しみと言える。が、残念ながら殆ど成長仕切って今の姿である事に本人は絶望していた。
服装は黒の可愛らしいゴスロリチックなもので、胸元には赤いリボンがついていた。下のスカートは少々長めに膝下辺りまであり、動く度に裾が微かに揺れる。彼女の言動とは正反対の愛らしい見た目と服装は、初対面の相手を確実に驚かせる事だろう。
「ふぅ。……なぁ、お前何時までくっ付いてるんだ?」
サッパリしたサガリは腕にしがみ付くクチートへ声を掛ける。恐ろしい後ろの口を背にぶら下げて、愛らしい身体で必死にしがみ付くその姿は相当離れたく無いのだろう。少し困った様子で頭を掻いたサガリは、やがて椅子に座ってクチートを隣へ座らせる。
「ここまで来たって事は、洞窟に仲間とか居ないのか? お前と遊んでた時も確かに他のクチートは見かけなかったけどさ」
『……』
その答えは人とは違う鳴き声。だがサガリにポケモンの言葉は分からず、悩んだ末に彼女は再びサーナイトを呼び出す。
「サーナ、通訳頼む」
『分かりました。……なるほど、どうやらお友達は居ないみたいですね。久しぶりに誰かと遊べてとても楽しかった、と言っています』
「ボッチか。っい!」
サーナイトの通訳を聞いてサガリが反射的に言った言葉へ怒った様にクチートが後頭部の口で甘噛み攻撃をする。だがそれは本当の事であり、つまり目の前のクチートは群れの中で孤立していたのだろう。そしてそこへ現れたサガリと出会い、一緒に過ごす時間が楽しかったのだ。
『彼女を思い出しますね』
「エナは自分から一匹になったんだけどな。……なぁ、クチート。俺の旅、ついて来るか?」
『っ!』
『行きたい! だそうですよ』
「んじゃ、決まりだ。お前はクチートだから、『クー』な。良いか?」
その言葉に大きく頷いたクチート。そしてサガリがモンスターボールを取り出すと、少し離れた場所で目を閉じる。自分へ投げられるのを待っているのだろう。その姿にサガリは笑みを浮かべて、優しくボールを投げた。
「っとと、やっぱ慣れないけど便利だよな。テレポート」
キンセツシティ。そこは島だったムロタウンとは全く違う建造物で囲まれた巨大な街。そのポケモンセンター前に突如としてサガリとサーナイトが現れる。ポケモンの技にあるテレポートを使えば、任意の場所へ行った事があれば行けるのだ。
「こっからフエンタウンにはロープウェイに乗るんだよな。よし、行き先は決まりだ!」
そう言ってキンセツシティを即座に離れたサガリ。旅を再開した彼女はこの翌日、彼女と出会ったハルカがキンセツシティへやって来る事を知らなかった。ハルカがジムに挑んでいる事も知らないのだから、無理もない。何よりサガリは既に3つのバッジを持っていたため、ここへ留まる理由が無かったのだ。