ミナモシティ、マグマ団の基地・カガリの部屋。
「……………………行ってくる」
「……あぁ」
サガリは連れて来られたその何も無い部屋の片隅に追加されたベッドの上で座っていた。
元々カガリとサガリはマグマ団のリーダーであるマツブサに拾われた様なもの。両親は居らず、2人は彼を父親の様に思っていた。サガリは元々家族に対して固執した事は無く、カガリを始めとして極僅かな団員達の様な親しい者達が居れば、それで十分であった。
しかしカガリは違った。家族に固執し、唯一血の繋がったサガリを自分の傍から絶対に離さない。任務の時にも連れて行き、自由な行動を許さなかった彼女に対して徐々に不満を募らせたサガリはやがて彼女の元から離れる事を決心。マツブサが何をしようとしているのか、団員達が何をしているのか、そんな事は元から気にもしていなかった彼女は初めて得た自由で何をするのかを考えて……ジムを巡る様になっていた。
「それもこの前まで、か」
既にサガリの自由は終わっている。元は別の部屋で過ごしていた2人だったが、カガリの権限で同じ部屋に。サガリ本人には外せない腕輪が付いており、基地から出ようとすれば即座にカガリの元へ連絡が飛ぶ様になっている。また、団員達にはカガリから徹底してサガリと接触しない様に。そして外へ出ようとするなら、力尽くでも止める様にと命令が下っていた。完全に自分の部屋へサガリを軟禁するつもりなのだろう。
「ハルカ、大丈夫か……? サーナ達も、どうなった……?」
サガリの相棒であるサーナを始め、4匹のポケモン達は何処かへ没収されてしまっている。カガリがする事なら、野生へ返す可能性もありえるだろう。少なくとも抵抗する手段であるポケモン達をそのままにしている筈が無かった。
同時にサガリはあの場で共に戦い、共に敗北を許してしまったハルカの事も気になっていた。旅の途中で出会い、やがて短い期間とはいえ共に旅をした仲だ。敗北をまだ知らない彼女に圧倒的と言える強さでカガリがトラウマを植え付けるが如く勝利を得て、仲間すら奪って行った。心が強く無ければ、バトルは出来ない程に深い傷を負っていても不思議では無い。
「…………」
「随分暗い顔してるね」
「…………何の用だよ」
「いやぁ、監視って事でカガリ隊長に頼まれちゃってさ。私はそこそこ信頼されてるみたいだね」
突然現れたのは、カガリと共に現れてサガリと戦った少女。サガリの反応を見て何かを考える様に顎に手を当てた後、そのまま少女は同じベッドへ腰掛ける。
「言ったじゃん、君が居ないとつまらなかったんだよ。でもこうして捕まえたら、全然面白くない。キミにはそこそこ期待したんだけどね……まだ、あの女の子の方が見所がある」
「勝手に期待して、勝手に失望してろ。俺はこの有様だ。何も出来ないのは見て分かるだろ?」
「カガリ隊長のキミに対する執着は異常だよ。よっぽど大事にされてるんだね、色んな意味で」
その皮肉にサガリは何も返さなかった。ポケモンを奪われ、自由を奪われた彼女はまるで全てを諦めたかの様。そんな姿を少女は見続けた後、分かり易い溜息をついた。
「あ、そうそう。ハルカちゃん、だっけ? あの子だけど……マグマ団の現れる場所に来ては『サガリちゃんを返せ!』って言いながら団員を蹴散らしてるって話だよ」
「っ!」
「あんな負け方しても、心が折れるどころかキミを取り返そうとするなんて根性あるよね~」
「…………」
「キミはこのままここでお姫様みたいに王子様が来るのを待ってるつもりかい? ん? この場合、お姫様を救いに来るお姫様かな?」
「何が言いたいんだよ……俺に、何が出来る」
「これ、なぁんだ?」
「モンスター、ボール……? まさか……」
少女が取り出してベッドへ転がしたのはモンスターボールであった。その数、4個。その数字が思い浮かばすのは、サガリの仲間達と同じ数。するとボールの内、1つが突然開き中から飛び出したのは……サーナであった。
『マスター!』
「サーナ……治療、して貰えたんだな」
『はい、彼女が私達をポケモンセンターへ運んでくれました』
「他の団員の目を盗んで持って行くの、大変だったんだよ?」
「お前……ほんとに、何がしたいんだよ……!」
自分を捕える為に現れてバトルをした挙句、今の状況を作り上げた張本人の1人でありながら、その行動はまるで逃げ出す準備を整えている様にも思える。サガリは得たいの知れない何かを見る様に少女へ視線を向けるが、向けられた本人は何処吹く風とばかりにベッドから降りて背を見せたまま口を開いた。
「何度も言ってるじゃん。……『キミが居ないとつまらない』って」
カガリの部屋の前には、サガリが逃げ出さないか監視する為に2人の団員が配置されていた。
「ふぁ~、やっと見つかって良かったよな」
「これでカガリ隊長の暴走を止めなくて済むからな。最後の方は座り込んでたが、最初の方は荒れに荒れたし」
適当に話しながらその役を熟していた2人。だがそんな時、突然2人の元に。いや、建物全体に警報が鳴り響き始める。それはサガリに付けられた腕輪が部屋から消失した事を知らせる警報。2人は驚きながら顔を見合わせると、カガリの部屋へ入り込んだ。
「んなっ!」
「居ない……さっきの団員か!」
だがそこは既にもぬけの殻。残されていたのはパソコンに映るカガリとサガリのツーショットだけであった。
「いやぁ、便利だよねーテレポート。あ、服は着替えなくて良かった?」
「他に無いからな。基本、姉貴が全部用意した服だし」
基地の外で突然姿を現したサガリと少女。サーナもそこには居り、サガリを後ろから抱く様にしてテレポートを使った彼女はサガリにお礼を言われながらボールへと戻される。没収したポケモンを使うとは誰も思っていなかった様で、テレポートに対する対策は全くされていなかったのだ。
現在のサガリの服装はハルカと出会った時から旅をしていた時まで、全く変わっていなかった。今回も同じ様に黒のゴスロリチックな服だが、大きく変わった場所が1つ。それは膝下まであったスカートの裾が膝上にまで短くなっていた。そしてそれは本人が呟いた通り、姉の意向である。
「我慢するしか無いか……はぁ」
「良いじゃん、そっちの方が可愛いよ? さて、それじゃあ私も元の私に戻ってっと」
「……それが本来のお前って訳か」
「そう。これが私、ヒガナの本当の姿。で、こっちが……出ておいで、シガナ」
マグマ団の服装から一瞬で別の服装へと切り替わった少女、ヒガナはそのままモンスターボールを取り出して空へと投げる。……そこから出て来たのはゴニョニョであった。
【ゴニョニョ♀】ささやきポケモン
普段は注意しないと聞き取れないくらい小さな声だが、危険を察知すると頭痛を起こす程の大声で鳴き出す。
「ゴニョニョ? お前、ドラゴンタイプ以外のも持ってたのかよ?」
「まぁね。この子はちょっと特別なの。さ、そんな事よりとっとと行こうよ。余り近い場所に長居すると、気付かれるよ?」
「マジでついて来る気か?」
「勿論。その方が面白そうだからね!」
捕える手伝いをしておきながら、今度は脱走の手伝いをしたヒガナ。そんな彼女はサガリの冒険について来ると言う。何が目的で何が本心か分からないまでも、再び得た自由を前にサガリは次に目指す場所を決めようとして……その手を止めた。
「行く宛、無いな……」
「あれ? ジムを巡ってたじゃん。だったらヒワマキシティでしょ?」
「ジム、か……」
「もしかして私が言った事、気にしてる?」
「まぁ、な」
サガリは目的が無かった事から、ジムを巡る旅を始めた。だがそれは彼女にとっての暇潰しであり、ヒガナの言葉を受けた後では前向きに向かえなくなっていたのだ。最後まで戦えなかった自分が、前と同じ様にジムを巡る事が許されるのか……その資格があるのか。
「別に大層な理由は要らないんじゃない? サガリはさ、バトルを楽しめてた?」
「そこそこな。けど、あいつ等は……」
「うーん。変なところで自信が無いんだね。なら、聞いて見れば良いよ」
ヒガナの言葉を聞いてサガリは少し悩んだ末にモンスターボールを4つ投げる。現れたのはサーナ・エナ・キュウ・クーの4匹。内、クーは外に出たと同時に嬉しそうにサガリの腕に頭から生える顎を絡めてくっ付き始める。一方、エナは睨みつける様に。キュウは少し悲しそうにその顔を伏せていた。
「……」
『……』
『……』
『……』
『サガリ―、抱っこして!』
「…………何か言いなよ」
「その、何を言えば良いか分かんないんだよ。……この前は悪かった。俺は、お前らを最後まで信じ切れなかった」
『私はまだ、戦えた……例え勝てずとも、次の奴へチャンスを齎す事は出来た』
『お姉さんもただで負けたりしないわ。必ず妹ちゃんの力に成れる。いいえ、成るの』
「……サーナ、通訳頼む」
『はい』
サーナの通訳によってエナとキュウの言葉を聞いた時、サガリはもう1度『済まない』と謝罪する。あの戦いでは確かに負けていたかも知れない。だがだからと言って早々に負けを認めるという事は、潔い事であると同時に仲間の力を信頼出来なかった事にもなる。
「クーも、ごめんな」
『? サガリ、何処か痛いの? 辛いなら、クーが守ってあげる!』
「へぇー。こうしてちゃんと会話するのを見た事無かったけど、結構従われてるんだねキミは。うん、なら良いんじゃないかな?」
「良いって、何がだよ?」
「ポケモン達はサガリに懐いてる。それはつまり、キミがちゃんと彼女達と接してる証拠。でも一方的な信頼じゃ表面上は成立しても楽しいバトルにはならないよ。ポケモンが主を信頼するなら、主もちゃんと信頼してあげなきゃ。キミは後者が足りてなかった。だから、この前の戦いで諦めてしまった」
「……あぁ」
「でも本心を知った今なら、もし絶望的な状況でも戦えるでしょ? それが出来るなら、トレーナーとして十分だよ。資格なんて無いけどさ、心構えはそれで十分」
笑顔で告げるヒガナの言葉にサガリは4匹へ視線を向ける。全ての目が自分に向かっており、それはどれも暖かく優しいものであった。エナとキュウも最初とは違い、信頼の籠った眼差しをしており、サガリはそんな仲間達を見て理解した様に笑う。
「はは。そんじゃあ、気合入れ直してジムを巡るか。次はヒワマキだ! 相手は確かひこうタイプの使い手。エナとクーには特に活躍して貰うからな!」
『任せろ。この牙で全てを凍らせ、砕いてやろう』
『クーもガブってするよ!』
気を取り直して落ち込んだサガリから元の彼女へと戻った時、ポケモン達も一様にその言葉へ反応する様に鳴き声を上げる。そして4匹がボールへ戻された時、サガリはヒガナへ視線を向けずに告げた。
「……ありがとな、ヒガナ」
「ん? あはは! 今更遠慮なんて要らないでしょ? だって私達、友達じゃん」
「あぁ、そうだな……行こう、ヒワマキシティへ」
こうしてマグマ団の基地から再び逃げ出したサガリは新たにヒガナを仲間に連れて、ジムを巡る旅へと戻った。
一方その頃、おくりび山の頂上では予期せぬ出来事が起こっていた。リーダーであるマツブサが『べにいろのたま』を手に入れ、連れてきていた幹部のカガリに邪魔をしようとするハルカの排除を命令。一度負けた相手でも臆することなく、ハルカはカガリへ挑む。連れ去った友達を取り返す為に。
しかしバトルの最中、突然カガリの元へ緊急連絡が届く。その内容はサガリが再び脱走したというもの。その連絡はハルカの耳にも届いており、カガリはそれを聞いてバトルを放棄。ハルカを置いてそのまま基地へと戻ってしまう。
残されたハルカは『べにいろのたま』と相対する『あいいろのたま』を授けられるが、その頭の中は帰りの道中もサガリの事で一杯であった。
「逃げ出したって事は、今はまた自由なんだよね……なら何処かで会える筈!」
友達の無事を知った事で一先ず安心したハルカ。2人の再会はこれから更に数日後となる。