遊戯王を知らない人が遊戯王に関わる話   作:すずなりゆうか

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食パンにはいちごジャムをつける派です。

───10時30分。

 

ジリリリ、といつも通り煩い目覚まし時計が鳴り響く。外では既にミンミンゼミが鳴き始めて騒がしくなってきた。クーラーが寒いくらいよく効いた部屋の中で、この部屋の主である遊希は布団を深く被ってまだ心地よい夢の中にいた。

 

「くり…。」

 

机の上に置いてあるダンボールからひょっこり顔を出す茶色の毛玉はキョロキョロと辺りを見渡して、何かを確認した。

目線の先に有ったのは、この部屋の騒音の原因である目覚まし時計だった。茶色の毛玉はふよふよとゆっくりと浮遊してベッドの隣りにある目覚まし時計を尻尾で器用に止めると…ベッドで気持ちよさそうに寝ている寝坊助をじぃっと見つめていた。

 

「くりくり」

 

現在の時刻は午前10時38分。

夏休み中だからまだいいが、学校があったらまず遅刻間違い無しの時刻だった。毛玉はそろそろ起きたほうがいいんじゃないか、と心配するように声をかけるが反応なし。

そもそも、目覚まし時計という爆音が鳴り響いていて起きないんだから自分の呼びかけで起きるわけないか…っと、ため息をついたように見える。

 

「く…っ、りぃ!」

 

布団を引っ剥がし、体を擦り付けるように起こそうとしてみるが…これも効果なし。遊希は寒そうに体をブルリと震わせるがそれでも起きない。

───なら、これならどうだろうか。と、毛玉は自らの尻尾を鞭のように撓らせて遊希の顔面へと勢いをつけて叩こうとする。が…今までぐっすり寝ていて起きる気配のなかったはずなのにもかかわらず、パチリと目を開けバッと尾の射程から退いていた。そして、対象を失った攻撃はベッドへと吸い込まれるように───ボフンと、音を立てて不発に終わった。

 

「くりりぃ!」

「……あ、うん。おはよう…」

 

ごきげんがよろしいようで毛玉はくるりと一回転してにこやかに笑っているように見える。一方で、毛玉の攻撃を本能かなにかで察知した遊希はまだ眠そうで、ゆっくりとした動作で時計を目にする。針が指し示す時間は10時50分を僅かに過ぎた時間だった。

 

「あ、朝ごはん食べそこねた!!?」

 

寝ぼけていた目がカッ!と開いてバタバタと着替えを取り出して寝着を脱ぎ捨てるように着替えると扉を勢いよく開け放ち部屋を出ていってしまった。

 

 

 

「───くり、くりくり?」

 

ぽつん、と部屋に取り残された毛玉は困ったようにしばらくは遊希が飛び出していったその先を見つめて…、戻ってくる気配を感じがないところを察すると扉から離れてカーテンをくぐり窓を覗く。外に出てったわけでもなさそうだ。

 

だとすると、まだ家の中にいるのだろうか?毛玉は開け放たれたままの扉からそっと顔を覗かせる。廊下には誰もいない。おそるおそる人の気配がするところまで浮遊して、こそっと覗き込もうとしたら───ベロリ、と全身を何かに舐められた。

 

「くりぃいいいいい!!!」

 

眼前に存在するのは大きな犬の顔。それを認識すると、ふたたび生暖かい舌でベロリと体を舐められ、毛玉はその不快感から天井や壁に跳ね回る。

 

 

「毛玉!?てか、ロン!!またゲージから出たのか!それはおもちゃじゃないぞ」

 

いかにも、『まてまてー…!』って言っているかのように跳ね回る毛玉を追いかける大型犬、ロンはソファに飛び乗り、花瓶をなぎ倒し、植木をぶち撒けた。

 

「お、お母さんに怒られる…っ、ロン、毛玉、止まれ!とまれって!」

 

───スマホで誰かにSOSを…!いや、ダメだ!

 

咄嗟に家族の誰かに連絡を取って、助けてもらおうと思ったが今暴れまわってるのはロンだけじゃない。自分が連れ帰ってきた毛玉もいる…!家族に助けを求めたら毛玉を連れてきたことがバレてしまう…。なら、どうすればいい?どうやって落ち着ければいいんだ…!?このまま放置したら家がもっとめちゃくちゃになってしまうし───。

 

 

「止まれつってんだよ。馬鹿ども」

逃げ回る毛玉を左手で掴み、飛びかかってくるロンに右腕で対応する。勢い余ってロンが腕に噛み付いたがじんわりと広がる血の味と鋭い眼光を向けられたことで興奮は冷め、ゆっくりと口を離し申し訳無さそうに頭を下げていた。

 

「母さんやハナに言いつけないからゲージに帰れし。毛玉は私の部屋な」

「わふん…」

「くりぃ…」

 

とぼとぼとゲージへと帰っていくロンを、今度は脱走しないようにきっちり柵を閉めて、ホッと一息ついた。既に毛玉は部屋に戻ったようでリビングに姿は見えない。遊希は二匹の逃走劇による惨状を軽く片付け終えてから昼食前の軽食としてトーストを焼いて部屋に戻るのだった。

 

 

 

 

「…えーっと、何食べるかわからなかったから食パン焼いてきたけどお前…食えるか?」

 

犬とか猫とか鳥だって食パン…というか、小麦を食べても大丈夫だったはずだから食べても害はないだろうと思ってトーストしてきたわけだが、『そもそもこいつ…口あるのか?』という疑問に辿り着いた。

 

「くり」

 

くりくり、と鳴いていても口が開いている様子は見受けられない。もしかして、生物ながら口がない?いや、口がない生物なんて考えられないから隠れているだけなんだろうけど…どこに口があるんだろう。と、右へ左へとパンの耳を移動させてみる。毛玉の目は動くパンの耳を追って───パクリ。今まで見えていなかった口が一瞬開いて食パンを咥えた。

 

「……口、あったのか」

 

毛で覆われていて全く見えないが、食パンが徐々に短くなっていっていることから咀嚼して食べているんだろう。小さく上下に動いていて…なんとなく、うさぎににんじんをあげている時を思い出す。

 

「うまいか?」

 

───返事は、ない。が、それに応じるように緑に見える瞳が輝いていることからトーストした食パンをお気に召したようだ。

 

毛玉がどれくらいの食事量を必要としているのかはわからないがパン一枚くらいで足りるだろうか?じわじわと短くなっていくパンの耳を見ながらそろそろ自分も…と、カリカリになりすぎないように焼いたふんわりとしたトーストを齧る。

 

「…味気ねぇ」

「くり…?」

「あー…普段はジャムとかマーガリンとか塗るんだよ。何もつけずに持ってきたから…物足りなさがな」

 

なんならいつもは自室ではなく、台所で立ち食いする。そこでなら調味料やらパンに乗せられる余り物のおかずやらがあるのだが…今回はまだ何も食べてない毛玉に食事をさせるためについそのまんま持ってきたのだ。

 

「くりくり」

「そりゃよかったな」

 

縦に4等分した食パンを毛玉に咥えさせつつ、トーストをまた一口齧る。やっぱり、ジャムを塗ったトーストとかの味に慣れているとこれは味気なく感じるが…すぐ側で目をきらめかせる毛玉を見ていると『これはこれでいっか』となった。

 

「そういえば、お前…いつも何食べてんの」

「んく…、くり?くりくり、くりぃ」

「…へ?」

 

毛玉は私に対して『口でモノを食べたのはこれが初めてだよ』『だって、魔力さえあれば生きてられるもん』と答えてきたのだ。

 

「あー…うん、なるほど。お前はオカルトの存在か。つーことは、ケセランパサランはある意味遠くはなかったってことだな」

 

まずい、オカルトに対してあんまり詳しくないのに詳しいですムーブしてたからマジにオカルトに関わると私はまったくの無力だぞ。小学生の頃ならまだしも…。と、一人で戦慄していると毛玉はまた口を開く。

 

「くりくり」

「え…っ、あぁ…。オカルト的な存在に会うのは一度目じゃないんだ。小学生の頃に人には見えないものが見えたり聞こえたり、変な夢をみたりしてたんだよ。だから、ちょっとだけは覚えてるというか…。」

 

小学生の頃だったら、人に見えないものがよく見えていた。私はそれを〈妖怪〉とか〈怪異〉とかと呼んでいたわけだが…今はほとんど見えない。それこそ、目の前の毛玉のように実体があるか、よっぽど力が強くなければ見ることができないほどに成長していくに連れて衰えたというか…、なんというか。

 

「昔みたいに物保ちがいい人も今やあんまりいないし、そもそも見る機会がなくなったのかもな」

「くり?」

「あぁ、物を大切にしてるとそれだけ意思が宿りやすくなるからそれで見えないものが宿ることがあるんだよ」

 

鍋とか鏡とか、古い石板とか像とか壺とか…そういうのって比較的意思が宿りやすいイメージがある。毛玉がそういう類なら…毛玉の付喪神?…に、してはあんまりにも生物じみてるから噂や伝承なんかから自然発生したタイプなのかな?たぶん。

 

「オカルトの類なら…もしかして、お前。他の人に見えなかったりすんの?」

「くり、くりくり」

「だよなぁ…、ロンに追われてたし明らかに実体あるもんなぁ。お前」

 

見えてないならどれだけ都合が良かったんだろうか。ウチの家系は…見えなくても感じやすいから家内は連れ歩けないが、外には連れ出すことが出来そうなのに。そうすれば自由にさせられたんだけど…さすがに無理か。

 

「…あっ」

「くり?」

「お前って、魔力さえあればいいとか言ってたけど魔力を自分で作れるタイプか?それとも外部から取り込むタイプか?」

「くりくり…」

「そりゃ…幼少期とはいえオカルトに関わったからなぁ。魔力で生命維持をしてると聞けば早めに確認する」

「くり。くりくり」

「そっか、それはよかった」

 

此処は魔力が薄いと教えられていたから心配したが、どうやら今みたいに食べ物を食せばそれを魔力に変換できるらしい。たぶん、魔力を得るためにエネルギーも消費してそうだがそこはたぶんカロリーと同じだろう。人間もエネルギーを得るためにエネルギーを消費してるわけだし。たぶん、私がこっそり部屋に食べ物を持ち込めばなんとかなる気がする。

 

とりあえず───今、気になるのは…

 

「毛玉、ちょっといい?」

「くり?」

「パン屑が毛に引っ付いてるから払う。じっとしててね」

 

ゴミ箱を近くに手繰り寄せて宙に浮かんだ毛玉の毛にひっついたパン屑を散らばらないようにサッサと払ってやる。

 

「もういいぞ」

「くり」

 

トーストしてなかったらパン屑なんて付かなかったんだろうけど、今回はカリカリにしてなかったとはいえちょっと焼いたから毛に引っ付いてしまったようだ。私が食べた後も僅かに散らばってしまったし、後で掃除機でもかけといたほうが良いかもしれないな。

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