ポケモンLEGENDS IF〜もしショウが悪堕ちしていたら〜   作:ポポタン

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『ヒカリ』とショウ

 仮面を外した少女、『ヒカリ』の姿を見てローズはまだ受け入れられた。ショウの境遇の全てを知っていて、シンオウ地方にいるヒカリという名前の黒髪の少女のことを知っていたからだ。

 だが、そうではない人間は彼女の姿が信じられない。ムゲンダイナと必死に戦っている子供達は戦いに集中していて後ろを振り向けなかった。途中から加わったマサルに言いたいこともあっただろうに、今はムゲンダイナをどうにかすることしか頭になかった。

 余裕があったのは、ポケモンがひんしになっていてショウとも面識があったダンデくらいだ。部外者は彼くらいしかいないからこそ、自然と口から言葉が出ていた。

 

「ショウが、二人……?まさか、双子だったのか?」

「ふふ、初めましてガラルのチャンピオン。残念、あなたは世界線によってはムゲンダイナと共にある未来もあったのに。ここではダメだったんですね。ショウと張り合って実力を伸ばしてもダメだと、本当にこの世界の法則性がわからないなあ。まあ、もうどうでもいいんだけど。ショウが見付かったから、他の世界のことはどうでもいいんです。あなたのことも、あなたの可能性も」

「……他の世界?」

 

 ペラペラと『ヒカリ』はとんでもないことを話し続ける。

 他の世界のダンデのことを知っていて、ユウリの可能性が半々であったと先程言っていて。その上で安定性のあるというマサルを連れてきた『ヒカリ』。

 これだけでショウとローズは『ヒカリ』がどのように過ごしてきたのか察することができた。できてしまった。

 それはガラルだけでも何回も何回もムゲンダイナを呼び出すこの光景を見てきたということ。それだけ世界を渡って繰り返してきたということ。

 ショウの取った手段が最適解に近いものだったという証左にもなるが、その答えが突き付けられた時のショウの動揺は果てしないものだった。

 

 ショウは、この世界に来て一回目の出来事がこれだ。この六年くらいの時間ですら自分が世界の異物だと感じて苦痛だった。一刻も早く元の世界に、時間に戻りたかった。

 ヒカリという自分とは違う存在が居て、そちらが正しい存在であるかのように近寄ったら身体が透けるという怪奇現象を引き起こすこんな世界に長居する気は無かった。何かの衝動でヒカリが自分に会いに来たら自分が消滅してしまう可能性があるからだ。

 そんな怖い想いをしながら、ビクビクとしながらも帰るための最短手段であるためにジムリーダーにもなってメディアにも出た。それですら恐怖で眠れなかった日もあった。ヒカリに存在を把握されたら、アルセウスが何かをしたら。

 

 自分という存在が何も残さずに消えてしまうのではないかと、アカギ様との約束を守れないことが怖くて怖くて、早くこの日が来れば良いと周期的に存在しない願い星(ジラーチ)に祈り続けた。

 たった六年でこれだ。毎日朝を迎えることに安堵して、自分の想いをずっと仮面で隠して可能性を発掘するために笑顔を浮かべて。自分より弱い子を一生懸命育て上げた。ダンデがムゲンダイナに適合する可能性もあったから、八百長を仕掛けて強くなるように援助した。

 死ぬよりも恐ろしいかもしれない消滅の可能性がずっと頭にこびりつき、それでも日常を過ごし続けた。

 その六年の、何倍の時間を過ごしてきたのかわからない。ショウと同じで『ヒカリ』も外見が固定されているようで、だが絶望しきった瞳が幾星霜も刻を重ねてきたように見えてやるせなかった。

 何倍ではすまないのかもしれない。ガラル以外の手段だってあっただろう。ジラーチに頼ったということは一千年に一度の奇跡に頼ったということ。ヒスイから長い時間をかけてジラーチを待ったのか、ディアルガの力を使ったのかわからないが、何にせよショウよりも苦労したのだとすぐにわかった。

 そんな彼女が、何故今更出てきたのか。ダンデもわからなかったからか問いかけていた。

 

「君は一体誰なんだ……?」

「んー、ショウの代わり?ショウにはやることがあるので。その代わりにわたしがジムリーダーになってあげますよ。……まあ、わたしもこの世界に長く居られるかわかりませんけど」

「……何を言ってるの?何であなたがわたしの代わりなんて言い出すの……?だって、あなたはヒスイに残ってしまったんでしょう⁉︎何度もパルキアの力を使って、ディアルガの力を使って世界を渡ってきたんでしょう⁉︎何でまだ一回目のわたしにこの成功を明け渡そうとしてるの⁉︎あなたの方がよっぽど世界を知ってるのに!」

 

 小首を傾げながらまるで代償行為をしようとしている『ヒカリ』の言葉を理解できずショウが叫ぶ。

 確かに今回のムゲンダイナを呼び起こしたのは全部ショウのやったことだ。『ヒカリ』はマサルを連れてきただけ。そのマサルがガラルを平定に導くなら『ヒカリ』の成果だって大きい。

 そもそもの話、おかしいじゃないか。

 何故一人だけ送り出すのか。ショウの代わりにこの世界に残ろうとするのか。別に二人一緒に世界を渡ってもいいはずだ。

 ショウとしては『ヒカリ』もこの世界は違うとわかって世界を渡るためにこの場に来たのだと推理していた。世界を渡るなんてショウがここまでして、数年かけてようやく引き起こせる奇跡だ。『ヒカリ』は何度もやっているようだが、入念な下準備や何かしらの制約があるのだと考えていた。

 だが、『ヒカリ』の言葉でその前提が崩れようとしている。

 

「そこはむしろ、かな。わたしはもう四百を超える世界線を超えて来たよ。ムゲンダイナは優秀でね、パルキアの力を回復させるには一番のエネルギー源だった。わたしは八十回ガラルを救って、二十二回ガラルを滅ぼしたよ。セレビィの力も借りたし、フーパも頼った。パルデアでタイムマシンの研究も手伝って、同じようなアプローチで機械による他世界への移動ができないかってことも確かめた。

 ……でもね。全部だめ。全部が違う世界だよ。科学技術じゃ他の世界に行けなかったし、ヒカリという存在がディアルガかパルキアを捕まえるまでがわたしやあなたに与えられたタイムリミット。そのどちらかを捕獲するか、最悪のパターンとしてはあのクソッタレ本体がヒカリに接触するとわたしとあなたは確実に別の世界に飛ばされる。アルセウスがそこを基点としてわたし達の世界のアルセウスと同期してわたし達を排除するの。そうやって世界を飛ばされたことが百十八回。その時はもちろん元の世界に戻れなかった。……ヒカリがバッジを七個手に入れたわ。もう時間がないの」

 

 『ヒカリ』の四百回も繰り返した実体験に基づく真実。ショウはそんなことを知らなかった。シンオウは危ないとだけ思ってすぐに逃げた。ヒカリのことだけ調べて、それだけだ。

 一度も世界を渡ったことのないショウでは知ることのできない情報。

 『ヒカリ』が経験したことなら、ショウも同じように適応されるだろうと思っていた。だって同じ存在だから。どうして二人に別れたのかわからないが、目の前の人物が自分だとわかった。

 別世界の同一人物ではなく。『ギンガ団』の幹部アースになり、あのヒスイでポケモン図鑑を完成させたココノツボシ隊員であるという確信があった。

 

 『ヒカリ』側からすれば確認は簡単だ。自分と同じ容姿で、ヒスイの頃のボールとポケモンを誰かに配るなんて考えるのは自分だけ。必死に自分の世界に帰ろうとするショウの瞳を見れば間違いようがなかった。

 ショウから見ても、ヒカリという存在を知っているからこそヒスイのことを知っていてアルセウスを嫌っている人間なんて自分と同じ存在しかいないと確信していた。コンテストが好きで母親と上手くいっている同じ名前の存在がいるのだ。

 アルセウスに世界ごと追放されて、ヒスイを経験している存在なんてどれだけ世界があろうと自分しかいないだろうと脳が告げていた。

 そんな自分が、何故この世界に留まろうとしているのか。

 

「時間がないのはわかったけど、あなたはどうして諦めているの?わたしに会ったのはここが初めて?」

「あなたに会えたからこそだよ。どんな世界にもわたしなんていなかった。ラベン博士のことは少し伝わっていて、あのギンガ団のことも文献に残っていたりしたけど。ショウなんて存在はどこにもいなかったし、そもそも存在していなかったの。……全部、アルセウスのマッチポンプだったわけ」

「は……?どういうこと……?」

「元々、ラベン博士を手伝ってポケモン図鑑を完成させた『ショウ』って少女は。──未来を識って“ヒカリ”って少女を気に入ったアルセウスが“ヒカリ”って少女を模したアイツの端末の名前だったの。そしてわたしの家系はその端末の血筋なのよ」

「……なに、それ……⁉︎」

 

 それでは順序が滅茶苦茶だ。

 本来いた“ヒカリ”という少女を模した女を過去のヒスイに送り、その少女が結果として子孫を残して“ヒカリ”という存在の先祖になる。

 じゃあその最初の“ヒカリ”すらも、アルセウスが作った少女に似ていたからで。血を遡ればアルセウスそのものであり。

 ただ“ヒカリ”という存在を産むために世界線をループさせているようではないか。

 

「気持ち悪いでしょう?わたしもその事実を知ったのはたまたまフーパが『ショウ』を産み出す瞬間の時空に繋いでくれたからなの。すぐにアイツに世界ごと弾き飛ばされたけどね。それからわたしの家系を全部調べて、勝手に世界を飛ばされる理由もわかって。それでも元の世界に戻れる方法を探し続けて。──これだけ失敗して、ようやく希望(あなた)に会えたの」

「……わたしも、アルセウスの端末ってことでしょ?世界を、ポケモンを作れて、実際に人も作り出してるんだから、わたしを産み出すことだってできる……!なら、わたしのこの記憶も、身体も!全部偽物だっていうの⁉︎ジュンを想う気持ちも、アカギ様を慰めたいと思った気持ちも‼︎レッド君に勝ちたいって思った貪欲さも、このガラルで培った相手との繋がりさえも!全部植え付けられた紛い物だっていうの⁉︎」

 

 ショウはその事実に発狂しそうになる。

 途端に自分自身の全てが穢らわしく思えてきた。自分自身だと呼べるような核が、芯が何もかも崩れていく感覚。目眩もして吐き気を催し、呼吸も荒くなっていた。

 こんなところだけ人間のように作られていて。それもアルセウスの遊び心なのだと思うともう立っていられなかった。ローズが隣で支えるが、放心してもおかしくはないことの連続だった。

 そんなショウを、近付いた『ヒカリ』が支える。手を引いて立ち上げる。

 

「逆だよ。わたしが作られてたの。あなたこそがショウなんだよ。あの時アルセウスを殴って、啖呵を切ったのはあなた。アイツにとってわたしはあの滅茶苦茶になったヒスイをどうにかするためのコピー。後のシンオウへと繋げるための奉仕活動を命じられた端末。……あなたの感情もコピーされたから、すぐに反発して逃げ出したけどね」

「……え?」

「だってあなたはヒスイの頃のことはもちろん、アースの時のことも憶えているでしょう?わたしはギラティナを捕獲した瞬間のことは憶えていても、その前のことを全然憶えていないの。アースって名前はきっとあなたにとっても大事なものだったからわたしにも残ってるんだと思うけど、それ以前の記憶が曖昧なんだよ。だから全部憶えているあなたが本物なの」

 

 『ヒカリ』がそう言う。

 自分は偽物なのだとわかったのだと。

 それを証明するような存在がこの世界に現れたことで、確信が持てたと。

 そして自分が世界を巡ってきた理由があったと、穏やかに受け入れられていた。

 

「わたしが世界を巡ってきた理由は、この時のためだったの。確実にあなたが元の世界に戻れるように力を貸すこと。真実を伝えて、今回こそ失敗しないようにすること。四百を超える失敗の先に、たった一回の成功を引き寄せるためのスケープゴートだったんだよ」

「そん、な……。だってあなたはずっと辛い思いをしてきたんでしょう⁉︎世界を渡って、時を遡って!その数だけ別れがあったはず、長い時間あの世界に帰ろうと頑張ってきたんでしょ⁉︎何で諦めたかのように言うの!あなたこそが本物かもしれない、アルセウスがあなたの記憶を封じ込めたのかもしれない!一緒に帰ろう?二人でアカギ様を支えよう?」

 

 ショウは嫌だと、子供のように縋る。

 それは事情を知るローズにも見せることはなかった甘え。彼女は完成されたジムリーダーとしての姿をずっと見せ付けてきた。帰還のことだけを考えて表情を張り付かせ、心に蓋をしてきた。

 そんなショウが、初めて見せた自分への──。

 

「ダメなんだよ。もう、わたしには」

 

 『ヒカリ』が左手を差し出す。立ち上がらせた右手じゃなく、左手を。

 ショウも『ヒカリ』も左利きだ。何かをするなら左手でやろうとするだろう。なのにショウを立ち上がらせるために『ヒカリ』は右手を使った。

 ショウがその左手を取る。

 それだけで、全てがわかってしまった。

 

「ね?だからさ、あなたが帰る前にしようよ。最後のポケモンバトル。元々最強だったあなた。偽物だけど長い時間を生きて技術を培ったわたし。どっちが強いのか、決めよう?」

「……それが、したいことでいいの?」

「うん。これがいい。ジラーチもね、ただのポケモンバトルを楽しんでいたんだ。わたしは帰ることばかりでバトルを楽しもうなんて気持ちが全然わからなかった。ずっとずっとそうしてきたから。戦えば勝てちゃうから。ジュンやアカギ様と戦った時のような楽しさなんて思い出させてくれるようなトレーナーに出会えなかったから。でもあなたなら、きっと楽しいと思うの」

「……わかった。やろう」

 

 二人はバトルをするために少し距離を置く。

 ムゲンダイナはマサルの投げたモンスターボールに収まり、ガラルの空は元通りになっていた。

 この場にいた者が誰もが固唾を吞んで見守る。

 ガラル最強のジムリーダーと。

 シンオウチャンピオンによるバトルが始まろうとしていた。

 

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