ポケモンLEGENDS IF〜もしショウが悪堕ちしていたら〜 作:ポポタン
「グオオオオオ⁉︎」
ディアルガが倒れる。
だが、伝説のポケモンとして倒れるわけにはいかなかった。無理矢理時空の裂け目を開いてちょっかいをかけてきた者を必ず誅伐せねばならんと意気込んで顕現した神の一柱。
ちょっかいをかけてきたギラティナの気配は既にここになかった。それでも呼び出した者の関係者が、ギラティナの波動を纏う少女がそこにいたのだから目標を変えてまずは目の前の小娘を罰することにした。
ヒスイの地にて、同格のパルキアと共に神格化されているディアルガ。刻も空間も、人にはどうにもできない権能であるがために敬われ、畏れられるのだ。そんな畏怖と絶対の力を持ってして神と成る。
そんな人が畏れる、災害と同じ扱いを受ける力の権化。刻を司るという権能だけでも常軌を逸しているのだが、ポケモンとしての強靭さもただのポケモンとは一線を画す。ただのポケモンが相手なら百五十匹が相手でも鎧袖一触で蹴散らせる自信があった。
だが、だが!
そんな人に敬われるはずの一匹が、たった一匹のオヤブンポケモンに、そして少し特別なだけの人間に負けるというのか!
そんな義憤を込めて立ち上がろうとするディアルガ。
オヤブンポケモンは確かに強いポケモンだ。体格というのはそれだけで武器になる。いくらポケモンが不思議な生き物と呼ばれていても、進化後のポケモンの方が進化前のポケモンより強いことが当たり前のように、オヤブンポケモンとはオヤブンと呼称されるだけで強者なのだ。
しかし、格付けとしてはそんなオヤブンポケモンであっても、確実に伝説のポケモンには勝てない。それだけ伝説のポケモンとは産まれからして絶対の存在だ。
それが幾星霜続いた世界のルールであったはずなのに。
ディアルガは特別な少女の指示を受けたマンムー一匹に手も足も出なかった。いくら絶対神がいるとはいえ、ディアルガも神の一柱。ただのポケモンと伝説のポケモンはまさしく絶対的なる隔たりがある。
では、今目の前に広がる光景は何か。奇術師に騙されたのか。そうでもなければこのヒスイに連なる己が地に膝を着けている現状はどういうことか。痛みと震えから実感を得て、幻ではないらしいと確信する。
これではまるで
それは認められないと、四肢に力を込める。秩序とは守られてこそ意味がある。だからこそ、己は刻を任されたのだと。
立ち上がった顎先に、死角から入り込んだ赤と白のボールがぶつかる。意識外の一撃に、ディアルガは『ねこだまし』でも受けたかのように一瞬眩暈を覚え。
次の瞬間には声も出せずに人間の開発した収納機に吸い込まれていた。
暴れようと思っても絶対の力に押し潰されたかのようにディアルガは己の力を発揮できなかった。ただただ開かれていた小さな球体に押し込められて、その暗闇に囚われる。
それが存外苦痛ではなく、むしろ心地良い。そして漠然と感じていた少女の絶対性のカラクリが腑に落ちた。
何かが人間とは違うと本能で察していても、その『何か』に心当たりがなかった。
己を前にして立ち竦むこともなく毅然と立っていたことか。
光の消えた瞳で、己に挑んできた勇気か。
それとも、己さえも前座だと見下していたその精神性か。
違う。どれでもなく、どれでもあった。その全てを内包した人間としては規格外の存在。
ああ、絶対のはずだ。勝てるはずがないとディアルガは神であるのに悟っていた。
悟ってすぐに、ボールは地面に落ちる。花火を散らしたそのボールをショウはヒョイっと拾った。
「はい、終わり。空は……やっぱりこのままか。パルキアも捕まえないとダメかな?それともアルセウスを?どっちにしろ、わたしはやり遂げる。あのジュンを待っている
ディアルガが入ったモンスターボールをポーチにしまい、ショウはもう一度時空の裂け目を睨む。そうすればパルキアが降りてきそうな気がしたから。
顔を上げると、ポーチにしまったはずのボールにポケモンが帰ってくる感触があった。マンムーはまだ出したままで、そこにいる。感触的に四匹が帰ってきたことからショウは後ろの洞窟へ振り返った。
「まさか……!ジュンの実力を見誤った⁉︎」
ダークライにヒードラン、クレセリアとシェイミが戻ってきていた。全員がひんしにならなければ帰ってこないはずなのに、四匹はボールで休んでいた。
すぐにショウはポーチにあったげんきのかたまりを四匹に与える。体力は回復するが、疲れは取れない。この四匹をまたすぐにバトルに使うことはできなかった。
ショウのようなズルをしていなければ、ジュンの手持ちのポケモンは六匹のはずだ。数で負けていても質と練度を考えれば十分にジュンを足止めできる戦力だった。ショウの予想通りジュンの手持ちは六匹だ。
ダークライ達の実力を考えればジュンの手持ちでバトルができるポケモンは一匹か、精々二匹だと考えていた。それだけポケモンの実力が違っていたし、ショウの予想はそこまで外れることはなかった。
むしろダークライ達が頑張りすぎてその予想は外れたのだが、ここに介入した存在のせいで全てがご破算となっていた。
ショウが洞窟を凝視していると、ジュンが歩いてやってきた。その後ろに付き従うように六匹のポケモンが。
その六匹をショウはよく知っている。『ヒカリ』の時に対戦したパーティーのままだった。だけどその六匹が全員
ショウだって回復用のどうぐの存在を忘れていたわけではない。それを加味してもショウの手持ちの中でも随一の耐久力を誇るクレセリアと回復力を持つシェイミ。火力を誇るヒードランと多種多様な搦め手が使えるダークライ。
これらを相手にして無傷なんてあり得ないのだ。たとえバトル後に回復アイテムを使ったからといって、
ジュンの左腕で怪しい光を放って輝いている、かつて自分のスマホにくっ付いていた存在を。
「……そう!そこまでして邪魔をしたいのか!この臆病者め!」
ショウの叫びに反応したように時空の裂け目が更に裂けて、紅い空へ亀裂を作り上げて。
ヒスイのもう一柱の神が顕現した。
ショウの記憶にある姿よりいくらか鋭角になったその神は大地を踏みしめて、世界にその存在を指し示そうと咆哮をしようとする。
それを邪魔したのは、やはりショウ。
「ライチュウ、『ボルテッカー』!バクフーン、『はかいこうせん』!」
モンスターボールを二つ後方に投げて、ジュンから目を離さずに指示を出す。ライチュウは自分の身体に雷光を纏わせて右側面から突っ込み、バクフーンはその顔面に向かって何もかもを粉砕する巨大なエネルギー波を口から吐いていた。
ポケモンの技の中でも最高火力に近しいその二撃を喰らって、咆哮とは全く違う叫びを放つこととなった。
「パルルルルゥゥゥゥッ⁉︎」
「うっさい。……前門のジュンに、後門のパルキアか。……これ、使いたくないけど。やるしかないなあ」
「ヒカリ、もうやめてくれ!お前が重荷を背負うのは見たくない!お前がやらなくてもオレがやってやる!オレじゃお前の負担を肩代わりできないか⁉︎お前に勝てないようなオレだけど、少しくらいは頼ってくれ!オレはお前が何をしたってお前の味方だ!そのポケモンの力が必要ならオレが捕まえる‼︎」
ジュンの言葉を『ヒカリ』は静かに聞き入れる。
それでも静かに首を横に振った。
「ダメなんだよ、ジュン。それは
「じゃあお前を、誰が支えてやれるんだよ⁉︎さっきの人もいなくなってる。コトブキムラの人達もダメなら、誰も知らないこの孤独な世界で、お前を知ってるオレくらいしか味方になれないだろう⁉︎」
「まあ、そうだね。この世界に味方はいないよ。でも、ジュン。あなたもわたしの全てを知らない。あなたが知っているのはあなたの世界のわたし。
「何でもかんでも知ってなきゃ味方にもなっちゃいけないのかよ⁉︎お前がヒカリと別人だろうと、
ジュンの宣言に虚を衝かれるショウ。だがその顔はやはり苦痛に満ちて、怒りで歯軋りをし始める。
ジュンが本心から言ってるからこそ辛かった。今の言葉をショウと同じ世界のジュンも言ってくれるとわかっているから。どんな状況だって味方で居てくれたジュンならきっとそう言ってくれるから。
だからこそ、こんな状況を作り出した元凶に。そしてあえて別世界のジュンを呼び出してショウを気遣っているつもりのアルセウスに。
憎悪の炎が増す。
「……ジュン。本当に味方になってくれる?わたし、たくさんの人を殺しちゃったよ?」
「ああ。お前はそのことをずっと引きずってるように見える。苦悩してるお前は普通の女の子だぜ。まだやり直せる」
「わたし、『ギンガ団』なんだよ?」
「まさか同じ名前の組織が過去にあったなんて驚きだよなー。ここってシンオウの過去っぽいからオレらの知る『ギンガ団』が名前とか使ったんじゃないのか?」
「違うんだよ、ジュン。──わたしは元の世界を憎んでる。
ショウの告白に、ジュンの目が丸く、大きくなる。
そのショウの後ろで三匹のポケモンと神に称されるポケモンの激闘が、まるで音を無くしたかのように思考の外へ弾き飛ばされていた。
「何、だって?」
「わたし、元の時代でも『ギンガ団』なの。幹部のアースなんだよ?褒めて?」
「幹部……?ヒカリが?」
「そう。エムリット達を捕まえて『あかいくさり』を使って。ディアルガとパルキアを使って世界を改変するの。その直前でポケモンと記憶を奪われてヒスイにいたの。──元の世界でも極悪人なんだよ。わたし」
まるで踊るように、軽やかなステップでジュンの周りを巡る。その告白はとても辛そうなのに、踊る姿は途方もなく美しかった。
「ママの野望を挫いて、ジュンの夢の原動力である気概も平坦にして。誰も楽しむことも悲しむこともない最高の世界を作るの。そのために下っ端にはダミーとして適当に暴れてもらって『あかいくさり』を作るための時間稼ぎに、時空連続帯の観測をするための研究費を稼いだりしていたの。
誰もが優しい世界。そんなものはまやかしだよ。だって人間は自分の欲望を制御できないもん。誰だって自分が一番で、自分が救われたいの。それはわたしも、完璧なアカギ様でだってそう。そんな不完全な生き物なんだよ。人間って。
ポケモンっていう不思議な生き物と共存してもその心は変えられない。悪いことをする人はするし、優しい人は優しい。ポケモンのおかげで幸せを感じる人もいれば、ポケモンと関わることで不幸になる人もいる。
じゃあどっちがいい?幸せな人と不幸な人、どっちの意見を取り入れるべき?選べないよね?幸せな人は今の幸せな生活を守ろうとするし、不幸な人は今の状況から抜け出したい。なら選べるのは中間しかないんだよ。
誰もが平等に、何も思わない世界。平坦で平凡で、ただのまっさらな世界。それこそが不平等をなくせる、たった一つだけの正解なの」
踊りながら唄うように自分の想いをぶつける『ヒカリ』。動きも言葉もあってジュンは困惑するが、それでもそんな『ヒカリ』へ正義感からくる一つの反論を絞り出す。
「そんなの、生きてるなんて言えないだろ⁉︎それのどこが人生なんだ!オレの親父を超えるって気持ちも消えるのか⁉︎」
「消えちゃうね。それでも生きてる。ポケモンと共存してるんだよ。──ロトムが非道な実験を受けることもなく、ただ空を飛んでいる。自分の手元にいなくてもいい。自分と出会わなくてもいい。ロトムの意地悪な心もなくなってしまう。──それでも生きて欲しいって、あの人は願ったの。その純真な願いまで否定されるのなら、わたしは本当に世界を滅ぼしてやる。手段も問わずに、こんな不完全な世界を作り上げた神をしばき上げる。それがわたしの望み」
言い終わった後、『ヒカリ』はジュンの目の前にいた。
そして切り傷や潰れたマメがある、汚れを知らない少女の綺麗な手とはまるで違う意志の表れが差し出されていた。
「ねえ、ジュン。こんなわたしでも、本当に味方になってくれる?」
再度の問いに、ジュンは躊躇う。
最初に差し出されていたのなら、強引にでも握り締めていただろう。だが今の話を聞いて、自分の夢や世界中の人のこと、ポケモンのことを想って。
ジュンはその手を、取れなかった。
「──うん。それで良いんだよ、ジュン。むしろこの手を取ったらあなたを軽蔑してた」
「……世界を滅ぼす以外の手段は、取れないのか?」
「無理だよ。ヒスイに来る前のわたしなら、他の地方に行くことを
ヒスイに来る前なら、誰かに世界を知らないだけだと言われて説得されたかもしれない。
だが彼女はもう
また自分やアカギのように苦しむ人間が、ポケモンが出てくるのなら。そんな悲劇の発端である感情を消し去るべきだと。
ジュンは『ヒカリ』を説得できないと項垂れると、『ヒカリ』はジュンからの視線が外れた瞬間にポーチに手を突っ込んである物を引っ張り出していた。
そしてそれを、やはり後ろを見ないまま後方へ投げた。
「パギャアア⁉︎」
それこそはパルキアを抑えるための神具。『あかいくさり』。パルキアを包むほど大きくなった鎖は雁字搦めに縛り付けて、パルキアの一切の行動を止めていた。
そしてそんな隙を『ヒカリ』の前で晒せば、ディアルガの二の舞になるのは当然だった。
パルキアの胸に、小さなボールがコツンと当たる。
たったそれだけのことで『あかいくさり』ごと収縮されたパルキアはボールを揺らすことなく収まっていった。
ノールックで『あかいくさり』とモンスターボールを投げて伝説のポケモンを捕獲した手腕に。自分では絶対にできない所業に。
ジュンは戦慄して一歩引いてしまった。
それは大きな一歩。
『ヒカリ』が次の一手を講じるには十分な、決定的な隙。
『ヒカリ』は本能的に、そうすれば良いと解答が見えていた。だから捕まえたばかりのパルキアをボールから出し、ポーチからは十八枚のプレートを空に投げた。
紅い空は消えてなくなり、青い空が戻ってきた。だが、空にはまだ時空の裂け目が残っている。
そしてその裂け目の淵に十八枚のプレートが循環するようにクルクルと回り続けていた。裂け目が大きくなるたびにプレートも光を発し始める。
「パルキア。わたしをアルセウスの元まで連れていきなさい。空間を司るあなたならプレートもあることだし、あの出無精のグウタラ神のいる場所まで空間を繋げられるでしょう?」
「バアアアア!」
「そう、良い子。期待してる」
パルキアも順従になって、『ヒカリ』のために動き始める。
パルキアの権能が発動したのか、『ヒカリ』が地面から足を離して浮かび始める。時空の裂け目はある場所に繋がり始めたのか、空間の向こうに紫色の広い世界が見えていた。
「ヒカリ⁉︎」
「ジュン、ちょっと待っててね。それと、元の世界に戻ったらあなたのヒカリを大事にしてあげて。たった一人の、幼馴染でしょ?お願い」
そう言って微笑む『ヒカリ』。
記憶を取り戻してから初めて見せた笑顔であり。
『ヒカリ』として初めて見せた、涙でもあった。
パルキアの準備も整ったのか、『ヒカリ』とそのポケモンはできた道へ吸い込まれていく。
「ヒカリーーーーーー!!!」
伸ばした腕も、叫びも、想いも。
時空の裂け目に消えていった『ヒカリ』には、届くことはなかった。