中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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 ──世界は、滅びる。

 

 すべての文明は滅ぼされ、あらゆる命は根絶やしにされる。世界は闇に包まれて、海も地もどこもかしこも血の赤に染まるのだ。

 そんな不可避の終末が今、訪れようとしていた。

 

 それも、かつてこの世界を救った三英雄のひとり、百花の賢者の手によって。

 

 父祖ロゥク・ルゥ・リトグラトはまるで大樹のようなひとだ。穏やかに、ただそこにあって人の世を見守っているひと。遥か昔に何もかもを見捨てて聖域へと閉じこもった森の氏族の、その長の子でありながら世界を救うために立った三人の柱のひとり。

 生きるお伽話そのもの。

 

 彼は長い長いその生涯の中、人の世を愛し見守っているのだと誰もが思った。誰一人として想像さえしなかったことだろう。 そのひとの内側に何があるのか、なんて。

 

 魔王を殺し世界を救ったその賢者がまさか、世界を滅ぼすために魔王を蘇らせようとしている、なんて冗談にしても馬鹿馬鹿しい。

 

 そんな世迷い事を知人が言っていたら、誰だって笑いながら医者にかかるよう勧めるだろう。

 ──まさか、そんなわけがあるか、と。

 

 ルクレは笑えない。

 なぜなら、ルクレもまた、その目論見の片棒を担いでいたからだ。

 というか今現在も担いでいる。

 父祖に逆らうことなくこうして怠惰に生きているというのは、つまりそういうことに等しい。今こうしているうちにも父祖の計画は進行しているのだ。

 

 そうだ、ルクレは悪人で、罪人だった。

 死にたくないばっかりに、あるいは、自分の欲の為に、数えきれないだけの罪を犯してきた。

 

 1度目の人生で、ルクレは父祖に命じられるままに魔物を率いて人を殺している。何人も、何人も。顔見知りも女子供も老若男女の区別なく。

 たぶんきっと、誰かに命令されなくてもそうしていただろう。

 ルクレだって善悪の判別がつかないほど幼い子供ではない。

 あの日の自分はそれがどれだけ悪いことかわかっていて、それでもなお他人を踏みにじったのだ。

 しかもルクレはその後の繰り返しの中でさえ、似たようなことを何度もしてきた。 

 

 その罪悪を知っていてなお、救われたいがために。

 もしくはどうにかして繰り返しの人生から逃れられないか、と。

 

 だから、ルクレの罪は消えない。

 償ったところで、もう決して許されることはない。

 それだけのことをしてきたのだ。自覚はある。

 それも、己の私利私欲のためだけにだ。救えない。

 知りたくないことを前にすれば、耳も目も塞いで閉じ篭った。

 掲げたお題目なんて、別になんだってよかったのだ。

 ただ、自分を認めない世界なんていっそ壊れてしまえばいい、と思った。

 それだけのことだ。

 

 だから、父祖ロゥク・ルゥ・リトグラトが何を思って世界を滅ぼそうと思い至ったのか、ルクレは知らない。知らされていない。ルクレは父祖にとって所詮、使い勝手の悪い駒のひとつでしかないからだ。

 ……昔はその事実がどれだけだってつらかった。まるで、胸に鋭い刃物を突き立てられているように。お前は無価値なのだと言われているようで。

 今はそうでもない。つらくない、とぼんやり思えるくらいにはなった。自分なんかがそんなことを思ってはいけない、と考えられるようになったのだ。まぁ、死に戻りのし過ぎで摩耗してきているだけ、と言えなくもないが。

 ただ、そんな愚かなルクレにもわかることはある。

 

 父祖の計画は、決して一朝一夕にはじめられたものではない。 

 

 そうでなければおかしいのだということくらいは、わかる。

 だってルクレは、世界を滅ぼそうとしている敵のその筆頭たちに育てられた。

 魔王の遺した災厄たち、魔族の手によって。 

 

 ルクレの母親は彼を生んでから二年後に病で死んだ。その十年後に死んだ父も、父祖を恐れてか王城からほとんど帰ってこなかった。顔を合わせたことなんて本当に片手で数えるくらいしかない。そんな人だったから、葬儀のときも大して泣けやしなかった。

 そうして父祖は子育て、というか俗世のことに興味が薄いひとだ。研究以外のおよそあらゆることに向いていない。

 だから、ルクレは自然と使用人に育てられることになった。

 問題は、その本邸の使用人の半数が魔族であったということだった。人間の使用人もいないわけではない。が、彼らは彼らで父祖の信奉者で意思を捨てた操り人形でしかなく、本邸で明確に意思を持って過ごしているのは魔族たちくらいのものだったのだ。

 

 ──魔族。

 

 誰が彼らをそう呼び始めたのか、は歴史書にも記されていない。魔のものである、と自らそう名乗ったという説もあるらしい。

 実際、魔族についてわかっていることはそう多くない。

 

 彼らは死ぬことがない。

 彼らは人とは違う魔法を操る。

 彼らは何度でも蘇ることができる。

 彼らは闇から生まれ、光を憎む。

 彼らは、──およそいきものとして破綻している。

 

 ルクレが知っていることはそれくらいだ。その中には身に染みて思い知らされたことも多い。かれらの顔を思い出すだけで、ルクレの心は自然と冷えて強張った。あまりにも嫌な思い出が多すぎる。

 魔族は、基本的に彼ら以外の生命と共存しえない。

 彼らが望む世界は、それ以外の命にとって文字通りの地獄でしかないからだ。

 

 彼らにとって、吸いこむ空気は毒に汚染されていた方がいい。

 踏みしめる大地は悪意に蝕まれている方がいい。

 世界は暴力と憎悪とに支配されていた方がいい。

 

 魔族にとって命は軽いものだ。

 なぜなら、彼らは死なないから。

 たとえ死んでもまた闇の中から蘇ることができる。

 それもまったく同じ命として。

 

 そのせいもあってか、彼らは命を尊ばない。

 いや、魔族の方からすれば、死ねば二度と蘇ることのない他の命の方が理解できないのかもしれない。

 だから魔王の死後今日まで生き残った魔族の多くは、いまだに各地で暴虐の限りを尽くしている。

 魔物を引き連れ、周りの命を磨り潰し、憎悪を振りまく災害として。

 実は、学院に通う生徒のおよそ半数がいずれ騎士団やギルドに所属することを目指しているのだと言う。そしていつかその一員となって魔族や魔物と戦うために、日々学業に励んでいるのだ。

 すべては、嵐のような暴力から彼らの家族と故郷を守るために。

 

 それくらい、魔族はとかく恐れられる存在だ。

 けれどその魔族の中でも、それでもまだ、ルクレの世話役をしたものはいくらか他種族に理解がある方だった。

 公爵家に仕えている(という体をとっていた)魔族の多くがそうだったのだと思う。人のフリを続けられるだけの理性があるものだけがそこにはいた。

 そうでなければルクレも義妹も、この年まで無事に生きながらえることはできなかったはずだ。

 実際、何度か死にかけたことはあったが、それでもふたりとも五体満足に育てられはした、と言えるだろう。

 精神面はさておき。

 

 ただ、それは彼らの中に善性だとかそういうものが芽生えたから、なんて理由ではない。

 雇い主であり後見であるロゥク・ルゥがそう指示したからだ。

 だから、彼らは生来の悪性を抑え込んで耐え忍ぶように過ごしてきた。

 

 すべては彼らの王を蘇らせるために。

 

 かつて、魔王、と呼ばれた魔族の長によってこの世界は滅亡寸前まで追い詰められたのだという。

 彼、はただそこにあるだけで周囲を毒で汚染し、世界に悪意をばらまいた。

 魔王が巻き散らした憎悪は人の間でも不和の種を育て、魔族とだけでなく人間間での戦争をも引き起こしたらしい。

 あるいは、魔王の毒によって土地が汚染されたことで、酷い飢饉におそわれた地方もあった。あまりの飢えに耐えかねるように、同族を殺してその死体を食べたものまで出た、という伝承が残っている。

 本当に惨い、つらい話だ。

 

 そんな、殺しても殺しても蘇る魔族との戦争と人間同士の争いで人間は消耗戦を強いられ、頼みの綱だった妖精や森の民たちは魔族の穢れを厭ってか、聖域に、森の奥に張った結界の中に引きこもった。

 そうしてすべての希望が潰えたように思えたとき。

 

 その危機に立ち上がったのが三英雄だった、のだそうだ。

 

 業魔を祓う焔をその身に宿したともしびの勇者。

 変革の翼を持ったといううるわしの聖女。

 そうして、魔法に通じ勇者に剣を与えた叡智の賢者。

 

 彼らは悪意に犯された世界を巡っては魔族と戦い、次々に勝ち星をあげた。 

 

 ともしびの焔は業魔を祓う。

 

 あの焔は、闇から生まれ出でた悪意の塊である魔族にも、しんじつ不可逆の死を与える。

 ともしびの焔に灼かれれば、穢れたものはすべて浄められる。たった一握りの灰以外、世界に何も残らない。

 

 そうして三人の英雄は激闘の果てに、ついに魔王を打ち滅ぼしたのだ。

 

 と、建国神話には語られている。

 まったく感動的なお話でヘドが出そうだ、というのがルクレの率直な感想だった。

 あのおじいさまが世界を救ったというあたりが特に信じられない。

 まぁ、お伽話にしか残っていないような時代の話だ。ことの真偽を知っているのは、それこそ今となっては当事者であるロゥク・ルゥくらいのものだろう。

 そしてそのロゥク・ルゥは昔語りを好まない。まぁ、出来の悪い駒と無駄話をするような人ではない、とも言えるが。

 

 だから、ルクレにはわからないことばかりだった。

 

 かつて魔王を打ち倒し世界を救ったはずの父祖が、どうして魔王を蘇らせてまで世界を滅ぼそうとしているのか。

 かつて三英雄の手によって滅ぼされる寸前まで追い詰められた魔族たちが、どうしてその張本人の百花の賢者と手をとって雌伏の時を過ごしているのか。

 

 ルクレにはわからない。

 まあ、その理由も真相もどうでもいいことだ。

 どのみちルクレはあの夏の日に死ぬ。それから先のことなんて、自分には関係ない。   

 

 ただひとつ、確信を持って言えることがあるとするのなら。

 

 

 ──彼らの目論見は文字通り灰燼に帰すのだろうということだけだ。

 

 あの日、ルクレを灼いたあの橙色の焔は、きっと彼らをも灼き払う。

 それだけは本当に確信を持って言える。

 

 滅びは不可避で、世界は悪意に飲み込まれる。

 理性では、頭ではそうなるのだとわかっている。

 けれど、それでも。

 それでも、とルクレは思うのだ。

 

 だいたい、ともしびの焔を持つ者の登場はそもそも父祖の予想外のことだった。その存在を認識した途端、いつも樹木のように泰然としていたロゥク・ルゥが平静さを失ったのをよく覚えている。茫洋とした目が憎悪で揺れたことも。

 シャニは計画の外から場に出てきた、文字通りのワイルドカードなのだ。魔族、という父祖の隠し札を灼き尽くすともしびの焔。ロゥク・ルゥがその計画の妨げになる、と見なすほどの危険因子。

 いや、そうでなくっても、きっとあいつは成し遂げるだろう。

 なにせシャニの抱いた馬鹿みたいに不器用な正義は、どこか祈りにも似て真摯で、決して揺らぐことはない。

 

 だから、きっとシャニは世界を救うのだ。と思ってしまう。

 

 ルクレを殺して、魔族も父祖も、魔王をも倒し、そうしてその果てに、あのばかな正義漢は世界を救う。

 

 遥か昔に、ともしびの勇者がそうしたように。

 

 




 

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