中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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 ──思えばたった二週間の命か。

 

 学院の廊下に這いつくばって死ぬのはいつものことだが、こんなに早く終わるのはもしかしたら始めてかもしれない。

 たぶん最短記録だ、たいして嬉しくはないが。

 

 そんな馬鹿みたいなことをぼんやりと思う。

 ひとつ前の人生の終わりからたった二週間、されど二週間。

 短いようにも長いようにも感じる日々だった。

 思い返してみればどうにも今までの繰り返しでは起こらなかったようなことが起きる、不思議な日々だった。

 少なくともこんな、この冬の時期に魔族が学院内に侵入するなんてこと、思い出せる限り一度も起こりはしなかったことだ。

 変わらないことももちろんあった。シャニの馬鹿さ加減とか、クラスメイトとの関係だとか。二週間のうちに起こったことの大半はこれまでと同じことばかりだった。

 でも、女の体になったことに気づいたあの朝から、心のどこかでほのかに期待をしていたのかもしれない。

 これまでの繰り返しと変わらないことが大半を占めていて、けれど明確に異なることも起きていて。

 

 だから。

 もしかしたら、と思ってしまったのだ。

 

 もしかしたら、何度も何度も繰り返されるこの意味のない人生を、今度こそはどうにか生き延びることができるんじゃないか。

 

 なんて、そんな期待を。

 馬鹿馬鹿しい。期待なんてそんなもの、いつだって裏切られてきたのに。

 そう思ったのに、それでも儚い希望にすがりつかずにいられなかったのは。

 ……本当はもう、死にたくなんてなかったからだ。

 

 つい二週間前はあんなに生きることを諦めきっていたのに、少しでも生き延びる目がありそうならどうしたってすがってしまう。期待なんてものを抱いてしまう。

 

 ──あーあ。ほんと、ばかみたい。

 

 だって、死ぬことも、それどころか痛い思いをすることだって嫌なのだ。嫌に決まっている。痛い思いを喜んで受け入れるのなんてシャニくらいのものだ。

 だというのに、ちっぽけなプライドなんかのために似合わないことをし続けた結果、ルクレはこうして死んでいこうとしている。

 下級生なんて見捨てればよかったのだ。こんなところに行き会った不幸だけを憐れんで。必要な犠牲だった、と後からその死を悼んで。自分が生き延びることを考えるなら、そうするべきだった。プライドなんてそんなもの、捨ててしまえばよかったのだ。

 誰かを助ける、なんてそんなもの『正義の味方』のやることでまかり間違っても悪党のやることじゃない。それこそあの愚直な馬鹿の役回りだろう。今更ひとりふたりの命を救ったところで、これまでルクレがやってきた悪行が許されるわけじゃない。

 なのに。

 

 ──でもまぁ、たまにはこういう終わりも悪くない、か。

 

 750回目の死を前に、ルクレの心はやけに穏やかだった。

 こんなに凪いだ気持ちで死を迎えることは、これまで一度だってなかったような気がした。いっそ愉快にさえ思っているのは、恐怖で感情が痺れ始めているのだろうか。

 

 脳震盪のせいでかいまだに定まらない視界に、一歩一歩ゆっくりと、いっそ悠然とさえした様子で魔族が迫ってくるのが見える。

 死を引き連れて、その体中の傷から闇を垂れ流しながら。

 

 傷口がふさがっていないのは結界の持っている停滞という作用を受けているのだろう。いくら弱っているとはいえ、魔族は魔族だ。ルクレのつけたあの程度の傷なら、すぐに治してしまうはずだ。それができていないということは結界はまだ作用しているということにほかならない。完全に壊れてしまっているわけではないのなら、少なくとも、今すぐに敵の増援が押し寄せてくることにはならなさそうだ。

 そのことでこの目の前の現実がどうにかなるわけではないけれど、それでも、よかった、と素直に思った。犠牲は多分そこまで出ない。ルクレと、あそこに横たわったままの少女だけで済むかもしれない。

 騒ぎに気づいた教員が対処して、その後は父祖の配下がなんらかの手を打つだろう。春が来るまでは、あのひとも学院を守ってくれるはずだ。

 ルクレの足掻きも全てが全て無駄にならない。

 やっと脳の揺れが治まったのか、近づきつつある終わりの気配に活性化したのか、思考回路がぐるぐると巡り始めている。

 今となってはもうすっかり慣れ親しんだ、走馬灯の予感だった。

 脳裏に最初に蘇るのは、二週間前に目が覚めたときの苦痛と絶望。

 女の身体になっていることに気が付いたときの諦念。

 

 ──でも、どうしてあの日の自分はあんなにも生きることを諦めてきっていたのだろう? 

 

 ルクレだって最初からこんなにも絶望していたわけではなかったはずだ。

 700回以上繰り返した人生のうち、はじめの数十回、いや数百回くらいは本気で抗っていたと思う。

 なにせ諦めの悪さだけが取り柄なのだ。

 魔導師になることを諦めきれずに足掻いたように、一度の挑戦では駄目でも試行を重ねれば、と何度も何度も繰り返した。

 シャニにその浄魔の焔で殺されるのが定めなら、彼の手が届かないところまで逃げ延びれば、果ての夜を超えることができるのではないか。

 あるいは、あるいは自ら命を絶てばこの螺旋から解放されるのではないか。とさえ考えたこともあった。

 たった一度、ただ一度でいい。何かが、奇跡が起きれば、と祈りながらもがき続けて。

 

 そうしてその反抗の日々は、どうなったんだっけ? 

 

 

 脳裏を駆け巡る走馬灯は思えばいつも同じ風景で終わる。

 

 何度繰り返しても、何百回繰り返しても。

 まるでそうなることが定められているように。

 

 学院の廊下で、夏のあの夜に、ともしびの焔に身体を焼かれてルクレは死ぬ。

 その道中で、たとえ何が起きても。自ら命を絶とうとしても。

 749回中749回の人生で、ルクレティウス・リトグラト・リィは、あの夏の日までは絶対に生きていた。生かされていた。

 

 ずきずきと頭がひどく痛む。これは魔力枯れのそれとは違う。まるで大きな掌に頭を握りつぶされているような、激しい痛みだった。

 何か大切なことを忘れている気がする。

 とても、大切なことを。

 

 ──じゃらり、とどこかで鎖の音がした。

 うしろだ、と直感的に思う。

 いまだに身動きの取れないルクレの後ろで、じゃらりじゃらりと金属が擦れる音が鳴り響く。すぐ後ろにはさっき身体を叩きつけられた壁があるはずで、そもそも鎖なんてこんなところにあるわけがない。

 日常生活ではあまり聞くことのない、甲高い音が間断なく響く。

 でも、自分はこの音を知っていた。

 そうだ、知っている。

 

 ぶわり、と脳裏を橙色の焔が焼く。

 

「あ、あ……」

 

 思わず声が漏れた。

 どうして忘れていられたんだろう。どうして、どうして。

 零れた声は安堵ではなくて、たぶん、諦念のそれだった。

 鎖の音が、突然ぱたりと途切れた。

 そうしてそれにあわせたように異形の歩みもまた、止まる。

 憎悪しか残されていないはずのバケモノの目に、はっきりと恐怖がよぎっていた。見間違えではないと言い切れるほどありありと現れたおびえの色に、ルクレはその秀麗な顔をゆがめる。

 

 ……おまえたちでも怖いのか。いや、怖いよな、わかるよ。

 

 聞こえないとわかっていて、そもそも口を動かすだけの気力ももうほとんど残っていなかったのだが、ルクレは心の中で化け物に語り掛けていた。

 

 そうだ。僕もずっと、ずっとこわかった。

 あれに、追いつかれることが。

 

 魔族はまるで石像のように固まって動かない。ルクレは叩きつけられたダメージが残っていて動けない。

 夜の闇が忍び寄りつつある廊下はやけに静かで、両者の息遣いだけがやけに耳についた。

 奇妙な緊張状態を裂くように、ルクレの背後から何か、がずるりと伸びてくる。

 

 ──それは腕だった。

 真っ白な腕だ。

 ひとのそれとは思えないほど太く、大きな腕。

 魔族のそれだと言われた方がまだ納得がいくかもしれない。

 その腕は憎たらしいとも思えないほどたくましく筋張っていて、古い傷痕がいくつもいくつも走っている。そこから漂ってくる血のにおいがあまりにきつくて、めまいがしそうなくらいだった。振り返ってその腕の出所を確かめるような勇気はルクレにはない。

 いやだ、と脳が叫んでいる。死にたくない、と泣きわめいている。

 ろくに動かない足が、それでもどうにか逃げようとしてか無意識のうちに床を力なく蹴っていた。それをみっともないと思う余裕さえない。

 これはだめだ。これだけは本当にだめなのだ。

 あたりに色濃く漂う死の気配に怯えてか、魔族もまたぎぃぎぃと耳障りな悲鳴を上げている。

 あれだけ知能が下がっていても死ぬのは怖いのか、と恐怖に痺れた頭でそう思った。

 怖いだろう。だって、魔族は死なないものなのだ。

 死なないはずの彼らの目の前に、けれど今その闇を消し飛ばすような虚無の白が口を開いている。

 

 迷いなく伸ばされた腕はその一切を気にすることなく、掴んだ異形の頭をそのままぐちゃりと握りつぶす。

 

 断末魔は聞こえなかった。

 ひゅ、と喉が鳴る。

 白い腕の先にだらりと黒い肢体がぶらさがっていた。ぴくりとも動かないその様子はどこか真っ黒な炭に似ている。

 その末路を示しているように。

 見たくない。痛いくらいにそう思うのに、目をそらすことができない。

 瞬きさえ忘れて、ルクレはそれを見つめていた。

 蘇ろうとしているのか、びくん、と異形の四肢が跳ねる。

 

 その瞬間。

 

 じり、と火のつく音がした。ついで、薄闇に橙色の火の粉が散る。

 ぶわりと巻き起こった火焔が魔族の身体を一瞬にして包みこんだ! 

 自然の炎ではない、魔導の焔だ。

 そうして次の瞬間には、あれだけ巨大だった異形が骨のひとかけらも残さずに燃え尽きていた。

 ただ、ひと握りの灰だけが床に残っていて、その白い灰さえも吹き込んだ風にあおられて散り散りに消えていく。

 

 それを見届けて……そこまでがルクレの限界だった。

 世界がぐっと遠のいていく。死への恐怖をありありと感じながら、ルクレは逃げるように意識をそのまま深い闇の中へと沈めた。

 

 

 

 魔族を焼いたそれは確かに魔導の焔だった。

 

 業魔を祓い魔族を殺す、浄化の焔。

 シャニ(ともしびの勇者)の他に、この時代の誰も持ち得ていないはずの。

 ともしびの焔、そのものだった。

 

 

 

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