中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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rech4-1 期待するってことは、裏切られるってことなんだ

 

 

「──おまえまで僕の味方じゃないって言うの」

 

 目の前に立つ青年の襟を握る少年の指は血の気を失って大理石のように白く変わっていた。綺麗に整えられた爪の先まですっかり青褪めて、まるで彼の髪の色を写したようだ。

 

「おまえ、まで僕を」

 

 そこに続く言葉を口に出せなかったのは、少年にとって格別の幸運だった。

 そして、最大の不幸だった。

 ぎりりと音が鳴るほど歯を食いしばって、彼はそれ以上の言葉を尽くさずにすっと身をひるがえした。美しい青の髪が後を追うようにたなびいて、けれど青年は彼の後を追ってはこない。

 それでも貴族としての矜持が、自身を守るために育てたプライドが、彼にそれをゆるさない。

 

 背後を未練がましく振り向くことを。

 

 ──見捨てるの、なんてそんな、弱者の戯言を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、ぱちりと目が覚めた。

 まさに最悪の目覚めだった。

 このまま窓から飛び降りでもして死にたいような気分に包まれながら、ルクレはゆっくりと身を起こした。

 

 背筋にはじっとりと嫌な汗をかいている。

 寝ぼけまなこにうつったのは見覚えのない風景で、二拍ほど遅れて自分がいつもと違うところで眠っていたことを思いだした。 

 

 と、同時に己が先ほどまでどんな夢を見ていたかも思いだして、深いため息をつく。

 

 あれは、夢、というよりも過去の記憶、という方がずっと正しいかもしれない。

 

 そうしてたぶん、あれはいちばん最初の自分だ。

 

 シャニに裏切られたと思って、そんなことであんなにも揺らいでみっともなくすがりつこうとした。まさしく醜態だった。

 馬鹿だなぁ、と今のルクレは心底から思う。

 見捨てるも何も、その男は初めから自分の味方じゃなかったのだ。自分みたいな悪党の味方になんかハナからなってくれるわけなかっただけだ。

 

 はは、と過去の自分を嘲って、──がたん! という何かが硬いものにぶつかる音が、寝起きでぼやけて悪夢のせいで後ろ向いた思考を文字通りに叩き起こす。

 

「おい、起きてるかレティ! まずいことになってるぞ!」

「は?」

 

 音の原因は、つい先ほどまで見ていた悪夢の登場人物で、しかも窓からの乱入にも関わらず悪びれもせず、こちらへ駆け寄ってくる。

 やっぱりこいつは窓を出入り口だと思ってるんだなぁ。とそんな場違いなことを一瞬、ほんの一瞬考えた。

 平民だから、だとかはきっと関係ない。ばかだから、外と繋がっているところは全部出入り口に見えているのだ。ばかだから。

 

「まずいことって、なに」

「落ち着いて聞け……! おそらくだが、バレてる!」

「……はぁ?」

 

 バレた、とはなんだろう。心当たりが多すぎる。直近でしたバレてまずいことは放課後、暇を持て余して禁術の解析をしていたことだが……。

 起きたばかりでうまく働かない頭がゆっくりと動き出す。ただし、事態はルクレの脳みそが通常営業を始めることを悠長に待っていてはくれないようだった。

 

「決まってるだろ! ──おまえが女になってることが、だ!」

「はぁ!?」

 

 無防備に飲み込んだその言葉に心の底から驚いて、その驚きを消化できないうちに、ざわざわと遠くの方から騒がしい声が近づいてくるのに気付いた。

 シャニもまた、近づく気配にじっと耳をすましている。

 

「これは……先生方だな。ずいぶん早い。さっきまで職員室にいたはずだが……」

「ああもう! ひとりで急に落ち着くな! っ、ほら、隠れろ! それでしばらく黙ってろ!」

 

 さっきまであんなに、窓から飛び込んできたり叫んだりとうるさかったのに、急にシャニのトーンが下がる。

 どこか自分だけ置いて行かれたような気持ちになりながらも、ルクレは慌ててシャニをベッドの下に追いやった。

 バレたらまずいのはシャニがここにいることだってそうだ。

 その身体がなんとか寝台の下に収まったのを確認してから、シーツの裾野を気持ち床につくように下ろす。

 きちんとした偽装をしている暇はないからこんなもの気休めにもならないが、それでも何もしないよりはだいぶマシだ。

 壁にかけられた時計を見るにまだ起床時間には少し早い。

 あんまりはやくから部屋を出て外をうろついているのは教員によっては懲罰ものだ。さらに言うと、許可なくこんなところに飛び込んできているのは──しかも正規のルート以外で──どう考えても褒められたものではない。

 

 後始末に追われてルクレがろくに心の準備もできないうちに、ばたんと音高く扉が開かれた。

 

 開け放たれた扉の向こうには見慣れた顔と見覚えのない顔とが並んでいる。

 

 先頭に立っているのは、昨夜、つい数時間前に別れたばかりの魔族、ルチウスだった。

 ただ、人間じみて見えるようにと身長はやや縮み、特徴的な光るオレンジの瞳孔は深い黒に塗りつぶされている。

 寝起きに見るルチウスは特に最悪だ。ルクレは思わず顔をしかめた。実家にいたときのことがいやおうなしに思い出される。

 こいつは、修行だか訓練だとか言って寝ていた当時8歳のルクレを砂漠の真ん中に置き去りにしたことがあるのだ。

 今朝の彼女が浮かべている表情は、なんだかそのときにしていたものと似通っているように見えた。ごくりと唾を飲み込む。ルクレの背筋を嫌な予感が駆け抜けていった。

 

「ああ! 起きられましたか!!」

 

 大げさにもほどがある、芝居がかった態度でルチウスが近づいてくる。ルクレは身をすくめて、逃げ場なんてないベッドの上に退路を探した。

 

「坊ちゃん、ああ、坊ちゃん! なんて、なんてお労しい姿にっ!」

 

 よよよ、とルチウスはわざとらしく泣き真似をしてハンカチを取り出して見せた。実際に、蛍光色の瞳孔を隠した黒い瞳には涙が浮かんでいる。

 けれどたぶん、これは笑いを堪えたそれだ。ほぼ間違いなく。

 

「ああ、なんてこと……」

「り、リトグラト君……」

 

 その後ろで頭を抱えているのは副学長で、ほろほろと泣き出したのは担任のミネアだ。

 白衣を着た男、おそらく魔術医だ、の顔は真っ青を通り越して真っ白になっている。

 ルチウスのすぐ後ろにいたらしいニアもただでさえ大きな瞳をぐっと見開いて、今にも泣きそうな顔をしていた。

 

 早朝だというのに教員たちがそろって見慣れたローブ姿なのは、おそらく彼らが文字通り不眠不休でことにあたっていたことの証左だろう。研究にご執心の学長に代わって学院を事実上経営している副学長はロマンスグレーと呼ぶにふさわしいだけまだ見れた身なりをしているが、年若いミネアは取り繕う余裕もないのか髪もローブも乱れきって、表情にだって疲れを隠せていない。

 

「おっと、失敬!」

 

 ルクレが教員たちを見定めている隙に、ルチウスのグローブに覆われた指が、まるで無事を確かめるような仕草で耳朶を撫でた。

 触れられたそこからびり、と魔力が走る。

 

『──坊ちゃんがかけてた魔法ね、わかってると思うけど解けてるよ』

 

 身体を走る魔力が勝手にルクレの耳の中で音を結ぶ。

 ルクレはさっと左手に、魔法の核を仕込んでいた指輪に目をおとした。

 

 銀の輝きは変わらずそこにあって、なのに幻惑の魔法は──ほどけている? 

 

 ルクレはそろそろとその輪に魔力を通した。

 第一、第二。

 昨日使った光矢と盾の魔術の陣はどちらも流した魔力にかすかに反応を返す。

 第四のそれは無反応だ。それはわかっている。

 これに関しては反応する方がおかしい。

 けれど、ルクレを守ってくれているはずの第三の魔法陣からは、返りがない。

 核にいくつもの傷がつけられて、とてもじゃないが発動できる状態ではなくなっている。

 何で、なんて言うまでもない。

 

 ──ノスティーク! 

 

 にこにこと慇懃に笑う黒髪の執事の顔が頭をよぎった。

 あのくそったれの性悪魔族。ぎり、と奥歯を噛み締める。そうしていないと今すぐにでも口から罵詈雑言が噴き出てきそうだった。

 ルクレの体の変化とそれをごまかすための魔法にまで気が付いて、あいつが何もしてこないわけがなかったのだ。

 おそらく昨夜の去り際のあれだろう。

 絶対そうだ、どうしてあのとき気づかなかったのだろう。

 身体を駆け抜けていった風はおそらくブラフで、まんまとそれに気を取られている隙に指輪に仕込んでいた核を狙われて。

 

 幻影という護りを失って、起き抜けで逃げることもできないまま、ルクレは魔法を使ってまで隠しておきたかった秘密を白日の下に引きずり出されてしまった。

 

『ハハ! 気づいた? それでまぁ、魔物の呪いを受けて姿が変わっちゃった~、っていうことになってるらしいから。そんな感じで! よろしくね?』

 

 くすくすという嘲笑まみれの言葉は、にわかには信じられないようなことを次々と告げる。

 ルクレは愕然とした顔で、ちょうどいいことに周りからは女になったことを驚いているように見えるだろう、悲しそうな表情を取り繕うルチウスの顔を見返した。

 伏せられた、彼女の垂れ気味の瞳の奥で悪意の光が瞬いている。

 

 確かに、身体を変化させるような魔導の行使は、しかも他者のそれを変えるほどのものは、人間にはほぼ不可能だ。

 法で禁じられている、というのもあるが術の使用に必要なだけの魔力をまず用意できないのだ。

 

 一方で、魔物が死に際に呪いを残していくことはほとんどない。が、多くないだけで全くないとも言い切れなかった。

 かれらの生態もそうだが、纏う瘴気についてもまだまだわからないことばかりだからだ。

 魔物の死体が残らないということもあって、研究は遅々として進んでいないと聞く。だから、魔物について語るとき、どうしてもきちんと実証されていることとそうではない、伝承めいたものが混じってしまうことは仕方のないことだった。

 実際に、魔物の瘴気にあてられた人間が獣に変わった、なんてお伽話だってあることにはある。

 そうして獣に変わった人間は、魔物の仲間にされてしまったのでした。なんて結末だったと覚えているが、だからといってそれはあくまでお伽話であって何ひとつとして実証されていない。

 こんな馬鹿みたいな話を信じ込ませるなんて酔狂が過ぎる。

 

 ただ。

 ルクレは、可哀想な子どもを安心させようとしています、という風に肩を抱いたルチウスをそっと見あげた。

 ただ、もしかすると魔族たちからすると、勝算のない酔狂でもないのかもしれない。

 

 と、いうのもこの国の法律では、一部の高位貴族に分析系魔術を使うことが禁じられているからだ。

 よほどの事態でなければ、頭の中だけではなく身体を探ることさえ許されていない。

 

 そうしてこの現状をよほどの事態、とあの家は認めないだろう。

 ルクレはそう言い切れる。

 だって、リトグラト公爵家としてはともかく、一般的な貴族の家では嫡男が女でも別にかまわないのだ。

 だいぶ昔だったはずだが、疫病の関係で女性の当主が立った例は何度かあった。他にも、後継者の問題などで女性が家督を継いだ例はあることにはある。リトグラト家では、そうしてこなかったというだけで。

 

 ともかく、そもそも緊急事態に数えられるかの望みも薄く、うちの格だとそれこそ同じ家の者か王族でなければ分析魔術を行使できないことになっていて。

 そうして王族は父祖ロゥク・ルゥに対してその今日までの功績に敬意を表し、不可侵を表明している。

 彼がすでに死んでいればともかく、いまだ健在であり国の守護者としてある以上、救世の英雄とその血族とを疑うことはない、ということらしい。

 かつて世界を救った英雄としてロゥク・ルゥは未だ世界から神聖視されている存在だ。無下に扱うわけがない。

 

 ばかだ、そうでなくても王家は父祖を疑わないのに。

 生まれた子どもを言われるがままに養子に出してしまうくらい、信じ切っているのに。

 

「と、ともかく女子用の制服を準備しないとではないでしょうか?」

「いや、これまで通りの対応を、というのが先方のお話だろう」

「これまで通りと言われましても……!」

「失礼ですが、何か間違いの起こってしまう前に対策をしなくては!!」

 

 それまでただ静かに泣いていたミネアがおずおずと手を挙げる。それを一蹴した副学長の眉間には深い皺が刻み込まれていた。そんな副学長に白衣の男が食って掛かる。

 風向きの変わる気配を、もっと言うなら諍いの火種を感じたのか、ルチウスの目がそちらに逸れた。

 

「に、兄さま、大丈夫ですからね……? 兄さまがたとえ姉さまになっても、わた、私は」

 

 熱を帯びだした教員たちのやりとりをよそに、なぜか同席していた義妹がそっと傍に寄り添ってくる。ルクレの鼻先を、痺れるような甘い花のにおいが掠めた。

 なぜかもクソもない。ルチウスがここにいるからだ。

 おそらく大切な護衛対象をひとりで放置しないために、こんなところまで連れてきたのだろう。ただ、ルチウスがわざわざここに来る必要性があったかというと、ルクレにはないように思えた。

 ニアから離れられないというなら、教員には口頭だけで説明をすればいい。魔物の襲撃なんで大事の後だ。ルチウスにはまず一番にニアの身を守る義務がある。ルクレのことなんて二の次、三の次でよかったはずだった。

 

 けれど、ルチウスはそれをしなかった。

 つまり、嫌がらせと仕事を天秤にかけた結果、嫌がらせが勝ったのだ。そうしてせっかく嫌がらせをしたのだからそれによって驚愕に歪む顔も見ておきたい、とこんなところにまで来た。そんなところだろう。

 そういう享楽至上主義だから滅びかけたんだ、魔族は。いっそそのまま滅んでしまえばよかったものを。

 心の内でしっかり悪態をつきつつ、ルクレはふっと遠くを見つめた。

 

 ──収拾、つくのかな。これ……。

 

「まず生徒たちに昨日の問題をどう説明するかをだね」

「そうです! そうですよ、昨日の事件だってあるんです! だいたい学長はどうしたんですか!! 副学長が出張ってきてどうにかなる問題なんです!?」

「キタニル医師、一度落ち着いて……落ち着きましょう……!」

「私は! 医者として生徒の心の傷の話をしているんです!!!!」

「ええ、そのことは我々としても重く受け止めて」

「重く受け止めてるんですか! あの学長が!!!」

 

 騒ぎはいつの間にかベクトルをぐるりと変えて白熱している、ルクレをベッドの上に置き去りにして。

 

 

 

 

 

 

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