中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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「だいたい、昨日の時点で学院長が出てこないのがおかしいでしょう!?」

「あの方は……おそらくいつもの研究がだな……」

「け、研究より生徒の命が大切、でしょう……!? あの方は何をお考えで……!」

「そうですよ!! 学院長の研究がどういったものか寡聞にして知りませんが、生徒の命よりも重要だって言うんですか!!!」

「いや、そんなことはない! もちろんそんなことはないんだが……」

 

 教員たちの話題はもうすっかり完全に自分や昨日の事件から学院長への不満に変わっている。そうしてふたりから責め立てられる形になった副学長はやや旗色が悪そうだ。返答の歯切れも明らかによくない。

 

 が、ルクレはとりあえずこの論戦を静観することに決めた。

 

 なにせ自分よりずっと混乱している人々を目の当たりにしているおかげで、やっと思考回路が少しずつ回り出したところなのだ。

 この現状をまとめて脳内を整理するくらいの猶予はほしい。

 

 もちろん、心優しいルクレティウスくんとしては、担任であるミネアがやり玉にあげられていたのなら助け舟を出すことだって検討する。

 だが、残念ながら副学長にそうしてやる義理はない。むしろ彼を生贄にささげて余剰の時間ができるのなら大歓迎だ。

 別に、昨日の対応が遅かったことを恨んではいないが。これっぽっちもそんな感情はないが。

 

 ──ふむ。

 

 心の中で腕を組む。

 実際にそうするには少しばかり支障があった。その場にいる人間の大半が論戦中とはいえ人の目もあるし、そもそも片腕をニアにつかまれていて自由にならない。

 ともかく気持ちの上でだけ姿勢を整えた。こういうものは気持ちが大切なのだ。

 

 どうやら先ほどまでの教員たちのやりとりからして、今のところ学院側も生徒が女になった、という異常事態をどうにか飲み込もうとしているらしい。

 ルチウスがよっぽどうまく言いくるめたのか、それとも、実際にルクレの姿が変わっているのを見て飲み込まざるを得なかったのか。

 

 まぁ、半信半疑のまま駆けつけて、実際にその惨状を見たら納得してしまった、というあたりが妥当そうだ。

 なにせ、今のルクレは美少女なのだ。それも、自分でも言うのもなんだがかなりの。

 

 年齢を考えても華奢な体躯。けぶるような長い睫毛。ふっくらとしたまろい頬。

 体格に見合ったちいさな手を花びらのような爪が彩っていて。元からそう目立つほうではなかったとはいえ、喉仏だってきれいさっぱり消え失せた。

 今の己は明らかに前の、男だったころの自分とは違っている。顔は似通っていても、体格はまさに少女のそれだ。

 分析魔術など使わなくとも、胸にさらしを巻いていても、一目見ただけでそうとわかってしまうほどに。

 

 そうして、あの英雄の家の者がこんなくだらない嘘をつかないという思い込みが、教員たちの頭から幻覚や替え玉といったまずありえそうな可能性をかき消してしまっている。

 ニアのあの素直な驚愕もそれを裏付けただろう。

 それを狙ってこの場に連れてきた、とは考えにくいが、怪我の功名と言ったところか。

 

 とにかく、リトグラト公爵家という名前はそれだけの価値を持つものだ。父祖の、たまにわざと薄氷を踏んでいるように思える魔王再誕チャートがうまくいっていたのも過去の功績によるものが大きい。

 

 繰り返すようだが、普通の人間は、かつて世界を救った救世主がわざわざ自分たちが打ち倒した魔王を蘇らせてまで世界を滅ぼそうとしている、なんて考えもしないのだ。

 

 盲点だっただろうな。

 

 ロゥク・ルゥがその正体を、あるいはその目論見を明らかにした瞬間の反応を想像して、ルクレは胸中だけでふっと微笑んだ。

 あいにく自分が死んだ後にあっただろうその瞬間を見ることは叶わなかったが、想像だけならいくらでもできる。

 王宮あたりは文字通りハチの巣をひっくり返したような騒ぎになったに違いない。なにせ、当代の王族は完全にロゥク・ルウを信用して、王女を養子にまで出しているのだから。

 

 ──思考がやや横道に反れたところで、ふう、とひとつ息をついた。思ったより大きなため息になったが、安堵のそれ、というよりは、目の前の惨状に呆れてついたものにでも思われるだろう。

 そもそもそんなことを気に掛けるだけの余裕がある者もいない。

 ルチウスはこちらに注意を払ってはおらず、傍らに寄り添うニアにはどう思われてもかまわないのだ。

 

 とりあえず、この分なら騎士団に引き渡されるだとかそういうことは考えなくてもよさそうだ。いくらリトグラト公爵家と言っても禁術に手を出すことはさすがに許されない。そう思ってこれまで隠してきたが、その方面で責められることにはならないと見ていいだろう。

 少なくともノスティークとルチウスが関わった上でこの顛末なら、魔族たちは女になった己をすぐに放逐するつもりはないのだ。

 

 女に、なったのに。

 己の唯一の価値だと信じていたものを失ったはずなのに。

 それでも、魔王の復活が近づきつつあるはずのこの段階でもなお、まだ彼らは嫡子という存在として己を置いておきたいのだろうか。

 きゅ、と自由な方の手を握る。手のひらに食い込む爪の痛みは鮮やかで、これが夢ではないことを示している。

 

 ……大丈夫。

 それならそれで問題ない。自分が真実嫡子として必要とされることはそもそもなく、どのみちこの周回は捨て札だ。750回も繰り返した無価値な人生の中の、いわば短い休暇。トラブルがいくら起きたとしても、あの白い腕が今回も現れた以上、さして影響はないだろう。あの腕がいる限り、何があってもきっと今まで通りあの夏の日に燃えて死んで、また冬のいつかに戻される。

 それだけのことだ。

 

 そうやって開き直ってみると、ルクレはなんだか自分の腹が空いているような気がしてきた。

 気がする、というか空腹だ。ひもじい。

 それも当然といえば当然だ。 

 思えば昨日の夜から食事をとっていなかった。

 腹に入れたものといえばあのまずい薬湯くらいで、あんなものにカロリーはほとんど存在しない。あれを消化することの方がよっぽど熱量を使っただろう。破滅的な味で食欲がやや失せたりはしたかもしれないとしても。

 だとしても、昨日あれだけ重労働をすれば腹も空く。気を抜けば、今にもみっともなく腹が鳴りだしそうだった。

 

 ──何か、食べるものとか持ってきてくれないだろうか。

 が、そんなことを言いだそうにも教員たちは相変わらず元気よく言い争っていて、ルチウスはその様子をにこにこと機嫌よく見守っている。

 きれいにかぶったはずの人の皮が剥がれかけてるぞ、と思わず忠告してやりたくなった。

 魔族は諍いも好きだ。血を見るのが好きなのだ。あの調子だと、何かが罷り間違って彼らが手を出し合わないかなと期待しているに違いなかった。

 魔術師同士の喧嘩なんておもしろそうじゃないか、なんて考えているはずだ。たぶん、絶対に。

 

 そうしてそんな馬鹿騒ぎの中で唯一いまだ沈黙を守っているニアは、というと先ほどから押し黙ったまま人の手を勝手に撫でさすっている。

 掌やら手の甲やらを細い指先に遊ばれているのは、はっきり言ってとてもくすぐったい。すぐにでもやめさせたいところだったが、義妹の奇行を止めるだけの気力が今のルクレにはなかった。昨日の疲れに空腹も加算されて体力だって底をついている。

 しかし、こいつもこいつで何をしたいのだろう。いつもあまり物を言わないせいで、いまいち考えが読めない。

 

 ──ごーん。

 

 そんな、混沌とした状況を切り裂くように、鐘の音が鳴り響いた。余韻を長く残す鐘の音に、論争を繰り広げていた教員たちがはっと顔を上げた。

 あの鐘が二回鳴れば予鈴。三回鳴れば、授業が始まり、一回なら、起床の時刻を告げている。つまり、もうじき他の生徒たちも起き出してくる時間になったのだ。

 

「おっと、じきに朝礼か。──場所を変えましょう。昨日のことにしろこの件にしろ、他の教員たちとも協議しなくては」

「ええ、ええ。もちろんです! あ、当然ですが学院長も引きずり出してください! 責任の所在をはっきりさせませんと、生徒たちも不安がりますから!!」

「そうですねぇ。それより、その朝礼って私も参加してもかまいませんでしょうか? ああいえね、昨日の不始末のお詫びと、当家の坊ちゃんのこととお嬢様のこともお話させてもらいませんと! ……おっと! ですので、ニア様~いったんこのルチウスめと一緒に行きましょうね!」

「は、はい……兄さま、また後程」

「あ! ああ……! あの、ルクレティウスくん」

 

 足早に部屋を出ようとする副学長にキルニスと呼ばれていた医者が追いすがった。さらにその後をルチウスと、彼女に連れられたニアも名残惜しげに続く。

 やっと解放される。と去っていく背中たちを見つめていると、ミネアだけが慌てたようにぱたぱたと近づいてきた。

 

「はい、セーニャ先生。なんでしょう?」

 

 名前を呼ばれたので柔らかく微笑んで見せると、わかりやすく頬が朱に染まる。

 美しい、ということはやはり時に罪深いなとしみじみと思った。

 ちょっと微笑んだだけでこうして人を魅了してしまうのだ。

 少女の姿の方がウケがいいらしいことは複雑だが、ルクレの美貌に変わりはない。こんな絶世の美少女相手に仏頂面を崩さないのは、あの鈍感系不器用男くらいのものだろう。なお、魔族は除くものとする。

 

「と、突然のことで驚きましたよね……? あ、あの、念のため、今日はゆっくりおやすみされていてください。先生も、会議が落ち着いたらまた来ますから」

「そんな……! 僕のことなら大丈夫です。それより、先生の方こそお休みになってください」

 

 昨夜から寝ていらっしゃらないのでしょう? そう問いかけるとふるふると首が降られた。嘘だ。頬が照れて赤く染まっていてなお、十分な睡眠時間をとった人間の顔色には見えない。どちらかというと死体に近い疲労感だ。目の下の隈も、日頃よりくっきりと色濃く浮かんで睡眠不足を主張している。

 だいたい、完全な善意からの申し出ということはわかるが、戻ってこられる方が都合が悪いのだ。

 なにせ教員が近くにいると、悪だくみができなくなってしまうので。

 

「先生は、大丈夫です。休みましたし、なにぶん頑丈ですので……な、何かあったらベルを鳴らしてくれたら、キルニス医師は……しばらく会議で外されますが、他の方もすぐ来られますから」

 

 ルクレの思惑になど気づいていないのか、頑なにそう言ってのけたミネアはローブの懐からそっと小さなベルを取り出した。

 サイドテーブルへ置かれた黄金色のそれは、おそらく魔導具の類だろう。木製の持ち手から金属製の鐘にかけて、伝令魔術の陣が刻まれている。

 

「結界は、もうすっかり元通りです。それに、学院の中にも魔物の残党は一匹たりとも残っていません。ええ、あの、なので、ゆっくりおやすみされてくださいね……ね?」

 

 生徒を安心させようと、ミネアはそっと、ぎこちなく微笑んで見せた。先ほどルクレが見せたそれと比べるとあまりにも疲労困憊の、お粗末な笑みだったが、たぶん込められた思いに関して言えばよっぽど純粋で誠実だっただろう。

 

 疲れ切っていてなお生徒思いの教員に敬意を示して、ルクレは素直に頷いた。

 このひとにこれ以上の心労をかけるのはあんまりにもかわいそうだ。たぶんこの後の会議とやらで、文字通り骨の髄まで疲れ果てることになるのだろうし。

 自身が庇護すべき生徒にそうやって憐れまれているとは知らないまま、ミネアもそのくたびれたローブの裾を翻して立ち去っていく。

 

 そんなばたばたとした退場劇だったせいか。あ、食事のことを伝え忘れた、と思いだしたのは、全員が部屋を出て、呼び止めることはおろか呼び戻すことさえできなくなってしまってからだった。

 

 タイミングをすっかり逃したルクレを嘲笑うように、ぐう、と音高く腹が鳴った。

 

 

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