中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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 interは本編外の、いわゆるおまけ要素です
読み飛ばしても問題ありません



inter.4 あなぐらのぬし

 

『穴倉』の扉に手をかけるとき、ルクレの胃はいつもキリキリと痛んだ。

 胃痛の原因は主にストレスだ。

 恐怖と、憎悪と、怯えと。そんなものを感じている己への羞恥。複雑な感情が入り混じって胃腸に大きく負担をかけている。臓腑から苦い液があがってくるほどの疼痛にさいなまれながらもルクレは扉の前に立たなければならなかった。

 

 穴蔵の中には化け物がいる。怪物だらけのこの屋敷の中でも、指折りに自分と相性の悪い相手が。

 寝ているといいと思う、いっそそこにいなければいい。

 でも、そいつはたいていそこにいる。

 眠っていることはほとんどない。基本的に、魔族には睡眠も食事も必要ないからだ。

 

 穴蔵の中でそいつ、イウミュアナは、床から天井まで所狭しと詰め込まれた魔導具の合間を踊るように見回っている。桃色をした短い髪とやけに短く足を露出したメイド服の裾とをひらひら揺らしながら。

 イウミュアナは、メイド服を着ているけれどメイドではない。

 魔導具技師だ。

 服装はただただ趣味なのだという。その趣味が本人のものなのか、それとも伴侶であるノスティークのものなのかは定かではない。どうしてメイド服なのかも、だ。

 が、ノスティークの趣味だったならおもしろいのでルクレはそう思うようにしていた。実際のところはどうだっていい。あの皮肉屋が恋人にメイド服を着せるなんてなんとも俗っぽくて笑える話だ。そう思っていれば日頃の溜飲もいくらか下がる。

 そんなイウミュアナの主な業務は屋敷に保管されている魔道具の管理。それからそれらの調整だと聞いていた。いつ使われるのかも定かではない魔導具を、いつでも使える状態に保つこと。それがそいつの仕事だった。

 

 ぎぃ、と軋んだ音を立てて穴倉へ続く丸扉が開く。

 この狭い穴倉の室温と湿度、そして魔力はいつも一定に保たれている。学院の結界の内部と同じように。

 というより、学院で使われているイルミトセの天蓋の試作品がここに保管されているのだ。試作品であるためいくらか機能は劣るが、狭い穴倉には十分に作用していた。穴倉というだけあって屋敷の地下にあるというのに、ここはいつだってからりと乾いている。

 ぼんやりとした薄黄色の灯りが照らす細い道をルクレはゆっくりと歩いた。

 ここはいつどこを見ても汚れやごみはおろか埃のひとつも見当たらない。ネズミや虫が生きていけないほどに掃除が行き届いている。穴倉の主の仕事の成果だ。その偏執的な手つきを思うとどうにも胃液がこみあげてくる。苦く生ぬるい酸が食道をじりじりと焼いた。最悪の気分だった。

 それでもルクレが、胃が痛むほど寄り付きたくない場所にそれでもわざわざ足を運んでいるのにはわけがあった。

 

 ──本邸には『リディキオンの楼閣』という魔導具がある。

 小さな机くらいの大きさで、千年樹の台座の上に太さが異なる精霊鋼が半球を織りなすそれを、別名『空論の机』と言った。

 それは、特定の制約を満たさなければ作動しないような魔法さえ作動させられる、という理外の魔導具だった。もっともそれはこの魔導具の中でのみの話だ。発動させた魔法で現実に影響を与えることはできない上、制約の内容をかなり厳密に設定しなければならなかったり、魔法陣を一分の歪みもないほど精緻に描かなければならなかったりと発動までの条件は厳しい。

 たとえば勇者の剣であれば、魔法陣もそうだが、発動に必要となるともしびの魔力の性質を詳らかにしなければならない。机上の空論であってもそれを語るだけの論拠を示す必要がある。

 ただし、それだけの労力を傾ける価値がある魔導具だ。ルクレはそう思っている。なにせこれで魔法を再現することができれば、少なくともその魔法陣と理論は正確だという何よりの証明になる。遠い昔に失われた魔法に再び息を吹き込むことができるのだから。

 けれどその魔導具は、厳重に魔術鍵がかかった小部屋にしまいこまれている。世界に片手の指ほども現存していない稀少なものだ、仕方ない。

 そんな貴重なものだったが、以前は他の魔導具と比較してもよく使われていたらしい。地下階段を下りて向かわなければならない穴倉から便利のいい二階の小部屋に持ち出されているのはそのためだった。ルクレはそう聞いている。だが、今ではほとんど使われていない。そのはずだ。少なくとも自分以外にこれを使用している者を見たことはなかった。

 その部屋の鍵がここ、この穴倉に保管されていた。

 と、いうかルクレからすると困ったことに、たいていその鍵をイウミュアナが持ち歩いているのだ。父祖は鍵がなくても部屋に入れるし、その他の誰も『楼閣』に用事がない。そのせいで万事が万事、イウミュアナの裁量に任されてしまっている。

 はぁ、と深いため息がこぼれた。あの鍵がイウミュアナの手になければ、こんな胃痛と付き合わずに済んだのだ。

 そうやって考え事をしているうちに、細い道の先がやや開けた。やっと穴倉へとたどり着いたのだ。

 穴倉は広さはそう広くないのだが、天井がやけに高い。なんらかの魔導が作用しているのだろう。降りてきた深さと比べても部屋の天井が明らかに高すぎる。

 整然とした、とはとても言えない物の溢れ方をしているその場所をルクレはぐるりと見渡した。けれど、そこには目立つ桃色の頭も白黒のメイド服の影もない。物の陰に隠れているのか、あるいは。

 どちらにしろいちいち探すのは面倒だ。ルクレは壁をこつこつと叩きながら声を上げた。

 

「──どこだ、イウミュアナ」

「……ハーイ、ここだよぉ? またあれ使いに来たのかなぁ?」

 

 それ以外で坊ちゃんはこんなとこ来ないもんねぇ。

 にやにやと笑いながら、イウミュアナが上から降ってくる。道理で見当たらないわけだ。天井に吊り下げられた魔導具の調整をしていたのだろう。足の踏み場がなかなか見つからない床の上に、そいつはそれでも器用に隙間を見つけて着地してみせた。ふわり、とメイド服のエプロンが風をはらんで膨れる。

 

「ぷーくすくす、それで? それで? 今度は何をやらかす気ぃ?」

「おまえに言う必要があるのか?」

「なーい! でもさぁ、このまえの翼のアレで懲りなよねぇ」

 

 この前。翼のあれ。……去年の秋休みのことだろうか。

 前科を持ちだされて心の中で顔をしかめた。一年も前のことを持ちだしてくるなんて相変わらず根に持つやつだ。それはルクレからするともう終わった話なのだが。

 去年の秋休み、確かにルクレは例の小部屋の壁を二枚ほど吹き飛ばしている。

 ただ、聖女の持ちえた奇跡の翼、なんて大魔法の再現を試みてあの程度の損壊で済ませたのだ。壁の一枚や二枚かわいいものだろう。ルクレとしては己に責はないと主張したかった。大いなる成功にいくらかの失敗はつきものであることだし。

 折檻を長引かせないために口を閉ざしているだけの理性はあったのであの時はおとなしく反省してみせたが、今でも自分が悪かったとは思っていない。

 繰り返すようだが、成功への道は失敗でつくられる。というのがルクレの持論だ。要はあの日の失敗を今後の試行に生かせばいいのだ。

 

「だいたいあんなのねぇ、再現できっこないんだから! ああいう生得魔法は血か魂に根を張ってるんだもん、条件を解き明かしたりなんて絶ッ対にできないよ。……ま、僕としては大歓迎だけどね? おまえがなんかやらかすとノスティークが帰ってきてくれるからさぁ」

「うるさい、黙れよ色狂い」

「はァ???」

 

 どこからともなく鍵を取り出してイウミュアナはにやにやと笑った。金色のそれを見せびらかすメイドに手短に、けれど遠慮なく言い返す。

 ここだとお互いに手を出すことはできない。口だけだ。周囲に障りがありすぎる。

 この部屋にある魔導具の多くは父祖の手によるものだが、もちろんそうではない物もある。そういった物はたいていあまりにも古すぎて開発者はおろか構造が理解できるものさえこの世にいない。ロゥク・ルゥであれば、あるいは。というところだが、あのひとは自分で作ったものでさえ放置しがちだ。興味が失せやすいひとだからしかたがないが、そんな父祖が勝手をして壊したものをわざわざ直してくださるとは思えなかった。

 だいたいイウミュアナだって調整はなんとかできても、修理はできないものの方が多いのだ。

 そうなるとルクレはもちろん、さすがのイウミュアナも穴倉の中でだけはわきまえる。報復があるとすると穴倉の外でになるが、こいつはなんだかんだ言っても職務には忠実だ。仕事を放り出して私欲のために動くことはほとんどない。

 

「借りてくぞ。後で返しに来る」

 

 その節くれだった手から鍵だけふんだくって、ルクレは足ばやに穴倉を出た。行きは歩いた細い道を帰りは駆け抜けていく。

 背中に浴びせられた哄笑は聞かなかったことにした。

 

 なにせルクレには時間がない。

 自分たちは秋の長期休みの間しか屋敷には帰れない。そして当然だが、リディキオンの楼閣を屋敷から持ち出すことは絶対に許されない。

 だから、己の望みを叶えるためにはこの限られた秋休みの時間を有効活用するほかないのだ。

 ルクレの、望み。

 それは、かつて、遠い遠い昔に失われた奇跡の魔法の再現。

 

 たとえば、救世の英雄が使ったという焔の剣。

 

 たとえば、聖女のその背にあったという魔法の翼。

 

 それを蘇らせることができたら、きっとおじいさまだって。

 きっと。

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