中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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 高等部の二年生である、ミルファリオ・エディリハリア・マグナ王女殿下が一年生の教室に現れることはまずない。

 

 それは彼女が王女サマだから。

 と、いったようなことではまったくなく、単純にエヌフォーリオ魔導学院では学年が上がれば上がるほど生活範囲ががらりと変わるからだ。

 特に上級生は何か用事がなければ下級生のいる階まで降りることがなくなる。

 行動範囲も変わるうえに学習内容も高学年ほど難しいものに進んでいき、自然と低学年に構っているような余裕を失っていくのだ。

 

 これは上級生が下級生と過剰な交流を持たないように日々の動線や教育課程が組まれているせいで、そうなるまではもう色々と複雑な問題が起きていたらしい。

 もちろん今も一定の節度を守った先輩後輩の関係については歓迎されているものの、いかんせん騎士志望の学生やあの助けたがり(シャニ)みたいなのは、現状の環境でさえ使い走りとして何くれとなく言いつけられている節がある。

 昔はそこに身分の上下関係まで加わっていたなら、そういった仕組みになるのもさもありなん、といったところだ。

 

 

「おい……本物の王女殿下だぞ……」

「ミルファリオ殿下だ……ああ……なんて神々しいお姿……」

「ねぇ……殿下に祈ったらご利益あるってほんとかな……?」

「ちょっと! 不敬じゃない? ……そりゃあ間違いなく『ある』でしょ! 二年の先輩たちなんて試験の度に殿下にお祈りしてるって話だし……」

 

 ともかく、普段は遠くから見つめることしか叶わない憧れの王女殿下の来訪に、教室はおろか廊下の方まで下級生を中心とした野次馬が集まってきていた。

 あまりに人が集まってきたせいで、先ほどまでルクレの背中に張り付いていた視線たちが散ってしまったくらいだ。さすがの彼らも居心地が悪かったとみえる。

 

 ……まぁ、そうやって1つこの身の不幸が吹き飛んでくれたと思ったら、また新しく別の不幸が飛び込んできているわけだが。

 そんな騒ぎなどこれっぽっちも意に介さず、当のリオは涼しい顔でこちらを見下ろしていた。

 

「驚きました。あなた、本当に女性の身体になってるのね」

「……王女殿下にはご機嫌うるわしゅうございます。ええ、ご覧の通り」

 

 学院にいる間は王侯貴族と市民の別なく、とは言われているもののさすがにそれを額面通り受け取るほどルクレは幼くも愚かでもない。

 相手は王女殿下だ。

 社交界で行われるものとまではいかなくとも、当然、最低限の礼節くらいは尽くさなければならなかった。

 ルクレは開いていた本をぱたりと閉じて立ち上がる。

 

 ルクレがまっすぐに姿勢を正して立っていても、リオの顔はそれでもまだいくらか高いところにあった。優に頭2つ分くらいはあるだろうか、

 リトグラト家の血族はどちらかというと小柄な方だが、王族はというと体格に恵まれた者が多い。王女もまた例外ではなかった。

 以前よりも開いた身長差に複雑な思いを抱きながら、ルクレは礼をしようとして。

 その作法を、ほんの少しだけ躊躇った。

 

 今の自分は、精神的には男のままであっても、身体的には女のものだ。

 この場合、果たしてどちらの作法を行うのが『正しい』のだろう。

 

 僅かな逡巡の後、ルクレは結局男性の礼法に則ることにした。

 頭をきっちりと下げてお辞儀をするだけの比較的簡単な作法だ。

 女性式の挨拶(カーテンシー)はいかんせん摘む裾のある服装、たとえばスカート、でないとどうも様にならない。というのがまず1つの要因として。

 ついこの前女性の身体に変化したばかりにもかかわらず、大した抵抗もなく早々に順応している、と思われるのもなんだか癪に障る。ちょうどよく衆目も集まっているのだ。自分の精神は依然として男のものだと示したかった、というのが2つ目。

 そうして更に3つ目を言うのなら、立っている目上の相手に対して座ったまま礼をしたり、あるいは簡単に会釈で済ませる、なんていうこともしたくなかったのだ。それは、公爵家の一員としてあまりにも礼儀がなっていないので。

 

 だいたい、挨拶をしたかと思ったら二言目には他人の繊細な事情にずけずけ踏み入ってくるような無礼な人間と己は違うのだ。

 ……別に見下ろされているのが不快だったわけではない。断じて違う。

 

「お見苦しいものをお見せしてしまい申し訳ございません。解呪に向けて励んではいるのですが……いかんせん前例もろくにありませんから」

「そう」

 

 返事にもなっていないような短い返答と共にルクレに向けられた琥珀の瞳は、まるで実験動物でも見ているかのように温度がない。

 昔はその冷たさにひるんだこともあったが、今となっては慣れた冷ややかさだ。

 この女は、ルクレのことをいつもこんな目で見る。

 

 以前はその温度のなさがどれだけだっていやだった。

 そんな目で見られるくらいなら、いっそのこと畏れられるか奇妙なものを見るような目の方がまだいくらかいい。

 たとえば今、王女の背後でこちらを見つめている貴族たちのように。

 

 リオの後ろにはいつも通り取り巻きが控えている。

 今日も今日とてまるで蟻の行列のように彼女の背後に並んでいるのは、貴族階級の者たちだ。それもいわゆる王党派の子息の顔が半数以上を占めている。

 王女は、ルクレが様々な要因からやや貴族の子弟から遠巻きにされがちなのと違って、彼らの支持が篤い。

 まあそれもごくごく当たり前のことだ。

 リオは現王のただ一人の孫で、王太子を父親に、前々王の姪を母親に持つ。王家の中でも血が特に濃い生粋の王族だと言えるだろう。

 しかもこの国で最も貴い血の持ち主がその血に見合った高い才能を持つとなれば、貴族たちが担ぎ上げたくなる気持ちもよくわかる。

 この国の貴族は概してそこまで際立った才人を輩出していないことを加味すればなおさら。

 

 ──自分では何一つ努力せずただ誰かの威光を笠に着て威張るだけの、愚かで蒙昧な連中。

 過去の繰り返しの中での無様さを思いだすと、ルクレの王党派に向ける評価は自然と辛くなる。

 彼らの大半は日和見主義者で、自分たちの旗色が悪くなるとすぐに何もかも放り投げて逃げ出すのだ。高貴さもその血筋に伴う責務もまったく持ち合わせていない、貴族にあるまじき醜態だった。

 

 ──ま、僕だって人のことは言えないけど。

 

 悪辣さも、それから愚かさもルクレの方が彼らより数倍、もしかすると数十倍は酷かった。他人のことをとやかく言える筋合いもないのだ、己は。

 そうやって、逃避を兼ねた物思いに耽りたくなる脳髄をなんとかねじ伏せ、ルクレは口を開く。

 わざわざ下級生の教室に二年のリオが現れたのだ。何か特別に用向きがあってのことだろう。願わくばさっさと用事を済ませて帰ってほしいものだ。

 

「しかし、王女殿下がこのようなところまでいらっしゃるなんて……何か御用でも?」

「あら、もちろんあなたの様子を見るのと、──シャルナノークに会いに、よ」

「シャニに、ですか?」

 

 うげ。

 思わず心の中で舌を出す。

 何が「あなたの様子を見る」ため、だ。

 

 断言してもいい。

 ルクレの様子を見たかったなんて絶対に建前だ。

 精々「性別転化なんて見たことも聞いたこともない呪いの成果に興味があった」あたりがいいところだし、それを踏まえても九割くらいは後者が主な理由だろう。

 

 つまり、我らが偉大なる王女殿下のお気に入りはルクレではなく貴族の誰かでもはたまた成績優秀者の誰かでもなく、親愛なるエヌフォールの雑用係ことシャニなのだ。

 ルクレとしても、そしてたぶんここに居並ぶ貴族たちとしても、あまり素直には認めたくないことだったが、この女は以前からやけにシャニのことを評価していた。

 きっかけも理由も知らない。けれど、あの男は彼女のお眼鏡に確かにかなったらしい。

 リオはこうしてやけにシャニのことを気にかけて何かと話題に上げたし、たまにふたりで話し込んでいることさえあった。

 同じ学院に通う生徒同士とはいえ、王女殿下と孤児の一般庶民が、だ。

 

 ──どうせ便利な下僕扱いだろう。

 と、かつてのようにそんなうがった目で見ることはルクレにはもうできなかった。

 シャニの持つともしびの勇者としての素質を見抜いたのか、はたまた別の事情があるのか。

 以前、何度か王女を問いただしたことはあったがまともに取り合ってもらえたことはなく、その理由はわからないまま。

 とにかくリオはシャニのことをやけに買っている。それだけが確かだった。

 

「ご足労いただいたところに誠に申し訳ありませんが……、ご覧の通り、彼ならここにはおりません。そもそも僕と彼とはクラスも違うものですから」

「あら、そうなの? てっきり同じクラスなのだと思ってた。あなた、いつ見てもシャルナノークにくっついて回ってるのに」

「ふふ、王女殿下ったらおかしなことをおっしゃいますね。()()、僕の傍から離れたがらないんですよ。だいたい、僕がシャルナノークの教育係をしていることくらいご存じでしょうに」

 

 え? もしかして知らないんですかぁ? 

 言外にそう匂わせて、でもこちらには悪意なんてないんですよと言わんばかりににっこりと微笑んだ。

 とびきりの、とつけても申し分ない美少女の笑みに、背後に控えた取り巻き達や野次馬の顔がさっと朱に染まるのが見える。

 うん。胸のすくような反応だ。

 けれど、リオの表情は変わらない。

 滲ませた悪意も蕩けるような笑顔もどこ吹く風といったところで、相変わらず泰然と構えている。

 

 まあ、元から彼女には何の反応も期待していなかったのだ。気にはならない。

 どちらかというと取り巻きたちに引っかかってほしかった。期待外れもいいところだ。

 ルクレとしてはあんまり長く突き合わせていたい顔ではないので、手っ取り早く他責で問題を起こしたかったのだが。もしかするとルクレが予想していたよりも、微笑みの破壊力が強かったせいかもしれない。

 

 ──ふん。しかたない。絶世の美少女だからな。僕は。

 自分の容貌に対する評価を内心もりもり高めつつ、リオの琥珀色の瞳と視線を絡める。その瞳から相変わらず大した感情の色は読み解けない。ただ、夕焼けの橙が混ざり込んで瞬いているたけだ。

 

「ともかく、シャニ、……いえ、失礼。つい愛称が出てしまいました……こほん。シャルナノークは残念ですがここにはいないんです。ああ、もちろん王女殿下のお望みとあれば彼を呼び戻すこともやぶさかではありませんけれど……」

「いいわ、かまいません。いないのならしかたないわ。皆、学院祭の支度に忙しい時期だもの。……あなたの様子も変わりないようで安心しましたし、わたくしはこのあたりで」

「ええ、ご足労いただいたのに申し訳ありません。彼には僕の方からよく言い聞かせておきますので」

「それこそかまわないというものよ。約束もなしに押し掛けたのはこちらだから。……ああ、そういえば、一つあなたにも用事があったんだった」

 

 何か思いだしたように手を打った王女に、ルクレはきょとんと首を傾げてみせる。そのあざとげな動きに合わせて、波打つ蒼の髪がさらさらと華奢な肩を流れた。

 

 ルクレがリオに対しこうやってやや過剰なまでの反応を返してしまっているのは、ひとえに観衆がいるからだった。その一言に尽きた。

 なにせ、ただでさえ人形じみた容貌をしている一族の一員なのだ。これで感情表現を無に近づけてしまうと、やれ冷徹だ氷のようだと恐れられることになってしまう。

 もちろん焦燥だのなんだのは表に出さないが、喜怒哀楽のうち陽極的なものくらいはわかりやすく表現した方が世渡りしやすい。

 しかも今回のように反応の薄い人間相手だと、ちょっとくらい大げさにポーズをとる方が相手の淡白な様子が引き立てられて周囲のウケがいいときたもので。

 そういうことを今までの人生ですっかり身につけてきたルクレは、無意識のうちにその場で一番好感が抱かれそうな行動をつい実行してしまいがちだった。

 

 今回もまた、自分ではまったく意識しないまま。

 首をちょこんとかしげて、さらに上目遣いで王女を見あげて。

 

 そうしたところでやっと、ルクレは己がかなり恥ずかしい反応をしているということに気付く。

 

 首をかしげる、なんてあんまりにも稚さすぎるし、上目遣いだなんてそれこそ女のようだ。

 が、時すでに遅し。ここまで来たらもう止まれない。

 なにせやられている側である当のリオは、ルクレのこの馬鹿みたいな行為をまったく気にしていないのだ。本当にこれっぽっちも、髪の先ほども気にしていない。枝毛の方がまだ気にかけてもらえている可能性がある。

 なのに、自分がやっていることに対してルクレが一方的に羞恥なんてものを感じていると知られたら。

 想像するだけで卒倒しそうだった。あまりにも恥の極地すぎる。

 よってルクレはこのまま突き進むしかない。撤退は死を意味していた。

 

「用事……? なんでしょう? 王女殿下のお役に立てるかわかりませんが、僕にできることでしたらなんなりと」

「ありがとう。──今度、身体の状態と呪いを受けた瞬間から発動するまでの詳細を聞かせてちょうだい。滅多にない症例だから個人的に興味があるの。できれば臓腑の具合も教えてね。じゃあ」

 

 簡単に言い変えると、お前のことを研究対象として色々根掘り葉掘り調べたい、というような。

 そんな聞き捨てならない捨て台詞を残して、返事も待たずにリオはひらりと金の髪を翻す。落ちていく夕陽の光を反射して長い髪が文字通りの金色にきらめいた。

 

 ──どうかもう二度とお会いすることがありませんように! 

 

 取り巻きたちを連れて悠々と去っていく背中に、ルクレは胸中でそう吐き捨てていた。

 叶わない願いと知っていても、そう祈らずにはいられなかったのだ。

 

 







ハッピーメリークリスマス!

いつも感想ありがとうございます。返信するだけの余裕がなくて申し訳ない限りです。今後ともよろしくお願いいたします。
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