中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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 せっかく気分が上向いてきていたにもかかわらず、件の先輩との顔合わせはまた明日、ということになった。

 

 ルクレの顔色があんまり悪かったのか。シャニが絶対にうんと言わなかったのだ。

 なんともない、といくら言っても少しも取り合ってはくれなくて。

 それどころか食堂に入って職員と何か話したかと思うと、何やら包みを抱えて戻ってきた。

生成りの手巾で包まれた『それ』からはなんだか食欲をそそるにおいが立ち上る。

 部屋でゆっくり食べる方がいいだろ、と抜かした男の顔をルクレは思わずまじまじと見返してしまった。

 確かに、体調がよくない時はあまり人前に出たくはない。弱っている姿を他人に見せるなんて論外だ。

 

 でも、シャニのくせにこんなことに気を回せるなんて。

 鈍感で、魔術式ひとつ覚えるのに2ヶ月かかるシャニのくせに。

 

 ルクレのそんなちょっと失礼な動揺なんて、シャニはちっとも気づきはしなかった。

 そのあたりはいつも通りに鈍いのに、そのくせ、わざわざルクレのことを部屋に送り届けまでしたのだ。

 おかげでルクレはその帰りの道中、こいつは誰にでもこうなのだと自分に何度も言い聞かせなければならなかった。

 そうでなければ勘違いしてしまいそうだった。

 

 ──いきなりだと向こうも驚くだろうし、今日のうちに話しておくから。それ、残さず食べろよ。

 

 そう言い残して、シャニは足早に立ち去った。

 きっとこれから当の先輩のところに向かうのだ。ルクレよりよっぽど特別な先輩のところへ。

 

 けれどその後ろ姿を見送っても不思議と気持ちは穏やかなままだった。憂鬱も苛立ちも頭をもたげてはこなかった。むしろどうしてあんなにイライラしていたのかが自分でもよくわからないくらいに。

 

「……ま、いっか」

 

 気分がいいに越したことはない。それに、ルクレとしても時間が取れるのは僥倖だった。

 口実とはいえ魔導について教えてやることになったのだ。自分がついているのに無様な結果を出させるわけにはいかない。

 たとえそのことを大っぴらに公言しないとしても、だ。

 

 それに、先輩を使って王女殿下に一泡吹かせてやれるかもしれないし。

 そんなことを考えながらルクレは押し付けられた包みを開く。ほわりと上がった湯気が頬をやわらかにくすぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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 いい気分、というものは悲しいことになかなか長続きしないものだ。

 王女殿下の来訪から一夜明けて、ルクレを観察する目は減るどころかむしろ増えていた。

 たぶん、身体の変化に興味を抱いている上級生たちの他に、リオの取り巻きたちもそうしているのだろう。王女さまが興味を抱いているものは自分たちも気になるらしい。見上げた忠節だ。

 どちらの人間もやっかいなことに多少の愛想を振りまいたところで視線を撒くことはできない連中だった。人間の好奇心というものは本当におそろしい。

 

 なので、ルクレは授業終了の鐘が鳴ってしばらくの間席でじっと座っていた。

 今日は本を開いてはいない。ただ周囲の音に、隣の教室の気配に意識を傾ける。

 がらがら、と扉が開く音。

 次いで講義から解放された生徒たちの声。

 

 それらが聞こえたところで、ようやく鞄を抱えて立ち上がる。

 このまま普通に歩いて外に出ても、視線から逃れることはできない。そんなことは百も承知だ。

 

 だから。

 

 ルクレは窓をがらりと開く。

 廊下側ではなく、校庭側の窓だ。

 当然、ひんやりとした風が人いきれで暖まった教室に吹き込んでくる。突然の冷風に非難がましい同級生の目が背中に突き刺さった。

 が気にしない。

 風がまた吹く。冷えた風が藍色の髪を玩んでなびかせる。

 ぱたぱた、とカーテンがひらめいて。

 真っ白なその布の隙間から、にゅっと日に焼けた腕が伸びてきた。

 

「──レティ!」

「迎えが遅いんだよ、ばか」

 

 ちいさく囁いて、ルクレは差し出された手に自分のそれを重ねる。

 力強く引き寄せられたかと思うと足裏が床から離れた。そう思った瞬間に、身体ごと外へ引きずり出される。

 ここは五階だ。落ちたらただでは済まないだろう。

 でも、怖くはない。

 窓の外へ連れ出された身体にがっしりとした腕が回る。嗅ぎなれた薄荷のにおいが鼻先をかすめた。

 

「ちょっと授業が長引いたんだ、遅くなって悪かった」

「ほんとだよ、後ちょっと遅かったら僕は王女殿下の取り巻きに捕まってたね」

 

 悪かったって。

 わざと憎まれ口をたたいてみせれば、シャニは笑い交じりにそう応えた。

 正攻法で抜けられないなら邪道でいい。

 ルクレはそのあたりにこだわりはまったくない。正々堂々クソ食らえだ。たとえちょっと邪道であっても目的達成が確実な方がいいに決まっている。

 そうして、こと校舎の出入りに関してこの男は邪道を極めていた。

 窓を出入り口だと思っている頭のおかしい男は、人ひとりを抱えてなお涼し気な顔で校舎の壁を走っている。

 

 シャニは魔導に苦手意識こそあるが、自分の身体を強化する魔術について言えば得意な方だ。

 そこそこ、と本人は謙遜してかそう言うが、少なくとも壁を平坦な地面のように走っている時点で上の下はある。

 あんまり認めたくはないが、ルクレよりよほどうまい。

 

 身体強化の魔術は普通の魔術とは魔力の使い方が少しばかり違っている。

 特に難しい詠唱や陣も必要ではなく、ほんの一節の短い魔術式だけ。それもなにか装飾具に刻んでいればいい。

 最も重要な要素は体内を循環している魔力の流れを意識すること。そしてその意識は持って生まれたセンスにかなり左右されるうえに、一朝一夕に身につくようなものではない。シャニは少なくともその系統の習練を十年以上やってきている。

 ルクレはこの「魔力の循環を意識する」ということがあまり得意な方ではなかった。

 だって己のこの体の内側を巡っているのは結局のところ他人の魔力で。そこを突き詰めると今度はなんだか嫌な、とまでいかなくとも不思議な気分になってくる。自分の皮膚の下を他人の一部が巡っていると考えると背筋がぞわぞわするのは当然だろう。

 

 だいたい、胸元から湧き上がってくる何かなんて僕にはない。あるものは心臓を巡っていく血液だけだ。

 

 そんなことを考えつつ、ルクレは腕の中の鞄を抱きしめた。

 普段よりもみっちり詰められた鞄の中身ががさがさと音を立てる。自分のことはシャニがしっかり抱えてくれているが、鞄は違う。

 これを落としたらまずい。なにせこの後の指導に使うための魔導具も入っているのだ。

 あまり高価なものではないけれどそれなりに精密な造りをしているものもある。落ちればまず壊れてしまうだろう。

 

 いつの間にか校舎の壁を駆け下り終わっていたシャニが、平地に降り立った瞬間に速度を一段あげる。目まぐるしく過ぎ去っていく周囲の景色で酔わないように、ルクレは目を閉じることにした。

 

 ぬるい闇に包まれた世界にはただ、びゅうびゅうと鳴る風の音と、心臓の鼓動の音だけがある。

 それが不思議に耳に心地よくてルクレはそっとその胸に耳を寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

「っと、ついたぞ」

 

 シャニの言葉にルクレは瞑っていた瞼を上げた。

 気づけばあたりはほとんど森の中だった。振り返ってみると校舎がだいぶ遠くに見える。

 第四演習場は遠い、と噂には聞いていたが、来るのは初めてかもしれない。

 本当に遠かった。それにだいぶ寂れている。

 ただ、演習場自体はまだある程度その姿を保っていた。たぶん清掃は定期的に入っているのだろう。朽ちていくのに任せるのは少しもったいないような広さだ。

 

 シャニの腕から飛び降りて、ルクレはぐっと体を伸ばした。

 結界の中とはいえさすがに外は肌寒い。鞄から上着を引っ張り出して羽織る。もこもことした銀の上着はしろかね羊の毛でできていて暖かい。体温維持に魔力を回したくないルクレにとっては心強い味方だ。

 

 それにしても数分ぶりの地面がずいぶん足に懐かしい。シャニに運搬されるのは、体感としてはあんまり心地いい移動手段ではなかった。

 ただ、視線を撒くことにはどうやら成功したらしい。途中まではなんとか追いすがってきていた気配がどこにも感じられない。諦めてくれたようだ。

 損得計算で言えば得をしたと言っていいだろう。それもかなり。

 

 やや乱れた髪と制服を軽く整えていると、演習場の隅から誰かがこちらへ歩いてくるのが視界の端に見えた。

 その人影にシャニはひらりと手を振って呼びかける。

 

「──エウリア先輩!」

 

 なるほど、あれが件のエウリア先輩、か。

 こちらに近づいてくる人影はなるほど、とても森の氏族らしい姿に見える。

 

 邪魔にならないようにか、短く切られた栗色の髪。

 女性にしてはやや短めだが彼女の凛々しい顔立ちにはよく似合っていた。

 その身体に纏った飾り気のない訓練服もあわさって、まるで騎士見習いのようにも見える。

 そうして一番目を引くのはそのきらきらとした瞳だ。

 そこに湛えられたみどりは、夏の木々がつける葉のように青々としている。

 

 ──エウリア・サスーシャ。

 

 エウリア。他称、副学長の悩みの種。

 森の氏族の数少ない裔のひとり。

 あるいは、取り残された厄介者。

 

 

 

 

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