中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る 作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首
「悪い、先輩。遅くなった」
「いや、わたしも今来たところだ。が……?」
ルクレの姿に気づいたのか、エウリアの足が止まる。
新緑の瞳がわずかに見開かれて──。
彼女はぱっと嬉しそうに笑った。
それは、夏の日差しのような眩しい笑みだった。
毒気のないその態度に思わず心がひるみそうになる。初対面の人間相手にどうしてこう振る舞えるのだろう。
てらいがなくて、まっすぐで。
こういういきものはあまり得意な方じゃない。
すぐ喉元までこみ上げてきた怯みを隠したくて、ルクレは口火を切った。
先手必勝だ。それしかない。
「はじめまして、お邪魔してしまってすみません……。ルクレティウス・リトグラト・リィと申します」
「エウリア・サスーシャ、です。お初に、お目にかかります。リトグラト家の方にお会いできて光栄だな」
これは他の貴族に好かれないわけだ。
ややぎこちない敬語と共に差し出された手に応じながら、ルクレはひとり得心していた。
敬語の巧拙はさておいても礼儀作法的に少しばかりよろしくない。別に悪くはないのだが。
ただ、握手は貴族階級において対等な間柄であることを示す挨拶だ。学院にいてなお階級に固執している貴族の子息たち相手にしたのなら、侮辱だなんだと鼻息を荒くしたことだろう。
ルクレは違う。
貴族社会の暗黙の了解なんてものを、その外で生きている人間が知っているわけはない。と、いうことをちゃんとわかっている。
人の社会から離れて暮らしている森の氏族の末裔ならなおそうだ。
未来を担うはずの諸侯の子息たちさえそんなこともわからない愚か者たちばかりだから、こうして父祖に数百年も騙されているわけだが。
こちらの手をぎゅっと握り返してくるエウリアのちからはたぶんだいぶ加減されていて、それでもなお強かった。
硬い、胼胝だらけの手のひらだ。
彼女がどれだけの鍛錬を積み重ねてきたのか、その手に触れるだけでわかるような気がする。
「昨日、エイデンから話は聞き……うかがいました。その、あー、えっと」
「ふふ、敬語とかはかまいませんよ、サスーシャ先輩。学院内では王侯貴族と市民の別なく、です。ただの一生徒同士、むしろ先輩と後輩なんですから。ね?」
「そうか! すまない、助かる」
あまり得意ではなくてな。
そういいながら恥ずかしそうに頬をかく姿は、とても校庭に大穴を開けたという人間と同一人物には思えない。
「俺には敬語を使えってうるさかったくせに、よく言うな。──それで、昨日も話した通り、レティが魔術関連の指導をつけてくれるそうなんだ」
「はー? 僕が何回おまえの試験を手伝ってやったと思ってるわけ? 敬意のひとつやふたつ持ってもらわなくちゃ」
シャニが軽口を叩いてくるので眦を釣り上げて負けじと応戦する。言われっぱなしは性に合わない、というのももちろんだが、こうやってシャニとも気安い関係であることを見せればエウリアが安心するだろうという打算込みだ。
自分はあなたの知っている貴族階級とは違うんですよ、とはっきり示しておかなければ。あんな連中と同一視されるのはなかなか堪える。
ふたりの応酬にエウリアが耐えきれないように吹き出したところで、ルクレは彼女の方に向き直った。こほんとひとつ咳ばらいをして余所行きの微笑みを浮かべる。
「──ですから、サスーシャ先輩。できる範囲ですが僕にお手伝いさせてください」
「こちらこそ、よろしく頼む。しかしそれを言うならわたしだって、リトグラト君に敬意を抱かなければ。エイデンよりよほど問題児だと思うから。……わたしは、どうにもそちらに疎くてね。身体を動かすことなら得意なんだが……」
「先輩はお強いぞ、かなりだ。俺もなかなか一本取れなくってな」
「なに、エイデンは筋がいい。すぐにわたしなど追い越すさ」
何やらシャニとエウリアががさわやかで熱い、「高めあい」のような気配を漂わせ始めたので慌てて一歩下がる。こういう雰囲気はよくない。鍛錬馬鹿たちに巻き込まれるのはごめんだ。
「じゃあ、僕はちょっと離れているのでまずは組手から始めてもらっても?」
「かまわないが……いいのか?」
「ええ、身体強化系の魔術は使えますよね? 軽くで構わないので使っていただけると助かります。シャニ、おまえもね」
「ああ、それなら使える。大丈夫だ、了承した」
「おう。──先輩、今日こそは一本取らせてもらう」
「いいよ、できるものなら」
演習場の真ん中へと歩いていくふたりとは逆に、ルクレはそこから距離をとるように、端の方へと向かう。
ちょうどよく設置されている丸太の座面から落ち葉やら土塊ををどかして腰かけた。
元から、最初はふたりの手合わせを見守ることに決めていた。
実際に見てみることでわかることもある。というか、そうしなければわからない。なにせほとんど情報がないのだ。
エウリア・サスーシャ。
そもそも彼女についてルクレはあまり詳しくなかった。
シャニの横に、気づけばそうあるのが当然というように彼女はいて。彼と肩を並べて戦い、後ろめたいことなどなにもない、とただまっすぐに立つ少女。
辛うじて盾を使って戦うことと魔術も魔法も苦手にしていることくらいは知っているが、それ以上はわからない。
思えば正面から相対したことはなかったし、交友関係なんてものももちろんなかった。
彼女がどうして森の氏族の癖に魔導を苦手としているのか、なんてことはもちろん知らない。原因もわからない。
だから、まずは「視る」。
抱えてきた鞄から魔導具を取り出す。
これはルクレが昔つくった試作品だ。なので特に名前はない。
一見するとただの銀縁のメガネにしか見えないだろう。
確かにフレームの方は特になんの変哲もない鋼製のものだが、レンズのところには実はびっちりと魔法式を刻み込んである。
ものの内在魔力の流れを視るための式だ。中等部の頃につくったわりにはいい出来で、自信作だった。
くもりがないようにハンカチでレンズを拭いてからメガネをかける。頬に触れた金属のひんやりとした冷たさにルクレは小さく身をすくめた。
魔導具の硝子越しに見る世界は、魔力にあふれている。木々にも土にも、空を行く鳥にもだ。
そうして演習場のど真ん中で拳を合わせているふたりにも、もちろん。
ただ、見たところエウリアは身体強化の魔術に関してはシャニと同じくらいか、彼よりも上手いかもしれない。
組手はふたりが話していたようにエウリア優位に進んでいる、
彼女の体内で魔力はよどみなく循環を続けて、必要な個所に必要なだけ注がれていた。
うーん。
ルクレは胸中で首をかしげる。
ここまで魔力操作に問題がなくて、どうして暴発を起こしたのだろう。
しかも校庭に大穴を開けるだけの威力で。
確かに魔力操作が苦手、という人間は一定数いる。
が、そういう人間は概して体内での魔力の流れにも問題がある場合が多い。
だいたい魔術を使った際の暴発でそこまでの威力が発生すること自体がおかしいのだ。
学院で教えられるような魔術式には、そのあたりの安全装置になる記述が絶対に含まれている。安全で万人が使用できるものしか講義では取り扱わないことになっているからだ。
そうして、その安全装置の式を忘れていた、という可能性もまた考えにくい。
エウリアがやらかしたのは講義中だったと聞いた。教員が見ている前で明らかに危険な記述の欠けが許されるわけがない。
──ふむ。
シャニが森の中に投げ飛ばされていくのを見送ってからルクレは立ち上がった。
別にシャニが叩きのめされている光景に飽きたわけではない。むしろ後一時間くらいは余裕で見ていられそうだ。
そうではなくて、そろそろ組手も一区切りついただろうし本題に入りたかったのだ。
ぱたぱたと訓練着についた土ぼこりを落としているエウリアに呼びかける。
「──サスーシャ先輩。一度、試しに何か魔術を使ってみてくれませんか?」
2月3月4月と繁忙期なので隔週日曜PM6時更新になります
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