中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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 ドカン! 

 

 そんな景気のいい爆発音がしたかと思うと木立の一部が消し飛んだ。それも、文字通り木っ端みじんに、だ。

 爆発の衝撃波で、冬の寒さの中でも健気に緑を茂らせていた木々が儚くその葉を散らしていく。

 

「あー、あ、ははは……」

「……サスーシャ先輩はなんというか、──魔力の加減が下手ですね」

 

 その惨状を引き起こした張本人が漏らす乾いた笑いにルクレはなんとか微笑みで返した。ぎこちなさをうかがわせない完璧な笑みの裏側で、頬がちょっとだけひきつっていたのはここだけの話だ。

 

 ──魔力の加減が下手。

 というのが、エウリアにおおよそ中等部で習ったような魔術をいくつか使わせてみての率直な感想だった。それ以外に言いようが見つからなかった、とも言える。

 どれもそこまで難しくない魔術だったにも関わらず、不発か爆発かしか起こらなかったので。

 

「ぐう、直截だな。いや、いつもはもっと成功率が高いんだが……」

「うーん、これでもだいぶ言葉を選んだんですよ? ……僕の義妹もそういう加減があまりうまくない方ですが、これは……」

 

 心なしか気落ち気味に見える先輩をしり目に、ルクレは顎に手を当てて考え込んだ。

 

 身近な例でいうと、シャニもニアも魔術があまり得意な方ではない。

 ただ、シャニはどちらかというと魔導自体と親しんでこなかったことによる苦手意識の影響が大きいだろう。

 よく使う、それこそ水を生み出すような魔術は難なく使いこなしているし。暴発させるようなことはそうそうないし。

 

 そこを踏まえるとエウリアの場合、ニアと近しい問題を抱えているように思える。

 

 魔力量は多いくせに義妹は、だからか魔導の威力を加減することがなかなかうまくならなかった。

 まだリトグラトの家に来てすぐの頃だったか、ニアはそよ風を起こそうとして竜巻を引き起こしたことがあった。しかも室内でだ。後片付け、というか復旧がとにかく大変だった記憶がある。

 

 ただこれはまあ当然の帰結で、体内の魔力の量が多いとどうしても体外へ、つまり魔導陣へ注がれる魔力も多くなってしまうせいだった。

 このあたりの加減はあまりにも個々人の体感での差が大きすぎて、基本的に何度もやって感覚で覚えるしかない。

 

 そうしてニアはあの時より成長した今でも、魔力の加減がうまくなったとは言い難かった。

 魔力の量が多いというのも一概にいいことばかりとは限らないのかもしれない。

 最もルクレからしてみれば、贅沢な悩みにしか思えなかったが。

 

 けれどそう考えてみると、エウリアの抱えている問題はニアのそれと近しくとも、少し違うようにも思える。 

 

 なんというか、挙動がおかしい、というか。

 

 そこまで考えたところで、ルクレは顎を掴んでいた指をすっと離した。何事も「どうしてそうなっているのか」がわからなければ対処のしようがない。その場にしゃがみこむと、足元に置いていた鞄の口を開く。まずは原因の特定から始めた方がよさそうだ。

 

 筒状に巻いた羊皮紙を掴みだして、ルクレはぐるりとあたりを見渡した。シャニがまだどこかそのあたりで暇を持て余しているはずだった。

 

 エウリアに魔術を使ってみてもらう間、あいつには少し離れているように頼んでいた。近くで見られていると彼女が集中できないだろう、と思ってだったのだが、さっきの様子だと見られていても結果はあんまり変わらなかったかもしれない。

 

 当のシャニはすぐに見つかった。どうやら演習場の隅の方でひとり柔軟運動をしているようだ。

 ちょっとくらい魔導の練習をすればいいものを、と思いながら、その背中に向かって声をかける。

 

「シャニ! ちょっとこっちに来てくれるか? ……サスーシャ先輩、僕の方で魔術陣を描いてきたので、今度はこれを使ってみませんか?」

「わ、わかった」

「なんだ? もう終わったのか?」

「ううん。ちょっとやってもらいたいことがあってね」

「やってもらいたいこと? 俺にできるやつならかまわないが」

「うん、そんなに難しいやつじゃないから大丈夫。先輩も安心して、ゆったり構えてくださいね」

 

 羊皮紙を手渡しながら意識して視線をエウリアとあわせる。

 先ほどまでの失敗の余波か、その緑の瞳にはくっきりと不安が滲んでいた。

 よくも悪くも感情を押し隠すことができない人なのだろう。

 

 けれど、その怯え自体はルクレにも覚えのあるものだ。

 失敗することは怖い。成功体験が少ないと余計にだ。

 そうしてそれが人前でなら、なおさら心も竦むだろう。

 他人の期待に応えられないことは重く肩に伸し掛かり、自分は価値のないものだと思わせる。

 だが臆病になって挑戦を恐れれば、その分進歩も遠くなってしまうものだ。暴発を恐れて攻性魔導を使えなくなったニアのように。

 

 ルクレは不安の滲む瞳を覗き込んで、大丈夫ですよ、とささやいた。エウリアを少しでも安心させられるように、ゆっくりと言葉を続ける。

 

「大丈夫、少し不思議なことになるかもしれませんが、むしろ僕はそうなることを期待してお願いしていますから」

 

 ね? そう言って小さく首をかしげてみせる。

 初夏の緑に、ほんのわずかにだが力強い輝きが戻って、エウリアがうんと首肯した。

 ほっと胸をなでおろしつつ、ルクレはエウリアと、それからシャニに羊皮紙をそれぞれひとつずつ広げさせる。

 

 そこに描かれた陣はあまり精緻なものではない。ふたつの正円と数行の魔術式だけで構成された魔術陣は、どちらかというと子どもにだって描けそうなほど単純な図柄だ。

 

「……じゃあふたりとも、僕に続いて復唱してください。行きますよ? 

 

 ──珊瑚が爆ぜて/夜々(やや)の星

 貴公子は三時に/あるいは四時に? 

 

 ──しじまを満たせ コフワの吐息」

 

 聞き取りやすいようにゆっくりはっきりと詠うルクレの後から、少し遅れてふたりが続く。

その手から魔力が陣へと流れ込んでいくのが魔導具の硝子越しにはっきりと見て取れた。

 

 そうしてふたりが最後の一文を紡ぎ。

 

 

 その瞬間に起きた現象はおもしろいほどに対照的だった。

 

 エウリアがびしゃりと頭から水をかぶり、その一方で、シャニはぱちぱちと色とりどりの火花を周囲に散らす。

 

「こ、れは……?」

「ああ、やっぱり。──先輩、サスーシャ先輩。風邪をひく前に、これ。使ってください」

 

 思っていた通りの結果に、ルクレはほっと息をついた。

 道理で挙動がおかしかったわけだ。

 納得のいく原因が見つかったことに安堵しながら、鞄からタオルを取り出す。ふかふかのそれをすっかり濡れ鼠になってしまったエウリアに差し出した。

 

「『コフワの吐息』は、一般的にはこうやってシャニのように火花が散る魔術なんです」

「ああ、何人かで使うとかなり綺麗だよな。村の祭りとかでも見たことがある」

「うん、そういう魔術だからね」

 

 掌で火花を遊ばせながら、シャニは懐かしそうに色彩を見つめている。

 エウリアはまったく違う結果に驚いたのか、色とりどりの火花にも目の前に差し出されたタオルにも反応しない。

 ルクレは彼女にタオルを受け取らせることを諦めて、かわりにそのこわばった体を包むよう広げて肩にかけてやった。

 大丈夫ですよ、ともう一度、魔術を使わせる前に囁いたように繰り返す。

 

「魔術、というものは基本的に多少魔力が少なくてもその質が低くても一定の出力が見込めるように構成されています」

「……う、うん。そんな感じのことを確か聞いた覚えがある」

 

 高等部二年の春に履修する内容だ、聞き覚えがあって当然と思うべきか。それとも座学が苦手そうな彼女が多少でも覚えていることを褒めるべきか。

 少し悩んでどちらもやめた。なんだか話題が脱線しそうだ。

 代わりに話を進めてしまうことにする。もう一枚取り出したタオルでエウリアの頬やら髪やらの水分を拭いつつ、ルクレはなるべく優しい、穏やかな口調で優しくはない言葉を切り出した。

 

「ええ。それで、おそらくなんですが……、先輩は魔術というものに、あんまり向いていないと思うんです。それも、だいぶ根本的なところから」

「えっ」

「おい、レティ」

「シャニは黙っててくれ。──加減が下手、と言われるのにも二種類あって。たとえばうちの義妹は魔術陣に流し込む魔力の加減がわかっていない典型的な例なんですが、正しく発動自体はするんですよ。

 たとえば火をつけようとして炎が出ることはあっても、そよ風を起こそうとして竜巻を巻き起こすことはあっても、こうやって火花を出す魔術で水がわいてくる、なんてことはないんです。

 でも、先輩の場合はそういう結果になってしまう。

 僕が思うに、先輩は、たぶんそもそも魔術の思想自体にあんまり向いてないんじゃないかな、と」

「そん、な……」

「別に悪いことではないんですよ」

 

 話を遮ろうとしたシャニをぐっと横目で睨みつけて制止する。

 向いていない、というルクレの言葉にエウリアが傷ついた気配を感じとったのだろう。お人好しめ。

 これを告げれば傷つくだろう、ということくらいはルクレにだってわかっている。わかっていて言ったのだ。

 言いづらいことをそれでも言っておかなければ話が進まない。

 なにせここからが本題なのだから。

 

「魔術っていうのは、魔術の素養がある人間が100人いればそのうち99人、とまで行かなくとも95人が使えるように、という観点で作られてきたものなんです。だからか、魔力があまりにも多すぎる場合だと不具合が起きやすい傾向にあります」

 

 まだ世界に妖精がいたような古代ならいざ知らず、ほぼ人間だけが魔導を使う現代において、その枠組みから外れるほどに魔力が多い者が生まれることはほとんど皆無に近い。

 エウリアがその数少ない例外となってしまったのは、おそらく森の氏族の血のせいだろう。

 

 それは人間社会での普遍性を高めたがための欠陥だ。魔力が多すぎる、ということがそもそもそこまで想定されていないし、陣に注がれた魔力が多かった際の安全装置もまた決して万能ではない。

 

「しかも、先輩は魔力の性質も普通の魔術師と違って水や草花に親しいものみたいですね。ほら、さっき魔術を使った時、不思議なことになったでしょう? もしかすると、これまでにもあったかもしれませんが……」

「あ、あった。昔、本当に数えるほど、だが……」

「でしょうね。そういう作用をしてしまうのが何よりの証拠です。僕もそうなんですが、先輩は森の民の血が強く出ているのだと思います」

 

 若干の嘘を織り交ぜつつ、──なにせルクレには純然な自分の魔力というものは存在しないので──、エウリアのことを適度にフォローしていく。

 あなたの努力が足りなくて失敗していたわけではないのだ、と。これまでに失われ目減りしてきた自信を少しでも取り戻せるように。

 

 魔力の性質にも色々とあるが、一般的な魔術師が水や草木に親しいものを持つことはない。

 人間はたいてい火や大地と親和性が高くなりがちだ。

 そのせいで一般的ではない性質を持った魔力だと、魔術式の種類によってはまったく違う作用をしてしまうことがある。

 

 先ほどの『コフワの吐息』などいい例だろう。

 あれは本当にどこかの無名の魔術師が子供だましに作った魔術だと聞く。祭りだの大道芸だので目を楽しませるためだけのもの。

 だから構成する魔術式も陣も簡単なもので、例外の要素を想定した記述がひとつもない。

 そんな魔術に例外中の例外といえる性質を持った魔力を流せば、当然普通の結果が出るわけがない。

 

「魔力の性質が特異なものですから、どうしても魔術の挙動がおかしくなってしまう。そうすると安全装置になっている式も当然うまく作動しなくって、暴発したり不発になったり、となってしまうわけです」

「だから、わたしに魔術は向いていない、のか……だが、武術だけでは魔導大会を優勝することは難しい。少なくとも今のわたしでは無理だ。どうすれば……」

「解決策はいくつかあります。僕の所見にはなりますが、魔力の加減を覚えて、既存の術式に先輩の特質を考慮した記述を追加していけば、問題なく魔術も使えるようになるはずです……が、短期間での矯正ははっきり言って不可能だと思います」

 

 ルクレはあえてきっぱりと言い切った。

 まかり間違っても希望を残さないように、未練が残らないように絶ち切って置かなければならなかった。

 

 なにせ、エウリアが今まで覚えてきた魔術のうち、記述の抜けや欠けのあるものを補ってまたきちんと覚えさせなければいけない。魔術式も詠唱も陣もほとんど一から覚えなおすようなものだ。

 もちろん間違って前のままのものを使ってしまえば、暴発か不発か。

 どちらにせよ、本番の試合中にそんなことになってしまえばまず敗北は免れない。

 

 だから、魔術は使えない。あまりにも不安定すぎる。不確定要素を排除しきるだけの時間は今のエウリアにはない。少なくとも魔導大会には到底間に合わないからだ。

 それでは意味がない。

 

 だから。

 

「大丈夫です、サスーシャ先輩。僕に任せてください」

「リトグラト、くん……」

 

 ルクレはにっこりと微笑んだ。

 エウリアが思わず頬を染めたそのうつくしい笑みに、なぜかシャニは渋面をつくる。

 ああ、なんだか悪だくみの気配がするぞ、とでも言わんばかりに。

 けれど気にしない。

 これはあくまでも慈善事業だ。かわいそうな先輩をけなげな後輩が手助けしているだけのこと。

   

 

 魔術が使えないのなら。技術に向いていないのなら。 

 

 

 ──それなら、祈ればいい。 

 

 

「学院中に見せつけてやりましょう。妖精に、──魔法に愛された森の氏族の真髄を」

 

 

 

 

 

 

 

 







ルクレティウスは周囲からあまり評価されていないものを実績で認めさせることが好きです。とても。


コメント・評価いつもありがとうございます、励みになっています

次回は2023/02/26㈰更新予定です。
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