中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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rech.6-1 だいっきらいだ、

 

 

 窓の外では、しとしとと煙るような雨が降っている。

 

 エディリハリアにおいて霧雨は春を告げる風物詩のひとつだ。雨が雪に変わるほどの寒さが、長く厳しかった冬が、この極寒の国から過ぎ去りつつあることの確かな証。

 

 学院を覆う守護と停滞の天蓋の下でも、外と変わらずに雨は降る。

 こういう日は当然のことだが演習場が使えない。

 昨日まで生徒で溢れかえっていた校庭も、今日はただ霧雨が降りしきるばかりで静けさだけが満ちていた。

 

 

 実のところ、これくらいの雨なら鍛錬は出来るが? といつも通り外へ飛び出していこうとした馬鹿が若干二名ほどすぐ身近にいたのだが。

 ルクレがついていながらそんな愚かな所業をまざまざ目の前で許すわけもなく。

 監視役と鍛錬馬鹿二人もまた他の生徒たちと同様に、この雨の放課後をそれぞれの課題に励む日とすることになった。

 

 

 

 

 

 

「──うーん、わからん」

「わからん、じゃない! 馬鹿なんだから、とにかく手を動かして書き取りからやれってば。わからないところは後でまとめて僕に見せろって言っただろ?」

 

 教科書をぼさっと眺めながらシャニが呑気にそんなことを抜かすので、ルクレはすかさず檄を飛ばす。

 頻出魔術式の書き取り200回も、二週間前の小テストの訂正も終わっていない人間に対して優しくしてやる義理はなかった。馬鹿に馬鹿と言って何が悪い。せめて書き取りくらいは休み時間でも使って終わらせていてほしいものだ。

 

 運よく空き教室を借りられた、──ミネア師にちょっとお願いしてみた、ともいう。人避けのまじないまでしてくれたので感謝しかない──おかげでこうして率直な言い方ができることだけが救いだった。

 

 他の生徒の目があるところでは、馬鹿、なんてわかりやすい罵倒もそうそうできない。

 優等生かつ優しいお貴族様であるところのルクレティウス君は学友にずけずけと物を言ったりしないし俗っぽい言葉を使ったりもしないのだ。

 そう思わせるよう振舞っている以上、第三者がいる場では口調にも態度にも気を遣う。それは相手がシャニであっても変わらない。

 

 まあこの場にもいちおうエウリアという第三者がいるのだが。

 だがそこはそう、ここ数日で彼女が逆に貴族らしい物言いに委縮しがちなことがわかって以来、あえて砕けた物言いを続けているのだからいい。いいことにした。

 こうやって貴族とも気の置けない関係を築けるのだと示していけば、彼女の上層階級へのちょっとした緊張もほぐれていくことだろう。そうでなければ困ったことになる。いろいろと。

 

 その当のエウリアは、というとたまにうめき声はあげながらも鉛筆を走らせ、時おり自分の書いたレポートと本の内容とを照らし合わせていた。

 彼女の形相は控えめに表現しても必死の一言に尽きる。

 

「──サスーシャ先輩、もし補足が必要そうでしたらそこの、その青い表紙に銀字の題の、その本を使うといいですよ。4章あたりからがちょうどいいかと」

「!! ありがとう、さっそく参考にする……!」

 

 やや行き詰っている様子だったのでひとつ助言を投げると、ぱっと緑の瞳を輝かせていいお返事が返ってきた。

 こうやって返事自体はしっかりあるし、シャニよりだいぶ集中して課題に取り組んでもいる。

 見た目だけは熱心で勤勉な態度に見えないことはない。

 

 が、そもそも彼女はシャニよりもずっと追い詰められた立場にいるのだった。

 

 鍛錬にずいぶん身を入れていたのか、それとも他に何か理由があったのか。

 まあおそらく前者が原因だろう。

 エウリアは明日が提出期限の課題さえまだ終わっていなかったのだ。しかも、攻性魔術に関するレポート、なんて時間のかかりそうなものが。

 かろうじて手はつけていたものの、進捗は芳しくなかった。さすがのシャニも期限に一日二日くらいは余裕をもって課題を終わらせていることが多いのに、だ。

 

 ちなみにルクレはハナからこの二人と同じ土俵に立っていない。なにせ課題は出された翌日に提出する派なものなので。

 

 おそらく、エウリアには得意でないことは後回しにしがちな節がある。無意識なのかはわからないが、座学はもちろん、魔導に対する姿勢自体にもその悪癖は表れていた。

 

 苦手なことに向き合いたくない、という気持ちはわからないでもない。けれど、さすがに提出物でそれをやってしまうことはよくない。

 教師の心象が悪くなるというのもそうだが、やらなければならないことが終わっていないというのはやっぱり意識の上でも重荷になる。

 エウリアのような気性なら余計に気にかかるだろう。そんなことでせっかくの訓練に身が入らないようだと意味がない。なにせ大会までの時間はそう残されていないのだから。

 

 それに、いくら提出期限がまだ明日まであると言っても、実際のところは今日までが締め切りのようなものだった。

 

 なにせ春雨の翌日は例年きれいに晴れ渡ることが多い。

 今日はこの通りの天気だが、だからこそ明日からはきっと快晴が続くことだろう。

 絶好の鍛錬日和になること間違いなしだ。

 そんな明日以降の放課後を鍛錬にあてたいのなら、課題を今日中に終わらせなければならない。あくまでも提出物が優先だ、とルクレも少し厳しく伝えていた。

 

 提出締め切りがかなりぎりぎりなこと、そして大好きな鍛錬が取り上げられる瀬戸際とあって、エウリアのやる気にはすっかり火がついている。

 シャニにも彼女のそのやる気だけは見習ってほしいものだ。やる気だけでいいから。

 

 と、そうして課題はすぐに終わらせる性分の己はというと、こんな日だからこそできることに取り掛かっていた。

 

 ルクレはすっと自身の手元に目を落とす。

 机上に置かれているのは、何の変哲もない、シンプルな銀の足環だ。

 その表面には黒のインクで花や葉の意匠が描かれていた。これはまだまだ下描きでここから更に彫金の工程が控えている。

 まだ図柄のすべてを書き写しきれてはいないが、おそらく完成したとしてもただの装飾品にしか見えないだろう。

 

 だが、これはれっきとした魔導具になる。その予定だ。

 ここに描かれた花びらや葉を組み合わせるとある魔法陣になる。ルクレの理論では問題なく作用するものだ。

 そうなるように元の魔法陣を変形して式を図柄の中に取り込んでいるのだ。

 

 まずはこれがぱっと見ただけでは魔導具だと気づかせないように。

 そうして次はこの魔導具がどういった作用をするものなのかわからせないように。

 そういった策謀込みでルクレが意匠を考えた、まさに一点ものだ。

 

 ただし、大会までの期間を考えるとこれ以上凝ったものにすることは難しい。

 講義中と演習場にいる間はさすがにこういった細やかな作業はできない。魔法陣をどう装飾に落とし込むかを考えるくらいのものだ。必然的に鍛錬後の夜寝るまでの間と講義が始まるまでのひとときだけが作業にあてられる時間になる。

 そのあたりを考慮して、図柄も本来ならもう少し複雑なものにする余地があったが譲歩したし、目につきにくいところは簡略化もした。

 

 とにかく限られた時間だが、後一か月半もあればこれともうひとつくらいは陣を施せる、そういう目算を立ててルクレは計画を進めていた。

 今のところ経過は順調だ。どの魔法を採用するかも決まっている。納期までかなり余裕を見れるだろう。

 

 魔法陣だ、というのも気が楽になっていい。

 魔法の根幹は祈りだ。陣の精緻さは魔術ほど必要とされない。手を抜いてもかまわないところでは手を抜きつつ、重要なところを丁寧に仕上げればいくらか時間も手間も短縮できる。

 そうやってなるべく早くに魔導具を完成させ、実践で慣らしと調整とを行えば十二分に使えるものになる。はずだ。

 

 ルクレとしてはどちらかというと調整の時間を多めに見ておきたい。

 なにせエウリアが主に扱うのは盾だ。これまでの繰り返しの中でも、盾を片手に戦っている様子を見たことがある。

 ちなみに剣や槍なども苦手ではないようだが、好んでは使わないらしい。使う盾も普通の武具ではなく、普段はただの籠手のかたちをしていて、魔力を流し込むと盾が展開される、そんな仕組みの武装を使うのだ。とシャニから聞いた。

 

 教える魔法もそれを仕込む装飾品も彼女の戦闘法に合うものをと考えているが、いかんせんそういう戦い方をする人間にルクレはそこまで詳しくない。

 だから、自分が作る魔導具が本当に彼女にとって有用なのか、使用に不都合がないか、をじっくり自分の目で確認して、必要なら仕様を変更する猶予もほしい。

 あくまでも魔法は補助だ。エウリアの戦い方を妨げるようなものにはしたくなかった。

 

 と、ペンの音とページをめくる音がひとつ途切れたような気がしてルクレは顔をあげた。シャニはまだ書き取りを続けている。

 と、いうことは。

 

 なにやら考え込んでいるエウリアの方に、ルクレはその身を乗り出した。背中に流したままにしていた藍色の髪が動きにあわせてさらさらとこぼれ、その手元に影を落とす。

 開かれたままの頁を覗いてみれば、エウリアはどうやら先ほど勧めた書籍の、やや前の方の章を読んでいた様だった。

 

 やってしまった。前もって忠告しておくべきだった。

 ルクレは自分のうかつさを呪いつつ口を開いた。

 

「……ああ、すみません、先に言っておけばよかったですね……。この本、3章以前の記述はあんまり参考にしない方がいいかと」

「そう、なのか?」

「はい、これの発刊から十年後に同じ著者が出した物で前提条件が間違っていた、と述べているんです。まだ雷撃系の魔術が発展していなかった頃のものなので……」

「なるほど、通りで習ったものとは違うことが書かれているな、と……というか、もしかしてリトグラト君、この本の内容覚えてたりするのか?」

「ふふ、偶然ですよ、」

「先輩、レティはすごいぞ。一度読んだ本の中身は全部覚えてるんだ。後書きとかもな」

「おい、シャニ!」

「本当か!? すごいな……わたしは昨日読んだものでさえ危ういことが多いのに……」

 

 謙遜しようとしたところを、すごい、すごいと二方向から褒められて、ルクレはもぞもぞと椅子の上で居住まいを正した。

 

 どうにも座りが良くない。腹のあたりがぞわぞわして気持ちが落ち着かなかった。

 だって、こうやって真っすぐ目を見て褒められるなんていつぶりかもよくわからない。

 世辞でもなく、嫌みでもなく、たった一言二言褒められているだけ。それだけでどうして自分はこんなにも気分がざわついているのだろう。

 

 こちらへ向けられた橙と緑の二対の瞳と目を合わせることができずに、ルクレは僅かに視線をそらした。

 二人の目が純粋な称賛の輝きを浮かべていることがわかっていて、だからこそ。

 

「……二人ともキリがよさそうですし、いったん休憩にでもしましょうか。おいしいお菓子を用意してあるんです」

 

 何故かちょっとこわばっている表情筋を総動員して曖昧に微笑み、ルクレはするりと立ち上がる。

 戦略的撤退だ。こんなところにいられない、と思考回路が警鐘を鳴らしている。

 このままこの場に居続けていたら、なんだかどうにかなってしまいそうだった。

 

 

 

 









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次回は2023/03/12㈰更新予定です、たぶんおまけでニアの話もあります(追い込み
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