中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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 ──僕としたことが、お茶の用意を忘れてしまいました。

 

 なんて白々しいことを言い置いてルクレは教室を出た。ほんの少し、いつもより少しだけ足早に。

 

 ああ、そうだ。完全に言い訳だ。それも杜撰すぎるくらいに穴だらけの。

 水なんて魔導を使えば簡単に生成できるし、湯になるまで沸かすこともできる。なんなら茶の葉だって本当は菓子と一緒に持ってきていた。

 人除けのまじないをしてもらったあの教室からわざわざ出なくて済むように。

 

 それでもどうしたってあの場にい続けたくなくて、馬鹿なことをやっていると自覚しながらルクレはあんなことを言った。言ってしまった。

 そのツケがこれだ。

 教室の外に出てしばらく歩くうちに、背中に刺さる熱烈で粘着質な視線。

 どうやら例の上級生たちはまだ女性化の解明をあきらめていないらしい。そんなに気になるのか。いやそれはこんな珍事が起きれば気になるのは仕方ないかもしれないが。

 

 ──馬鹿、馬鹿、ばか! それだってわかってたはずだろ!? 

 

 表面上は涼しい顔を崩さずに、けれど胸中では自分の愚かさを罵る。

 そんな器用なことをやりながら、ルクレはひとまず食堂へと足を向けた。一度教室を出てしまった以上、目的を達成しないまま戻ることはできない。こんなところで引き返すわけにはいかないのだ。

 

 全寮制なだけあってこの学院の食堂は場所も広ければ職員も多い。さすがに調理場は衛生面の問題があって自由には出入りできないが、その脇につくられた給湯室は生徒や教員も利用できるようになっている。

 とりあえずそこにいったん逃げ込んで、お湯と茶の葉をもらって。

 

 ひとまずこれからの算段をたてつつ歩くルクレの横に、すっと人影が落ちる。

 誰だ、と緩慢に首を回すその鼻先を掠めるのは薄荷のにおいで。

 ルクレはぱっと藍色の目を見開いた。

 振り返って仰ぎ見ればそこには教室に置いてきたはずのシャニがいる。

 

「シャニ……? ──は? 何、なんでおまえ」

「なんでって。荷物持ち、いるだろ?」

 

 はぁ。ルクレのしかめっ面もまったく気にせず、シャニは当然のような顔をしてやや後方をゆっくりと歩く。

 まるでルクレの背中に刺さる視線を遮ろうとするように。

 

 あまりにもなんでもないような顔をしてかざされる優しさに、ぎりりと胸が痛んだ。

 普段はどれだけだって鈍いのに、こんなところでだけ聡くなられても困る。困る、というかむしろ嫌だ。

 

「ティーセットくらいひとりで持てる。僕をなんだと思ってるんだ。だいたいおまえ、課題も終わってない癖に」

「書き取りは終わった、試験の訂正は、それこそレティがいないと進まないからな」

「そんなことで胸張るなよ……」

 

 シャニが後を追ってきたことが純然な優しさではなかったことに、ルクレはほっと胸をなでおろす。課題が切りのいいところまで終わって、自分の助けが必要になったから。手持ち無沙汰になったから追いかけてきた。

 それならまだ大丈夫、まだ許容範囲だ。

 

 そうだ、ルクレはシャニにただ優しくされることが一番嫌なのだ。

 こいつは馬鹿で愚直でお人好しで、誰にでも優しいし誰のことだって助けたがる。

 そういうやつだから自分はこれくらいの、持ちつ持たれつの立場のままでいたい。特別な何かにはなれなくてもいいから。

 特別な何かには、なれなくてもいい。

 生ぬるい諦めの言葉を繰り返す。そうしているうちに胸の痛みも和らぐような気がしてルクレは小さく息をついた。

 

 そのままひとつ深呼吸をする。と、鼻腔を焼き菓子の香ばしいにおいがくすぐった。考え事をしているうちにそろそろ給湯室に着くというところまで来ていたらしい。

 

「……おまえは外で待ってろよ、かさばるから邪魔になるし。荷物だったら帰り道に好きなだけ持たせてやるからさ」

「ああ、わかった。持ちきれなさそうだったら早めに呼んでくれ」

 

 部屋に入ってしまえば追跡者たちの視線も遮れる。彼らだって用事もないのに中まで踏み込んでくるようなことはないだろう。ついでに出入り口にシャニを置いたままにしておけば、多少の威嚇にはなるはずだ。

 そんなことをもくろみながらルクレは給湯室の扉を開く。

 

 ひとりでそこに足を踏み入れたことをたった五秒後には後悔しているとも知らないままに。

 

 

 

 

 

 

 

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 思わぬところで会うと想像もしてみなかった人間に遭遇すると、他の場所でそうするよりもずっと疲弊する。たぶん心の準備ができていないからだろう。

 

 時間にするとたった数分のことだったにもかかわらず、給湯室を出る頃にはルクレはすっかり気疲れしてしまっていた。疲れのあまりシャニに荷物を全部押し付けてしまったくらいだ。ひとつくらいは持つ気でいたのに、お湯をたっぷり入れたポットも保温性の高い分厚いカップも、三人分の茶葉が詰まった小瓶でさえ今のルクレには手に余る。

 

 ああ、こんなことならシャニを部屋の中まで連れて行けばよかった。そうすればいくらでも盾にできたのに。

 

 計算違いを嘆きつつぐったりとした足取りで教室に戻ると、レポートを書き終えたらしいエウリアが机に突っ伏していた。扉を開ける音は聞こえただろうに、あんまり疲れ果てているのか、うめき声のひとつもあがらない。

 普通なら一週間ほどかけて終わらせる課題を、ルクレが多少手助けしたとはいえ二日程度で仕上げたのだ。それは疲れもするだろう。

 まあまあ自業自得ではあるが、それでもあの強行軍をきちんと終わらせたことは評価したい。

 

 しかし元気そうなのはシャニだけだな、と思いながら、ルクレはてきぱきお菓子とお茶の用意を始めた。疲れてはいる、疲れてはいるがだからこそ早く休憩にしたい。

 

 小瓶のコルクの蓋を開けると、きゅぽんという小気味のいい音がした。ガラス瓶に詰まった茶葉をポットにそのまま流し込む。

 あんまり高級なものを出してふたりを気おくれさせるのもかわいそうだったので、今日のお茶は市民階級にもなじみのある安価なハーブを選んできた。こういうハーブのいいところは雑にいれても味がそこまで落ちないところだ。給湯室で選んでいる時はそこまで考えていなかったが、こうなってみると最良の選択をしたかもしれない。

 

 ポットの中で葉を蒸らし、ふわりとかぐわしい匂いがあがってきたところでカップに順々に注ぎいれていく。白い陶器の中で揺れる薄緑がくたびれた心を目から癒してくれるようだった。

 

 茶葉は安めだが、菓子に関してはそこそこ上等のマドレーヌにした。

 これはルクレが個人的に用意したもので、ちょっとした茶会にだって出せるような代物だ。それがたっぷり入ったバスケットを机の中央に置く。

 そこそこ上等といっても、リトグラト家から見るとお安いものだ。好きなだけ食べてほしい。どのみち日持ちもしないことだし。

 心身のどちらであっても、疲れ切っているときはとにかく甘いものに限る。

 

 いまだ突っ伏したままのエウリアの傍らに、念のため顔を上げたり身じろぎしてもぶつかったりしない少し離れたところを選んだ、カップを静かにおいてやる。と、人の気配を感じたのか、ゆっくりと栗色の頭が持ち上がった。

 

「サスーシャ先輩、お疲れ様です。さ、お茶とお菓子の準備もできましたし、休憩にしましょう」

「ああ……。感謝する……」

「シャニ、自分のカップは自分で運びなね」

「ん、ありがとな」

 

 マドレーヌをひとつ手渡すとエウリアはぱっと表情を明るくした。どうやら甘党だったらしく、美味しそうに次々焼き菓子を頬張りだす。

 さらに、お茶にもどぼどぼと蜂蜜を入れ始めた。どこから取り出したのかわからない蜂蜜の壷はかなりの大きさで、子供の頭くらいはある。その中身を惜しげもなくカップの中に注いでいる。その、どぼどぼ、という擬音は決して誇張ではない。

 どう考えてもどこから見ても入れすぎだ。蜂蜜入りのお茶というより、ハーブ風味の蜂蜜といった方が正しいような代物が彼女の持つカップの中に揺蕩っている。

 

「そ、そういえばさっき給湯室で王女殿下にお会いしたんですが、何か妙なことをおっしゃっていて……」

 

 その様子を見ていられなくて、ルクレは色濃い気疲れの原因を話題にあげた。

 そう、単身お茶の道具を借りに入った小部屋の中でよもやこんなところにいるとは思っていなかった人と出くわしてしまったのだ。

 

 ミルファリオ・エディリハリア・マグナ、王女殿下その人である。

 いくら身分差のないことになっている学院内とはいえ、王女が給湯室なんかに出歩かないでほしい。その輝くばかりの金髪を室内に見つけた途端、ルクレはもうよっぽど見なかったことにして帰ろうと思ったくらいだった。

 しかし、もう二度と会うことがないように、と祈ってからあまりにも早すぎる再会だ。やっぱり神とやらはいないらしい。

 しかも、そんな彼女とほんの数分だが話までしなくてはならなかった上に、その内容がよくわからなかったときた。

 

 ──聞いたわ、あなたにしては珍しいことをされてるのね。

 

 どういう意味でしょう? と聞き返すことは容易だった。だが、ルクレの性格上、あの場でリオに弱みを見せるような行為は選べず。

 疲弊ともやもやを抱えたまま、教室へ戻ってくることになってしまった。

 と、一心不乱に糖分を補給していたエウリアがその若草色の瞳を丸くする。

 

「王女殿下も給湯室を使われるのか……」

「あの人、けっこう気安いぞ。身の回りのことも一通り自分でするって言ってたし。それで、妙なことってなんだ?」

「いや……僕が珍しいことをしているとか、なんとかっていう……」

 

 ルクレはやや歯切れの悪い調子で話しながら、首をかしげる。

 珍しいこと。いったいなんだろうか。そもそもこの場合、リオから見ての珍しいこと、になる。自分では皆目見当がつかなかった。

 だいたい、「あなたにしては」なんて言われ方をされるほど、リオとの交流はない。ないはずだ。

 学院に入る前は夜会やらなにやらの折に世間話をしたくらいだし、入ってからはよけいに顔を合わしてこなかった。

 と、シャニがひとり納得したように手を打つ。

 

「ああ、もしかしてお前が俺と先輩に大会の為の指導を付けてくれてるって話のことか」

「──は? しゃべったの……?」

「お、おう。この前ばったり会った時に、ちょっと」

 

 もしかして、また俺は何か余計なことをしでかしただろうか。

 

 そのきょとんとした橙色のまなざしが、そうまざまざと語っている。

 そうだよ、その通りだよ、とは見栄が邪魔して言えなかった。

 シャニのことだ。包み隠さず話したのだろう。これに関しては口止めしていなかったルクレが悪い。

 だから言い返す代わりに、喉の奥でぐぅ、と唸る。知られてしまった。それもよりによってリオにだ。

 ルクレの思考回路は今、ここ最近稀に見るほどの速度で回り出していた。

 

 

 

 

 

 

 










コメント・評価いつもありがとうございます、励みになっています

次回は2023/03/26㈰更新予定です
また、おまけを2023/03/19㈰に追加します
よろしくお願いいたします
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