中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る 作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首
そもそもエヌフォーリア学院の生徒には、学院祭はただの行事ごと、イベントの範疇を大きく超えた催しだった。
と、いうのも多くの生徒にとって学院祭で活躍できるかどうかが将来に直結するからだ。普段は閉ざされた学舎がこのときばかりは門戸を開き、大勢の来賓を迎え入れる。エディリハリア王国内だけでなく諸外国からも訪れる人々は未来の有望な研究者や魔導士、騎士の卵を探しにやってくるのだ。
特に騎士を目指す生徒たちにとって大会以上に自身をアピールできる場はない。
たとえ優勝できなくとも、少しでも活躍ができれば卒業後の騎士団入団に大きく近づくことができる。今の騎士団長もこの学院の卒業生でかつての優勝者だったそうだから、生徒たちが真剣になるのも当然のことだった。
そうして、エディリハリア王国における騎士とは魔術と武術の両方に通じた者のことを指す。
だから、勝ち上がってくる参加者は魔導はもちろん武道にも精通する生徒ばかりだった。どちらかだけに秀でた者が優勝することは難しい。過去にほとんど例を見ないはずだ。
特に今年はリオがいる。百年に一度の天才、と称されるだけあって彼女は優勝の最有力候補で、ルクレが経験したこれまでの繰り返しの中でも優勝するのは前評判通りいつだってリオだった。
魔術に秀でた王女殿下はそれと同じだけ武術にも突出した才を見せている。特に細剣を用いた剣術はすでに本職の騎士にも匹敵するほど。らしい。
武術には特に興味のないルクレにとってはどうでもいいことだが、完璧すぎてまったく気に食わない限りだ。
そんな環境で魔術的には欠陥のあるエウリアが優勝することなんて夢のまた夢。リオどころか、他の参加者に勝つことも厳しい。
でも、だからこそ。
この状況で学院でも有名な劣等生であるエウリア・サスーシャがミルファリオ王女殿下に勝つ、あるいは優勝するなんてことになったら。
きっとおもしろいことになる、なんてその程度の打算だったのだ。
シャニという周囲の視線からの盾を確保しつつ、対価として魔導についていろいろと教えてやることで遠回しに王女の完璧に傷をつけられたら。だなんて、そんなこと当然考えていたに決まっている。ルクレティウス・リトグラト・リィは嫌がらせの機会をやすやすと逃すような間抜けではない。
ただし、そんな甘ったるい計算は、隣でのんきな顔をしている男によって狂わされたわけだが。
とにかく誰かさんのおかげで一分一秒だって無駄にできなくなってしまった。計算外にもほどがある。仕方がないので最近は食堂で三人待ち合わせて、少し早い時間に夕食をとるようにしていた。
のだが、今日はいつもの時間になってもまだエウリアの姿が見えなかった。
「先輩、まだいらっしゃらないね」
「ああ、そうだな……昼に会ったときは元気そうだったんだが……」
「ふぅーん」
歯切れの悪いシャニの返事を聞き流す。ルクレには既に嫌な予感があった。
①エウリアは何の連絡もなしに遅刻をするような人間ではない。
②彼女は自分と同じく「森の氏族」の血をひいている。
③彼女は貴族階級と非常に折り合いが悪い。
何か、あったんだろうな。そう思いながらも自分から立ち上がることはできない。
だって、柄じゃない。公爵令息ルクレティウス・リトグラト・リィはどこかの「正義の味方」志望の馬鹿のようにお優しい人間ではないのだ。
「二年の教室、見に行くか? 途中で会えるかもしれない」
「……そうだね、先輩がいないことには始まらないことだし」
だからこそシャニの提案は渡りに船で、ふたりが腰を上げかけたちょうどそのとき。
「あ、いたいた! おい、シャル!!」
扉の方から食堂の中をうかがっていた男子生徒がシャニの顔を見つけて駆け寄ってきた。
見覚えはある顔だ。同じクラスになったことはないが同じ一年生で、平民出身。確か、名前は。
「どうした、カロ」
「あっちの方でお貴族様……っと、上級生の人とエウリアさんが揉めててさ、お前なんとかできね?」
「揉めてる? どこでだ」
「あっこの階段の踊り場んとこ、ニ年の階から食堂に降りてくる……」
「ああ、あそこか。わかった、行ってみよう」
「悪いけど頼んだわ、おれにはちょっと入れなくってさ」
「いや、伝えてくれてありがとう。──レティ、行こう」
シャニに促されるまま立ち上がって、カロと呼ばれた少年に浅く会釈してから背を向けた。平民出身の生徒にとって、貴族絡みの厄介ごとは関わることさえ気が引けただろう。
それをわざわざシャニを探してまで解決しようとしてくれるあたり、この少年もシャニのご同輩というか、善側の人間なのはなんとなくわかる。
やはり善人は善人を引き寄せるものなのだ。自分が例外だっただけで。
さてその厄介ごとの中心であるエウリアを見つけるのは、予想通り簡単だった。
なぜか、というと、そこだけ明らかに人の流れから浮いていたからだ。
通りすがる生徒たちは数瞬足を止めはするものの、明らかに貴族らしい生徒とエウリアの姿を見たとたん。足早に立ち去っていく。
まぁ、関わり合いになりたくはないだろう。
見るからに貴族らしい生徒ふたりとそのふたりに壁際に押しやられた森の氏族の少女。しかもその少女、エウリアは項垂れて表情が見えない。
誰がどう考えてもトラブルの真っ只中だ。
けれど、その光景を見た瞬間。ルクレの脳内に浮かんでいたのはまったく別の感情だった。
嫌だな。あんな風にしおれているのは彼女らしくない。もっと、こう。
「──何をされていらっしゃるんですか?」
今にも割って入りそうだったシャニの袖口をくい、とひいて制止し、代わりに前に出る。
考え事は後回しだ。だいたい、こういう場面で口火を切るのは自分の方が向いている。
何をされていたかなんて知っていますよ、と言外に含ませて微笑んで見せた。
「……リトグラト、何用だ」
「サスーシャ先輩にちょっと用事があるんです。お借りしても?」
「貴様が、か?」
振り返った生徒たちの苦々し気な顔はなるほど見知ったものだった。王女の取り巻き十、十一くらいの伯爵子息と子爵嫡男。しかしびっくりするほど感情を隠さない態度はとても貴族と信じがたい。程度が知れるというものだ。
「おや、同じ森の氏族である先輩に用事があってはおかしいでしょうか?
僕が先輩と親しくさせてもらっていることは、それこそ王女殿下もご存じのことですよ?」
ミルファリオ王女の取り巻きのくせにそんなことも知らないんですか? と少しわかりやすい嘲笑いでもって刺しておく。そうしなければきっと気づかないだろう。それに、こいつらみたいな人種は大好きな王女殿下についての無知を指摘されることが一番「効く」のだ。
「きっ、さま……!」
予想通り、少年たちの顔が一気に朱く染まった。エディリハリア貴族の矜持はどこにいったのやら。まったく嫌な話だ。こういう輩ばかりだから父祖に良いように操られているというのに。
怒りのままに振り上げられた拳を、ルクレは避けることなくただ見つめる。
いくら学院内は身分平等をうたっているとはいえ、上位貴族を一時の激情に駆られて打擲するならそれはそれでかまわない。これ以上ない報復の口実になるし、まあそもそも自動障壁があるからどうせ当たらない。
頭の中にはそういう打算があって、だから身じろぎ一つする必要はなかったのだ。
「──それはさすがによくないでしょう」
だから、そう。
シャニが止めに入ることは、ルクレのちっぽけな打算にはない展開だった。
「シャニ……?」
「先輩方の間で何があったのかは知りませんし、リトグラトが何か気に障ることを言ったのかも知れませんが。それでも、それは手を上げていい理由にはならないでしょうよ」
貴族で、しかも上級生相手に物怖じすることなくそう語る男の橙色の目は義憤に燃えている。
「貴様、平民の身で……っ!」
「待て、よそう。……エイデン相手だ、まずいことになる」
言い返そうと、あるいはまた殴りかかろうと距離を詰めた生徒を、平静を取り戻したらしい片割れの伯爵子息の方が止めた。賢明な判断だ。ルクレならともかく、シャニを相手取るのはそれはもう彼らにとってまずいことにもなるだろう。なにせ最愛の王女殿下のお気に入りなのだから。
「いい気になるなよ、臆病者の血族が!」
最後にそれだけ吐き捨てて足早に立ち去るふたりを微笑みながら見送る。それにしても見事な捨て台詞だった。いっそ感心するくらい堂に入っている。
自分も、曲がりなりにも悪役をやっているのだから見習った方がよさそうだ。
と、いうか捨て台詞の主は子爵の嫡男程度の男だったはずだが、まぁリオの取り巻きが増長しているのは今に始まったことではない。
ああいうものを放任しているところは完璧な王女様の数少ない欠点といえるかもしれなかった。
あわや面倒なことになりかけた。だが差しさわりのない形に落ち着けたはずだ
彼らの面目は最低限傷つけられたにとどまっただろう。
もちろんルクレにはもっと手ひどく踏みにじることもできたが、……それはきっと彼女が望まない。
「大丈夫ですか、サスーシャ先輩」
「──すまない、助かった」
「いえ、……とにかくここから離れましょう」
よっぽど長いこと彼らに捕まっていたのか。返ってくる言葉にはどこか覇気がなく、その栗色の髪の毛先までがへにゃりとしおれている。
こんな状態の彼女を人目を集めるところに置いておくわけにいかない。ルクレはエウリアの肩を抱くようにしてとにかく歩かせることにした。踊り場なんかに立ち止まったままだから衆目を集めてしまうわけで、人の波に紛れられれば少しはマシになるはずだ。
「あいつら、やり返せなかったからってあんなこと」
炎の色をした瞳にまだ憤りを燃やしたまま、シャニはきつく顔をしかめている。
”臆病者の血族”。その捨て台詞がどうにも許せないようだ。
それは、ルクレにとっても同じだった。その言葉が指しているのは森の氏族そのものだからだ。
「エイデン、いいんだ。ふたりとも、今日はすまなかったな。ありがとう」
けれどふたりの心情とは裏腹に、シャニを宥めるエウリアの声色はすっかり落ち着いている。
「ああいうのは、森の氏族の裔として言われて当然のことだ。──も、もちろんリトグラト君は違うぞ! あなたは、英雄の血をひいているのだから」
エウリアはとびきりまぶしいものを見るように、緑の目をすがめてルクレに笑いかける。その顔はどこか泣き出しそうにさびしかった。
書き恥ですが戻ってきました。
不定期更新になりますがお付き合いいただけますと僥倖です。