中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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 ──どうしてお前がここにいる! 

 そう叫ぶことを堪えきった自分の理性に今日ほど感謝した日はない。

 シャニの腕をなぞって魔力路を刺激しながら、ルクレティウスは泣き出したいような気持ちでいっぱいだった。

 

 どうしてイウミュアナがここにいるのか、考えても考えてもわからなかった。

 あれは本邸の魔導具保管庫『穴倉』の主だ。

 あそこからひとりで出てくることなんて、これまでほとんどなかった。それこそ結界の修復に訪れたときだって、ノスティークに連れられていた。

 だいたい、ひとりきりで外出することを彼女が許すだろうか。

 だってあの家令は昔、イウミュアナが見当たらないというだけの理由でルクレの腕を引きちぎりかけたのに。

 あの時の痛みは今も覚えている。シーダがその場にいなかったら、きっと五体満足ではいられなかったことも。

 

「……っ」

 

 ふるふると小さく首を振る。現実逃避はルクレティウスの悪癖だ。

 目の前のすべてから目を背けたがる思考をなんとか軌道修正し、魔力を指先に集中させた。

 

「……それはまちがいなく35.6895°N/あのわたくしのいた春の座標」

 

 ”これ”は未覚醒の魔力路を無理やり拡張して一時的に魔力の出力を上げる術だ。

 自分のために禁書から探し出し何度も何度も改良して、けれどなんの意味もなかったもののひとつ。

 いや、意味ならできた。たった今。

 まくしたてるような早口で無声音の詠唱を続ける。

 ずいぶんと弄りまわしたとはいえ、禁書に封じられていた術式だ。間違ってもシャニに聞かれるわけにはいかない。

 

「Fという時節/ねむることができないこのわたくしは祈ります」

 

 いまだ見慣れない花びらのような爪先。そこに宿った淡い光がかすかに瞬く。

 魔力枯れの予兆に頭は鈍く痛み始めていた。すでに何度も障壁を展開している身だ。

 度重なる魔導の行使で自分の限界が近づきつつあることなんてわかっていた。

 もっと魔力をもらっておけばよかった……! 

 ルクレティウスの脳裏を義妹の気弱そうな顔がよぎる。

 ニアに頼るのは癪で、魔力を補給してもらう時はいつもすぐに済ませた。日常生活を問題なく送れるくらいもらって、それで終わり。

 学院にいる限り授業で魔導を行使するような分には困らないし、何より彼女と顔を合わせること自体が嫌だったというのもある。

 こんなことになるなんて思ってもいなかったのだ。

 けれど、後悔は何の役にも立たない。こんな状況でも、それでも今の自分にやれることをやらなければ。

 

「どうかαからΩまでのすべてが摂理にゆるされて/4にんの罪過と9つの窓が

 今夜もやさしくあれますように」

 

 そうでなければ間違いなく今夜この場で、ひとつの命が失われる。

 頭のどこかで、ともしびの焔を纏うあの灰色の腕が現れることを期待している自分がいた。

 でも、そんな風に都合のいいことは起こったりしない。

 ルクレティウス・リトグラト・リィの人生は生まれたことから間違いだったから、そこから先で報われるようなことは起きたりしない。

 因果応報とはそういうもので、それ自体は飲み込んだ。

 もう抵抗したりしない。ちゃんと受け入れた。

 そう、己の人生というのはただあの夏の夜まで死ねないだけの、あの夏の夜に死ぬだけのものだ。

 七百四十九回だ! それだけの人生を浪費して、やっと諦められるようになった。

 でも、そんなに人生をやってきたくせにずっと他人のことなんてどうだってよかったから、自分のことしか考えてこなかったから。

 だからルクレティウスには、エウリア・サスーシャがいつも生きていたのかがわからない。

 シャニはともしびの勇者だ。こんなところで死んだりはしない。きっと生き延びられるだろう。

 自分は、罪人だ。あの夏の日まで死ぬことを許されない。今日だってきっと死ねない。

 ──でも、エウリアは? 

 その問いの答えを自分はもっていなかった。

 

「7つめの願いをあたらしく/言葉ではなくてのひらに書いた文字で」

 

 彼女に死んでほしくない。

 それはもう、ルクレがその死を背負えないからだけではなかった。

 嘘だらけの自分を、まぶしいもののように見つめる若緑の目が頭にこびりついて離れない。彼女はリトグラト家を、ロゥク・ルゥ・リトグラトを信じている。

 父祖が世界を滅ぼそうとしていることはもちろん、本当のルクレティウスが薄汚い悪党であることも知らない。

 だから、あんな目で見てくれたのだ。

 でも、それだけじゃない。

 ルクレがくだらない夢のために身に着けた知識を褒めてくれた。その場を取り繕うだけの軽口で笑ってくれた。自分のプライドを守りたいだけの助力に感謝の言葉をくれた。

 全部が嘘なのに、本当のものを返してくれた。

 だから、何も返せないのならせめて奪うわけにはいかない。こんな自分のせいでエウリアを死なせるなんてこと、あってはいけない。

 どうしてだろう。胸が締め付けられるように苦しかった。いっそ赤子のように泣きじゃくれたら、きっと楽になれるのに。

 それでもそんな己を晒すことは矜持が、見栄がゆるせない。

 そうだ。自分は見栄っ張りで、己が創りあげ蘇らせた術式をシャニに見せることが好きだった。

 まだふたりの関係が良好だった頃のことだ。

 そうやって見せびらかしてきた魔法のひとつが、勇者の剣だった。

 笑えることに、ルクレティウスが心血を注いで蘇らせたその術こそが自身を殺す運命を帯びていたのだ。

 知らせなければ、彼がこの剣を振るわなければ、と思ったこともあった。でも、気づいた時にはなぜだかシャニの手にはいつもともしびの剣があって、最後にはこの体を貫いていた。

 きっと今回もそうやって終わるのだろう。

 それはルクレティウスにとって避けられない運命だから。

 けれど、今のシャニには単独で剣を顕現することは不可能だ。だってこの時期はまだ、彼の中に火の兆しはなかった。

 いや、そもそもひとりでは術式の構築だってできないだろう。

 それなりに複雑な術式を必要とするあの魔術を彼が自在に扱えるようになったのは確かいくらかの危機を経てからのことで。

 だが、シャルナノーク・エイデンの体には今も、あの業魔を祓う橙の火種が宿っている。それだけは疑いようのない真実だった。

 

「あなたの0と1のまばたきで/夜は晴れるから

 くちづけて、イルミトセ」

 

 だから、祈り以外の全部を自分が用意する。

 詠唱を紡ぎ終えた瞬間、ルクレの爪先から、シャニの体へ。魔力がずるりと流れていく。

 しんじつ彼が「正義の味方」であるのなら、「ともしびの勇者」であるのなら。

 きっと神様は祈りに応えてくれる。

 

「っ──sPUñtkǖ!(スプーニク)!」

 

 木立の向こうからエウリアの声が聞こえた。爆風の余波が木々とふたりの髪を揺らす。

 余計なことを考えている時間はない。

 彼女が必死に稼いでくれているこの一分一秒を無為にするわけにはいかないのだ。

 気づけばシャニの腕をなぞっていた指先は焦げるように熱をもっていた。まるで火傷でもしたかのように熱くて痛い。

 その痛みが魔力を失って遠のきかける意識を今に留めてくれている。

 日に焼けた膚の下に確かに炎の気配を感じて、ルクレティウスは息をついた。

 準備は整った。

 後は。

 

「ぼく、を……」

 

 僕を信じろ、と言いかけてルクレティウスは唇をかんだ。

 いったいどの口がそんな寝言を言えるだろう? 

 信じてもらうに値するだけの何かを差し出すことさえできないくせに。

 誰かに信じてもらえるような特別な何かになんて、一度だってなれなかったくせに。

 それでも今、この場には言葉が必要だった。

 シャニが己の中に掲げる祈りを信じられるだけの、何かが。

 

「……シャルナノーク・エイデンの正義を、僕に信じさせてくれ」

 

 躊躇を振り払うように勢いをつけて顔を上げる。そして、シャニの橙色の目をじっと見つめた。

 自分にはこんな言い方しかできなくて、だからせめて目を背けることだけはしたくなかった。

 信じるしかない。信じてもらうしかない。

 ルクレティウス・リトグラト・リィがこれまでの人生の終わりに見てきたものを。

 シャルナノーク・エイデンがその身に秘めた「勇者の証」を。

 

「──ああ」

 

 何一つ信用できない言葉だろうに、それでも何の躊躇いもなくシャニが頷くから。

 だからルクレティウスも止まらずに済む。

 成されるがままの手をつかみ、空中に陣を描かせた。

 それは、単純な円の縁にたった数行記述するだけの魔法陣だ。

 自分がかつて蘇らせたものはもっと複雑で精緻だった。

 かまわない。こんなもの結局どれだけ緻密に描いても意味はない。

 この魔法に必要なのは、祈り。ともしびの火。

 今はまだ何の兆しも翳さない澄んだ魔力がやや歪ながらも陣のかたちをとってほのひかる。

 

「行くぞ」

 

 シャニが追いかけやすいように今度は一言一句はっきりと、しっかりとした発音で詠う。

 

「──みあかしあかし、世界に灯し/(たきぎ)はわたし、この身をくべる

 此岸彼岸(しがんひがん)の別なく焦がし/火継ぎをここに」

 

 詠唱に呼応するように宙に浮かぶ陣が、シャニの橙色の瞳が内側から朱く朱く燃えていく。

 そのあかいろの中で虹彩が金に瞬いた。

 ああ、火花だ。火花が散っている。

 そう、直感的に理解する。

 暗い森の宵闇の中で、その瞬きは背筋が震えるほどに美しかった。

 いつか自分もこの火によって死ぬのだとわかっていても、なお。

 そして祈りの最後の一節は、ルクレティウスの知らない(ことば)で、ともしびの勇者の口からひとりでに零れ落ちた。

 

「そう、火継ぎはここに成就した/かくして索訶(さくか)は燃え尽きる

 ──ミトグラスの剣」

 

 焔がその腕に結実したのは、真っ黒な影が戦槌とともに飛び込んでくるよりもほんのわずか、本当に瞬くほどの刹那、先んじてのこと。

 その一瞬が命運を分けた。

 襲い掛かる戦鎚を搔い潜ったシャニが橙色の炎を、剣を振るう。

 迷いのない動きだった。躊躇いのない太刀筋だった。

 焔はあっけなく魔族に届き、その首を一閃のもとに切り裂いた。

 









すみません、参考までに教えていただけると助かるんですが
ハーメルンって途中でえっちな話投稿できるんですか?
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