中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る 作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首
空の端が白み始め、世界に夜明けの気配がやっと訪れたころ。
シャルナノークの手や唇が、ルクレティウスの体中の、本当にありとあらゆるところとあらぬところを撫でたり吸ったりなめたりつねったりした怒涛の時間もまた、終わりを迎えようとしていた。
──おかしい。
乱れ切ったシーツの上でルクレはぜいぜいと荒い息をつく。
こんなことになるなんて、予想もしていなかった。
これっぽっちも、だ。
そもそも自分は当初、シャニのシャニが使い物にならない可能性も想定していた。
実をいうと本当の本当に駄目だった時のために”そういう”薬だってこっそり用意していたのだ。
なのに。
ただでさえうまく回らない思考回路が疑問符にまみれていく。
なのにどうして、どうしてこんなことになっている?
ルクレがこの部屋に忍び込んだのは確かに真夜中のことだ。
けれど、本来なら今頃はすべてが万事滞りなく済み、自室に戻って達成感の中で眠りについている頃合いだった。
当然だ。明日は朝からいつも通り授業があるのだからあまりのんびりしていられるわけがない。
滞在時間はどんなに長くても一時間程度になるだろうと思っていた。
だってルクレティウス・リトグラト・リィは、今はこんな体になってしまっているけれど、男だ。れっきとした。
だから性交渉にどの程度の時間がかかるかなんてもちろん知っている。
しかもこれは、愛し合うふたりがするようなそれではない。
ただの儀式だ。儀式。
明け透けに言うなら、入れて出してはい終わり! の予定だったのだ。ルクレの想定していた「一番うまくいった場合」の計画では。
それを、こんな。
ルクレはおずおずと自分の体に視線を落とした。
そこに鎖のように纏わりつく、日に焼けた誰かの腕は極力見ないようにする。
これはだめだ。精神衛生上よくない。
そうやって薄目で見下ろした体は、自分のそれながら目を覆いたく様な惨状と化していた。
──まず目立つのが噛み跡だ。
血は出ていないし、うっすらとしているものの、その代わりあちこちに残されている。
太ももや胸元だけでなく、くるぶしや二の腕、首筋など本当にあらゆるところに、だ。
ちょっと引いた。
それから、次に目を引くのは腰だろう。
ほっそりくびれた腰には、大きな手の跡がふたつ、くっきりとついてしまっている。
その跡に手を添えるだけで、それがいったいどういう風につけられたのかがはっきりわかってしまう。
いわば動かぬ証拠のような痣。
常は雪のように青白い自分の肌も今日ばかりはやけに血色がいい。
発熱した時でさえこんな風になったことはないはずだ。もう断言できる。
けれど、体調は高熱が出たとき並みに最悪だった。
体はというと全体的に色々な液体で、それらが主に自分から出たものなのがまた理解できないが、べとべとだ。
湯でも水でも浴びてとにかくさっぱりしたい気持ちとは裏腹に、実際は精も魂も尽き果てて指一本動かせない。
当たり前だ。
この体力馬鹿は何を考えているのか、一時間どころか三時間以上ルクレを貪ったのだ。
それは、貪る、という言葉以外に言い表せない狼藉だった。
ルクレが元男で、それなりに体力がある方でなかったらきっと失神してしまっていただろう。
なまじ体力があったばかりに気を失うこともできなかった、ともいうが。
とにかく今のルクレにはもはや起き上がるどころか、シャニを突き放すような気力さえも残されてはいない。
ぐちゃぐちゃのシーツの上に寝そべっているのが精いっぱいだ。
それをいいことに、
逃げようにも逃げ出せない中で、ルクレティウスは思わず嘔吐きそうなほど甘ったるい余韻を噛み締めさせられていた。
これを最悪と言わずして何を言う。
「──すまん、歯止めがきかなかった」
「ひゃ……っ!」
思わず妙な声をあげてしまってルクレは慌てて口を押えた。
それもこれもシャニが何故かうなじに顔をうずめたまま喋るせいだ。
ひどく過敏になった肌は熱い吐息があたるだけでこそばゆい。
華奢な背筋がぞわりと甘く震える。
そうだ。いま背骨を走ったこの感覚は、ただくすぐったいだけのものではない。
そのことを、今の自分はもう十二分にわからされてしまっている。
反射的に体をすくめたルクレティウスに気づいているのかいないのか。
不埒なその指先が、はっきりとした意図をもって下腹部を撫でた。
体が反射的にきゅん、と疼く。
指の熱が呼び水になって、つい先ほどまでの記憶が呼び起されようとしていた。
ルクレの、日頃は明晰な思考回路が音を立てて軋む。
「は?」
「……悪い」
背中に何か硬いものが当たった。
それがどれだけの熱を持っていて、どれほど的確に自分を蕩けさせるのか。
ルクレティウスはすでに存分に味あわされて知っている。その身をもって。
「もう少し、もう少しだけ付き合ってくれないか……」
「は!?」
「本っ当に悪いと思ってる。すまん! 理性には自信があったんだが、そうだな。自信があるつもりなだけだった。……驕って、いたみたいだ」
振り返って見たシャニの目は、萎れているようで、その奥底は相変わらずぎらぎらと燃えていた。
その視線に射抜かれて、言葉が喉の奥で凍りつく。
──明日は普通に授業があるんだぞ!
咄嗟にそう叫びかけた言葉は炎に焼き尽くされて、空気を揺らす前に霧散した。
頭の隅っこでは、馬鹿みたいに冷静な自分が拒絶しろとわめいている。
──けれど、その声は不思議と、もう遠くの方でしか響かなかった。
すでに腰から下の感覚は薄い。
頭はやけに熱っぽくてゆだるようで、思考がうまくまとまらない。
なのにここからまだシャニに付き合わされるなんて絶対に無理だ。
無理というかだめだ。
だめになってしまう。
使い物にならない、ならきっとまだマシな末路だ。
最悪、ベッドから降りることさえできなくなるだろう。
そんなのはごめんだ。
だいたい先生方にどう言い訳すればいい。
腰が砕けて立てないので休みます、なんて何をどうまかり間違ったとしても言えるわけがなかった。
それでも。
「…………い、一回だけ、ならいい、けど」
あのシャルナノーク・エイデンが自分をほしがっているなんて──それがたとえ今日のこの一瞬の錯覚だとしてもかまわない。
こいつが目の前の肉欲に溺れているだけだとしても、かまうものか。
だって、ずっと望んでいたものがいま目の前にある。
「いいのか!?」
「い、一回だけだぞ! 一回だけだからな!」
「っ、ああ……!」
そんなことを思ってしまった時点で、ルクレの
その晩、ルクレティウスは夢を見た。
目が覚めたときにはもう、どんな夢だったかなんて覚えていなかった。
ただ、覚えていられなかったことがどこか悔しいような、忘れてしまえたことにどれだけだって安心してしまうような。
そんな不思議な感情だけが胸の内に燻っていた。
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同じ二日月の下、学院から遠く遠く離れたリトグラト邸の一室は漆黒に染められていた。
月明りだけが差し込む部屋には貴族の邸宅に似つかわしい瀟洒な家具が配置されている。
けれど、明らかに高級そうなそれらすべてが魔族の黒い血を浴びたせいで見る影もなく汚れていた。
その闇の中に一人の男が立っている。ズボンだけを履いた、上裸の若い男だ。
部屋の惨状とは裏腹に、鍛え上げられたその肉体には返り血ひとつ飛んでいない。
その足元には首をねじ切られた女の死体が転がっていた。
「っあ”~やりすぎた、か?」
黒髪の男は面倒そうに髪をかき回すと、軽く後ろを振り向いた。
そこには誰もいなければ、何もない。
けれど男は虚空に向かっておもむろに口を開く。
「なぁルキ。これもしかして俺に非があるのか? いや、どう考えてもこいつ俺のこと殺す気だったっての、正当防衛だろ、マジで」
それは、弁明だった。
男は、まるでそこに誰かがいるような口ぶりで、目の前の惨事を正当化しようとしていた。
もちろんその言葉を聞いているものなど何もない。
惨劇の目撃者は夜空に浮かんだ細い月ひとりだ。
けれど男は誰かの言葉を聞いているかのように少しの間を空けて、言葉をつづけた。
「──ん? ああ、そっか。あのな、正当防衛っていうのはさ、殴られそうだったら殴り返していい、ってそういうやつだよ。……ほら、だろ? 無罪無罪。つか、もちろんルキは俺の味方だよな?」
返事などない空間に向かって、男はなおも問いかける。
その語尾にはどこか甘えがにじんでいた。
それは、相手が絶対に是と返すことがわかっている、そういう声色だった。
「だよなァ? 俺たちの仲だもんな? ……なんだよ、別に疑っちゃいねぇって。ただ、あれだ。友情ってのは適宜こうやって口にして確かめ合う方が長持ちするもんだろ?」
男は唇の端を釣り上げて機嫌よさげに笑う。
その笑みは荒々しくも、抗いがたい色気を帯びていた。
「おっし、じゃあとりあえずこれを下にブチ込んでくるか。なァに、俺はアフターサービス万全だからな。売られた喧嘩の後始末だってしてやるさ」
足元に転がった女の首と胴体を拾い上げると、男はすっと笑みを消した。
それだけで真っ暗な部屋が底冷えするような威圧に満ちる。
つまらなさそうに細められたその黒い目の奥底で、金のひかりが瞬いた。
「──なぁ、ノスティーク。次はもっとうまくやってくれよ。こんなんじゃ、寝起きの運動にもなりゃしねぇだろうが」
シャニが止まらなかった。などと供述しており……
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