中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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 一目見ればわかるような明らかなことを濁すのは優しさじゃない、とルクレは思う。

 何が言いたいかというと、目の前の男のことがやっぱり嫌いだという事だ。

 気の使いどころがおかしいんだ、こいつは。

 縮んだか? じゃない。縮んだどころじゃないことくらい、一目瞭然だろう。はっきりと聞けばいいのだ。その有り様はなんだ、と。

 

「言いたいことがそれだけなんだったら、出て行ってくれないかな」

 

 浮かべた笑みが馬鹿みたいにひきつっているのが自分でもわかった。けれど、苛立ちをどうにも隠していられない。

 胸の真ん中がじくじくと、まるで焼かれたように痛むからだろうか。

 その痛みを振り払うように、ルクレは小走りでシャニの背後へ回った。そのやけに広い背中を扉の方へ向かって力いっぱい押していく。

 押そうとした、という方がずっと正しい。少しくらいは動揺していてもおかしくないのに、シャニの体はびくともしなかった。

 掌から伝わってくる熱と筋肉の硬さが憎くて憎くてたまらない。

 必死に押しているのにこゆるぎもしないシャニのせいで、毛足の長い絨毯を踏みしめた足がずる、と滑る。

 

「ほら! さっさと行けよ! 出口はあっち!」

「っ、何かあったんだろ! 今にも死にそうな顔してるのにほっとけるか!」

「ああ! ぜひ放っておいてほしいかな! 僕は、おまえが助けてあげなきゃいけないようなか弱い乙女じゃないんだから!!」

 

 激情で乱れるルクレの脳裏を3人の少女の姿がよぎる。

 シャニが749回の繰り返しの中で救った女たち。

 正義の味方に助けてもらえる、特別な彼女たち。

 ルクレがほしかったものをすべて持っていた、妬ましい少女たち。

 ルクレは、いつだってこの男にとっての何者にもなれなかったのに。

 

「はやく出てい」

「待てって! ──親友だろうが!」

 

 しんゆう。

 シャニの口から飛び出た言葉にルクレは体を強張らせた。

 

 ──お前がそれを言うのか。

 

 親友。親しい友のこと。特に親しい間柄の。シャニと自分が、そうだって。

 ルクレの心はぐちゃぐちゃだった。まるでひどい嵐が吹き荒れているみたいだ。

 たったひとつの言葉にぐるぐると感情がかき乱される。

 言いたい言葉は山のようにあるのに、何一つ唇から出てこない。

 でも、いったい何と言えるだろう。

 僕のことなんか眼中にないくせに、とか? 

 あるいは、おまえが僕を殺すくせに、とか? 

 冷静じゃないことも自己中心的な言い分なことも全部承知の上で、それでもそう言ってしまいたいとあの夜の自分が叫んでいる。

 けれど、こんなときも冷静な頭は何も言うなと警鐘を鳴らしていた。

 言ってはいけない。ここですべてをぶちまけてしまうのは簡単なことだ。けれどそうしてしまえば、シャニとの間に決定的な亀裂が生まれる。安穏とした学院生活は夢のまた夢、休暇どころではいられない。

 どうすればいい。

 ルクレはこらえるようにぐっと下唇を噛んだ。

 いつの間にかシャニの背中を必死で押していた手はちからを失って、ただそこに添えるだけになっていた。

 背後の怒りが静まったと思ったのか、シャニがゆっくりと振り返った。

 その力強い橙色の瞳がまっすぐ自分を見ている。そんな錯覚に襲われて、シャニは思わず視線を床に落とした。

 勘違いしてはいけない。あんな言葉を、こんな視線を真に受けても苦しいのは自分だけだ。

 これまでだって、何度もそれが勘違いだったと突き付けられてきたのだから。

 とにかく沈黙を避けようと、ルクレは噛み締めた唇をなんとか開く。

 声よ頼むから震えてくれるなと心の底から祈った。感情に任せてこれ以上の醜態を見せるなんて、プライドがゆるせない。

 

「……親友なの、僕とおまえって」

 

 祈りが通じたのだろうか。

 絞り出した声は相変わらず高くて聞きなれないもので、それでもなんとか震えたりかすれたりはしていなかった。

 

「なんだよ、違うのか? 友達甲斐のないやつだな。お前はまぁ、弱ってるとこを見られたくないのかもしれないけど……心配くらいさせてくれよ」

 

 伏せたつむじに向かって降ってくる声はまっすぐで優しい。

 どれだけルクレの性根がひねくれていても、労わられている、とわかってしまうくらいには。そこまではっきりと気遣われると、帰ってくれたっていいんだけど! とは言い返せない。

 だって、心配されているということを純粋に喜んでいる自分が、認めたくはないがルクレの中に確かにいて、シャニの言葉ひとつに文字通り一喜一憂しているのだ。

 落ちつけ。ルクレは自分に言い聞かせる。

 いつも通りに振舞ってみせろ、ルクレティウス・リトグラト・リィ。

 感情を露わにして取り乱すなんて貴族の嫡子にあるまじき行為だ。そうだろう? シャニなんかに動揺させられてたまるもんか。

 胸の内でひとりそう決意を新たにしながら、シャニの言葉をはっと鼻で笑った。

 

「ま、いいよ。心配したいっていうなら勝手にすればぁ? というかおまえさ……疑わないんだね」

「ん? 何をだ?」

「僕が、ルクレティウスだってことだよ。こんな格好なのにさ」

 

 道化師のように仰々しく、ルクレはおどけて腕を広げる。華奢な肢体を見せびらかすように、くるりとその場で回ってだってみせた。

 ルクレは疑った。信じたくないとさえ思った。こんな姿に成り果てた己を。

 なのに。

 

「お前以外の誰だって言うんだよ」

 

 それを、この男はこんなにも当たり前のことみたいに。

 

「親友の顔を見間違えるような薄情者になった覚えはないぞ、俺は。そりゃ性別が変わってるのには驚いたけど、どこからどう見たってお前はレティだし……そういえば、なんでお前、女になってるんだ?」

 

 今さらそれ聞くの。

 ぽつりとそんな言葉が口からこぼれた。毒気が抜けてしまったのは、それを言った男の顔があんまり素直に不思議そうだったからだろうか。

 

「悪いかよ……俺なりに気を使ったんだぞ、これでも」

「そんな馬鹿みたいな気の使い方があるかよ。ばか」

 

 ばつが悪そうにそう言ったシャニがなんだかおかしくって、ルクレは思わず笑ってしまう。

 本当に、こいつは気の使いどころがおかしい。

 はは、と笑いが次から次にこぼれる。

 つい先ほどまで沸き上がっていた怒りは今はもうどこかに行ってしまったみたいだ。

 思えばいつもそうだった。どれだけ怒っていても、こいつの前では長続きしなくて。だいたいいつでもルクレが折れた。

 そうしてシャニの持ってくる面倒事に、嫌々ながらも付き合ってやっていたのだ。

 そういうポーズを取ってばかりいた。

 本当はそんなに嫌じゃなかったのに。

 

「聞いていいのかわからなかったんだ、なにかの魔法だか魔術だかの実験でもしてたのかと思ってな。俺がそういうのにうといのはお前が一番よく知ってるだろ?」

「ま、そうだね。おまえ、いつまで経っても慣れないんだもの」

「しかたないだろ、向いてないんだよ。それで、何があったんだ? 実験、とかじゃないんだよな?」

「何って、今朝起きたらこうだったんだよ。僕だってなんでかなんてわからないね」

「そう、か……」

 

 女になった、という事実に関してはもう何も隠さないことにした。心の準備ができていないのにシャニが飛び込んできたせいで、醜態も少しばかりさらした。ここからうまくごまかしたり嘘を付きとおすだけの自信は無い。

 この際しかたがない、と開き直った方がまだいくらかマシだ。共犯関係に持ち込むしか円満な道はなく、シャニ相手であればまだなんとでもなる。はずなので。

 心はまだどこかざわついていて落ち着かない。

 そんな内心をごまかすように、ルクレは寝台に腰かけて行儀悪く足をぶらつかせる。白い寝衣もぱたぱたと風を含んではためいた。

 シャニはまだ部屋の真ん中に立ったままだ。

 椅子でもすすめてやるかと思って、やめた。

 立たせておいたままでいいのかもしれない、他人の部屋に窓から入ってくるようなやつは。

 

「それで、体調は悪くないのか? 痛みとかは?」

「別に、それはなんともないけど」

「そうか、ならよかった。いやよくはないんだが。具合が悪いとかじゃなくって安心したというかな」

「体調はそこまで悪くないよ。でもなんにも安心できないね。禁術に手を出した、なんて学校に思われたら騎士隊に引き渡されて最悪処刑なんだぜ?」

「あ、そうなのか。……それは確かにまずいな」

 

 まずいどころじゃないんだよね。とそこまで返してルクレは舌打ちをした。

 会話はあまりぎこちなくなることもなく進むのに、それにしては明らかにシャニと目が合わない。

 またふつふつと苛立ちが湧き上がってくる。

 わかっている。こいつがそもそも僕のことを見ていたことなんてろくにないとか、そんなことは十分知っている。

 親友だなんて言葉にかんたんにごまかされたりはしない。

 それはわかっていても、こんなにあからさまに目をそらされるとむかつくのだ。

 

「……なんで目ぇそらすわけ?」

「は?」

「だから、僕を見ろって言ってるの!」

 

 寝台に座ったまま、ルクレはシャニの方に身を乗り出した。

 わざわざ彼の視界に入るように動いたのに、あからさまに顔がそらされる。

 

「──こっち見ろって!」

「っそんなまじまじと見れるか! おまえ、ああ……くそっ! お前、その下なにも着てないだろ!」

「はぁ? ……ハァ!?」

 

 その言葉の意味を飲み込んだ瞬間、ルクレはぱっと両手で白い寝衣の前をかきあわせる。

 頬がかっと、燃えるようだった。開け放されたままの窓から吹き込んだ冷たい風がちょうど心地いいくらいには熱い。

 薄い寝衣は、いくら今の体にはぶかぶかだといっても体の線をまったく拾わないわけではないのだ。

 シャニがどこを見ていたのかなんてすぐにでもわかった。

 

「……へんたい」

 

 言い返す言葉に困りながらそうなじる。口に出してみればなんとも情けない返しだったが、このまま沈黙が訪れるよりよっぽどいい。

 いい、はずだ。

 

「今の、俺は悪くないだろ!? ……とにかく、状況はわかった。俺にできることなら協力するから」

 

 焼けた肌のせいでかさっきまでは気づけなかったが、シャニの耳も端まで真っ赤に染まっている。

 そうして出てきた苦し紛れ5割くらいの返答に、ふうん、とルクレはさらに目を細めた。

 協力する、という言葉を気に食わないとさえ思う。そうやっていつも簡単に手を差し伸べては安請け合いするのだ、この男は。

 

「じゃあ、これ。どうにかできるか?」

 

 腹いせに、たゆんとたゆむ胸の脂肪を持ち上げてみせた。

 義妹に比べるとたいして大きくはないはずの胸なのに、もう肩が重たくて重たくてしかたない。体をちょっと動かすと不随意に揺れるのも気に障る。

 ふにふにと手中の肉を弄べば、それを視界の端に見てしまったらしいシャニの顔がさらに赤くなった。

 おもしろい。と思いながらルクレはさらに畳みかける。先ほどまで感じていた羞恥心なんてものは、気づけば完全に消え失せていた。

 

「あんまり大きかないのに、これ、意外に重くてしかも痛いんだよね」

「あのな、そういうことするの、よくないと思うぞ……」

「なんだよ、こんなのただの脂肪の塊だろ? それともお前、男の胸になんか欲情するっての?」

 

 僕だぜ? と目の前の男を嘲笑う。

 今の見た目が女でも、中身はルクレだ。動揺する方がおかしい。

 正義の味方、なんて聖人ぶった男がこんなことに感情を揺さぶられるなんて、笑える話じゃないか。

 

「ほら、どうなんだよ」

「わかった! わかったから! はぁ…………じゃあ、あれだ。布か何かを巻いて押さえつければいい」

「そんなのでごまかせるの」

「俺の師匠は包帯でそうしてたらしい。だから、なんとかはなるんだと思うが……」

「ふぅん。じゃあそうしてみるかな」

「ああ、ぜひそうしてくれ。今のままだとこっちの精神衛生上よくない、すごくよくないからな」

 

 そういってシャニは視線をそらしたまま、ひどく疲れたような顔をしてみせた。そういう風に言うくせになんだかんだといって協力はしてくれるのだから、なんというか本当に馬鹿みたいにお人好しなやつだ。

 その横顔を見つめながら、ルクレは内心のつぶやきを反芻する。

 協力。

 そうだ、これは協力で、つまり対等な関係だ。

 別に自分が助けを求めたわけじゃない。頼ったりしたわけじゃない。むしろ向こうが力を貸させてください、と言ってきたに等しい。

 だから、大丈夫。

 ぐっと頭をもたげてきそうなプライドにルクレはそう言い聞かせる。誰かに助けを求めるなんてごめんだった。それは自分の至らなさを、弱さを認めることと同義だ。

 でも。

 あの夜に行きつくまでに、こうやって素直に手を伸ばしていたら、こいつは応えてくれたんだろうか。

 助けて、とまだ間に合ううちにその一言が言えていたら、何か変わったんだろうか。

 脳裏をふとそんな戯言がかすめる。

 予想外のことばかりでやっぱり精神的に追い詰められているのだろうか。そんな優しいもしもがあればと願ってしまうのは。

 でも、やっぱりあの夜に行きついてしまったらルクレには言えない。確信めいてそう思う。

 シャニは助けて、と言われたら誰にでも手を差し伸べる男だ。

 自分がもしそう言ってしまったら、ルクレもまた彼の中で有象無象の誰かと同じになる。

 そんなの、絶対に嫌だ。耐えられないとさえ思う。

 だから、やっぱり自分にはそうできない。

 今回のこれを例外だと、助けを求めたわけじゃない、と処理することが精一杯だ。

 だいたい正義の味方というやつは、他に助けなければならない人々を差し置いて、ルクレのような悪党を救ったりしないものだし。

 うん、とルクレはそこまで考えたところでひとり頷く。

 自問自答、終わり。過去に目を向けたところで解決策は浮かばない。今すべきことは明日からの学院生活をいかに乗り切るかを考えることだ。変えようのない過去に思いを馳せることじゃない。

 

 ──過去? 

 

 ぴたりとルクレは動きを止めた。

 過去。

 昔むかし、まだルクレが自分の未来の輝かしさを愚かにも信じていた頃。

 あの日、本邸の植物園で父祖が使ってみせてくれた魔法は、なんだった? 

 ほう、とルクレは息をついた。

 魔法のほのくらいひかりに包まれた植物園。

 そこに溶け込むような、樹木によく似てほっそりとした父祖ロゥク・ルゥの背中。

 その折れそうな手が紡いだ、ひとつのうつくしい魔法陣が脳裏にありありと蘇る。

 安堵に満ちた溜息がひとつ落ちる。

 よかった、と心から思う。

 現状をなんとかする方法は見つかった。

 後はこれを己の手でどうやって再現するか、だ。

 そしてルクレは、こと魔法の再現においては自分の右に出るものはいないと自負している。

 

「で、どうするんだ。明日からの授業、とか。包帯(それ)だけじゃさすがにごまかせないだろ」

「それはまぁ、なんとかなると思う。

 ──お前の顔見たら思い出したんだ。お爺様が使ってた魔法に使えそうなのがある」





スケジュール管理ができないのでとうとうおまけが書き上がりませんでした

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