中ボス悪役令息くん、度重なるループの末に悪役『令嬢ちゃん』に至る   作:TS幼馴染は必ず勝つ党第809代党首

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ぽかミスで1話抜いて投稿してました
すみません
rech2-3話が6月17日更新分です



rech2-4

重厚な木の扉を押し開くと、そこはすでに人の喧騒で溢れていた。

 

――失敗したか。

 

予想外の光景にルクレは少し眉をひそめた。ふわりと漂ってくるおいしそうなにおいもなんの慰めにもならない。

夕食時にはまだ少し早い時間だというのに、食堂はもう生徒と職員とでごった返していた。

年明け、進級が近いこの時期は春先のとある催しに向けて放課後を自主鍛錬に使っている生徒が多い。学院に二つ設けられた校庭のどちらにも人がひしめいている。

教師ももちろん指導の為にそこに付き添うので、夕方のうちなら食堂も空いている、とこれまでの経験からルクレは踏んでいたのだが。

そんな思惑なんて知らないように、食堂はすっかり人であふれていた。天井の高い大広間のあちこちで、話に花を咲かせながら食事をとっている者たちがいて、かと思えば窓際に群がって何やら外を熱心に見つめている集団もいた。確か食堂からは第二校庭の様子がよく見えたはずだが、いったい何を見ているのだろう。興味はあったが人ごみに近づくのはためらわれる。

そう、人ごみだ。

 

――これは、いったん自室にでも戻って時間を遅らせた方がよさそうかな。

 

対策をしているとはいえ、不特定多数の人間の前に出るのはあまり気が進まない。

左人差し指に嵌めた銀の指輪を、どこか祈るような気持ちで撫でた。

自分には相変わらず男子制服を着た美少女にしか見えていないが、指輪を触媒に発動させた魔法のおかげで、他人にはいつも通りのルクレティウス・リトグラト・リィの姿だと認識されている。それは今日一日をいつも通り過ごせたことで実証済みだ。

とはいえ、今の己が頼りない少女の肢体をしていることに変わりはない。何かがあればひとたまりもなく、抵抗することも難しい。

うん、一度部屋に帰ってもいいかもしれない。安全な道を選ぶことは、別に逃げではないわけだし。

そこまでルクレが思考を巡らせたところで、黒い髪を短く刈った少年がぱたぱたとこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。

見覚えのない顔だが、なつっこい笑顔を浮かべている。

高等部に所属していれば概ね顔と名前が一致するから中等部の生徒だろう。人と人の間をすいすいとすり抜けて、彼はルクレの前でぴたりと足を止めた。

 

「リトグラト先輩!こんばんは、お夕食でしょうか!」

 

まだ声変わり前らしいその声は、人ごみの中でもはっきりと聞こえる気力に満ちたものだった。はきはきとしたあいさつに内心で顔をしかめがら、ルクレはよそ行きの笑顔を向ける。

ちょうどいい、この少年から混雑の原因でも聞き出しておこう、という打算に満ちた笑みだ。なにせ情報収集は戦略の要なので。

 

「こんばんは。ああ、混む前に、と思ったんだけど……今日はなんだか人が多いね?」

「あはは。実は第二校庭にサスーシャ先輩が大穴を開けたみたいで……練習ができなさそうだって、皆さん早めに切り上げてらっしゃるみたいなんです」

「なるほど、それでか……」

 

つまり、今も大窓に群がっている生徒たちの話題はそれだったのだ。校庭の真ん中に大穴なんて開けば、それは気にならないわけがない。ひと騒ぎにもなるというものだ。

だいたいの事情はわかったが嫌な名前を聞いた、とルクレは胸の内で独り言ちる。サスーシャ先輩、というのはおそらく高等部2年のエウリア・サスーシャだろう。名字自体はありふれたものだが、そこそこに広い第二校庭が使用できない程度の大穴を開けられそうなのは、この学院で彼女くらいのものだ。

ルクレもエウリアと大して親交があったわけではないものの、彼女の膂力の凄まじさは骨身に沁みて知っている。

嫌な記憶を思い出しそうになったところで、ルクレはふと、目の前の少年が灰色の目をきらきらとさせてこちらを見つめていることに気が付いた。

 

「ん?どうしたのかな?」

「あの!自分、マトス・アウトスと言います!中等部2年です!よ、よければ自分にお手伝いさせてもらえませんか!?」

「てつだい……ああ!かまわないよ。頼めるかい」

 

どうやら少年、マトスが夕食の介添えをしてくれる、らしい。

渡りに船だ。と鷹揚に頷く。

この学院にはこういった雑事をやりたがる生徒がわりに多い。

貴族に対して点数を稼ぎたい、というよりはいずれ騎士団に入団したときのために、目上に対する気配りや態度を身に着けたいとかなんとかで。

ルクレには彼らの事情や心情はよくわからない。

と、いうより知ろうとしたことがなかった。リトグラトの子どもはたいてい将来は魔術士か薬師か、あるいは研究職につくので騎士とは縁がないのだ。

しかも日頃のルクレはそういう雑事をシャニにさせているので、他の生徒に世話をさせること自体が少ない。

ルクレとしてはあいつがどうしてもしたいというから好きにさせてやっているのだが、その当のシャニは今ちょうどいなかった。

ちょっと目を放した隙に、それこそ雑務でも頼まれたのか消えていたのだ。しかたない。そういう根性が文字通り骨の髄まで染みついているのだから。ばか。

 

「おまたせしました!あちらがいいかと思います!」

 

シャニの不在をルクレが軽く罵っているうちに、マトスは湯気の立つ木の盆を抱えて戻ってきた。人ごみをものともしない足取りはいっそ軽やかだ。そのまま、すっと空いている卓へエスコートしてくれる。

そこは、ルクレの心を読んだような席だった。

同席者がいないどころか、青々とした観葉植物の鉢が影をつくってくれている。周囲の目を気にせずに過ごせそうな、本当に今のルクレにおあつらえ向きの席だ。

うれしい驚きに思わず足を止めると、机に夕食の盆を置いたマトスが振り返った。

 

「昨日はお休みされてたって聞きましたので、ゆっくりお食事できるところがいいかな、と……」

 

つい先ほどまでのはきはきとした口調が嘘のようだ。照れたように少年の語尾は尻すぼみに消えていく。

なるほど、と心の中で頷いた。

ルクレが病み上がりだから、とわざわざ人の目のないところに案内してくれたのだ、この少年は。これこそ正しい気の使い方だ、と感心さえしてしまう。どこかの正義ばかも見習った方がいいくらい、気持ちのいい気配りだ。

 

「ああ、中等部にまで知られてるのかい?ちょっと体調を崩しただけなんだよ、自己管理がなってなくて恥ずかしい限りだ」

「っいえいえ!リトグラト先輩は、有名人ですから!と、とにかくご自愛ください!」

 

ぶんぶんと音が聞こえるほど首を振る少年はすなおでかわいらしい。こういう純粋に慕って敬意を見せてくれる年下はいいものだ。

 

「ありがとう、助かったよ」

 

マトスがひいてくれた椅子に腰かけて、ルクレもまた珍しく素直な気持ちで感謝の言葉を告げる。

いい気分だったので、ふふ、と微笑んでみせると少年のまろい頬がさっと朱を刷いたように赤くなった。

予想通りというか、ルクレにとっては見慣れた反応だが、純でかわいいな、と思う。

己の美貌は昔から同性をも惑わせた。一族がおしなべて美しいがために、百花の名を王から賜ったリトグラトの嫡子としては当たり前のことだ。むしろこの美貌に見惚れない方がおかしい。

どこかの朴念仁のようにルクレの美しいかんばせを平気で殴れる者はもっとおかしいが。む、と危ないところへ回り出しかけた思考回路を止める。これ以上はよくない。

 

「騎士として当然のことをしたまでです!では、自分は失礼します!ありがとうございました!」

 

ぺこりと頭を下げて、マトスはまた人ごみの中へ駆けていく。その背が人波に紛れるまで見送ってから、ルクレは夕食へと向き直った。

木製の盆の上に並べられたのは、焼きたてのパンに鶏肉のソテー。彩りの鮮やかな蒸し野菜の盛り合わせ。

それから、熱いくらいに温められたミルクスープ。

 

「――YelEriOn(イェレリオ)

 

短い食前の祈りを捧げ、ひとまずミルクスープを木匙ですくい、少し待つ。周囲の学生がしているように息を吹きかけて冷ませばいいのはわかっているが、叩き込まれたしつけがそれを許してはくれない。

たとえここが本邸から離れた土地であろうとも。

しかし、本当にいつ見てもおかしいくらいの湯気が立ち昇っている。

この国の人間は、食べ物と飲み物はとにかく暖かければ暖かいほどいいと思っている節がある。それもすぐには口をつけられないほど温めるのがもてなしだ、とまで。

理由は単純だ。

――この国の冬はとかく厳しく、そして長い。

エディリハリア王国の冬は周辺諸国に比べても長く、一年のおよそ半分弱を占めている。そうして、春も夏も秋もその分短い。

たとえば南方にあるナフト公国は冬に類する時期がなく、通年を通してこの国でいうところの春のような季節が続くのだという。だから、ナフトに避寒地を持っているエディリハリア貴族もいないわけではない。ただ、長い冬の度にあちらで過ごすには、物価が高いことを気にせずに済む財力と、長く国元を空けられるだけ身軽であることが条件になる。そのうえ冬の間、この国は雪がやむことがない。旅慣れた者でさえ、吹雪の中で遭難し命を落とすほどに降りしきる。他国に避寒に行ったとして、何かが起こってもそうそう国には戻れない、ということを鑑みると何処も現実的な避寒地にはなりえないのだ。

そのため、それほどに長い厳冬の季節を、自国でいかに心地よく快適に過ごすか、というのはエディリハリアの民にとってまさに心血を注ぐ命題だった。

その命題に対して、この学院はひとつの答えを示した、と言って過言ではないだろう。

手持ち無沙汰な間、ルクレは食堂の窓から外を、空を見上げた。夕暮れに染まった空との間を、緑がかった薄い覆いが隔てている。

――イルミトセの天蓋。

という名で知られる、高度な結界の魔法だ。

建国の三英雄のひとりでありリトグラト公爵家の初代である、ロゥク・ルゥ・リトグラトが作り上げた守護と停滞の結界。

外界からの攻撃への守りのための機構でもあると同時に、この内側の世界は一定の範囲内の温度と湿度を保つようになっている。

すぐ傍に雪深い山麓が連なっているこの土地でも、学院の中は少し冷える程度で済むというわけだ。

停滞、というひどく扱いづらい性質を環境のみに作用するよううまく編み込んでいるのだろう。父祖の織る術式は悔しいことに見た目に美しく、実用性もひどく高い。世界でも片手の指の数ほどしかいない大魔導師の称号を冠するにふさわしいひとだ。

ちなみにその当の父祖は、このイルミトセの天蓋という魔法をただ4533番とだけ呼んでいる。産み出した魔法と魔術のあまりの多さに名前をつけるのが面倒になっているのだろう。まったくうらやましい悩みだった。

――以上、現実逃避。終わり。

やっと唇に寄せても問題ないほどの温度になったミルクスープにおそるおそる口をつける。

口に含めばじわりと内側から体を温める滋味に、ルクレはふうう、と息をついた。食べるにややめんどうなだけで、美味しいことには美味しいのだ。

そうして次の一口を匙ですくいまた物思いにふけろうとしたところで、近づいてくる気配がひとつ。

聞きなれた足音に、ルクレは目線を皿からあげることなく口を開いた。

 

「同席していいなんて、僕ひとっことも言ってないよね」

「悪い、遅くなった」

 

シャニはルクレの対面に断りもなく座りながら、いけしゃあしゃあとそうのたまう。彼の前に置かれた夕食の量はルクレの三倍ほどもある。相変わらず無駄によく食べる男だ。

 

YelEriOn(イェレリオ)!、と食前の祈りを捧げる男のことをじとりと睨んだ。

遅くなった、なんて、まるでルクレがシャニのことを待っていたみたいだ。そんな事実はこれっぽちもないというのに!

 

「別にぃ?おまえのことなんか待ってないけど?」

「じゃあなんでわざわざスープから飲んでるんだ。いつもは最後に残してるだろ?ほら、その野菜とかもう冷めそうだぞ」

「っ!今日はたまたまそういう気分だっただけ!」

 

シャニの追求から逃れようと、慌ててスプーンを口に運ぶ。途端に舌を焼いたスープの熱さに、しまった、と思ってももう後の祭りだ。突き刺すような痛みにじわりと涙が浮かぶ。

 

「っづ!」

「おい、大丈夫か!?」

 

がたん、と椅子を蹴った音がした。涙で滲んだ視界ではよくわからないが、シャニが立ち上がったのだろう。

 

ひた……(痛い……)

「ほら、舌見せろ。……ああ、きれいにやけどしてる。お前、ただでさえ猫舌なんだから気をつけろよ」

ううひゃいなぁ(うるさいなぁ)

 

シャニに促されるまま、べ、と舌を突き出して見せる。空気に触れた傷口がひりひりと痛んだ。またじわと涙が浮かんでくる。

 

「これ、なんとかしないと飯も食えないな。医務室、は」

 

ルクレはふるふると首を振った。医務室には魔術医が常駐しているのだ。偽装は完璧だと自負しているが、万が一を考えればこんなことで危険を侵すわけにはいかない。

 

「……行けるわけないよな。はぁ、しかたないか。……わかってるとは思うが、俺はこういうのあんまり得意じゃないからな」

 

ひってう(知ってる)。シャニの言葉にこくりと頷く。

お前なぁ、とあきれたような言葉が降ってくるが気にしない。だって事実だからだ。

シャニは本当に、いつまでたっても魔術にどこか及び腰だった。

素質がまったくないわけでもないのに、自分には向いていないと嫌がってばかりで。

だから、渋々とはいえシャニがこうやって自分から魔術を使うことはわりと珍しい。少なくとも、この時期はまだ。

 

「――明けに干された慈愛の酒杯/破滅を(かざ)すは()けの星」

 

突き出したままのちいさな舌に、武骨な指がそっと触れた。

 

「嗚呼、枯れてくれるな、金の杯/溢れて零れる、ウルナの雫」

 

拙い詠唱と共に、舌に添えられたシャニの指先がすっと冷気を帯びる。そこから広がってくるひんやりとした冷たさが心地よくて、ルクレは思わず目を細めた。

痛みも熱も、冷えたシャニの指に吸い込まれたように消えていた。文句なしにきちんとした治癒魔術だ。教員が見ていれば成績に加点が入っていたかもしれない。

 

「どうだ?大丈夫、か?」

 

と、傷がふさがっているかを確かめるように、舌の表面をごつごつした指先が数度撫でた。そのなんとも言えない感覚にルクレの背筋、よりもっと下の方がぞわりと震える。

――ぞわり?

形容しがたい感覚を追いかけそうになって、慌ててやめる。

なんとなく嫌な予感がした。この感覚に深入りしてはいけない、と理性が声高に叫んでいる。

うん、よそう。警鐘を鳴らす理性に従って、ルクレは思考を止めた。とりあえず未だしつこく口内に残っていた指に嚙みついて。

かちん。

失敗した。あと一歩のところで危機を察知したのか、対象に逃げられてしまう。白い歯は虚しく空を噛んで高い音を立てた。

 

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