仕事が繁忙期でしたので致し方ないですね。
――R08地区
「う~ん……」
時間は正午過ぎ、雲一つ無い青空。
洗濯物干しや散歩にはちょうど良い天気だ。だが、ギムレットはこんな天気が良いにも関わらず不調であった。
正確には、素体全体の不調ではなく左腕のみにまるでトンカチで叩かれたような鈍痛が走っている状態だ。痛みを感じるようになったのは3日前。最初の方こそジンジンとした痛みだけであり、ここ最近忙しい時が続き睡眠を取る時に左腕を枕にして寝る事が多かった為、そのせいだろうと勝手に自己判断して少しすれば痛みが引くはずだとほったらかしにしていた。
結果、今日までずっと痛みが引かないでいる。
医者……いや彼女は人形だから人形専門の修理屋に行けば良いのだが、IOPや鉄血工造みたいな大企業と提携しているのなら掛かるつもりだが、残念な事にこのR08地区にある修理屋はそういった所と提携していない個人の店なのでギムレット的には信用したくないのだ。
この痛みが関節部とかの摩耗によるものだとしたら仕方なく行っていただろうが、関節部は非常に調子が良く、部品同士が擦れて嫌な音を発していない。何処か別のところに原因がありそうだとギムレットは推測した。
現在はスキンシステムの応用で身体全体を素体の色と同じに表面処理しているが、この地区に来る前、彼女自身が起動し、自身と周囲の状況を把握できる状態になった時点では、この左腕に関しては黒い機械部が露出したままの右腕はおろか、シリコンで覆われた色白の素体でもない幾つもの細かい傷跡が付いたペールオレンジ――。そして、自身の上司であるボスから言われた「大切にしろ」という言葉も何か絡んでいるんじゃないかと疑った。
ただ、今日はどの道痛みだとか、修理屋に行くだとかやっている場合では無い。M200が「久しぶりにお茶でもしませんか? 」と誘ってくれたのだ。M200の方も「野良人形連合」としての任務で忙しく、息抜きでやっていた噴水広場でのギター演奏もしばらく出来なかったようで、ようやく数日前に落ち着いたらしい。
R08地区を始め、R地区周辺はここ1~2週間以内で大きな動きが幾つもあった。
S地区では先々週の初め頃に、複数の基地合同での大規模作戦が展開され、激闘の末に鉄血ボス<デストロイヤー>の敗走&一部施設の奪還に成功。その数日後には同じく鉄血ボス<ウロボロス>を撃破――こちらの作戦は後に「キューブ作戦」と呼称された。
そして先週、先の作戦には参加せず温存されていたジャンシアーヌ、ヒノエ両指揮官主導で逃亡したST AR-15捜索の為、S08地区にてAR小隊と現地でネゲヴ小隊の協力を得て作戦を展開、途中大量の鉄血部隊と鉄血ボス<アルケミスト>の妨害を受けるも、別行動を取っていたM4の活躍によりAR-15は無事発見され、アルケミスト達鉄血部隊もSOPⅡとネゲヴ小隊との連携で撃破に成功した…………、
――が……、
逃亡中に接触した<エルダーブレイン>の気配を察知したAR-15が再び逃亡――、目標討伐の為に同行していたM4とSOPⅡを撒き、さらに合流したM16の説得も空しく振り切られ、エルダーブレインが潜んでいたとされる廃墟ビルごと自爆をしてしまった。
また、別地区でも再起動した別個体の鉄血ボス達の活動によりグリフィン陣営は一進一退の攻防を余儀なくされている状況であった。
R地区では、R02地区で民間人による反グリフィン運動が行われたことで当局との衝突で死傷者が出る事態となり、これ受けてG&K社は「遺憾声明」を発表したが、この運動がもたらした火種は各地に広がり始め、隣03地区、04地区、12地区、15地区の4区域でグリフィン基地前での座り込み抗議や一部施設の占拠等が発生した。
他にも01地区や06地区では反人形団体等による運動も発生はしていたが、いずれも小規模ゆえにすぐに当局に制圧されて大事にはならなかった。
逆にここ08地区は、そういった人類側の反対運動は無かったものの、以前から続いているはぐれ鉄血部隊の処理対応で野良人形連合は忙しかった。
問題なのはT地区のとある場所だ。
6日前、T01地区で【人形狩り】の仕業と思わしき襲撃が起き、当地区で鉄血の掃討に当たっていたグリフィンの部隊が全滅する事件が発生した。基地への通信で襲撃の報が入ったもののその後は途絶え、万が一の事を踏まえ先行でドローンでの現場捜索を行ったが部隊は既に全滅状態であったのと、当区域での異常な濃度の崩壊液汚染の影響で回収を断念せざるを得ない結果となった。
しかし3日前、隣のT04地区の某所にて再び【人形狩り】と思われる災害が発生。その規模は6日前のT01地区の件以上に深刻なもので、なんと地形がごっそり変わり果てる程であったという。また、その現場状況から「何者」かと争ったとみられる形跡も確認され、現在も正規軍やグリフィン以外のPMCが調査・対応に当たっている。ただ、彼らの調査範囲も大部分がイエローゾーンであり、より地形変化の激しいエリアはレッドゾーンとなってしまっている為にごく一部の者のみ立ち入りが許されている状況である。
そして、「我先に……! 」と速報を飛ばせるようにと野次馬紛いの馬鹿共=マスコミはイエローエリアに片足を突っ込むか否かのギリギリの位置で彼らの苦労も知らずにスクープを待っているのみだった
ギムレットの左腕の痛みもその事件の頃だから何かしらの関連性はありそうだったが、彼女は人形狩りと直接会ったことも無いし、現時点での報道でその人形狩りと争った可能性のある「存在」についても身元がはっきり判明していないので推測し難い状況だ。
そもそも、ギムレットはT01およびT04地区で起きた件について何も知らない。
だからこうして、私服姿で街中を歩いている。
M200と待ち合わせしているカフェは南部メインストリートにある。ギムレットが事前に調べた情報によれば、このR08地区に幾つかあるカフェの中でも1,2を争う人気店らしく、予約を取るのが難しいと言われるくらいの人気店のようだ。もちろん予約無しでも入店は出来るが、人気店故に当然ながら大行列が出来る。実際に彼女が閲覧したHP内にも行列に並んでいる人々の写真が掲載されていた。ギムレットもこれを見て「(いや……よく予約取れたな……)」と当初は思ったくらいだ。
鈍い痛みを我慢しながら少し小走り気味に歩いていたからか予定より早く店の付近に着いた。情報通り店外には大勢の行列が並び、その最後尾ではアルバイト人形と思わしき少女がプラカードを持って列の整理を行っていた。
「(あ~あ、せめて人間の男がやってあげなよ……。数か月前の一件を学んでないのかなぁ……? )」
内心そう思いながらギムレットはバイトの少女に軽く声を掛ける。
「ねぇ? 」
「は、はいっ!? 」
「連れが予約していて店内で待ち合わせしてるんだけど、中に入ってもいいの?」
「あっ、御予約の方ですか? でしたらそのまま店内にお入り頂いて、お連れの方と合流をお願いいたします。ご不明な点がございましたら店内従業員にお声かけて頂ければと思います。」
「わかった、ありがとね。」
「いえいえ、良いランチタイムをお過ごしください! 」
彼女の説明を聞いてギムレットは軽く礼を言って店内に入っていく。ドアを開けると内側上方に付けられたドアベルが「カランコロン♪」と心地よく鳴り客の入退店を店内の従業員に知らせる。
「あっ、ギムレットさん。」
「久し振りM200。」
ドアを開けてすぐの待合室ソファーに座っていたM200がギムレットの入店に気付いて声を掛ける。その後に従業員が来たので改めてM200が予約客として手続きしたあと席へ案内してもらった。
案内された所はちょうど大窓からメインストリートが見える席だったが、プライバシー保護の為にブラインドが下ろされていて僅かに外の光が入るくらいだった。
ギムレットとM200は席に着くと、それぞれメニュー表を開きページを捲っては戻したりを繰り返して食べたいものを選んでいく。暫くして互いに頼むものが決まり、ギムレットがテーブル端にあるタブレットに自分の頼むものを入力・確定し、続いてM200が同じように入力・確定してタブレットを元の位置に戻した。
「最近どうですか? 」
「ん~、私自身に限ればあんまり変わった事は無かったかな。周りは結構大変な事になってるらしいけどね。そっちはどう? だいぶお掃除が大変だった様だけど……? 」
「はい。ここだけの話、地区周辺を徘徊している鉄血の数が増えてきていて……。ようやく4日前くらいにほぼ全て殲滅したんですよ。ただ……――」
「ただ? 」
「この地域一帯ではあまり見ない人形が多くなったんです。TACさんのドローンで解析した結果、MGタイプの『ストライカー』、白兵タイプの『ブルート』、装甲持ちの『イージス』、『ニーマム』、『マンティコア』という種類らしいのですが……。」
「何か問題なの? 」
「えぇ、前者2体は別に大した問題では無いのですが、後者の3体については少し違和感が……。――というのも、グローザさん曰く『装甲兵はほとんどが夜間での巡回が多く、昼間からの活動は普通ならあり得ない。』との事らしくて。」
「……あのグローザって人、結構経験豊富なのね……。どおりで初対面で話した時、言葉に中途半端さを感じさせない『重み』があったわけだわ。」
「あはは……、グローザさん……Ots-14は夜戦最強ARと言われるくらいですからね。グリフィンの指揮官達の間では、『彼女を雇用しているか否かで夜戦任務完遂に影響を与える』とまで言われているくらいですから。」
「ふ~ん。」
「お待たせいたしました~。日替わりランチのパンセットとライスセットで~す。」
しばらく話しをしていると明るい声で従業員が食事を持って来た。2人とも同じサラダとチキングリル&ミニハンバーグの日替わりランチを頼んだが、M200はそれにパンとスープのセットを、ギムレットはライス並盛とスープのセットを追加していた。
「ごゆっくりどうぞ~」
従業員が立ち去り、ギムレットとM200はおしぼりで手を拭いてからそれぞれナイフとフォークを飲食用具カゴから取り出してサラダやスープに手を付けていく。ギムレットは口に食物を入れる度に「ん~、美味しっ!」と何度も言ってどんどん食べていくのに対し、M200はギムレットの反応に少し笑いながら、ゆっくりゆっくり味わうようにして食べていた。食事が来てから互いに殆ど会話はせず、ものの15分程でギムレットは食べ終わり、そこから10分後にM200も食べ終わった。
2人が食べ終わった頃には、店内にいた客の殆どが別の客に入れ替わっていたが、それでも店の外にはまだ多くの一般客の列が並んでいた。
「そういえば――」
「ん? 」
「ずっと聞こうと思っていたんですけど、ギムレットさん一体何の仕事してるんですか? 」
「え……? 」
「いやだって、今は違いますけどいつもスーツ姿でいるイメージがあるので……気になっただけです……あの、すみません忘れてください。」
「あ~そういう事ね。まぁ悪い事やってる訳じゃないことは確かだよ。ん~……別に隠す必要も無いしM200になら教えても大丈夫かな~。――私がやってる仕事って、私達の本拠点……ま~S17地区にあるんだけど、そこが元グリフィン管轄の駐屯地でね。ボスがグリフィンの指揮官を辞めたのと同時に土地ごと貰ったらしいの。で、色々人員とか設備を整えるために私が各地区を回って協力者とかを募ったり交渉してるってわけ。私以外にも人はいるんだけど、その人は基地で後方幕僚やってて(基地から)離れられないのよ。うちのボスは<別件>で忙しくて留守にしてることが多いからね……。」
「ちゃんと仕事していたんですね……。」
「言い方酷くない? 」
「いやこのご時世、きっちりとした正装をしていてもその人間や人形が善側だとは限りませんから。ギムレットさんは知っているかは分かりませんが、S地区ではグリフィンに反発している他のPMCや、そこに雇われた民間人形がスーツやドレスに身を包んでグリフィン指揮官や戦術人形・その関係者に接触して拉致・監禁なんて事件もあります。」
「へぇ……、ボスから聞いたことも無かったよ。S17地区やその周辺でもそんな話出回ってなかったし……。」
「それはおそらく、『ある程度治安が良い』か『彼らが近づきたくもない区域』だからだと思いますよ。」
「そっか~。」
ギムレットはM200の言ったことに納得しながらお冷を一口飲んだ。そして無意識にまだ鈍痛が走る左腕を右手で抑えた。幸いM200はその事に気付いてはいない様だが、後から指摘されるのもアレな為、お冷を飲んで「寒気が走った」と誤魔化す様に少し腕を擦る動作をして右手を離した。
すると――、
「うわぁぁっ!!何だあれ!? 」
「警察を!警察を呼ぶんだ! 」
外から人々の悲鳴や警察を呼ぶよう大きく叫ぶ声、物が落ちる音が聞こえてくる。
店内にいたギムレット達含めその場に居た従業員・客も外の騒ぎに何事かと思い、窓側の席の客がブラインドを全部上げてメインストリートの様子を窺った。そこに映ったのは慌ただしく逃げ惑う市民達の姿。逃げながら振り返る人々の視線が斜め上方を向いている事から「それ」は空中に浮遊しているものと判別するのは中にいる者達でも容易だった。
「M200、行くよ! 」
「えっ!? ちょっとギムレットさん!? 」
外の混乱を引き起こしている原因を確認する為にギムレットはM200に声を掛けてから真っ先に席を立って店を後にしてしまった。
「もぅ……! 」
M200は伝票を持って出入口傍のお会計台に伝票と代金を置いて、「ご馳走様でした! 」とだけ言い残してギムレットの後を追うべく店を出ていった。彼女が店外に出ると、さっきまで列を成していた人々の姿は無く、四方八方に逃げ惑う人や、路地裏から顔を少しのぞかせていたり建物の窓から見ていたりする人ばかりで、M200は逃げる人波に逆らいながら歩を進めた。
そしてようやくその波から脱すると、その眼前には背を向けたギムレットと、そのやや上方には上下二連銃が左右に一丁ずつ搭載され、先端部がマゼンタ色をした「<」の文字型の浮遊するメカが5機――その全てがギムレットに銃口を向けている。
「スカウト……! 何でこんな街中に鉄血が……!? 」
平穏だったメインストリートが一触即発の状態となってしまった――。