本編に入る前の前日譚というやつです。
第0話:事件
――2060年・晩秋
とある森林の中にある工場――。
陽が沈みかけた秋空は東側の紫紺色から西側の橙黄色のグラデーションで彩られていた。
工場の敷地周りをおよそ3.5mのフェンスが囲い、さらにその上を高さ1m程の有刺鉄線型の電気柵が設置されている。地上部の工場建屋自体はそこまで大きくなく、屋上にはヘリポートがある程度だ。
だが、本体はこの地上部ではない。その下にある地下製造施設なのだ。地上の建屋は一般職員が業務を行う場所でここに勤務する従業員の全体の3割程でしかなく、残りの7割はエンジニアや科学者、現場作業員が地下の製造施設で本社から与えられた命令に従って人形や装備を製造・管理、メンテナンスをしている。
その本社というのが………、かの鉄血工業製造会社――通称「鉄血工造」と呼ばれる工業メーカーである。
その地下施設の一部フロアにて――。
「【S.F.×××‐△△-〇】の製造は順調か?」
「はい。製造進行度現在80%、本体は両腕のシリコンパーツの被覆と既に完成している衣装を着せるのみであり、その後プログラムのインストール、本体の起動が控えています。」
「うむ、装備の方はどうかね?」
「装備の方ですが、一部部品の納品に遅れが出ておりまして……。」
「どの部分だ?」
「<
「ぬぅ……新年のハイエンドモデル披露会に間に合えば良いが……。」
「も、申し訳ありません……。」
「いや、こればかりは仕方ない。まずは人形の完成を優先だ。君はこのまま自身の仕事に集中してくれ。それと十分な休息もしっかり取りたまえ。」
「わかりました。主任、お気遣いありがとうございます。」
ヘルメットを被ったつなぎ姿の作業員達が大小様々な部品やケーブルを彼方此方へ運搬作業をしている中、そのフロアの中央に円柱型のガラスで覆われ、太さの異なる黒いケーブルがいくつも接続された巨大製造機械の前で2人の白衣姿の男性が会話していた。片方は眼鏡を掛け右手にタブレット端末を持った若い細身の男、もう片方は若い男に「主任」と呼ばれた少しガタイの良い3、40代くらいの男だ。
彼らの眼前には、その巨大製造機の中でまだ両腕だけ黒い機械部分がむき出しのまま、目を閉じた長身の人形が作られていた。
地下施設の主任である男はこのハイエンドモデルの現時点での製造進行度と、この個体が使うであろう装備の事についてを訊ねに、開発責任者の若いエンジニアの男に声を掛け、彼から現状報告を受けると労いの言葉を送り肩をポンッと叩きその場でしばらくハイエンドモデルの製造進行を見守った。
別の製造フロアでは、鉄血製人形の中でも一番の売り上げを誇っているイェーガーをはじめとしたローエンドモデルの人形ユニットや、プラウラー等の機械ユニット達が綺麗に整列されて出荷日を待っていた。
今年が終わるまで後2ヶ月弱だが、この日も特に何も生産体制に異状無く、数時間後には社宅に戻れる……。誰もがそう思いながら自身の持ち場で仕事に精を出していた。
しかし……。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
「「「「 !!? 」」」」
突如地下フロアに警報音が鳴った。突然の警報にその場の全従業員が仕事の手を止め驚きと焦りの表情で辺りをキョロキョロと見回す。
「おい、何事だ!?」
主任の男が壁に備え付けてある緊急用受話器を手に取り、地上の連絡を取る。
『し、侵入者です!』
「侵入者だと!?出入口はフェンス・建屋共に二段階認証の筈だろう!?」
『い、いえ…出入口はハッキングも物理的破壊もされてません!建屋も屋上含めた緊急避難口からの侵入形跡がありません!』
「馬鹿な……!正確な座標で建屋内部にテレポートでもしてきたと……!?」
「そ・の・と・お・り」
「誰だっ!?」
地上職員との会話中、突如としてこのフロアには居ないはずの女性の声がした。
主任の男がその声のした方向に向くと、紺色のフード付きマントに顔を仮面で隠した人物が居た。
「(おい…あの女、今どこから現れた?)」
「(判らない…だが俺の目がおかしくなければ、空間を歪めて出てきた気がするが……)」
突然の出来事に場がざわつく。同時に何人かの作業員が壁にある操作盤を操作し、出荷待ちの人形保管庫のシャッターを閉じ、逆に閉じられていたシャッターが開かれ中から軍用の自律人形達が一斉起動して謎の女の元へ向かい、銃を構え指示を待つ。
「貴様、何者だ。ここが何処だか解っているのだろうな?これは侵入行為だ、ただでは済まされないぞ!?」
「………そんな脅しは私に通用しない。それと、口の利き方には気を付けろ若造……。貴様を、いや貴様等全員をここで皆殺しにする事など、赤子の手を捻る程度に私にとっては容易いのだぞ?」
「ぐ……っ……。」
仮面で顔や表情は見えない。だが、彼女と製造中のハイエンドモデル以外の者は、彼女が放った言葉に何一つ反論どころか行動を起こすことが出来なかった。
主任の顔から冷や汗が垂れる。仮面越しからでも判る――冷たい表情、そして自分達を狩ろうとするかの様な威圧感。
喩えるなら、「蛇」という捕食者に睨まれた「獲物」という小動物の気分。
しばしの沈黙が続く中、上の方から多くの足音が金属製の階段を駆け下りてくる。よく耳を澄ませば「急げ!」や「何としても商品を守るんだ!」等々、ここに保管されている商品(=人形)と製造中の人形を守らんとする従業員達の声が聞こえる。
「騒がしくなった……はぁ…。」
謎の女は落胆したように呟く。
やがて、奥の鉄扉が勢いよく開かれ、制服姿の職員達が雪崩れ込む。
「侵入者を発見!抵抗を止め大人しくしろ!」
「………あーあ…抵抗どころか、まだ何も危害も加えて無いさね……。あぁ、左腕が無いんで右だけで勘弁しておくれ」
彼らの警告に従い、彼女は右腕を軽く上げて投降の意思を——
「ま、従うわけが無いけどね。少し――眠ってもらおうか……」
「「「「 !? 」」」」
「Dilution Collapse」
そう言って上げていた右腕を軽く捻る動作をした瞬間、掌から青白い霧が放出されその場にいた人間・人形を吹き飛ばした。人間達は壁や机等に叩きつけられた衝撃で気を失い、人形達は関節部を破壊され、一部の部位が砂の様に崩れた。
これで邪魔をする者はいなくなった。さっきの衝撃で警報装置も破壊したのでやかましい警報音ももう鳴らない。女は気絶して転がっている人間を避け、崩れた人形の残骸を蹴り飛ばしながらガラス張りの製造機の前に立つ。
「……完全完成するまで待っていたい所だが、時間が無くてね。君を連れ出した後は私が新しくプログラムを入れてあげるからね――。」
女は製造機の手前にあったPCを操作し、懐から取り出したデバイスと接続する。その後しばらくするとPC画面に[PROGRAM DATA TRANSFER COMPLETE]のメッセージが表示され、彼女はデバイスを外して懐に戻す。すると元のPC画面に[NOT PROGRAM DATA]とメッセージが更新された。
続けて、彼女はガラスを破り、接続されていたケーブルを全て引き抜き、人形を肩に担ぐと同時に空間が歪むようなエフェクトと共に姿を消したのだった。
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――工場外
陽は既に沈み、辺りは工場の出入口とそこから社宅までの区間道、そしてヘリポートの境界灯の光源、さらに外周のフェンスにも沿うようにして地面に埋め込み型のライトが夕方の時点では点いてなかったが、夜になったので点灯したのだろう。
その光が微妙に届かない森の中で、先程まで工場の地下施設で騒動を起こした女が奪った人形を担ぎながら工場の方角に向いている。
「君達は運が無かった――、これがただのそこら辺の強盗とかなら多少の被害が出てもこうはならなかっただろう……。だが、相手が悪かった。」
「私は……、あの第三次世界大戦で戦場を攪乱してきた<IMMORTAL QUARTET>の1人なのだからねぇ……。」
誰が聞いてるわけでもない独り言を呟いた後、女はそのまま担いだ人形と共に暗闇の中へと姿を消したのだった――。
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事件から三ヶ月後――。
2061年、新年を迎えてから少し経ったある日。
この工場は、出荷待ちであったローエンドモデル人形達の全出荷作業の完了と共に閉鎖された。理由は当然ながら製造中であった新ハイエンドモデル本体を奪われ、さらに型番情報を含む重要なプログラムデータの消失による責任である。
従業員達に関しては、主任や工場長等の責任者は会社に多大な損失を与えたとして解雇、それ以外の者は鉄血本部工場での再雇用という形で残された。しかし、彼らのメディカルチェックで低濃度のE.L.I.D(広域性低放射感染症)に感染していることが判明し、経過を診ながら適宜鎮痛剤や進行遅延薬を投与、さらに事件当時の聞き取りの実施等を行う方針となった。
だが、この事件に関しては製造していたハイエンドモデルが【機密事項】であった為、公にされることは無く、あくまで内部で起きた消失事件として処理・秘匿されたのだった。
そして何より。
その年の後半――とある「AI」が起動し、多くの犠牲者を出し、人類にとって脅威となり、グリフィンと熾烈な争いを繰り広げる未来を作るきっかけとなった——、
あの【胡蝶事件】が起きたことで、軍事工業メーカーとしての鉄血工造は終焉を迎え、人類に反旗を翻した凶悪な勢力となってしまったのだから……。
次回から本編投稿になります。
よろしければご意見・感想などお寄せ頂ければと思います。
それではまた次回!