LOST MODEL   作:瑠璃の炎

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お待たせしました(これから)本編開始です


Chapter-1:R08地区
第1話:人形はBARにいる


 

 ――2062年後半・R08地区

 

 街が賑わっている。

 ここはR08地区。

 数少ないグリーンエリアの地域で、人間と人形が自由に暮らしている。またグリフィンと鉄血が戦闘を繰り広げている【S地区】や【T地区】とは区域が隣同士という事もあり、正式にグリフィンの人形として着任していない所謂「野良戦術人形」達の一時的な仮拠点として利用されている。

 

 地区の中心部は石レンガ造りの建築が多く、街の象徴でもある噴水広場から四方に分かれたメインストリートに沿って建つ中世ヨーロッパの様な雰囲気を思わせる町並みであり、その中にマーケットや飲食店、ホテル等が入っている。

 さらに郊外の方へ行くとこの地区の住民の居住区が道沿いに並んでいたり疎らになっていたりしており、その間にも小さな店が何軒か建っていたりと周辺に住む住人にとっては欠かせないライフラインだ。

郊外から離れると、それまでの景色から一変して殺風景になる。かつては居住区であったのか大地は荒れ果て、崩れて中がむき出しになった建物がいくつもあり、その建物を囲んでいたであろうレンガ塀や石塀も崩れたり、綺麗に弾痕らしき穴が開いている。

 

 

 

 

 この地区は一度大規模な鉄血部隊による襲撃を受けたことがある。当時、蝶事件が起きてからグリフィンが再び人間の指揮官を大募集し始めるまでの間に起きた事件だ。

 

 

 幸い、部隊は中心街の方までは侵攻してこなかったが、一部郊外では鉄血ボスが率いる1000体近い大部隊の攻撃によって多数の死傷者や建造物破壊の被害が出てしまった。

この鉄血襲撃事件は当初、当時の野良戦術人形と隣接地区から派遣されたグリフィン部隊が対処していたが、相手の数の多さに対して此方は僅か30数体……ダミー展開をしたとしても集まった人形達の練度がバラバラだった為に、トータルでも200を超えるか超えないかのジリ貧状態であった。

圧倒的な兵数に加え、ハイエンドモデルである鉄血ボスまで相手にするには無謀ともいえる作戦であったが、何処からともなく現れた「たった1体の戦術人形」が、銃すら持たずに全体のおよそ8割に相当する数の鉄血機械・人形兵を掃討した事で形勢がグリフィン&野良戦術人形側に傾き、そのまま残りのノーマル兵を殲滅、指揮を執っていた鉄血ボスも完全撃破とまではいかなかったものの、深手を負わせ撤退させる事に成功した――。

 

 

 と、いうのが以前このR08地区で起きた鉄血による大規模襲撃の簡単な話である。

 

 

 しかし、その戦いに途中参戦した謎の戦術人形は名も所属コードも名乗らず去って行ってしまい、作戦中のマップでも識別は<G&K>とグリフィン所属である事を示すコードだった為、派遣された部隊の基地側もグリフィン本部にその件について報告・確認を取ったが、本部は「そんな人形は派遣してない。何かの間違いではないか?」と否定。

 また、現在の様に回収した鉄血人形を解析し、新しい戦術人形を作るなどの技術は(当然ながら)無く、当時の作戦に参加していた複数の人形達のカメラ映像には一応映っていたりはしてたのだが……その殆どが後ろ姿であったり、戦火による逆光ではっきりと素顔が見れなかったりと各基地に情報共有するには使い辛く、結局上層部と大きな戦果を挙げた一部の指揮官のみでの<機密情報>として処理されたのだった。

 

 こんな大きな襲撃事件が数ヶ月前に起きたにも関わらずグリフィン本部が新しく基地を設置しないのは、鉄血との戦闘が激化しているS地区に多くの指揮官を配置していて人員不足が祟っている事、そして「大きな街と居住区が存在する地区に基地を設置するのは(人々の安心面から)相応しくない」――という、安全な場所でふんぞり返っている一部の上層部の考えらしく、悪く言えば「次に同規模以上の襲撃があれば、民間人が生存していよういまいががR08地区を放棄する」という意味にも取れる。

 

 裏でそんな決定がされている事すら知らずに、今日も住人達は街で買い物や食事をして平穏に暮らしている――。

 

 

 

 

………………と、言いたいところだが――

 

 

 

 

「きゃぁっ⁉」

「へへっ、なぁ可愛いお嬢ちゃん。俺達と一緒に来てくれねえか?」

「悪いようにはしねえからよぉ?」

 

「ひっ…!止めてくださいっ!私、まだお店の仕事が……っ!」

「ガタガタ言わねえで来い!」

「大人しくしろっ!」

 

 

 噴水広場から北側に延びるメインストリートのとあるファッション屋の前で、1人の少女が2人のチンピラの男に絡まれている。

 嫌がる少女にチンピラ共は初めは優しく手を取ってナンパ口調で誘うも、必死に抵抗して逃げようとするのにイラついて段々と身分相応の荒い口調に戻って強引に連れ出そうと、腕や髪を引っ張って引きずって行こうとする。

 

「やっ…!やめてっ……!お願いですから……売りに出すのだけは…っ……ひっぐ……!」

「その娘を離してください!私の大切な従業員を……!どうかっ!」

 

 外の騒がしさと泣きじゃくる少女の声に気付き、慌てて出てきた店主らしき若い女性が男2人に向かって少女を離すよう懇願した。

 

「あぁん⁉なんだ女ぁ!俺達に指図するってのか⁉」

「この街に住んでるなら、俺達『ザ・ワンド』の事くらい知ってるよなぁ?大人しく手を引いておいた方が、あんたもこの店も無事のままで済むんだぜ?」

 

「そ…それは……。」

 

「はっはっは!ま、そういう事でコイツは貰ってくぜ。じゃあな。」

 

「…………。」

 

 

 女店主は男達が放った言葉に表情が青ざめそしてへたり込むように崩れ落ち、泣きながら自身に向かって手を伸ばす少女を連れて去っていく彼らの後ろ姿を見つめる事しか出来なかった………。

 

「……ごめんなさい………シャロン……」

 

 

【ザ・ワンド】――――このR08地区を根城にするならず者共の集団。

 

 名前は、結成時に集まった者達が棍棒や杖等の殴打物ばかり持っていたのが由来で、拠点は廃墟となった教会と周辺の建物。現在の規模は少なくとも男女合わせて150人は集まっている。その内の半分は、先の襲撃事件で家族や恋人を失った者達だ。だが、襲撃を起こした鉄血よりも、大切な人を守ってくれなかったグリフィンや野良戦術人形達を恨んでおり、果てにはさっきの少女の様にただの民間用自律人形に対しても憎悪を抱く程にまでなっている。

 

 女店主が最後まで縋れば人形の少女は救えたかもしれないが、ザ・ワンドの連中に逆らう真似をすれば報復としてその者への暴力はもちろん、金品強奪、放火――最悪の場合は殺人にまで発展し取り返しのつかない事態になりかねない。

その為、一度目を付けられ彼らの手に堕ちれば取り戻すことは不可能。連れ去られたあの少女も、彼らの拠点で見境なしの憎悪の下に嬲り壊され、使える部品だけ残されてスクラップ場行きの運命が待ち受けているだろう………。

 

 騒ぎの現場に居合わせた者達も、少女を救えなかった女店主への同情と己の無力さに悔しさを滲ませていた。

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

――同時刻:<BAR・トライデント>

 

 

 北部メインストリートで人形誘拐の騒ぎが起きていた頃、東部メインストリートの路地にひっそりと佇むレンガ壁の店――<BAR・トライデント>。

店内はアンティークな内装でカウンター席と2~4人用のテーブル席が何席か配置され、この時代ではかなり珍しい最早骨董品となった蓄音機が置いてある。カウンターの向こうでマスターと思しきバーテンダーユニフォームを着たスキンヘッドの初老男性がグラスを磨きながら、目の前に座るやや黒が混じった青髪のスーツの女性の相手をしていた。

 

「北の方がなにやら騒がしいようですな。」

「またワンドの連中かねぇ?」

「恐らくそうでしょうな。貴女も気を付けてください、彼らは人形が相手なら人間を相手にする時よりも悪逆非道な行為をする連中ですからね。」

「わかっているよ。」

 

 スーツ姿の女は氷水の入ったグラスを片手に、マスターの話をヘラヘラとした態度で聞き流すようにして返事をする。

 

「まったく…貴女は。もう少しはしがないマスターやってるこの老いぼれの忠告くらいしっかりと聞いてもらいたいものですよ。いくら人間社会に溶け込んでいるとはいえ貴女も『人形』だ。下手にバレれば殺されるかもしれないんですよ?マスターの私からすれば常連客が一人減ってしまうのは辛いものですがね。」

「……………。」

「……………。」

「確かに……、マスターの作るカクテルが飲めなくなるのは嫌さ……。だけど、私が人形として生まれ人形として死ぬのは定められた運命でしかない。――ボスが言っていたよ、『人間も人形も死ぬまでは運命に抗う、変える選択肢を持っている』とね。だから私もそれに抗い変えようとこの街にやって来た。だからこそ、そんなゴロツキ共に殺られはしないさ。」

 

 女は少し重い口調でマスターの言葉に対する返答をする。2人しかいない店内に寂しく蓄音機から流れる音楽、そしてカチコチと一定のリズムを刻む壁掛けの古時計。お互いにしばらく沈黙が続き、気付けば女が持っていたグラスの中身が全て水に変わってしまっていた。

 

「…………沈黙もなんですから、もう一杯何か飲みますか?私の奢りにしときますが――。」

「なら、『ギムレット』を頂こうかな。」

「相変わらずお好きですね。」

「当たり前でしょ。自分の名前と同じカクテルを嫌う人が何処にいるのさ?」

「ははっ、それもそうだ。少々お待ちを、直ぐにお作りしますので。あぁ、ライムはどうしましょうか?いつものコーディアルライムでお作りしましょうか?」

「んー……今日は果汁でお願いしようかな。」

「かしこまりました。」

 

 注文を受けたマスターは手際よく後ろの棚からドライ・ジンのボトルを取り出し、さらに冷蔵庫からラップに包まれたライムを出してラップを剥がし、果物ナイフで半分にカットして片方を再びラップで包んで冷蔵庫に戻した。

そして、下の戸棚から絞り器を取り出しライムを絞って2つの材料が揃うと、先ずはジンをシェイカーに3/4(45ml)、次いで絞ったライム果汁を1/4(15ml)をマスターは長年の経験を活かして材料を目分量で注ぎ、アイスボックスから氷をシェイカーの8分目まで入れて蓋をし、シャカシャカと程よくシェイクして蓋を外し、カクテル・グラスに注いでそれを静かにカウンターに乗せて彼女の前にスッと差し出す。

 

「どうぞ、ギムレットさん。」

「ありがとう。」

 

 果汁を使った方は白濁色のカクテルだが、天井のライトによってやや薄いペールオレンジの様な色合いとなっている。レシピとしては完成した時の色合いが透き通った淡緑色となるコーディアルライムの方を使うのが標準だが、今回は絞った果汁を使ったレシピ。

 

「うん……いい香りだ。それに――っ…!この突き刺さる様な味……!刺激があってとても良いね!」

 

 女……いやギムレットは、カクテルの方のギムレットをひと口飲んでその香りと味を絶賛し、すっかり上機嫌になる。そしてそのまま残りも一気に飲み干した。普通にアルコール度数30%前後もあるカクテルをほぼ一気飲みすれば一気に酔い回りや胸焼けしそうなものだが、それを飲んだギムレット本人は全く酔う気配すらない。一応これでもギムレット以外のアルコール類を3杯飲んでいる。

 

「ふぅ~。さて、そろそろ宿に戻るとするかな。ボスに報告しなきゃいけない件もあるし、明日は取引先との面会もあるからその準備をしないと。」

「…………。」

「…どしたのマスター?」

「あ、いや……。ギムレットさんのボスについて少々興味が湧きましてね。」

「あ~、ボスね~。ん~、あの人謎が多いからあんまり訊いても面白くないと思うよ?」

「謎多き人……ですか。そういえば、T地区にいる私の同業者もそんな感じの方がいましたね。確か『Amethyst』という店を構えていた筈です。もしT地区に赴く事があれば訪れてみてはどうでしょう?」

「へぇ~なんかよさそうな店の名前だね。――っと、時間だ。今日はこの辺で御暇させてもらうよ。ギムレット奢ってくれてありがとね。3杯分の代金ここに置いとくね~。」

 

 ギムレットはカウンター上に代金を置き、足下のアタッシュケースを持ってマスターに手を振ってBAR・トライデントを出て行った。独りとなったマスターは静かに「ご来店ありがとうございました」と呟き、先程まで彼女が嗜んでいたカクテル・グラスを丁寧に洗って布巾で入念に水分を拭き取って曇りの無い状態に仕上げて元の場所に戻し、これから客足が増える時間帯に備えてちょっとばかしの仕込み作業に入るのだった――。

 

 

 店を出た彼女はそのまま路地から東部メインストリートに出て真っ直ぐ宿の方へ人混みの中へと消えていった………。

 

 

 

 




次回、みんな大好きM200の登場

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