失恋
俺は幸運な人間だと思っている。
おみくじで大吉以外は引いたことないし、大怪我もしたことは無い。はがきの懸賞にもよく当たるし、最近ツイてたのは宝くじが当たったこととか。30万程度当たって親に新しい冷蔵庫を買ってあげた。小さい事から大きい事まで含めて、幸運な出来事の総量としては他の人の平均より大きく上回っている自覚はある。お節介焼きの神でも見ていて俺に贔屓でもしてくれてんじゃないかと。
でもそれ以上に幸運なのが、
「ねぇ、
可愛くてかっこいい幼馴染がいることだ。
初めて会ったのは保育園の頃、よくは覚えて無かったけど大人しい女の子だった気がする。正直母親の方が怖くて印象に残ってる。
小学校高学年ぐらいまでは大人しかったけど、中学で空手部に入ってからイケメンになった。短い髪と怖いぐらい鋭い目つきで、空手部のイケ女として中学の女子生徒に一定の人気が出たのを憶えている。それでも彼女は女の子らしいおしゃれとかメイクには年相応に興味があって何度か相談も乗った。
まず、男っぽい口調から丁寧な口調に直したり、俺も癖が強い髪質をしているから、おすすめのシャンプーとかリンスとか探して教え合ったりしていた。
……たまに、彼女の髪から自分の髪と同じ匂いがするのは、ドキドキして心臓にマグマが流れ込んだかのようだった。
そして本人の努力あってか、高校に上がる頃にはお淑やかで清楚な女の子になっていた。髪も伸ばして口調も所作もがさつな部分を排除した、言うなれば『女の子らしい女の子』。ひいき目無しでも100人中、いや100万人中100万人は可愛いって言うだろう。絶対に言う。言わせる。
それでも本人の“人を助けるのが当たり前”という気質は変わっていなく、誰でも彼でも目に付いたらすぐに手を差し伸べて助けにいってしまう程のお人好しだ。
そんな幼馴染のことを俺は尊敬していて、憧れていて……多分、好きだったんだ。……恋愛的な意味で。
だから俺はとても幸運なんだ。こんな幼馴染がいる世界一の幸せ者。
「ねぇ烏間。聞いてる?」
「……ごめん、式守の口からそんなこと聞くのショッキングすぎて聞いてなかった」
「もう! あ、あのね?」
だから多分、そこで運を使い切った。
「──私、恋に落ちたかもしれない。あの男の子に」
──ピンクの花びらが舞う頃に、桜色のくせ毛一つ無い彼女の髪が、風で泳いだその日。
俺は失恋した。
***
あの告白から二か月経った。梅雨入りのジメジメした湿度が気持ち悪い。くせ毛もひどくなるからこの季節は嫌いだ。
失恋の痛みっていうのは案外慣れてしまうもので、数週間も経てば落ち込む気持ちも薄くなって、別の事を考える余裕も出てくる。今日はなんの入浴剤を入れて湯舟に浸かろうか、とか。
柚子でいこう。
「……はぁ~~」
温かい湯舟に二十分浸かって氷水を飲む、どうやらこの行為が肌に良いらしい。昔、式守とスキンケアの話になった時に実験台として二週間続けさせられた習慣だ。結果は出たし、寝付きも良くなるから続けている。
でも湯舟に浸かってニ十分っていうのは案外長くて、風呂場に濡れないようにスマホを持ち込んで動画を見たりアニメを見て時間を潰している。
(……つまんね)
……だけど、まぁ……、露骨に恋愛系の話題やアニメを避けている自分に嫌気がさす。この前までは少女漫画とか買って読んでたのに最近は最新刊が出ていても読んでいない。なんか純粋に楽しめなくなってしまった。ダラダラと動画を聞きながして時間が過ぎるのを待っているだけ。
……いや嘘だ。“なんか”じゃない。原因はハッキリと分かっているのに、それ見て見ぬ振りして蓋をして目を背けて後ろめたい感情になってくるから楽しめない。
きっとこの感情と向かい合わなきゃずっと引きずってしまう。そんなのみっともないしカッコ悪い。
(……変わるべき、変えるべきなんだろうな、この関係と気持ちも。ちゃんと捨てないと)
でも関係が壊れるのだけは嫌だ。だからしばらく、式守とその……和泉って男子と付き合うまで、まだ幼馴染っていうぬるま湯のような関係でいいだろう。
「ん?」
その幼馴染から突然メッセージが届いた。
『やばい』
『明日の土曜日ファミレスに誘われた!』
『服どうしよ』
「はぁ~~……」
件の幼馴染からの秒も刻まぬ三連投に大きなため息が出てしまう。
このままメッセージを返すとのぼせてしまいそうなので、風呂から上がって適当な服に着替えながら返信した。タオルを首にかけて自室に入り、部屋が物で埋め尽くされている中、床のある面だけを選んで足を運ぶ。
漫画やまだ作っていないパズルが入っている本棚に寄っかかって返信をした。
『無難でよくない?』
『やっぱり?』
『でも可愛く思われたいし……』
『スカートありかな?』
『フリル無しならオッケーじゃない?』
『ベタベタに女の子な服装オッケーな人なの?』
『不明』
『というかそれを探りにいく』
『あー』
『じゃあ無難にしつつ、なんか入れて服装褒め起点にした方が会話広げやすいんじゃない?』
『それだ』
『ナイス!』
まぁこんなもん。心を殺して式守の幸福を思えば平然とメッセージぐらいは返せる。あっちは俺が一体どんな感情でどんな顔してメッセージを入力してるか知らないだろうな。
「はぁ……痛っつ!」
溜息を零して本棚に頭をもたれかけると、その衝撃で雪崩のように漫画群が降ってきた。棚の上に積み上げられた本の山。棚に並べるのが億劫で積み上げていた怠慢の証拠だ。
(最近、整理整頓してなかったし、式守が上がってきて口うるさく言われることなかったしな)
拾って、折角だから整頓しようと、落ちてきた漫画を棚の空いてる場所へ入れていく。
「……ん?」
ついでに巻数を揃えて並べ直していくと、空いたスペースが出来た。五巻と七巻の間、一冊分抜けている。
……心当たりがあるのでさっきまで連絡していた相手にメッセージを送った。
『話変わるんだけど』
『貸した少女漫画の六巻ってもしかしてまだ持ってる?』
本棚の整理を続けていたら五分程度で返ってきた。
『あった』
『ごめん。いつ返せばいい?』
『週明け学校でいい』と、返信しようと入力して送信する前に取り消した。
『別に急いでないから、まだ持ってていいや』
『その本が入るほど部屋片付いてないし』
『へぇ』
『ちゃんと片付けないと部屋の物捨てに行くよ?』
『ちゃんと片付けときます』
『よろしい』
「あ゛ぁ~~~~……」
自分のした行為に思わず呻き声をあげて座り込んで勢いで床に転がる。すぐに床に置いてあった教科書がストッパーになって止まる。
(みみっちい欲望出して、ダサい嘘吐いた……)
まだ関わっていたい。脳の片隅でいいからまだ忘れないで欲しい。そんな未練たらたらな自分が嫌になる。
「~~~~っ……ぐえっ」
ゴロゴロと転がっていたらまたも本棚の上から漫画が降ってくる。先程整理していた少女漫画の一冊のようだ。表紙には『1』と書かれている。
「……」
前に読んだ漫画で内容もうろ覚えだ。これも折角だから読み直してみるかと思ってページを開いて読み進めた。
「……うわ。ははっ、あぁ……」
五分も経たない内に内容を思い出してページを閉じた。その先の展開に乾いた笑いが出た後にまたため息が出た。
(これ幼馴染が負ける漫画じゃん……)
今日までに何回ため息をついて幸運を逃がしたんだろう。
まぁ今更どんなに幸運があったところで遅すぎたんだけど。
烏間くん
式守さんの幼馴染。
自分のこと大好きなナルシストラッキーボーイ。
部屋の掃除は怒られるまでしないが、どこに何があるか全部把握している。