「──式守さんのこと好きなんだね」
「……は?」
お前がそれを俺に言うのか、と。ほんの少しの怒りが声に出てしまった。
屈託無く笑うその顔は心の底からそう思っているみたいで。今、俺の腹の底で煮えているものまで見えていないらしい。
「え?」
「あぁいや、そうだな。……嫌いか好きかのどちらかと言うと好きだな……もちろん友達として」
でも和泉に対してその感情を抱くのは違う。だって俺のこの気持ちを知らないし、きっと
ちゃんと心に蓋をして関係を壊さないように答えた。
「幼馴染なんだったよね? あーじゃあ僕の知らない式守さんをいっぱい知ってるわけだ。いいなぁ」
「……式守って中学時代の話とかしないの?」
「うん。全く話さないから」
え、マジ? 和泉の知らない昔の話とか知ってるって事実にちょっと優越感あったけど、全くってレベルで話してないの? 俺の話はするのに?
「……和泉。全国大会ってワードに聞き覚えは?」
「無いよ」
「……ちょっと待ってろ」
和泉に見えないようにスマホを手で隠し式守にメッセージを送った。
『空手の全国大会にいった話って和泉に話していい?』
『ダメ』
一秒にも満たない時間で即レスされた。嘘だろ俺クラスの連中とかに自慢したくて割と言ってるんだけど。
『まさか話してないよね?』
『話してないです』
『ならよし』
…………………………。
「和泉。ここで俺と会ったこと全部忘れないと俺が死ぬかもしれない」
「どういう脈略!?」
メッセージから殺気を感じ取った。空手習い始めてから、目のハイライトを落として殺気を飛ばしてくることが多くなったことも言わない方がいいよな。うん。
クラスの奴らにも口封じしないと……! チロルで足りるか……?
「とりあえず、今日という日は無かった。オーケー?」
「お、オッケー」
「ならよし」
これで命を落とすか嫌われるかの二択は無くなっただろう。
「それでプレゼント結局それにするのか?」
「うん。烏間くんのお墨付きだしね」
「じゃあちゃちゃっと買ってこい」
和泉がウキウキでカウンターで清算していると、手元のスマホにメッセージが入った。式守からだった。
『だって和泉さんに可愛いって思ってもらいたいし』
……あー、はいはい。ごちそうさま。
「お前って愛されてんだな」
「え、どういう脈略?」
「こっちの話」
ちょうど買い物が終わって戻ってきた和泉に言葉を投げた。ほんのちょっとだけ妬みを込めて。
「さて、じゃあ帰るか」
「烏間くんは式守さんの誕生日プレゼント買わなくていいの?」
「俺はいいよ。さすがに彼氏持ちに送るほど空気読めてないわけじゃない」
「そっか……式守さんも喜ぶと思うけど」
「……それに、ほれ」
俺は手持ちのビニール袋を持ち上げて見せた。文化祭のために購入した材料がぎっしり入っている。
「さすがにこれ以上、持ち物が増えるのは勘弁」
「あ、そうだよね。……そういえば烏間くんのクラスの出し物ってカフェなんだ」
「そうそう。あえてベーシックなカフェにして制服代をカットする代わりにメニューに力入れたいんだと。和泉のクラスは?」
「僕もカフェ系統で動物喫茶っていうのをやる予定。みんな動物を模した衣装を着て接客するかんじ。ちなみに僕はライオンです」
「あはは、似合わねー!」
ふふん、とちょっとドヤ顔してた和泉には悪いが反射的に言葉が出てしまった。
「そ、そうかな?」
「和泉はどちらかと言うとジビエ系って感じだろ」
「それ言うなら草食系ね? なんで加工されたの?」
それにどちらかと言うと襲われる側だろ和泉は。ウチのクラス的に言うと“受け”ってやつだ。俺とは正反対だな。
「じゃあ式守は? なんのコスプレすんの?」
「式守さんは確か……ウサギだったかな?」
「……………………は?」
両腕が弾かれたように動いて、和泉の肩を潰しかねない力を込めて掴みかかった。
「え、なっ、なに!?」
「お、お前マジで言ってんの? 彼氏なのになんで止めないんだよそこは……!」
「なんで……?」
なんでってお前……!
「ウサギってことは要するに……ばっ、バ、バニーってことだろ?」
「…………へ?」
「いや流石にダメだろそれはお前、そんな露出高い服着たら校則違反の前になんかの法に引っ掛かるだろうし。お前らが牢に入ってるとこ見たくねぇよ」
「待って烏間くん誤解してる」
「なにが?」
「ウサギの衣装って言ったけど、バニーじゃなくてパジャマみたいに羽織る感じの衣装だよ。露出とかしないよ」
……………………。
「和泉」
「はい」
「お前を殺して、俺も死ぬ」
「待って」
ゆっくりと首に手を伸ばそうとしたところで、理性が羞恥心を上回り辛うじて止まった。
「さっき烏間くんが言ってたけど、ここであった会話は秘密にしてるから」
「本当だな?」
「本当本当。……あはは、顔真っ赤」
「うるせえ……とりあえず、これで用事は済んだだろ? 帰ろうぜ」
「あ、ちょっと待って。連絡先交換しよ」
和泉がスマホを取り出して自分のIDのQRコードを画面に表示させる。俺もスマホを取り出してそれを読み込むと、画面に友達のリストに『和泉』の文字が追加された。
「あのさ烏間くん」
「ん?」
「た、たまに相談に乗ってほしい」
「……恋愛の?」
「うん。あとちょっとおしゃれとか……」
和泉は少し恥ずかしそうに口元をスマホで隠しながら言った。
さっきと一緒だ。
式守と昔からの“友達”の俺に相談するのは理にかなっているし、
式守と俺にただの“友達”以上の心が無いなら和泉のお願いごとは正しい。
だから別にどこも痛くない。ただちょっと息が苦しくなっただけだ。
間違えているのは未だに拗らせているこの心だ。
「……いいよ。でも自分で決めなきゃいけないものとかは自分で決めろよ?」
「うん、わかった!」
「じゃあ最初のアドバイス」
それ。と言って和泉の持っているプレゼントを指差す。
「それ買ったときに俺と一緒に選んだとか言うなよ。和泉が一人で選んだって言った方が絶対喜ぶから」
あと俺の気持ち的にも、なんか……二人の間に介入したくなかった。俺の気持ちが介入することで二人の時間が台無しになっちゃんじゃないかって。
「さっきから言っている通り、ここで会ったことは全部なかった事にして忘れること」
そう言って俺は、人差し指を立てて『内緒』と言うようにジェスチャーをした。
「……わかった。でも学校で会ったらジュース奢るから」
「んー、じゃあそれはありがたく受け取っとくかな」
「あとさ」
「まだ何かあんの?」
「──夏祭りのとき、いた?」
「──なんの話?」
動揺が声に出る前に答えたから食い気味だったと思う。
「ううん。ごめん僕の気のせいかも」
「そう? じゃあ俺、帰りはこっちから出なきゃいけないから。じゃあな」
「じゃあまたね、烏間くん」
「……またな」
そう言って俺は、逃げるようにしてその場を立ち去り、帰り道で鉢合わせないようにいつもと違う道で帰っていった。
帰り道、和泉から『Thanks!』とスタンプが送られてきたので、俺も適当なスタンプで返信した。
「……」
その操作の延長で、誕プレの候補として閲覧していた、商品ページのブックマークを削除した。
翌日の放課後。
「これは?」
「美味しい」
「じゃあこれは」
「これも美味しい」
「……これ」
「美味しいな」
放課後の家庭科室で、文化祭で出す予定のお菓子を一通り作ったので部活の終わった狼谷をひっ捕らえ味見をさせていた。部活が終わってお腹も減ってたとこだったって言ってたし昼食で食べるもの見ててもカロリーとか糖分気にしないタイプだからちょうどよかった。
って思ってた俺を殴りたい。
「全部一緒じゃん感想が! 二度と食レポするな!!」
「む。君が連れてきたんだろう」
狼谷は味音痴だった。うっそだろお前。
「しかも目を離した隙に完食してるし……もうちょっとよく噛んで食べような?」
「よく噛んで……」
「プリンはもぐもぐしなくていい!」
一つ一つに美味しいって言ってくれるのは凄い嬉しいけど、文化祭でお金取るもの作るんだから具体的な評価が欲しい。
「狼谷、これとかどう?」
「むぐっ……味が美味い」
「はぁ……」
試験的に作ってちょっと失敗したものも食べさせてもこれだ。
「うーん……味じゃなくてコスパと作りやすさでどれにするか選ぶか……?」
全肯定狼谷は助かるが参考にはならないので別の方法でメニューを決めようか考えようとしていた。
すると、家庭科室の扉が開いて、そこからひょっこり女子が顔を覗かした。
「狼谷?」
「ん、猫崎か」
背の高い女子が家庭科室へと入ってくる。狼谷が言うには猫崎という名前らしい。クラスで見たことないから狼谷の女子バレー部の交友関係か?
「あ、烏間くんじゃーん!」
「俺のこと知ってんの?」
「いやいや結構有名よ? 美形だし運が良くて運動もぼちぼちできてナルシストで男が好き。あとみっちょんがたまに話してる」
「最悪な知られ方をしている。あとみっちょんって誰だよ」
「うちのクラスの式守。烏間と幼馴染なんでしょ?」
「ま、まぁ結構昔からの仲だけど……ち、ちなみに式守がどういう話してたか覚えてる?」
「ん? まぁ球技大会の時だけど烏間が活躍していた話になったとき『凄いでしょ私の幼馴染』とか言ってたし、烏間褒める度にちょっとどや顔してたよ」
「ふーん……ほーん……へー……おい狼谷なに笑ってんだよ」
「っふ、いや烏間って分かりやすいなって」
「……? てか二人ともここで何やってんの?」
突然乱入してきた猫崎に、文化祭で出すメニューの試食していることを話した。
「へー! あたしもちょっとつまみ食いしていい?」
「どうぞー。食べ比べして感想もらえると助かる」
小分けにした二つのブラウニーを紙皿に置いて差し出した。
「……んまっ!」
猫崎は出されたブラウニーを瞬く間に平らげた。食べている最中も「おいひい! ふまい!」とか言ってたので嬉しいことに建前じゃなくて本音で言ってるんだろう。
「やっぱ、運動の後には甘いもんだよねー。アタシ今食べたナッツ入ってるヤツの方が好みかも」
「じゃあもう一つのは?」
「そっちはちょっとラム酒とレーズンが入ってて味付けが大人っぽかったね。アタシ好きだけど味付け強いから好み分かれそう」
「猫崎さん。いや猫崎様、お願いしたいことがあるのですが」
「なに? 遠慮なく申してみよ」
「試食手伝ってください……狼谷じゃあてにならないんです」
「いいよー!」
快諾してくれる猫崎様を崇めつつ、他のお菓子に手を伸ばす狼谷の手首を掴んだ。
「それ以上食べたら猫崎様の食べる分がなくなるだろうが……!」
「え? だってこれあと二つあるじゃないか」
「それはカップケーキで、お前が取ろうとしているのはマドレーヌだ」
「……味の違いが分からない」
「まぁこれについては材料が一緒だからなにも言えないけど……!」
でも、なんかこう……食感が違うだろうが……!
「とりあえず狼谷は俺が許可したものを食べる残飯処理係になれ」
「わかった」
「じゃあアタシなに食べればいい?」
「では猫崎様にはこちらを……」
***
メニューを一通り猫崎さんに食べてもらって、率直な感想をもらった。幸いなことに一つも不味いと言われなくてよかった。
「……なるほど。いやー参考になった。ありがと猫崎さん」
「いやーアタシも偶然通りがかって覗いたら、こんな美味しいものを食べられるとは」
「そういえばなんで猫崎はこんなとこ通りがかったんだ? てっきり他の部員と帰ってると思ってた」
「ウチの友達が補習で拘束されてんの。部活終わってもまだやってたから、コンビニで漫画の新刊買ってきて時間潰そうかと思って。あ、知ってるこの漫画? 今アタシの中で熱い!」
猫崎さんがバッグから取り出したのは透明なビニールで包装された新品の漫画。表紙は可愛い男女が書かれていていわゆる少女漫画というやつだ。
「『よだ恋』、これめっっちゃ良くて、もう……ほんと、見て!」
「語彙力が無くなっている……私は読んだことないな。烏間は?」
「前まで読んでたけど、ちょっと追うのやめた」
「え~~読んでよ~~! ちょ〜〜いいよ!!」
超いいのはわかる。普通に読んでて面白いけども……。
「これさぁキャラが皆可愛いし良い子しかいないんだけどその優しい世界から出される失恋シーンがこう……いいんだよねぇ」
その漫画幼馴染が負けるやつだから共感しすぎてちょっと辛いんだよな。
「猫崎は失恋シーンが好きなのか?」
「いや、そうじゃなくてさ。ちょっとほのかに苦い展開で辛いけど、その先にある希望を目指して頑張ってるのがいいの……!」
「……でも結局報われないなら好きにならない方がよかったじゃんって思うんだよな。最初から間違えてる選択取ってるのは見てて辛い」
「……」
最初からこの気持ちなんて無かったらよかったのにとか、その恋心だけを心から切り取って捨てられたらどんなに楽だっただろうとか考えたこともある。
今の発言を振り返るついでに我にも返って、狼谷の方を見る。ばつの悪い顔をしてマドレーヌを食べていた。ごめん、でも俺にもダメージ入ってるから許してくれ。
「んーでも私はさ、好きになった気持ちを失敗だったなんて思いたくないな」
「「……」」
「その時は幸せで笑えていたんだったらそれはそれでいいかなって。それに自分の好きな気持ちを否定するのって悲しくない?」
「「……………………」」
「な、なーんて? ちょっとクサかったかもしれないわーごめんピ☆」
俺たちが無言になって聞いていたのがちょっと気まずくなったらしく、猫崎は茶目っ気を入れて謝った。そしてタイミングよく猫崎さんのスマホが鳴った。
「む! ごめん友達の補習今終わったって! んじゃアタシ迎えに行ってくるから!」
「うん、ありがと猫崎さん。試食手伝ってくれて」
「いーのいーの! また今度作ったら食べさせてねー! じゃねー! 烏間くんと狼谷!」
「あ、猫崎さん!」
「ん?」
俺が呼び止めたときには、扉を開けすでに猫崎さんの体は廊下に出ていたが、上半身だけ反らしてひょっこりと顔を出した。
「その漫画の続き買うからまた今度話そう」
「……! うん! りょーかい!」
猫崎さんはニカっとヒマワリのように笑うと体を引っ込めて廊下へと消えていった。
「……さて」
「ごちそうさまでした」
狼谷が丁寧に手を合わせたのを横目に、俺は散らかっている食器やシンクに積みあがっている調理器具を見つめてため息を吐いた。誰だよこんな散らかした奴。
「烏間だよ」
「心を読むな」
「顔に出てた。片付けられないタイプか?」
「……多少」
「片付けと洗い物は手伝うよ」
「助かる」
シンクまで運んだ食器を俺はスポンジで洗剤をつけて洗い流し、狼谷はそれを布巾とキッチンペーパーで水分を拭き取っていった。あ、洗剤ちょうど無くなった。
「狼谷」
「ん」
「さんきゅ」
手を出すと隣のシンクから持ってきた洗剤が置かれた。
「あ、烏間」
「多分、下の戸に入ってる」
「これか。ありがとう」
狼谷の方もちょうどキッチンペーパーが切れたらしく、予備のものを出して食器を拭いていく。
「すげーいい友達じゃん」
「……猫崎のことか」
「そうそう裏表の無いぐらい明るい感じで、見てて元気が出る」
あと綺麗だ。それは見た目ではなく、あ、いや見た目も背が高いし顔立ちも整ってるしとても綺麗だけど、それよりも考え方が綺麗な人だ。
「私には勿体ないぐらいにはな」
「そんなことないだろ」
「……なぜ?」
「なぜってお前……いくら見た目が良くても性格が悪かったら誰も話しかけにいかねぇよ。狼谷の中身に惹かれたから仲良くなってんだろ」
「中身、か」
「そもそも勝手に連れてきて文句言わずお菓子を食べてくれる時点で優しいヤツだよ狼谷は。……いや今回は文句という名の感想は欲しかったけどな?」
いや狼谷は優しいんじゃなくて警戒心が無いのか? それとも素直すぎるのか? どっちもあり得るな……。
「ふふっ……そうだな。私はいい友人を持ったな」
「だろ?」
「君もだよ烏間」
「え?」
「君も私の“すげーいい友達”だよ」
狼谷は軽々しくそういうことを口にする。ちらりと隣を見ると、狼谷は俺の顔を見てふんわりと微笑んでいた。
「……照れるだろうが」
脇を肘で小突くと、お返しで同じことをされた。
黙々とやればすぐに終わったはずの洗い物は、少しふざけあったせいで長引いた。
烏間くん
容姿端麗だが性格が残念なイケメン。
式守さんの幼馴染でラッキーボーイ。
ふとバニーの件を思い出し、恋人同士なら“そういう事”もするんだろうなと思い、トイレで吐いた。
和泉くん
式守さんの彼氏。
明るく優しい男の子。生粋の不幸体質持ち。
夏祭りの型抜き屋の店主と烏間くんが同じジェスチャーをしていたのが気になった。