幼馴染が絶対に負けるラブコメ   作:ぽんしゅー

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軽率

 

 文化祭三日目。

 

 忙しいという言葉を口にすることすら疲れるほど疲れた。

 

「烏間、生地出来た?」

「……ちょっと待って」

 

 今はキッチンの手伝いをしているが、生地を回す手が自分の手じゃないみたいでひどく重い。昨日は考え事をしていて全然寝られなかったから寝不足も上乗せマシマシですごく眠い。

 

「烏間大丈夫?」

「大丈夫」

 

 ちゃんと周囲の声は聞こえるから大丈夫のはず。ちょっと眠気の波が来ただけで、ここを超えたら一気に元気になっていつもみたいに集中できるはず。

 

「ねぇ、顔色悪いから休みな?」

「……じゃあこれ作ったら10分だけ休憩する」

「ダメ! さっさと休憩いっといで!」

 

 同じ作業をしていたクラスメイトに、生地の入ったボウルとハンドミキサーを取り上げられた。

 

「あー……うん。ごめん……頑張って」

 

 取り返す体力どころか言い返す気力も無いので、言う通りにして一時的に休むことにした。

 

「……?」

 

 リーダーにスマホで連絡を入れようとして、ポケットに手を入れても中はタオルしか入っていなかった。

 ……ホールで仕事してるときは上着に入れてたから、上着ごと教室に置いていったかもしれない。

 

 仕方ないから一旦教室行ってリーダーに言ってから休憩入ろう。教室行ってホール忙しそうだったら手伝えばいいし。なんか今休むと、しばらく動けそうにない気がするから。

 

 だって今ものすごく眠いからなぁ……。

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

 

 

「っ烏間!? ちょ、誰か保健室!」

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 秋の日はつるべ落としという諺が存在するほど秋の日暮れは早い。

 すでに日は沈み、昼間の彩られた派手な露店も、今は大人しく夜のトーンに塗りつぶされ、鳴りを潜めている。

 

 後夜祭は体育館で行われている。日が出ていた時の騒がしさが信じられないほどに校舎は静まり返っており、二人がいる保健室はその喧騒から程遠い空間だった。

 

「俺、こういう時に言ってみたかったセリフあるんだよね」

「どうぞ」

「──知らない、天井だ」

「案外元気そうでよかった」

 

 保健室のベッドで横になりながら冗談を言う烏間と、倒れた烏間の見舞いに来た狼谷。

 

「原因は?」

「保健の先生から言われたのが、睡眠不足、栄養不足、疲労とか。……心当たりを説明する度に、先生の眉間に皺が寄っていくのが怖かった」

 

 目を覚ました時、烏間は状況を把握し、慌ててクラスへ参加しようとすぐにベッドから立ち上がると、養護教諭に止められた。烏間はどうしても戻りたいと言ったものの、養護教諭に言いくるめられ、残り数時間の文化祭は保健室のベッドで大人しく過ごすこととなった。

 

「狼谷も後夜祭楽しんでくればいいじゃん。別に俺に気使わなくていいから」

「あまり人目の多い場所が得意じゃないことは知ってるだろう。こっちの方が落ち着く」

「クラスの連中が寂しがってるぞ」

「寂しがられてるのは君の方じゃないか?」

 

 狼谷が保健室の机に山のごとく積まれているお菓子や飲み物を見る。中にはコンビニでは買えない文化祭で作られたお菓子や、なにか形容しがたい変な景品まで置いてあった。

 

「デジャヴを感じる。つかなんだコレ」

 

 烏間は上半身だけを起こし、その山から謎の造形をしたぬいぐるみを手に取った。ぬいぐるみのお腹を押すと、不思議と言えば聞こえが良い不気味な鳴き声を発した。

 

「皆、休憩の合間を縫って買ってきたらしいな」

「はぁ……本当に申し訳ないな」

「別に謝る必要はないだろ? むしろ頑張らせすぎてゴメンってリーダーが言ってたよ」

「だからだよ」

 

 烏間は机の上に積み上げられた山から目を逸らして、手元のぬいぐるみに目を落とす。

 

「皆、楽しんでたのに俺が倒れたから素直に楽しめなくなったかもしれないだろ? もしかしたら無理させすぎたかもって思ってるかもしれない。そういう罪悪感を抱かせてしまったのがダメだ。本当に申し訳ないなって」

「……」

「クラスの奴ら良い奴ばっかりだから余計にそう思うんだよ。迷惑かけた俺のことなんか忘れて皆で楽しんで──ひゃぁい!!???」

「あ、すまない」

 

 ぴと。とキンキンに冷えたペットボトルを烏間の首筋に当てると、完全な不意を突かれた烏間は体を跳ねさせて驚いた。変な声を出した羞恥で体を熱くしながら、当てられて冷えた場所を手で押さえていた。

 

「お、おまえっ」

「なんからしくもなく思い込んでるなと思って」

 

 狼谷は椅子に腰を下ろして、烏間の目を見て話し始めた。

 

「逆に私が倒れたら迷惑だなんて思うのか?」

「思うわけないだろ」

「そういうことだよ。別に倒れたから迷惑だなんて思ってないし、みんな烏間の分まで頑張ってるし楽しんでるよ」

「……大人だなぁみんな。なぁ?」

 

 烏間は手元のぬいぐるみのお腹を押すと、カエルが踏みつぶされたような短い断末魔が返ってきた。

 

「もしかしなくても烏間って人に尽くすタイプだろ」

「えぇ? んー……まぁ違うとも言い切れないかも。人の笑ってる顔とか好きだし、喜んでもらえるなら何でもしてあげたい欲はあるかも。ご奉仕体質ってやつ?」

「じゃあ尽くし過ぎて自分の身を壊さないように気を付けてほしい」

「まぁ、考えとく」

 

 うん。とも、わかった。とも言わずに、曖昧に流す烏間を見て、狼谷は不安そうに眉を下げた。

 

「ははっ、なんだよその顔。心配してくれてんの?」

「ああ、心配だよ。今の烏間を見るといつか無理をして……折れてしまうんじゃないかって」

 

 狼谷は昨日の出来事を思い出していた。あの胃が浮くような浮遊感と息が詰まる窒息感が襲うあの重い気持ちを。

 

(あれを一年半も烏間は飲み込んできたんだ。……平気なわけがない)

 

 球技大会の時に烏間が言っていた『甘い毒ガスを吸わされている気分』という喩えは言い得て妙だと狼谷は思った。

 

(いつかその毒が全身に回って今日のように倒れてしまうんじゃないかって……ふと、思ったんだ)

 

「俺、結構メンタル強いから」

 

 狼谷の不安を払拭するように、烏間が自身の胸を拳で軽く叩いた。

 

「だから大丈夫。ちゃんと気持ちを整理できるようなテクニックは身に着けてるからさ」

「……そうか。なら、いいんだ」

 

 まだ心配ではあったが、本人が大丈夫というのなら深く追及すべきではないと狼谷は自分を納得させた。

 

「……話は変わるが、良いニュースと悪いニュースがある。どちらから先に聞きたい?」

「今の気分的に悪いニュースから」

「文化祭の売り上げの順位……二位だ」

「あ゛~~~~惜しっ、いや俺が倒れたせいじゃん!?」

「でも一円単位の相当な僅差だったらしいから、ウチのクラスがダメ元で何か無いかって言ったら、頑張ったで賞っていうことで打ち上げの三分の一は負担してくれるらしい」

「ノリ良いな運営側。で、良いニュースは?」

「クラスメイトからの又聞きだが、式守さんがウチのクラスに来たらしい」

「へー、それで?」

「お菓子すごく美味しいって言ってたって」

 

 烏間がぬいぐるみを強く握りすぎて、この世のものとは思えない奇声がぬいぐるみから発せられた。

 

「ちなみに烏間が監修したって言ったらドヤってたらしい」

「ふ~~ん。へぇ~~~~えへへまぁそりゃ頑張ったから嬉しいわな」

「ここ最近で一番嬉しそうな笑顔してる」

「うるせ」

 

 狼谷に指摘され、烏間は緩んだ口元を閉じて、ついでに瞼も閉じて一つ深呼吸をして落ち着いた。それでも僅かに口角は上がっていた。

 

(たったそれだけなのに、こんな嬉しいんだから……嫌いになれるはずないだろ)

 

 ただ、その幸せな気持ちを噛みしめても、痛みは後からやってくる。

 

 もう隣には誰かがいるという事実が彼の胸を締め上げる。

 

(でも、それでも)

 

 烏間の幸せは痛みと共にある。だがそれでも彼女の笑顔が見たいと、悲しませたくないと心が残っている。

 

「……俺、昨日の狼谷を見て考えてたことがあってさ。それで今、話して決めたことがある。ちょっと聞いてくれるか?」

「……わかった」

 

 烏間が神妙な顔をするものだから、狼谷もつられて椅子に座りなおして姿勢を正した。

 

「──やっぱりこのままでもいいかなって」

「……」

「多分俺が前に進めるんだとしたら、式守に好きだって伝えてフラれて、全部壊すことなんだけどさ。そんなこと言ったら式守を困らせるだけだし、関係が壊れて周りに気を遣わせるのも嫌だ。それに式守も俺のことを憎いって思ってはないらしいからさ、告白したら式守はずっと気を遣うだろ?

 ……和泉といる式守が一番幸せそうな顔してるのにそれを曇らせるのは嫌だ」

「……それは、君が辛いだろ」

「でも気持ち伝えて周囲を困らせるより、俺が我慢すればいいだけだろ。今までと一緒だ。……いつか慣れるかもしれないしな」

 

 烏間は辛くないとは答えなかった。それはもうどうしようもないことだというのが分かりきっていたから。

 

(それじゃあ、君の心は、幸せは)

 

 狼谷は、口から出そうになった言葉を飲み込んだ。

 

「それが君の決めたことだというなら応援するよ。その、あれだ。烏間」

「……?」

「カッコいいよ」

「……はは、照れるって」

 

 きっとそれは彼が決めるものだということに気づき、頭の中の考えを振り払って烏間への激励の言葉を口にした。

 

「なんか他人事みたいに聞いてるけど狼谷も背負うんだからな」

「え?」

「『え?』じゃねぇよ式守への好意知ってるの狼谷しかいないし、この話したのも狼谷だけだからな? 絶対に喋るなよ? 墓まで持ってけ」

「か、勝手に墓まで持っていくものを背負わされた」

「……まぁ、俺がしんどい時に愚痴零すだけだからたまに付き合ってくれ。俺も狼谷の愚痴に付き合うからさ。いつか笑い話にするって言っただろ?」

「……わかったよ」

 

 とんでもない役割を担わされたと思うと同時に、愚痴の相手というものではあるものの、烏間が人を頼ることに関して前に進めてよかったと狼谷は安堵した。

 

 そんな中、保健室のスピーカーが体育祭で行われている後夜祭の司会の声を拾った。

 

「そろそろ、後夜祭も終わりそうだな」

「ああ。去年と同じなら最後は参加者全員の一本締めで終わるのかな」

「……やっぱクラスのとこに行かなくていいのか?」

「私が行くと烏間が一人ぼっちになって寂しくないかな、と」

「……じゃあ居てくれ。保健室の先生のOKが出るまで暇だから」

「本当に寂しいのか?」

「んなわけ」

 

 そして、後夜祭終了の放送を静まり返った保健室で聞いた。二人は見舞い品の山から缶ジュースを取り出し蓋を開けた。

 

「お疲れ様」

「ああ、お疲れ様」

 

 二人は中身が零れないようにそっと乾杯し、すっかりぬるくなってしまった炭酸を喉に流し込んだ。

 

 会話が途切れたら時計の秒針が聞こえてくるほどの静寂が、二人にとって心地よい空間だったのだろう。きっとそれは腹を割って話せることが出来る間柄であるからこそだ。

 

 それ故に彼は彼女に打ち明けて頼ったのだ。「辛かったら話し相手になってくれ」と。隠れて泣く彼がそんな“弱み”を見せて頼ってきてくれたのは成長以外の何物でもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、軽率だった。

 

 壁に耳あり障子に目ありという言葉が昔からあるように、どこで誰が聞いているか分からない場所でそんな話をするべきではない。

 

 扉一枚挟んだ向こうでは誰が聞いているか分からないというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(烏間は、私の、ことが、好き……?)

 

 

 驚くほど呆気なく

 

 

 彼が傷ついてでも守ろうとした大切な関係は

 

 

 たった今、壊れた。

 

 




烏間くん
容姿端麗だが性格が残念なイケメン。
式守さんの幼馴染でラッキーボーイ。
あのぬいぐるみは気に入ったので部屋に飾った。

式守さん
和泉くんの彼女
普段は可愛いが和泉くんの前ではイケメンになる。
烏間が倒れたと後から聞き、心配して保健室へと足を運んだ。



次回は箸休めで、中学時代の式守さんと烏間くんの仲直りの話の予定です。
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