彼と昔、帰り道でこういう話になったことがある。
──友達の定義ってなんだろう?
彼はふと気になった事を口にしたんだと思う。おそらく、国語の教科書を朗読してそういう事を考えたんだと思う。
私はそんなことを考えたことは無かったから、答えを出すのは難しかった。
「でも、いたずらに傷つける人とは友達にはなりたくないかも」
だから代わりにそんな言葉を返した気がする。彼はそういう答えを求めてはいないみたいで、「そっか」と軽く返された。その反応にちょっとむくれて聞き返したら、彼も首を振ってよくわからないと言った。
「でも曖昧だと思った。当たり前に転がってるのに、手に入れられない人もいれば、持ちすぎてる人もいる。その中には、いることに気づかない人だっているし、いると思っている人も存在する。それってきっとちゃんと定義づけされてないからだと思う。もしくは法律とかで決まってないから」
「友達の定義を国に渡したくないんだけど」
「それはそう。だからまぁ……難しいなって話」
その話題はそこで終わった。当時、なんで彼はそんな話を切り出したんだと深く考えることは無かった。
だけど今、理解した。彼はきっと怖がっていたんだ。
定義が無いから、法律で決められてないから、書面に記されてないから、
友達という曖昧な関係だからこそ、簡単に霧散してしまう。
何をしたら友達で、何をしたら壊れてしまうのか。
…………私は、これまで通り烏間と友達でいられるだろうか。
***
私が保健室の会話を聞き、黙ってその場から逃走した日から数日が経過した。
最近の私はどうやら様子がおかしいみたいで、悩んで考え込む表情を和泉さんに見られ心配をかけてしまった。
和泉さんは優しい。
きっと相談に乗ってくれるけれどこれだけは話せない。礼を言って私一人の問題だからと答えると、和泉さんは頼ってくれないのが寂しいのかシュンとしてしまった。ゴメンなさい。
私は一人で考えたくて、身も切るような思いだったけど、和泉さんと一緒に下校する権利は犬束さんに譲った。本当に不服だけど、犬束さんなら和泉さんを死ぬ気で不幸から守ってくれる。
さて改めて、これは私の問題だ。これから私はどうすべきなのか。
……烏間は……私のことを好きと言っていた。
保健室の会話を聞いて、友達としての好きじゃないことは分かる。……恋愛の意味での好きだった。
だって、話している烏間がどんな顔しているか分からないけど、私の聞いたことのない声だったから。聞いた瞬間、脳が揺れて眩暈がした。それほどの衝撃だった。
でも烏間に好きと言われて、嫌とか気持ち悪いとかそんな感情は毛ほども無い。困惑はしているけど、好意そのもの自体は嬉しかったというのが本音だ。
でも、そういう目で烏間を見たことは無い。
そして私は和泉さんのことが好きだ。
だからその気持ちは烏間にあげれない。烏間の好意にも応えられない。
ごめんなさい。と振ってしまえば終わり。
そうしたらこれまでの関係も全て終わり。きっともうこれまで通り話す事は出来ない。
……それが、嫌だ。
きっと私は烏間に対して、恋愛とは違う特別な感情を抱いている。言葉に出来ないような曖昧なもの、けれど胸を張ってそれは尊いものであって、誰にもバカにされたくないものだと言える。
それを壊したくない。
なら私は聞いてなかったことにして、いつも通り烏間と接することが正解?
それも違う。だって私は聞いてしまっ──。
「式守?」
「ひゃい!?」
突然、隣から声がした思わず跳ね上がって返事した。声がした方向に振り向くと悩みの種である烏間が立っていた。
「おおお驚かせないでよ」
「いやだって、下駄箱の前で靴持ってボーっとしてるから」
手を見ると、確かに外靴を持っていた。考え事をして歩いていたからか、無意識で気づかなかった。
「……ちょっと寝不足みたいで……今日は早めに帰って寝ようかな」
……ゴメン烏間。今、君と話すのはちょっと気持ちがしんどい。湧いた罪悪感を見て見ぬ振りをして、そのまま烏間の横を通り過ぎた時だった。
「──なんか、悩んでるだろ」
私への心配を、彼の方を振り向かずに聞いた。……こういう時の幼馴染の鋭い勘は少し困る。
ここで烏間が言葉を吐くよりも速く、振り向いて私は笑顔で勘違いだよと言うべきだった。
「……俺に言えないならいいよ。でも……和泉には言えよ?」
──。
「あはは。何言ってるの烏間。本当に寝不足なんだってば」
「……そっか。なら早く寝ろよ」
「うん。じゃあね」
「……じゃあ」
私は作り笑顔を返して、急いで外履きに履き替え、逃げるようにしてその場を後にした。
……恋愛とは違う特別な感情の他に、彼に向けたもの。それはきっと罪悪感だ。
私は、烏間に謝りたい。
だって私はあの日聞いてしまったから。私のせいで烏間が傷ついていることを。
ずっと、ずっと、苦しんでいた。想像するだけで辛い出来事を、私に隠して笑っていた。それを知らずに私は彼を傷つけてきた。
彼の悩みの種は私自身だった。
だから私に何も言えなかった。
謝りたい。
ずっと傷つけてごめんなさい。
傷ついていることに気づけなくてごめんなさい。
でも、それをしたら全部壊れてしまう。今の関係どころか、烏間が傷ついてでも守っていたものが。
取り繕っていたものをすべて剥がされたら、彼はきっと壊れてしまう。
だったら黙っているしかない。彼が傷ついているのを知らん顔して。
嫌だ。もう彼を傷つけたくない。
「どうしたら、いいの……?」
式守が去った後、烏間は一人、下駄箱で靴を履き替えながらため息を吐いた。
(本気で誤魔化すときの笑い方だったな)
烏間が人の気持ちに敏感だからか式守の誤魔化し方が下手なのか、それとも幼馴染だから分かるのものなのか。彼女が隠し事をしていることは分かっていた。
(……もう、俺は式守にとって頼られるような人間じゃないのか)
次回第一部最終話