幼馴染が絶対に負けるラブコメ   作:ぽんしゅー

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青春テロリスト

 

 冬の気配を感じさせるような夜だった。

 

 上着を一枚羽織り、式守は家をでた。夕立を運んだ厚い雲はすでに過ぎ去り、見上げた夜空に一等星の輝きを囲んだ闇色のキャンバスが広がっていた。

 

(……綺麗な月)

 

 満月だった。これから日を追うごとに欠けていく満月が式守の視界に入った。

 

 月が綺麗だねという言葉を素直に言えなくなってしまったなと式守はふと思い、電柱に隠れてしまった月から目を離して公園を目指した。

 

 烏間と待ち合わせた公園は、彼が昔バスケの練習で使っていた公園だった。コンクリートで平らな地面に遊具もない、ただバスケットゴールと二つのベンチが隣り合ってポツンと置いてあるだけの公園。

 

 普段は意識しない一歩を意識しながら公園へと向かう。追い付かない気持ちを持っていくように無理矢理足を前に出す。

 

(引っ越しの話もするのかな) 

 

 狼谷から聞いた引っ越しの話も式守の不安の種だった。

 

 もしその話を切り出されるのであれば、式守の目から見ても仲のいい狼谷にも話してないことを、自分にだけ話してくれるというのはほんの少しだけ嬉しかった。親しい友が遠いところへ行ってしまう寂しさには目を瞑れば。

 

 ただこれからのことについては感情的にならないように、冷静に、落ち着いて烏間と会話できるようにと白い息を吐いて冷えた空気を肺いっぱいに吸い込んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 式守は公園の入り口へと差し掛かり、そのまま中へと入っていく。幸いにも式守と烏間以外の人影は無かった。

 

 外灯は公園全体を淡く照らし、一層明るく照らされているベンチへと式守は歩いていく。

 

「あー……タイミング悪ぅ……」

 

 その照らされているベンチで烏間が横になっていた。激しい運動をした後のように白い肌に汗を浮かばせて。

 

「……なにしてんの?」

「んー……運動のあとの休憩。ほら」

 

 そう言って烏間はベンチの下に置いてあったバスケットボールを手に取り、クルクルと指で回した。

 

「なんかさー、ボーっと何もせずに待つって気分じゃなかったから一人でバスケしてた。一人で考え事ばっかりしてるとネガティブになりそうだったから体動かしてたんだけど……」

「それが案外盛り上がってしまったと」

「そうそう」

 

 器用に片手でボールを弄んだあと、式守へトスしてベンチから立ち上がる。

 

「1on1しようぜ」

「……」

 

 式守に向かい合って提案したその顔は特に含んだ意味はなく、純粋無垢な子供のようだった。

 話すんじゃなかったのかと言いたかった口はそのまま閉ざした。式守は受け取ったボールを持って無言で位置につく。

 

「意外にやる気じゃん」

「……私も」

「……?」

「私も、体動かして頭スッキリさせたいから」

「……いいじゃん。ルール覚えてる?」

「そこの線っぽいところから出たら攻守交替」

「リバウンドを獲ったら位置に戻る」

「負けたら?」

「ジュース一本奢り」

 

 烏間は式守から数歩離れた正面へと立つ、式守はすでに一枚着ていた上着を腰で結び、臨戦態勢だった。

 

「──じゃあいくよ」

 

 

 

 ***

 

 

 数十分後。

 

「はぁー……はぁ……」

「っ……はぁ……」

 

 二人は転がっていくボールを追いかけることなく、両手を膝について息を切らしていた。

 

 一進一退の攻防、大事な話というのはどこへやら、勝負に真剣になるあまり意地でも負けたくないというお互いの負けず嫌いが発動し、1on1での決着がつかないまま体力の限界である。

 

「別に……疲れてないけどさ……フリースロー対決にしない?」

「いいよ……私も別に疲れてないけど……!」

 

 呼吸を整えようとする荒い呼吸を見てみぬふりをして、お互いにその提案に了承した。決してスタミナ切れではないとバレないように。

 

 烏間は公園にポツンと佇んでいるバスケットゴールの下から、四歩半距離を取ってゴールへと向き直った。バスケコートでも無い公園にフリースローラインは引いてない。

 

「先に外したほうが負けな」

「大分シビアじゃない?」

「自信無いんだ?」

「は? あるけど? 今のは烏間への心配だけど?」

 

 売り言葉に買い言葉とばかりに煽り合い、式守は転がっているボールを拾って烏間へとパスした。ボールを貰った烏間がその場で二回ほどボールをバウンドさせると、そのままシュートの態勢に入ってボールを放る。リングを揺らしながらボールはネットをくぐった。

 

「危ね。ほら次、式守」

 

 リングを通って大きくバウンドしたボールをそのまま流すようにパスをした。式守はボールを受け取ると水が流れるような動作で華麗にシュートを決めた。

 

「余裕」

「……」

「どうしたの?」

「いや別に」

 

 シュートを決めるその姿に見惚れていた。などという言葉は彼が言えるわけもなく胸の内に留めておいた。冗談で隠した本音を、冗談として受け取ってもらえない。お世辞が本音だったとバレてしまうのは式守にも気を使わせてしまうからと。

 

「中学の頃もさ、暗くなるまで練習付き合ってくれたことあったよな。それで今みたいに勝負して……って憶えてる?」

「憶えてる。お互い結局勝ち負け関係なく楽しくなってさ、私の門限が来るまでやってたよね」

「……そうだったっけ」

「そっちが憶えてないの?」

「あー……」

 

 誤魔化すように、烏間は転がったボールを拾ってシュートを入れる態勢をとった。整ったフォームから放たれたボールは綺麗な弧を描いてリングをくぐった。

 

「はい、式守の番」

「……」

 

 ボールを受け取った式守はどこか不満そうに口を尖らせていた。

 

「……ごめんって、俺そこまで憶えてなかった」

「そーですか」

 

 子供のように拗ねたように言う式守を見て、烏間は申し訳なくなった。

 

 ぽすっ。とネットを揺らす軽い音が耳に入る。

 

 体力が回復し始めた式守は、普段の集中力と持ち前の運動神経を取り戻し、リングに当たらない見事なフリースローを決めた。

 

「おー、すご」

「烏間も出来るでしょ」

「今は疲れてるから厳しいわ」

「私はいいよ別に? 烏間が本気出さなくても。負けた言い訳に出来るもんね?」

「ははっ、理解(わか)らせてやるわ小娘」

 

 ふふん、と煽るように笑みを浮かべる式守に、馬鹿にしたように鼻で笑った。今のフリースローを再現して一蹴してやると。

 

「…………………………」

 

 今まで以上の集中力でボールを両手で持つと、彼の世界は静けさを取り戻し、見守る鳥でさえも息を呑むほどの静寂を強いる。彼自身も集中するために息を止めた。空気が読めないのは、瞬間的に吹いた初秋の風だけだった。

 

「……──」

 

 つま先をゴール正面から少し外側にずらして。軽く膝を曲げる。左手で添えたボールを右手で放ると、勢いと慣性で踵が浮いた。フォームに入ってシュートを打つまでの間、彼の頭には靴底と体育館の床が擦れる懐かしい音を思い出した。

 

 そうして先程と同じように軽い音がネットから鳴った。

 

「やっ……! ……うん、まぁ、ね」

「ふふっ、やるじゃん」

 

 成功した喜びを隠そうとしようとしているが、リングに入った瞬間、烏間が思わず手を叩いていたことを式守は見逃していなかった。やったったぜという隠せていないドヤ顔をしながら拾ったボールを人差し指の先に乗せて、地球儀を回すようにクルクルと回す。

 

「ほら投げるよ」

 

 烏間は指の先で回転しているボールを、式守の方へと放る。

 

「うわ、ちょちょ……っと、危な……」

 

 式守は衝撃を和らげるように膝を折って、回転を殺さずに軸に指に乗せて受け止めた。バランスを取るために体が変にくねっていたが、徐々に普通の姿勢に戻り、ボールを見ずに烏間の方を見る余裕が出来るまでに回転が安定した。

 

「ふーっ! ふーっ!」

「ちょっと!」

 

 ボールを落とそうとした烏間が息を吹きかけて回転の軸がぐらりと揺れる。式守は落とさないようにリカバリーしつつ、崩れそうで崩れないバランスを保ちながらシュートする位置へと逃げた。

 

「セーフセーフ」

「めっちゃ必死で笑ったわ」

「……烏間が同じことやったら、絶対にやり返すからね」

 

 そう言って、彼女は息を深く吐いて集中した。烏間はベンチに寄りかかりそれを見ていた。

 

「式守」

「……なに?」

 

 集中した式守は、今さっき悪戯した烏間の言葉を話半分に聞き流していた。

 

「その……あれ」

「……」

 

 烏間は集中を邪魔するためになんとなく話しかけただけだと思い、式守はそのままリングを見て、シュートの態勢をとった。膝を軽く曲げて、先ほどのようにフォームを崩さずにボールを放てば、綺麗な放物線を描き、リングへと収まることだろう。

 

「なぁ」

「ん?」

「好きだよ。式守」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間。

 

 二人の世界は全てが止まったかのように思えて、リングに弾かれバウンドするバスケットボールだけが、秒針の代わりに過ぎた時の流れを主張していた。

 

 

 

「はい。式守の負け」

 

 

 

 だけれど彼は笑っていた。

 

 あどけない少年のように笑いながら、寂しそうに目を細めて。

 

 

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