「うわ、スマホの充電切れてる」
紙が見つかったと連絡を取りたかったけど珍しく運が悪い。式守との共通の友人はいないから連絡取ること出来ないし……仕方ない。直接運営のところに行って、拾得物として渡そう。
廊下の人混みの中、走れる場所は小走りで駆けていく。もう2時間も経ってるし、急いで行って渡した方が良いだろう。渡り廊下を曲がればカップルナンバーの撮影係が立っている場所だというところで、男子の大きな声が聞こえた。
「……お願いします!!」
タイミングが良かった。曲がり角を曲がったその先に、『カップルナンバー』の撮影係に頼み込む式守と和泉がいた。
やっぱり俺は運がいい。前髪を少しだけ整えて、偶然そこで拾った風を装う。息を整えて二人に声を掛けにいった。
「ふ――」
「どうしても……!! この人と写真を撮りたいんです!」
俺は即座に息を止めて、声を殺し、彼らから見えない位置に隠れた。廊下の曲がり角に隠れて、気付かれないようにこっそり覗いて様子を伺う。
「……それを持ってそこに並んでください」
係の人が予備の紙に番号を書いて、和泉と式守に渡していた。
……正直あんなこと言われたら渡すよなぁ……俺だって渡すし。カップルナンバーには同じ番号の相手と写真を撮ったら結ばれるジンクスがある。それを知っていてのあの発言はもう、告白みたいなものだろ。
(あれが、和泉……か)
線が細くてひ弱そうな体、黒い髪は癖っけなんて言葉を知らないようにサラサラと靡いている。ぱっと見の印象は小動物みたいなヤツ。
(でも、素直で良いヤツなんだろうな)
裏表が無くて言った言葉を信じさせてくれるような、そんな誠実さを感じる。
(……なんだよ。お似合いじゃん)
写真機のレンズに映っているだろう、緊張でカチンコチンになっている姿を見てそう思った。必死に探し回って見つけた紙を丁寧に折ってポケットにしまった。多分もうこれは必要無いだろう。
いや、最初から
『──私、恋に落ちたかもしれない。あの男の子に』
(遅いんだよなぁ……なにもかも)
……俺は甘えていたんだろうな、あの関係に。人が……性格が変われば環境も変わるのも当たり前だ。それに気づかないで、いつまでも隣に入れると思ってた俺は馬鹿だ。
きっと、離れていくことは無いと思っていたのに。
「……最悪」
「――なにが?」
「うわっ!!!?」
「わあっ!!? ビックリさせちゃった? ゴメンね?」
小さく、本当に小さく呟いた言葉に反応があった事に驚いて声を出して振り向いた。そこには先程まで写真を撮っていた和泉と式守の姿があった。
「えっと……烏間くん……だよね? 式守さんから聞いてるよ、とっても運が良い人だって!」
「あ、ああ。うん」
「えっと僕は」
「和泉だろ? あー……」
式守にアイコンタクトを取ると本人は分かってない様で頭にクエスチョンマークが出ていた。この際だ。少し慌てた顔が見たい。それぐらいは許されるだろ。
「式守から聞いてる」
「式守さんから!!?」
「ウェッ!!???」
式守は聞いたことない鳴き声を出して、見たこと無い顔になっていた
「ねぇ烏間くん! 式守さんどんなこと言ってたの?」
「和泉さん!?」
「本人から直接聞いてみたら?」
「烏間!?」
式守に問い詰めようとする和泉と、顔を赤くしながら口から変な鳴き声を出しながらしどろもどろになる式守。可愛い。
式守がなんとかしてくれと目で訴えてきたのでそろそろ助け船を出そうとポケットから紙を出した。
「そういや和泉、これ。もう必要ないと思うけど」
「えっ! これって! 嘘!? 見つかったの!?」
和泉はまるで宝物をみるように目をキラキラしながら紙を見つめていた。
「ぐ、偶然拾って……いやちゃんと教えようとしたんだぞ? でもタイミング悪くスマホの充電が切――」
「偶然!? 本当に!! すごい!! 僕運が悪いからこういう落とし物って絶対に見つからないって思ってたんだよ!!」
「えっ、いや えぇ……?」
なんだコイツ……めっちゃ子供みたいにはしゃぐじゃん……。
「やっぱり式守さんが言ってた通り烏間くんって運が良いんだね!」
――。
「そうなんですよ! やっぱり頼って良かったでしょう?」
「うん!」
「……でも流石に遅くなりすぎたけどな。それにもう必要ないだろ? 代わりに捨てとこうか」
「ダメだよ!」
紙をポケットにしまおうとした手を和泉が手首を掴んで止めた。
「折角見つけて届きに来てくれたんだし貰うよ! それにさっきも言ったけど落とし物が見つかるなんて奇跡だからこれは記念に額縁に入れておくよ!」
「大袈裟だな……じゃあほら」
和泉の手を取ってしっかりとその紙を握らせた。
「もう失くすなよ」
「うん! ありがとう烏間くん!」
……こうも眩しいぐらいの笑顔を向けられて裏表のない言葉を面と向かって言われると、何も言えなくなる。
皮肉とか意地悪の一つでも目の前で言ってやって式守に嫌われようとしていたのに。
「……じゃあ俺、クラスのヘルプに行ってくるから」
「うん! 頑張ってね」
「あ、ありがとうね烏間」
「……あぁ」
そのまま俺は逃げるようにその場を後にした。
***
「ウワーッ!!!!! 狼谷人気で訪れる客が多いし、烏間が次々客入れてくるから客が捌ききれん!」
「体が千切れそう」
「死ぬな狼谷ーっ!」
午後のホスト喫茶は客が予想以上に入ってホールはてんてこ舞いな様子だった。狼谷目当てに居座る客を捌けずにいるのに、烏間の客引きで訪れる客が容赦なく流れ込んでくるからだ。
「ぐっ……こんな時に烏間がいたら」
「――呼んだ?」
「その声は――!」
入り口の前に立っていたのは、扉に背を預けてカッコつけて登場した烏間だった。キチンとホスト衣装に着替え、飛び降りた時についた汚れは全て落としてきていた。
「なんか忙しそうだったから休憩返上してヘルプで来た」
「助かる……神か……」
「つーわけで狼谷。休んでてもいいぞ」
「じゃあお言葉に甘えて…………なぁ、烏間」
「どしたん?」
狼谷は「ここ」と言うと自身の頬を指差した。烏間は真似して頬に触ると手に赤い液体が付いた。頬に5センチほどついた切り傷から血が垂れていた。
「あー……枝で切っちゃったか。全然気付かなかったわ。リーダー絆創膏頂戴!」
「あいよー。あらら、勿体無いねー顔に傷ついちゃうの」
「うん。でも軽傷っぽいし多分痕にならないから大丈夫っしょ。ありがと狼谷教えてくれて」
「あ、ああ……じゃあちょっと休んでくる」
「ええー!! 狼谷くん休憩入っちゃうのー!?」
狼谷が教室を出ようとすると、テーブル席の一つから惜しむ声が聞こえる。狼谷が一言何かを告げにそのテーブルに行こうとする前に、烏間が空いてる椅子を動かしてそのテーブル席の応対をした。
「ゴメンねお姉さん達。アイツちょっと働きすぎて疲れてるんだ。ちょっと休ませてくれないかな。代わりに俺が話し相手になるよ」
「(別種の美形!?)う……な、なんかメニューのオススメとかある?」
「そうだな……これとかオススメかな。頼んでくれると俺すげー嬉しいかも」
「じゃあ……これで」
「――ありがと」
「ひゃ、ひゃい……」
「ウェーイ!
「「「ウェーイ!!」」」
烏間は指で「早く休憩行ってこい」と狼谷にジェスチャーを送った。それに気づいた狼谷が口パクで「ありがとう」と伝えると、狼谷は教室から出ていった。
「……」
教室から出ていった狼谷は自身の頬に手を当てて、先程烏間に指摘した傷と同じ箇所を触れていた。
(あれは……)
いや、厳密には傷よりも少し上。涙袋を沿うように目元の端に触れた。
(……涙の、跡だった)
***
「敗因はなんやと思いますか?」
「回転率ぅ……ですかね……」
お調子者の野球部員の一人がトングをマイクに見立て、リーダーへと向ける。
「3日目にして狼谷と烏間の知名度が上がり居座る客の増加。それによって客に待機時間が発生してしまいました。客の回転率を上げるために時間制限を設けるべきでした」
「……クラスの皆に一言」
「来年は売り上げ一位になって打ち上げタダ券を獲得するぞ!!」
「「おー」」
焼肉屋のテーブル席に座る三人のグラスがぶつかる音が響く。打ち上げ参加人数……驚異の三人!
「どおぉじで誰も来てくれないのぉお!!」
「仕方ないやん、皆、部活とか委員会とかカップルとか仲良しグループとかで集まって個人的に打ち上げしとるんやから……烏間、タレ取って」
「ほいよ。それに俺達もいつメンじゃん。他の奴らと大して変わんないし」
「……頑張ったのに」
「知ってる知ってる。企画とかホールのスケジュール調整頑張ってたの見てたし」
「全日フルタイムで入ってたっけ? すげぇよお前マジで。それに三年生含めた結果売り上げ三位だし結果出した方やん」
「……もっと褒めて。そして代わりに肉を焼け」
「何食べる?」
「……カルビ」
この三日間で一番働いてくれたクラス一の功労者を慰めるために熱した金網に肉を置いていく。
「つか、烏間が焼肉屋来てくれんの超意外なんやけど」
「なんで? 肉食えないわけじゃないし、唐揚げとか油多いのとか結構食うよ」
「そうなん? いやさー、教室でいつもゼリー飲んでるか、ひどい時はガム噛んでるだけで昼飯終わらせてたやろ」
「あーそういやそうかも。……俺人が多いとこじゃ食欲湧かないんだよ」
異様に人目が気になり出したのは中学の頃だ。
「ほら俺ってイケメンじゃん?」
「言い返せないとこがムカつくわ」
「周りがチラチラ見てくるの分かるんだよ。それが気になって食べるのがストレスになっててあんまり食えないってだけ。気にすると腹も全然減らないし……今ぐらいの人数がギリかな」
「顔が良くても苦労するんやな~」
「イケメン維持するために努力してるから、別にチヤホヤされたり容姿のこと褒められるのは全然嬉しいけどさ……俺が気にしいってだけだな。……ほら、カルビ焼けた」
「はぐもぐ」
良いカンジに焼けたカルビを皿に寄せて渡すと、リーダーはタレをつけて口いっぱいに頬張った。
「あと狼谷も来てくれたら良かったのにな~。俺あいつと話してみてぇわ」
「はひょへるふぁけにゃいへひょ!(誘えるわけないでしょ!)」
「食べてるときに喋んなや。なんて言ってんのか分からんわ」
「『誘えるわけないでしょ』だって」
「なんで分かるんだよ」
「文脈」
リーダーは口の肉を噛む速度を速め、急いで咀嚼し飲み込んで、言葉を吐き出した。
「誘えるわけないじゃん、だって分かりやすく他人と線を引いてるから誘いにくいっていうか」
「あーわかるわ。それにあいつ何考えてるか分からへんし」
「そう? 狼谷って結構分かりやすくね?」
「え、マジ?」
「あいつ多分見た目より全然子供っぽいと思うけどな。いつもガキ大将みたいな昼食食ってるし、授業中に眠い時は教科書立ててこっそり寝ようとするし」
「そっか烏間って狼谷の後ろの席だから割と丸見えか」
椅子を足で小突いて起こそうとすると、後ろを振り返って『少しでいいから寝させてくれ』って目線を送ってくる。大体そんなタイミングで先生に指名されてるけど。
「待って。今から烏間の趣味当てるわ!」
「いきなりなに……いいよかかって来いよ」
「人間観察!」
「そんなスレた中学生みたいなことはしません」
「ばっかだなぁ。烏間だよ? 鏡の前で自分がカッコよく見える角度探してる」
「それ習慣だな。ちなみに文化祭に来てくれたお姉さんの反応みるに、流し目とゴミを見るような冷めた目が人気だった」
「なんで?」
「マゾなんでしょ。台詞リクエストしてくる人もいたし……やってる俺は滅茶苦茶楽しかったけどね」
「ちな、どういうこと言ってたん?」
「『へぇ……年上なのに俺みたいのに本気になっちゃうんだ』とか
『はぁ……いい加減にしろよ。客と店員の関係を超えて来るなって言ったよな?』とか
『私には君しかいない? ……はっ、悪いけど俺にはお前みたいな女は捨てるほどいるんだよ』とか。大体吐息多めでとか言われた」
「うわぁ」
「フツーに引くわ」
「……『ひどいよ。そんな言葉を吐かないでほしいな』」
「やめろやめろやめろ!!」
「もう二度とホストモードにならないで」
「ちぇー割と楽しかったんだけども」
気分が乗ってきてしまったので一旦麦茶を飲んで、テンションを落ち着ける。
「やべ、なんの話やったっけ」
「烏間の趣味」
「パズルだよ。ジグソーパズル」
「ああ、当てようと思ってたんに」
「いや当てられたこと無いし、当てられないでしょ絶対」
「確かに」
今までパズルが趣味っていう同級生は見たこと無い。それに趣味がパズルって明かしたら「……へぇ」とか微妙な反応が返ってくる。解せぬ。
「どういう絵柄の作るの?」
「え、気にしたこと無かった」
「え? じゃあ、どんぐらい作ったことあるん?」
「えー……大体5個ぐらいをローテして回してるからなぁ。でも最近はミルクパズルばっかいじってるかな」
「ミルクパズルって絵柄の無い真っ白なヤツでしょ? しかもローテって言った? ……え、待って完成した後に壊してるってこと?」
「うん」
「怖い怖い怖い!!」
「闇……感じちゃった」
「なんでだよ!? 時間潰れていいじゃんか!!」
「わからん……おかしいって言われたことないの?」
「あー……昔、友達と一緒に完成させた400ピースのパズルを全部崩してギャン泣きされたことある」
「それは泣くだろ。俺だって泣くわ。人の心とかないんか?」
小学校に上がった頃の話だ。休日に式守と部屋で400ピースのパズルを4時間かけて完成させた後に俺がバラバラに崩して、式守がギャン泣きして親が介入してくる騒ぎになった。
3日ぐらい口聞いてもらえなかったのは子供ながらに精神にきて、俺がギャン泣きして謝って仲直りしたのはいい思い出だ。
「分かった。もうお前については何も聞かん。重いわ」
「闇が濃すぎて胃もたれして肉食べれなくなりそう」
「ほないただきます」
「待て待て待て俺が育てた肉やそれは!」
「待ってそれカルビでしょ! カルビなら私でしょ!?」
「うっせ、さっさと食えよ庶民共」
「お客様、周りのお客様の迷惑になりますので、もう少しだけボリュームの方を……」
「「「すみませんでした」」」
***
あぁ~~食った食った。久々にこんな食ったわ。……明日は少し走るか。
「……ん? 式守」
「あ、烏間? ちょうど良かった」
自宅の最寄り駅から降りて帰路に着いている途中、自宅の前に式守が立っていた。手には可愛らしい紙袋と一緒に。
「ん、これ」
と言って。その可愛らしい紙袋を俺の方へ差し出してきた。
「これは?」
「昨日のお礼。ちょっといい店のチョコレート入ってる。それと思い出したからついでに漫画返しに来たの」
お礼……カップルナンバーの紙を拾ったことだろうな。
「ありがたく貰う……ちょっと待って」
「どうしたの?」
「今日式守の誕生日だよな? 悪い、何も買ってなかった」
「あはは、それは別にいいの。今年は最高のプレゼントを貰ったから」
そういう式守の顔は綺麗な桜色の髪よりも赤くなり、目も泳いだ。
直感が。その先の言葉は聞いちゃいけない気がした。
「――つ、付き合う事になったの。和泉さんと」
予感もあった、確信もあった。心の準備もしていたはずなのに。凍り付いたような手で心臓を鷲掴みにされている気分だった。
「よかった。あんなに相談に乗ったから報われて良かった」
「うん。本当にありがとう、烏間が――」
「――悪い! 打ち上げで肉食いすぎて今すっごい腹痛くてトイレ行きたい」
「えぇ、珍しいそんなに食べるなんて」
式守のそばを通り抜け、扉を開けて逃げこむように家に入る。扉が閉まる直前に聞こえた「また明日」に俺は言葉を返せなかった。
うまく腕を振れず、足だけ前にだして自分の部屋へと辿りつく。紙袋をベッドの上に放り投げると勢いで貸していた漫画が袋から飛び出る。
少女漫画の6巻。読んだことあるから内容も覚えている。そう、ちょうど幼馴染が振られる巻だ。
――俺は幸運な人間だ。
俺はこんな性格なのに周りの人間に恵まれている。
俺の好きだった幼馴染の彼氏は人間として尊敬できて安心できる人間だ。
だから、お節介焼きの神でも見ていて俺に贔屓でもしてくれてんじゃないかと。優しくこう言ってるんじゃないかと。
「さっさとその気持ちなんて捨ててしまえ」って。
烏間くん
式守さんの幼馴染。
自分のこと大好きなナルシストラッキーボーイ。
チョコレートは親にあげた。
リーダー(仮称)
烏間のクラスの文化祭実行委員
仕切りたがりでクラスからリーダーっていうあだ名がついてる。
多分小学校で「男子ちゃんと掃除して」って言ってた。
野球部のお調子者(仮称)
烏間のクラスの関西弁のムードメーカー。
基本的にボケだが烏間といるとツッコミに回ることが多い。
野球の腕は中の下。うどんはおかずや。