独り相撲
時は流れて再びの春。桜を見ると一年前のあの日を思い出して、懐かしい気分になる……っていうかもうそんなに時間経ったのか。
最初は笑って話すのも辛い、これが最低でも三年も続くの地獄だろって思ってたけど、案外慣れるもんだな。
学校の昇降口に入って、場所が変わった下駄箱に靴を入れて階段を上る。二年の俺のクラスは二階の端っこだ。一年の教室は三階まで上がったので階段の上り下りが少なくなってちょっとありがたい。
式守はというとクラスが変わっても和泉と同じクラスになれたみたいだ。二年に上がっても同じクラスじゃない俺は拗ねそうになった気持ちを抑えて、良かったじゃんとだけ言っといた。
「おはよ狼谷」
「ん、おはよう烏間」
二年になってもよく話す連中とは一緒のクラスで変わらず。名前順で座る前の席にはいつも通りの変わり映えのしない背中が目に入る。
「つか珍しいなこんな朝早く教室で見るの」
「今日は球技大会で朝練がないんだ」
「へーラッキーじゃん。球技大会って狼谷はなにやんの? やっぱりバレー?」
「うん、クラスの子がやっぱり出て欲しいって」
今日は一日使ってクラス対抗のスポーツを行う球技大会だ。春になって新しいクラスで友達を作るために学校側が設けてくれたイベントだと思っている。
「私はバスケでも良かったんだけどね。バレーは部活でやってるし」
「まぁでも狼谷出なくても勝てると思うけどなウチのクラス。狼谷含めてバレー部4人でしょ?」
「だからちょっと手を抜いて相手も楽しめるような試合を心がけるよ。最終的な勝ちは貰うけど。烏間は?」
「ソフト。アイツに誘われて……」
「よーぉ!! 今日は優勝するでー! 烏間!!」
野球部のお調子者が勢いよく肩を組んでくるものだから、衝撃で前につんのめる。
「……コイツに誘われてソフトになった。もう一つの種目のサッカーは苦手だからソフトを選ぶつもりだったから丁度良かったけど」
「そ、そうか。でもこのクラスも野球部多かった気が……」
「そーそ! 俺の他にも……おーい野球部の奴ら手上げて!」
俺の代わりに肩を組んでいるお調子者が答えようとして、教室で駄弁っているクラスメイトに呼びかける。
「我、野球部」
「拙者も」
「某も」
「麻呂も」
「朕も」
「まぁ俺含め6人もいたら優勝できるやろ!」
「野球部のキャラおかしくないか?」
「よかった。狼谷がツッコミ入れなかったら俺の感覚がおかしいのかと思った。今返事した奴は一週間はその一人称貫けよ」
つか、このクラスの大半運動部じゃん。こりゃ優勝も俺達のもの……いやこういうのをフラグっていうんだろうな。口には出さないでおこう。
「つか、このクラスの大半運動部やないか。こりゃ優勝も俺達のもんやな!!」
「口に出さないでおこうと思ったのに……」
「おーい。球技大会のスケジュール、黒板に貼っておくから各自確認してグラウンドか体育館に向かえよー!!」
担任が黒板に球技大会の予定を貼り付けると、黒板の前にぞろぞろと人が集まる。俺達も前に行ってスケジュールを確認しにいった。
「時間帯は……バレーと被ってるな」
バレーは11:35からソフトは11:20からで応援には行けなさそうだ。でも早めに終わらせればワンチャンあるか……?
「相手は……どっちも2-4相手か。あそこ野球部いないから楽勝だな」
「バレーも2-4には猫崎しかバレー部はいないから。……こっちも勝てるかな」
「これくじ引きで決めたん? 相手が可哀想すぎるわ。誰が引いたんや。烏間か?」
「うん俺」
「「あぁ……」」
やっぱりか……と言ったようにため息を吐く二人。俺だって好きで引いたわけじゃねぇよもちろん。この前突然体育委員に連れてかれてくじだけ引かされて返されたからな?
ん? そういえば2-4って……和泉のクラスか。
***
初夏を告げる薫風がグラウンドを駆け抜け砂埃を舞いあげる。ホームの前に9人が立ち並び互いにスポーツマンシップに則り挨拶をする。
「よろしくね。烏間くん」
「よろしく、和泉」
和泉が挨拶として握手を求めてくる。
古来より笑顔は宣戦布告の意味でもあり、肉食動物は互いに威嚇しあうために歯を見せる行為がまるで笑っているように見えたそうだ。俺は満面の笑顔を作ってその握手に応じることで、その意味が分かった気がする。
今日は勝つ。和泉にここの勝ちまでは譲らない。
俺はそんな気持ちでマウンドへ向かうと、肩を掴まれて、待ったをかけられた。
「なんでお前がピッチャーやろうとしとるんや」
「え? 逆に誰やるんだよ」
スッ……と俺以外の八人全員が手を上げた。しゃあないなんで俺がやるべきか説明するか。
「おいおいおいよーく考えろ。ピッチャーってのは野球のポジションでいうと花形だろ?」
「ああ」
「この中で一番目立つ俺がやるべきだろ」
「コイツ土に還そうぜ」
「俺に手を出したら空手で全国大会にいった幼馴染が殴り込みにくるぞ」
「堂々と虎の威を借りてんじゃねぇ!!」
「……君ら試合前にポジション決めときなさいよ~!」
ポジション決めで言い争っていると、試合の審判をしてくれる野球部の顧問がやってきた。
「試合始まるからじゃんけんで決めなさい」
「わかりました!」
はい来た。俺は元気よく顧問に返事をして、球審の位置に戻っていく顧問を見送ってから八人の方を振り向いた。八人はまるで魔王を見るような眼で俺をみて畏怖していた。
「さて……
ちなみに俺は人生で一度もじゃんけんに負けたことが無い。
***
「プレイボール!!」
一人一人じゃんけんで勝負して丁寧にワンキルして、ポジションを勝ち取りました。運も実力の内ってね。全員がポジションにつくとバッターボックスに一人目の犠牲者が立つ。
「お、ピッチャー野球部じゃねぇのか。ラッキー。ワンチャン打てるかもし――」
――ッズパァァン!!! と、思いっきり布団を叩いたような音がグラウンドに響いた。
「ストライクッ!!」
「……へ?」
なんか戯言を言っていたので超ドストレート剛速球を投げて、ミット音を鳴らして黙らせた。
「……なんか言った?」
「え、俺、死?」
俺がやりたいって言い出したんだから自信あるに決まってるだろ。って言ってもバッセンに併設されてるゲーセンのストラックアウトが得意ってレベルでしかないけど。
そのまま剛速球ストレートで奪三振を取って最初の打者は仕留めた。
「ストライクッ!! バッターアウト!!」
「……おいアイツ。ノーヒットノーランで仕留める気か?」
「野球部の俺らでさえちょっと手加減しようと思ってたのに……」
「人の心とか無いんか?」
「……次」
次にバッターボックスに立ったのは、線の細い幼馴染の彼氏だった。待ちに待った対戦相手がこうも早く出てくるとは。
「よ、よぉし来い」
「…………………………」
「なんか烏間の周りオーラ見えねぇ?」
「やる気満々だな」
「殺る気の間違いだろ」
背後にいる内野のギャラリーがなんか言ってるが間違いではない。俺は殺す気でこの勝負に勝つ。ここでは負けたくない。俺は今出せる全力で振りかぶって、思いっきり球を投げた。
「――フンッ!!!」
「えいっ!!」
……いや、目瞑って振ったら当たらないし、振り遅れてるしそのフォームだと当たっても大して飛ばないって。
「おーい落ち着いていけ和泉ー! よく見て打てー!」
「う、うんわかった。よく見て……」
和泉はベンチからのアドバイスを聞いてもう一度バットを構えなおす。
「……っしょ!!」
「ふん!」
ボールがミットが吸い込まれる音と、それに振り遅れる和泉の姿がデジャヴのように繰り返される。
……なんか呆気ないな。
「…………」
「とりゃ!」
「ストライク! バッターアウト!!」
「おっしゃドンマイドンマイ! 怪我無いのが最大の功績だぞ和泉! 正直打てるって期待してなかったから気にすんな!!」
「ひどいよ犬束くん!!」
和泉はそのまま笑顔でバッターボックスから引いていった。
「……」
「どしたん烏間」
「不完全燃焼。強いボスに対してレベル上げすぎて挑んだら呆気なく倒しちゃったみたいな感じた」
「じゃあ――」
「だから完膚なきまでに潰す。進塁させないで相手の心を折る」
「大人げねぇ……」
「俺大人じゃねぇし。まだガキんちょだし」
和泉、もっと手応えあってくれよ。こんなに呆気無いと対抗心が消化しきれない。八つ当たりみたいなものだってわかってるけど、ここで複雑な感情全部出し切らせて恋路を素直に応援させてくれよ。
***
七回裏。5-0で勝っている。
完全完封! と、上手いこといかず、相手の打者に何度か安打を打たれてしまった。しかも決まっておんなじ奴に。……犬束、名前覚えたぞ。
まぁ犬束以外は完封したんだけど、流石に七回も投げ続けると疲れてきてしんどくなってくる。特に……
「烏間! お前……腕が!!」
「……安いもんさ腕の一本くらい。俺の見せ場が無事でよかった」
「本当に安いもんだからさっさとマウンド降りろ」
「イケメンの腕食ったらイケメンになれる?」
クソッ!! 誰も俺の心配なんざしてくれねぇ!!
野球の試合でピッチャーを三回ぐらい入れ替える理由分かった気がする。肩壊すわこんなん。指の皮も捲れて痛ぇし。肩上がらなくなってきてるし。
だけどその疲れとしんどいのもあと一打席で終わる。そして何の因果かラストは和泉だった。
「よぉし来い!」
なんでまだ目が死んでないんだよ。普通諦めるだろ。もう負けって決まってるようなもんだぞ?
「……!」
打つ気満々ですって顔しやがって。
「はは……いいじゃん」
全力のストレートを投げようとフォームを構えた。
全部出しきってこれで終わっ――。
「い゛っ!!?」
肩を振り上げ腕を鞭のようにしならせると。ビキッ、という音が聞こえそうな痛みが肩から指先まで走った。
(やべ)
トップスピードに乗るタイミングで痛みを感じてボールから手を離してしまう。幸いにもあらぬ方向にもボールは飛んでいかずに、デッドボールのコースにもならないけど、
(コースど真ん中に放っちまった!)
まずい。和泉にホームランを打たれる!
「――ふんっ!」
そんな予想は当たらず、芯を捉える音とは程遠い、バットに掠れる音と共にボールが地面を跳ねた。ただのゴロ。
「走れ走れ! 和泉」
「えっあっうん!!」
当たると思ってなかったのか和泉は慌てて一塁へと走っていく。
ボールは運よく俺の方向に大きくワンバウンドしてグラブへと吸い込まれる。それとは対照的に、
「うぎっ!?」
「「「い、和泉ーーっ!!」」」
和泉はなぜか運悪く靴紐が切れてその場で足がもつれて派手にすっころんだ。僅か数メートルの距離を俺は歩いて和泉に近づき、転んでうつ伏せになっているその頭にボールを持っているグラブを当てた。
「はい。アウト」
「あ~~負けた~~~!」
情けない声を上げて悔しがる和泉に手を貸して立ち上がらせる。
「なんというか……聞いてた以上に運が悪いのな。あそこで靴紐切れるとか中々ないだろ」
「うん。でも今日は怪我無かったから幸運な方だよ」
「そ、そっか。それはよかった」
なんか感覚麻痺してないか? それが普通じゃないのか?
「あれ、烏間くん指の皮捲れてる! ちょっとまって僕絆創膏とか包帯とか色々持ってるから!」
「いや、これぐらい――」
「はい終わったよ」
「……嘘ぉ」
舐めたら治るって言う前に俺の指は絆創膏がしっかり貼られていた。
「凄かったね! 烏間くん! バッターをばったばった倒していってさ!」
「……んっ、フフッ」
「ど、どうしたの?」
「いや、バッターをばったばったって……んふふっ」
「……もしかしてだけど変わってるって言われない?」
「フフッ……え? まぁ、顔が良いとは言われる」
「話聞いてた?」
「ゴメン不意のギャグで何も聞いてなかった」
和泉がいきなり面白いこと言うからちょっと耳に入ってこなかった。
「おーいそこの二人共、さっさと整列しろー」
「あ、はい! いこ烏間くん」
「おう、……和泉、絆創膏ありがと」
「ううん気にしないで!」
俺達は列の最後尾に向かい合って並んで、試合終了の挨拶をした。互いに握手をした時に、俺は少し腕を引いて和泉を引き寄せた。周りに聞こえないぐらいの小声が聞こえる程に和泉に耳を近づけさせた。
「わっ」
「なぁ、式守のこと好きか?」
「えっ!?」
「いいから」
俺が質問した後に手を離して距離を空けて顔を見ると、和泉は顔を赤くさせて驚いていた。でも俺は俺が聞きたい言葉を和泉に促した。
二、三回ほど口を開けて閉じてから和泉は言葉を返した。
「……うん……好き、だよ」
俺が言わせたけど、そんなに照れながら言われるとこっちまで恥ずかしくなってくる。
でもそのぐらい式守のことを好きでいてくれてよかった。
和泉にはこれから俺以上に式守のことを好きになって欲しいから。だから、
「頑張れよ!」
ちゃんと笑った。
この笑顔は威嚇とか宣戦布告とかじゃなくて、これから和泉のことを見守っていく覚悟ができたから祝福の笑顔だ。
「うん。式守さんはちゃんと僕が守るよ」
「……守られるの間違いじゃなくてか?」
「が、頑張るよ!」
「おーい。和泉! 烏間! まだバレー部の試合終わってないらしいから早く応援に行こうぜ!」
「めっちゃ接戦らしいで! はよ行かな!」
ウチの野球部のお調子者と犬束が肩を組んでこっちに手を振って呼んでいた。
「あいつら仲良くなるの早すぎだろ」
「あはは……波長合いそうだもんねあの二人。じゃあ僕たちも応援行こうか」
「おう」
烏間くん
式守さんの幼馴染
自分のこと大好きなナルシストラッキーボーイ。
不意なダジャレに弱い。
和泉くん
式守さんの彼氏。
明るく優しい男の子。生粋の不幸体質持ち。
運が良くて幸運体質の烏間くんをリスペクト中。
2-1のクラスメイト
IQは低いがノリが良い。
翌日、肩を痛めた烏間に向かって絆創膏と包帯を皆で投げつけた。
一年生編はほろ苦い展開多かったですが二年生編は大分甘い展開多いです。
例えるなら一年生編はブラックコーヒーで二年生編はビターチョコレート(カカオ80%)みたいな感じです