「ちょっと楽しみだったんだよこの映画」
「好きなんスか、アクション映画」
「うん。だからアクションが派手な洋画が好き」
中央やや後ろの席へとポップコーンと飲み物を持って座る。ネットで話題の映画だったが、公開時期が先月だったためか昼過ぎの回にも関わらず、人が数えるほどしか座っていない。
「あとはラブコメとかは前までよく見てたし、邦画も有名で話題になったやつは見に行ってたかな」
「ホラーとかは?」
「……あんまし得意じゃない」
「本当は?」
「無理。ビックリする系はマジで無理だし、なんなら意味怖みたいな雰囲気も無理」
「へーじゃあ映画デートでホラー選べないの致命的じゃないですか」
「そうそう吊り橋効果で甘える的な、ね? まぁ誰かとデートしたことないんだけど」
「へぇ~意外…………は?」
「なに?」
いや、なに? じゃないが。
「ちなみに聞くんですけど、お付き合いされた人とか、誰かから告白されたとかあります?」
「付き合いはゼロ。告白は何回かされたことはあるけど全部断ってる」
「……へぇ~そうなんスか」
「そうそう。あんまり他の人とそういうの考えられなくて」
じゃあ! 今の! このデートはどういう意味!!? だってデートとかしたことないし、誰とも付き合ったことないんでしょ!?
「始まるよ」
照明が落ちて暗くなっていくシアターに、隣で座ってるセンパイは子供のように目を光らせてスクリーンを眺めていた。文化祭のときに大人だなぁと感心したアタシの気持ちを返してほしいし、今のアタシの心のざわつきも静めてほしい。
***
スタッフロールが流れ終わり、非常口の明かりが点いた後に場内に光が戻ってくる。アタシたちは余韻に浸るべく、深い息を吐いて席に深く座り、シアターを出る人達を見送る。
いや面白かった~~……!!
最初の方はセンパイの発言のせいで全然集中出来なかったし、ポップコーンもキャラメルの濃い部分を食べても味がしなかったけど、話題になってただけあってめっちゃ面白かった。
「センパイ、面白かったっスね」
「……っ」
「泣いてる……!?」
センパイと感想を共有しようとして隣を見たら、目頭を押さえて泣いてた。
「いや、泣くわ、こんなん。話が綺麗すぎる」
「確かにラストの締め方良かったスよね」
「あそこであの星と花のカット入れた直後にED流すのズルい……情緒がヤバイ……あーなんだろう、こう、ガラス。いや水面に映った月……? 違うな、うまく感情を喩えられない」
「別に喩えなくても、自分の気持ちを素直に言ってもいいと思うっスよ」
「……最高だった」
センパイは言葉につっかえながら掠れた声を出した。
「そんなに感動したんスか」
「期待以上だったからその分もキテるかも……あとコレどうする?」
コレ。と言って指を差したのはポップコーンの山だ。途中からお互い映画に集中して全然手をつけられていなかったからまだ半分ぐらい残っている。
「映画館のポップコーンって思ってた倍の量出てくるのあるあるっスよね」
「……清掃員まだ入って来てないから、今のうちにパクついて食べきるか」
「了解っス。ってヤバ、もう入って来ましたよ清掃員」
「お行儀悪いけど、邪魔にならないように出ていきながら完食するか」
清掃に入ってきたおばあちゃんに頭を下げながら二人で持ってるポップコーンを吸い込む勢いで食べていく。なんだかおばあちゃんに「あらあら」と言われて微笑ましい目で見られてたのが恥ずかしい。
なんとか映画館のチケット売り場に出るまでには完食し、ポップコーンの箱をゴミ箱へと入れた。映画館を出る。センパイの中ではどこに行きたいかは決まっているらしく、アタシはその後を付いていく。
「この後なにか予定あるんスか?」
「ちょっと買い物。ピアス買いたくて」
「ピアスかぁ~、いいなぁ、アタシまだ中学生だし校則で禁止されてるから着けられないんスよね」
「……校則とかあったなそういえば。ウチピアスOKだったっけ」
「センパイは校則知ったこっちゃねぇぜオラー的な不良なんスか?」
「そんなことはないけど、ウチの高校滅茶苦茶自由な校風だし大丈夫……な気がする。もし先生に注意されたら外してプライベートで着け──」
「ワンッッ!!」
センパイと歩いてると、向かい側から来たマダムと連れている大型犬がセンパイにゆらり近寄ってきて来て、至近距離で吠えた。
「あら~ベンどうしたの?」
マダムはリードを引いてゴールデンレトリバーのベンを引っ張ろうとするもそのベンも負けじとセンパイの方へ近づく。
「……」
そのセンパイはと言うと、アタシの後ろに隠れていた。ベンが近寄るとセンパイはアタシを中心に一歩遠ざかる、ベンが回り込んで近づく、センパイがアタシを軸にして距離を取る。ベンが……なんてことを繰り返してるせいでアタシの足にリードが絡まりそう。
「センパイ、犬苦手なんスか」
「昔、シェパードに色々遊ばれてて……あっちはじゃれつきのつもりだったらしいけど……ちょっとしたトラウマ」
「珍しいわねぇ。人見知りのベンがこんなに懐くなんて……そこのお兄さんに遊んでもらいたいみたい」
「ワンッ!」
マダムの言葉に肯定するようにベンは鳴いた。その鳴き声に反応してセンパイはアタシの後ろでぎょっとしていた。
「少しぐらいならいいんじゃないスか? ほらベンだって律儀にお座りして待ってますよ」
「……」
アタシが面白がって唆すと、センパイは素直にベンの目の前まで近づいて無言で片膝をついた。
「お、お手柔らかに」
「……」
センパイはおずおずと手を伸ばし、ベンの首元を触って、そのまま首下のラインを撫でた。
「ちゃんと皮膚だ……骨と内臓も詰まってる感じする」
「そりゃそうでしょ、犬をなんだと思ってたんスか」
未知の生命体かなにかだと勘違いしてる?
「うわ……すご、ちゃんと生きてる」
「……」
「……1+1は?」
「ワンッ!!」
「2だよ」
なにやってんだこの人。
「ごめんなさいお二人さん。楽しそうなところ悪いけど、わたくしそろそろ買い物にいかなきゃならないの」
「あ、すみません、急になんか絡んじゃって」
「いいのよ。ベンも構ってもらえてうれしそうだし」
「ワンッ!」
「それにお二人の時間の邪魔をするつもりも無いしね」
じゃあね、と言ってマダムはベンを引き連れてどっかへ行ってしまった。あのマダムとんでもない勘違いをしていた気もするけど、気にしてるのはアタシだけでセンパイはベンに触った手を見ていた。
「初めてちゃんと触ってどうでした?」
「……犬。怖かったんだけど、実は触ってみたかったから。……なんか感動した」
センパイは嬉しそうに顔に喜びの色を浮かべて微笑んだ。
「なんか犬みたいっスよねセンパイって」
「……怖いってこと?」
「案外可愛いってことっス」
「……あんま嬉しくないわ」
そう言って顔を背けたけど、少し照れて耳が赤くなったのをアタシは見逃さなかった。
***
映画の感想を話しつつ、センパイと目的の店へと辿り着く。映画館に併設されている大型のショッピングモールの一角。スポーツ用品店と100均に挟まれているアクセサリーショップが肩幅が狭そうに佇んでいた。
「ピアス……ピアス……あった」
センパイは中に入っていき、ピアスが飾っている棚の前に行って物色する。
「初めてだから黒かシルバーのやつが良いんだけど……」
「じゃあスタッドピアスっスね。留め具で着けるやつ。一番ベーシックだから初めてにもオススメっスよ」
「詳しい。隼瀬ちゃんもしかしてつけようとしたことある?」
「……少しは。雑誌の小見出しでオススメみたいなの見るぐらいでっスけど」
いつか付けたいなーって思って雑誌に付箋つけてるけど、耳に穴開けるの怖いからイヤーカフでもいいかなとか思ってる。
「でもセンパイの耳のカタチ的にスタッドより、フープ型みたいな輪っかの方が似合いそうですね。……今持ってるチェーン型じゃなくて」
「え」
センパイが手に持っていたのはチェーンの先に桜のアクセサリーが付いているピアス。確かに可愛いピンクの色してるし、センパイの耳の厚みに合ってるけど……。
「ちょっと可愛すぎるんじゃないすか?」
「いや……友達に合いそうだなって思っただけ」
センパイはそう言って桜のピアスを棚に戻した。
「そうっスか。……あ。センパイちょっと屈んで」
「ん」
アタシが棚にあった黒いフープ型のピアスを取った。センパイは意図を汲んだのか、腰を少し曲げて耳をアタシの方へ寄せる。
「んー……」
「どう?」
センパイの耳にピアスを当て、遠目で見たりして似合うかどうか確かめる。
「いいっスね。これ合ってますよ」
「じゃあそれにするわ。あんまりピアスに詳しくないからどれがいいのか分からなかったし」
「あ、やっぱり? それ耳のどこに着けるかとかわかります?」
「耳たぶでしょ」
「よかったそこは知ってるんスね。どうやって開けるかとかは」
「家に帰ったら安全ピンで」
「あほ」
思わず口に出てしまった。
「ばい菌とか入ってなんか病気になるかもしれないんですよ」
「そこは火でピンを熱して熱消毒して……」
「ばか。大人しくピアッサー買ってください」
「はい……」
ピアスが並んでる棚にピアッサーと消毒液も置いてあったからセンパイに押し付ける。センパイはそれを持ってレジへと持って行くと、店員と話して何か断る素振りをしてお金を払った。
「なんか店員がサービスで穴開けてもらえるらしかったけど断ってきた」
「一人で開けるの難しいっスよ」
「でしょ? だから隼瀬ちゃんに開けてもらおうかと思って。鏡見ながらだと、穴を空ける位置ズレるかもしれないし」
「……アタシが空けるんですか?」
「頼めそうな相手隼瀬ちゃんしかいないし……ダメ?」
このセンパイはあれだ。あざといタイプだ。言うべきことをあえて言わないで女の子を勘違いさせるタイプ。「今この場で」っていう枕詞を置き忘れてる。
「別にいいっスけど」
ま、アタシはそんなのに騙されるほどチョロい女じゃないんで。これは勉強を見てくれたお礼を返すためで、仕方なく任されるだけなんで。
***
ピアス穴を開けようとアタシらはフードコートに移動した。ここなら血を拭く紙も置いてあるし、水もあるからハンカチを濡らして使えば乾いてしまった血も落とせる。センパイはフードコートで席を取ってからトイレに行くと言って五分ぐらい経ってから席に戻ってきた。
「大分遅かったスね」
「ごめんちょっといざ開けるとなると心の準備が……あと開ける位置にマークしてきた」
センパイはアタシの対面に座って買ってきたピアッサーを取り出す。よく見ると耳たぶには黒い斑点がマジックでつけられていた。
「開ける位置ってここでいいよね」
とセンパイからピアッサーを渡されながら言われる。アタシはピアッサーを確認してどこに挟んだら穴が開くか確かめる。
「ん、どうぞ」
センパイは横髪を耳にかけて、耳を露わにさせ、アタシの方に耳を近づける。アタシは腕を伸ばしてピアッサーの針をセンパイの耳たぶに当てた。
真っ直ぐに刺さるかどうか調整してると、変な気持ちになった。我に返ったというか、この行為を客観的に見れたというかそんな感じ。
ただそれに気づく前に、針は飛んでセンパイの耳を貫いた。
「んっ……!」
センパイが痛みと衝撃で肩が少し跳ねて、その痛みを堪えたせいかくぐもった声を出した。
「あたた……やっぱりちょっと痛いわ」
センパイの耳からピアッサーを離して後処理をしていく。
「あ」
「おっと」
針を抜くと、開けた穴から少しだけ血が垂れてきた。センパイは咄嗟に耳をティッシュで抑えて血でテーブルが汚れるのを防いだ。
ティッシュが血で赤く染まってるところを見て、さっきの気持ちがまた戻ってきた。
センパイはアタシに初めてを託してくれて、アタシはセンパイに残る痕を付けた。
その事実が、──とんでもなくイケナイ事をしている気持ちにさせた。
「……センパイは夏休みどうするんですか?」
その気持ちを遠ざけたくて、関係ない話題を振った。
「俺は単発のバイトをいくつかやるつもり。部活もやってないし好きなことして過ごすかな」
「そうっスか、自由でいいっスねー。アタシは多分、受験勉強で潰れますかね」
「あ、そうそう。勉強頑張る隼瀬ちゃんにちょっとプレゼント」
「へ?」
そう言ってセンパイはポケットからお守りを取り出す。赤い布地に黄色の糸で『合格祈願』と刺繍されていた。
「さっきお手洗い行ったときに、見かけたから買ってきた。俺の運入ってるからご利益あるよ」
「なんスか。俺の運って」
「運いいんだよ俺。ちょっとしたくじが当たるぐらいには」
「合格祈願って運の良し悪し関係無くないスか?」
「それはそう」
センパイからお守りを受け取って鞄に取り付けた。……別に神とかセンパイのご利益とかは信じないけど、これを見ると応援してくれる人が一人増えた感じがする。
「よし。これで俺の予定してた買い物終わり! 付き合ってくれてありがと隼瀬ちゃん。デート楽しかった?」
「気分転換になって楽しかったっスよ」
これは本心。誰かと遊ぶとか、一緒にショッピングとかしたことなかったから楽しかった。
でも、それはそれとしてアタシの心に引っ掛かってるものがあって、それを確認しないと気が済まなかった。
「それで? センパイはアタシとのデートで失恋の傷が癒せたんですか?」
アタシの言葉にセンパイは動揺して浅く息を吐いた。今日、一緒に過ごして分かったけどセンパイは案外分かりやすい。自分では隠してるつもりかもしれないけど体は正直だ。
「……いつから気付いてた?」
センパイは少し驚いた後に、やましい事を隠すようにアタシから目を逸らした。
「なんとなくそうだろうなって思ったのがピアス選んでるところからっスね」
だってあの時、桜のピアスを持っていたセンパイはアタシが好きなものを見るのと同じような顔をしていたから。
「んで、図書館でセンパイが読んでた本とか、アタシを映画デートに誘ったこととか思い出して点と点が線になって繋がった感じっス」
「あーなんだ。そこまで分かってたんだ」
センパイは一つ溜息を吐いて語り出した。
「なんか書いてあったんだよ図書館で読んだあの本に。失恋から立ち直るには『新しい恋を始めるべき』だって。だから隼瀬ちゃんをデートに誘って……好きになろうとした」
「ふーん。結局アタシは偶然、運良くそこに居合わせただけの都合の良い女だったんスね。励ましてくれた言葉も全部誑かすための方便、と」
「……」
「冗談っスよ。あの時言ってくれた言葉は本心だってことぐらいわかります。ちゃんと反論して否定してください」
「俺の傷心を癒すことに付き合わせたことは事実だから、なにを言われても否定は出来ないし、なんて思われても仕方が無い」
「……それで? アタシのこと好きになれたんですか?」
我ながら、なんて台詞を吐くんだろうと思った。
「……頑張った。でも隼瀬ちゃんを好きになろうとするほど、好きだった人への気持ちが否定されていくような気がした……俺の長年の気持ちは、たった二回会った女の子に打ち消されるものなのかって」
「アタシ今、フラれました?」
「俺が勝手に好意を寄せようとして勝手にフッただけ。キモイ男の戯言だよ」
「……そうっスか」
「……」
「……」
沈黙が訪れた。センパイはこれ以上口を開かずに、アタシの言葉を待ってるけど、アタシはこれ以上言及するつもりはない。
「なーんか場白けちゃったっスね。センパイの予定していたことは全部終わったんスよね?」
「うん」
「なら、帰ります。送ってくれなくてもいいですよ。まだ空明るいんで」
「……そう。気を付けて」
正直に言うと、センパイには感謝してる。勉強を見てもらったし、息抜きも出来たし、お守りも貰って嬉しかった。さっきの事情と天秤にかけてもありがとうございますって言いたい気持ちはある。
でも言ってあげない。
なぜならアタシはちょっと苛立っている。
だってもし、センパイがアタシのことを好きになれたんだとしたら、センパイはさっきの事を言わずにいたんでしょ?
それでもし、本当にもしもアタシがセンパイを好きになってしまったら、利用されたアタシのその気持ちはどうなるの?
そんな事を考えると、少しの苛立ちと喩えようのない悲しい気持ちが湧いてくる。
「……アタシ結構嬉しかったんスよね。図書館での言葉。うまく言葉に出来ないけど安心したっていうか。あの言葉が無かったらずっと一人で戦って苦しかったかも」
「……」
「センパイも周りに頼った方がいいんじゃないですか?」
だからこれは感謝の代わりのアドバイス。
「一人で頑張るのは辛いっスよ」
「まさか自分に返ってくるとは」
「自分に言い聞かせた言葉だと思ってました。じゃ、アタシは帰るんで」
アタシは椅子に置いていた鞄を持って席を立った。
「あ、一つ言い忘れてたことがあったっス。……アタシもデートするの初めてだったんで。それだけ。じゃあ」
そのままセンパイの顔を見ずに、その場を離れた。
きっとセンパイは優しいから、アタシの初めてのデートを自分の気持ちで利用したことに対して尾を引くと思う。
……尾を引いたらいいな。そして忘れない傷になったらいいなと思った。
***
烏間は一人残ったフードコートで、飲み物を買ってさっきのテーブルに座っていた。
「……嫌われたな」
テーブルに肘をつき、首を後ろを抑えて項垂れる。そしてまだ痛みが残る片耳のピアスホールを触った。
(言うべきだったかな……失恋のことを忘れるぐらいに楽しかったって)
烏間くん
容姿端麗だが性格が残念なイケメン。
式守さんの幼馴染でとんでもないラッキーボーイ。
小さい頃、式守さん家のカラ(シェパード)に激しく遊ばれて以来、犬は苦手。
隼瀬さん
現在中学二年生。
憧れの式守センパイに会いたくて受験勉強中。
カップルナンバーの紙を渡すのも忘れたし、名前を聞くのも忘れた。
次回、学級裁判。