俺は遠くから尊いを眺めていたいんだよ!組み込むんじゃねぇ!~ゴッドイーター世界に転生したからゴッドイーターになって遠くから極東支部尊いしたかったのにみんな率先して関わってきて困る~   作:三流二式

12 / 29
長すぎる。


惨劇

 ズズン……ドドン……。

 

 

 断続的に地響きが足を伝って来る。

 

 

「何だ? 誰か戦ってるのか?」

 

 

 リンドウは音の方向に顔を向け、訝し気に眉を顰めた。

 

 

(ここいらで任務があるなんて話は聞いてない……支部長の伝え忘れか……? いや、あの人に限ってそんなことは無いだろう……)

 

 

 リンドウは後方のアリサを気に掛けながら黙考する。

 

 

「これは、いよいよキナ臭くなってきたな」

「え?」

 

 

 リンドウの呟きを聞き取ったアリサが、疑問の声を上げる。

 そんな彼女に何でもないと言いつつ、リンドウはついに支部長が何かしらのアクションを起こしてきたという事を、敏感に察していた。

 

 

 〝死ぬな、生きて戻れ〟

 

 

 自分が他者に、そして外ならぬ自分自身に散々言い聞かせてきた言葉が、嫌に頭に響いていた。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 カカシたちとヴァジュラとの戦いも、いよいよ大詰めを迎えようとしていた。

 

 

「オォッ!」

 

 

 ソーマの渾身の一撃がヴァジュラの右前足を捉えた。

 バスターブレードの分厚い刀身は結合崩壊を起こし脆くなった前足を、豆腐めいて切り飛ばした。切り飛ばされた前足は宙を舞ってぼとりと落ちた。

 

 

「ARRRRGH!?」

 

 

 間髪入れずにコウタとサクヤによって撃ち込まれる氷属性オラクル弾に、さしものヴァジュラの動きも精彩を欠き、はじめの俊敏さは見る影もない。

 しかしそれだけやっても苦しみこそすれ大人しくならないのは、さすが大型種といった所だ。

 

 

 ヴァジュラが怒りで活性化してからすでに30分が経過していた。腹を割かれ、全身を撃ち抜かれてすでに大きくダメージを受けているにも拘らず、そんな傷など知らぬとばかりにヴァジュラは怒りに任せて大暴れした。

 

 

 あちこちを縦横無尽に駆け回り、背後を取っては出の早いフックで攻撃。それで危うくコウタは死にかけたが、カカシがオラクルを吹かして超速でヴァジュラの脇腹に噛みつき、怯ませることで事なきを得たのだった。他にも無数の雷球を生成して四方八方に飛ばして遠距離組二人を阻害したり、莫大な電撃を体から放つことでソーマとカカシの接近を拒んだりと。

 

 

 その生命力に、3人はいい加減うんざりしていた。

 

 

 が、それもいよいよ終わろうとしていた。

 

 

「くたばれ!」

 

 

 サクヤの狙いすました一撃でヴァジュラの片目を奪い、その隙に接近していたコウタがホールドトラップでヴァジュラの動きを一時拘束。

 その隙にソーマはチャージクラッシュでヴァジュラの胴体を深く切り裂いた。

 

 

「G、GRRRRRRR!」

 

 

 それでもなお死なぬヴァジュラに、射撃に徹していたカカシがついに動いた。

 カカシは神機を銃形態から剣形態へと変形させると、捕食形態をとった。

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 そして弓めいて引き絞り、思い切り突き出すと同時にオラクルを吹き出し、凄まじい速度でヴァジュラに向かって突貫した。

 

 

「ARRRRGH!?」

 

 

 ヴァジュラはその突貫を防ぐ手立てがなかった。ヴァジュラはやすやすと懐に入られ、カカシはヴァジュラの背中に生えるマント状の器官に勢いのまま神機を噛みつかせた。

 

 

「GRRRRRRR!」

 

 

 ヴァジュラは当然振るい落としにかかるが、弱った体ではそう大きく体を動かせぬ。カカシは依然背中におり、ただひたすら神機の噛みつく力を強めていった。

 

 

「イイイヤアアアーッ!」

 

 

 そしてカカシは万力の力を籠め、ヴァジュラのマント状の器官を、根元から引きちぎった。

 

 

「アバーッ!?」

 

 

 ヴァジュラは断末魔の悲鳴を上げた。

 

 

「イヤーッ!」

 

 

 カカシは引きちぎったマント状器官を放り捨て、間髪入れずに傷口に神機の刀身をねじ込んだ。

 

 

「アバーッ!?」

「終わりね」

「……だな」

「うわー……」

 

 

 断末魔の悲鳴を上げて絶叫するヴァジュラを解体するカカシを、サクヤたちはドン引きしながら見守っていた。

 

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」

 

 

 そんな事など知る由もないカカシはそのままの姿勢で、インパルスエッジを零距離から連続で叩きこんだ。

 

 

 さて話は変わるが、カカシの今の刀身はオブリビオンという刀身だった。インパルスエッジという機能は刀身ごとに発射する弾種が異なる。この刀身のインパルスエッジの弾種は『弾』であった。

 ところで、ヴァジュラ神属という種は胴体が貫通系の攻撃にすこぶる弱い事が分かっている。

 

 

 それが何を意味するのかというと。

 

 

「アババババーッ!?」

 

 

 ヴァジュラは氷に次いで弱点属性である神属性の弾丸を、傷口に零距離から連続で撃ち込まれるという想像を絶する地獄を味わうことになる。

 

 

「イヤーッ!」

「アバーッ!?」

「イヤーッ!」

「アバーッ!?」

「イヤーッ!」

「アバーッ!?」

「イヤーッ!」

「アバーッ!?」

「イヤーッ!」

「アバーッ!?」

「イヤーッ!」

「アバーッ!?」

「イヤーッ!」

「アバーッ!?」

 

 

 もうどれだけ撃ち込んだことだろう。ついには悲鳴すら上げられなくなったヴァジュラにカカシは止めの一撃を食らわせるため、突き刺さっていた神機を引き抜き、一時空を飛ぶために捕食形態に変えて上空へと飛び上がった。

 

 

「イイイイイイヤアアアアーッ!」

 

 

 そしてオラクルの噴射方向を下から上へ、即ち真下へと急降下突撃を繰り出した。当然弱ったヴァジュラにそれを避ける事など不可能。

 

 

「アバーッ!?」

 

 

 結合崩壊して脆くなった頭部はあっさりとカカシの急降下刺突攻撃を受け入れ、断末魔の絶叫を上げるとついに巨虎は動かなくなった。

 

 

「これで任務終了だね」

 

 

 動かなくなったヴァジュラにとことこ近寄りながら、コウタは安堵したように呟いた。

 

 

「そうね、これで終わりね」

「なら帰るぞ。時間の無駄だ」

「えー! もう少し位いてもいいじゃん! 俺とカカシは初めての大型種の討伐なんだぜー!」

「……」

 

 

 やいのやいのと言い合う彼らを遠くから無言で眺めるカカシの表情は、険しい。

 これから先、何が起こるのか彼は知っている。故に、初の大型アラガミ討伐という偉業を前にしても、依然として警戒を解いていなかったのである。

 

 

「さて、そろそろお喋りは終わりにして、皆行きましょう」

 

 

 任務のリーダーであったサクヤの号令に3人は(1人は渋々だが)従い、サクヤを先頭にして進み始めた。

 

 

 そして廃教会の入り口付近で、アリサを連れたリンドウと鉢合わせしたのであった。

 

 

「何?」

 

 

 真っ先に疑問の声を上げたはソーマであった。

 

 

「お前ら?」

 

 

 次に反応したのは向こう側にいたリンドウで、次にコウタが何故リンドウがここに居るのか分からずに疑問の声を上げた。

 

 

「どうして同一区画に二つのチームが……どういうこと?」

 

 

 最後にサクヤが皆が思っている疑問を代弁して、リンドウへと尋ねた。

 

 

「考えるのは後にしよう。さっさと仕事を終わらせて帰るぞ」

 

 

 しかしリンドウははぐらかすようにそう言い、自分たちは廃教会内を見てくるから、カカシたち4人は入り口を固めておいて欲しいと言うとアリサを連れ、すたこらと中へと入っていった。

 言いたいとこは多々あったが、サクヤは渋々とそれに従わざるを得なかった。

 

 

 リンドウとアリサは注意深く廃教会内を進んでゆく。そして通路を抜けステンドグラスが照らす広間に足を踏み入れた途端、彼らを待ち伏せていたかの如く、教会上部に開いた大穴から一体のアラガミが姿を現した。

 

 

 それは『プリティヴィ・マータ』という第二種接触禁忌種に指定されているアラガミだった。発生地はユーラシア大陸北東部と言われているが、極東では一度として目撃例のないアラガミである。

 

 

(そんなアラガミが何故ここに!?)

 

 

 リンドウの驚愕も無理はない。しかし、どれだけ珍しかろうと目撃例がなかろうと、現れたのなら倒し、生きて帰らねばならぬ。

 穴から飛び降り、臨戦態勢をとるプリティヴィ・マータに、リンドウは神機を構えアリサに指示を飛ばした。

 

 

「下がれ!! 後方支援を頼む!」

「GRRRRRRR!」

 

 

 それと同時にプリティヴィ・マータは咆哮し、リンドウとアリサを睨んだ。

 瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、過去のトラウマがアリサの脳内にあふれ出し、一瞬で彼女の精神を退行させた。

 

 

「パパ……!? ママ……!? ……やめて……食べないで……」

 

 

 ボロボロと涙を流し、後退りながらアリサは譫言めいて呟いた。

 

 

「!? アリサぁ! どうしたあ!? ……うお!?」

 

 

 突然のアリサの変貌に驚愕を隠せないリンドウは、プリティヴィ・マータが前足を振り下ろそうとしてくる動作に咄嗟に気づき、慌ててその場から飛びのいた。

 

 

 さあ、惨劇の始まりだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「ッ!!?」

 

 

 教会内で発生した轟音に真っ先に反応したのは、他ならぬカカシだった。

 

 

「どうしたのカカシく」

 

 

 サクヤが言いきる前に、カカシはすでにオラクルを吹かして教会の中へと飛び込んでいた。

 

 

(ついに始まってしまったか!)

 

 

 瞬時に通路を通過し、壁際へと追い詰められたリンドウに向かってフックを繰り出そうとしているプリティヴィ・マータに向かって、カカシは勢いを緩めることなく突撃して壁に叩きつけた。

 

 

「ARRRRGH!?」

「イイイイーヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤ!」

 

 

 間髪入れずにカカシはインパルスエッジを連続発射。

 

 

 

「無茶苦茶やる! だが助かったぜ!」

 

 

 しかしそれで体勢を立て直せたリンドウは瞬時にプリティヴィ・マータとの間合いを詰めると、神機を一閃。プリティヴィ・マータの顔面に深い傷をつけた。

 

 

「ARRRRGH!?」

 

 

 プリティヴィ・マータはそれで体勢を崩し、ひっくり返ってバタバタと身悶えた。

 

 

「イイイイ……」

「こいつの事は俺に任せろ! お前はアリサを!」

 

 

 据わった眼でプリティヴィ・マータを睨みつけながら追撃を放とうとするカカシをリンドウは制し、情緒不安定になったアリサを助けるように指示を飛ばした。

 

 

「ッ!」

 

 

 カカシは電撃的な速度で逡巡し、リンドウに向かって頷くと、瞬間移動めいた速さでアリサの目の前に立っていた。

 

 

 一方アリサはあふれ出した過去のトラウマ、そして先生の教えが渦を巻き、彼女の心をかき回していた。

 

 

『そうだ! 戦え! 打ち勝て!』

 

 

 男の声が轟く。

 

 

『こう唱えて引き金を引くんだよ。OДИН、ДВА、ТРИ!』

 

 

 先生の教えが、彼女の耳を汚す。

 

 

「OДИН……ДВА……ТРИ……OДИН……ДВА……ТРИ……」

 

 

 しかし壊れかけた彼女はそれに縋る外なかった。アリサは夢遊病患者の如くゆらゆら揺れながら祈るように唱え続ける。

 

 

『そうだよ。それを唱えるだけで君は強い子になれるんだ』

「そんな訳あるか―ッ!!!」

 

 

 過去の情景がそんな大声によって引き裂かれて、消えた。

 かわりに現れたのは、長い黒髪をポニーテールに結わいた柔和な顔つきの青年だった。

 

 

 彼の顔に普段の笑みは無く、その顔は痛ましい物を見るかのように悲しげに歪んでいた。

 

 

「あ」

 

 

 彼の顔を見た彼女に再び過去の映像が去来する。

 

 

『いいかいアリサ。こいつは君の敵だが、また新たに恐ろしい敵が現れた』

 

 

 そう言って『先生』はいつものように敵の写真が複数張られた画面を出した。その中にいつもは見られない写真が一枚貼ってあった。

 

 

『これは敵だが、有用な敵なんだ。分かるねアリサ。殺してはいけない。しかし目の前に現れたのなら』

 

 

『先生』は振り向き、薄汚い笑みを浮かべてにこやかに言った。

 

 

『撃退するんだ』

 

 

 先生はそう言った。ならばそうしなくちゃいけない。だって『こいつ』は私たちの敵、アラガミなのだから。

 しかし、目の前の(アラガミ)は彼女を攻撃せず、ただ悲しそうな表情で何か言うだけで何もしてこなかった。

 

 

「アリサさん、君は強い人だよ。そんな気味の悪い呪文なんかなくったって、君はずっと昔から強い人だった。だって今こうして二本の足で立っているんだから、ね?」

 

 

 (アラガミ)はそう言って、笑った。とっても悲しくて、でもどこか懐かしい、柔らかく優しい笑みだった。

 

 

「───」

 

 

 この笑みは知っている。ずっと昔に何度も見てきた。全てを失うあの日まで、いつだってどんな時だってそうやって笑ってくれた。

 この時アリサが思い出したのは、両親の事だった。

 

 

「パパ……?」

「───ッ!?」

 

 

 無意識にアリサの口から出た一言に(パパ)は驚愕したように目を見開くが、それも一瞬だった。すぐに動揺の表情は消え、気遣うような表情に再び戻った。

 

 

「君は元から強いんだ。『あんな男』の言葉に惑わされちゃだめだ!」

「あぁ……」

 

 

 アリサの肩を掴み、必死になって訴えかける(アラガミ)。その顔は優しく、記憶の中に埋没したパパのそれと重なる。

 

 

『これが君たちの敵、アラガミだよ』

『それを唱えるだけで君は強い子になれるんだ』

『そうだ! 戦え! 打ち勝て!』

『君は強い人だよ! そんな呪文なんか無くったって!』

 

 

 ぐるぐると、頭の中で『先生』の教えと目の前でパパと同じような笑みを浮かべる(パパ)の言葉が渦巻いて巡り、彼女はいったいどれを信じればよいのかさっぱり分からなくなってしまった。

 

 

 彼女は揺れている。彼女は揺れている。彼女は揺れている。

 そんな彼女に(アラガミ)は必死になって言葉を連ねた。言葉は届かなかった。

 

 

『戦え!』

あぁ……

 

 

『殺せ!』

「あぁ……」

 

 

『大丈夫、きっとうまくいくよ!』

「あぁッ!」

 

 

 強制、強要、抑圧、悪意、そして裏表のない善意。碌でも無い感情の中に不意に生じた強烈すぎる善の感情によって、ただでさえ不安定な彼女の心は更に混沌となった。

 きっとうまくいく。彼女が任務に赴くときにカカシが言った一言は、彼の想定以上に彼女の心に深く食い込んでいた。

 

 

 もし彼の敗因を上げる事になるならば、少々自分という存在を過小評価しすぎていたことだった。

 父性にも母性にも飢えていた少女にとって、カカシという存在はあまりにも自分の欲求に叶いすぎていた。

 

 

 アリサという少女の心は今臨界点を迎えようとしていた。このままではアブナイ! 彼女の体は急速に破滅へと向かう自らの心を救うにはどうすればよいのか? ニューロンの速度で思考し、思考し、思考し、そして結論を出し、実行に移した。すなわち……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターン……! 

 

 

 混乱させるものの排除である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (パパ)は目をしばたき、己の腹に空いた穴を不思議そうに見ていた。理解が及んでいなかった。自分がまさか、撃たれているなどとは。

 

 

 (パパ)はしげしげと腹に空いた穴を見つめ、それから少女の方に顔を移し。

 

 

「アバッ」

 

 

 そして思い出したかのように吐血し、その場に崩れ落ちた。

 

 

「アバッ……アバッ……」

 

 

 ペタンとその場に尻もちをつくような姿勢で、(パパ)はひたすら血を吐いていた。

 

 

「え……あ……へ?」

 

 

 少女もまた、混乱の真っただ中にいた。

 どうして(パパ)は倒れたの? どうして(パパ)は血を吐いているの? 

 

 

 どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? どうして? 

 

 

「私がやったんだよ―ん!」

 

 

 デフォルメされた自分の像が、凄まじく場違いな仕草で、きっぱりと、一切の言い訳もできないほどはっきりと言い放った。

 

 

「あ゛゛っ!!!!!???!」

 

 

 良かれと思ってやったことが、かえって状況を悪化させる事は多々あれど、ここまで酷い事になる事はそうはあるまい。

 アリサの心はシュレッダーに掛けられた写真の様に粉々の散り散りになった。

 

 

『混乱しちまった時はな、空を見るんだ』

 

 

 そんな中、不意に彼女の頭に生じた言葉は、『先生』に教えられた(アラガミ)からの言葉だった。

 

 

「──―ッ!? いやあああああやめてぇええええええ!」

 

 

 ついに感情が爆発した少女は天井に神機を向け、撃った。それはあたかも泣き喚く赤子にも似ていた。

 

 

 赤子の放った弾丸は天井を崩落させ、(アラガミ)と彼女、そして(パパ)とを分断した。

 

 

「あぁパパ……パパ……違うの、そんなつもりじゃなかったの……」

「アバッ……アバッ……」

 

 

 少女は滂沱と涙を流しながら、ただひたすら(パパ)に縋りつきて弁解の言葉を延々と呟いていた。

 

 

 

 騒ぎを聞きつけてやって来たサクヤは、その凄まじい光景を見て絶句して立ち竦み、数秒の間動けなかった。

 

 

「あ、あなた……いったい何……を……」

 

 

 どうにか我を取り戻したサクヤは言葉をつっかえさせながら、恐る恐ると言った様子で少女に手を伸ばす。

 

 

 しかし少女はパパ……パパ……とまるで取り付く島がなかった。

 

 

「ッ!」

 

 

 話にならないと判断したサクヤは瓦礫の除去を試みたが、先の激戦で自分のオラクルの大半が失われていたため、碌な弾が撃てず、どれだけ撃ち込んでも無駄だった。

 頼みの綱のカカシは御覧の通りの有様で、全くのお手上げだった。

 

 

「不味いな、こっちも囲まれていやがる!」

「うわわわ! 何だこいつらキモッ!」

 

 

 一方外で警戒を行っていたコウタとソーマも、プリティヴィ・マータの群れに囲まれており、とてもじゃないが中の加勢に向かうことは不可能だった。

 

 

「GRRRRRRR!」

 

 

 そうこうしている内に、教会内にも一体のプリティヴィ・マータが侵入してきた。

 

 

「このッ邪魔しないで!」

 

 

 サクヤは少女とカカシの前に守るように立つと、侵入してきたプリティヴィ・マータの顔面にオラクル弾を叩き込んだ。

 

 

「ARRRRGH!?」

 

 

 プリティヴィ・マータは堪らず怯み、教会の外へと退避していった。

 

 

「命令だ! 2人を連れてアナグラに戻れ!」

 

 

 それと同時に瓦礫の向こう側から、リンドウの吠えるような声が聞こえた。

 

 

「でも……」

「聞こえないのか! アリサを連れて、とっととアナグラに戻れ! サクヤ、全員を統率! ソーマは退路を拓け!!」

 

 

 

 難色を示すサクヤに、畳みかけるようにリンドウは叫ぶ。

 

 

「だったらリンドウも早く!!!」

「わりぃが、俺はちょっとこいつらの相手して帰るわ。……配給ビール、取っておいてくれよ」

「そんな……だったら私も残って戦うわ!」

 

 

 リンドウの言葉に察しがついたサクヤは駄々をこねる子供の様にこの場に残るといいだしたが、リンドウは頑としてこれを拒み、最後まで彼女に命令を突きつけ続けた。

 

 

「全員必ず生きて帰れ!!!」

「イヤああああああ!」

「サクヤさん行こう! このままじゃ全員共倒れだよ!」

「くそ、クソ、畜生!」

 

 

 サクヤは悲鳴を上げながら泣きじゃくった。ソーマはカカシを、コウタはアリサをそれぞれ抱えながら、リンドウを残し、その場から立ち去って行った。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 どれだけの時間が経った? 

 少なくとも1時間2時間は経っているような気がする。

 

 

 リンドウは力無く体を壁に預けながら、煙草を吸っていた。彼の傍らにはプリティヴィ・マータの死骸が無造作に転がっている。倒したのだ。この閉鎖空間の中で。第二種接触禁忌種を。

 

 

「行ったか……」

 

 

 ステンドグラスを見上げながら、リンドウは呟いた。

 

 

 ソレに呼応するように、大穴から漆黒の死神が彼の前に姿を現した。

 

 

「はぁ……ちょっとぐらい休憩させてくれよ……体がもたないぜ」

 

 

 リンドウは捨て鉢に笑うと、煙草を一吸いした。

 それから煙草を投げ捨て、神機を担ぎ、死神に向かって行った。

 

 

 死神は高らかに吠え、不遜にも向かって来る愚か者を叩き潰すべく、飛び降りた。

 それからいかなる戦いがあったのかは、誰にも分からない。

 

 

 ただ少なくとも、死神は逃げおおせ、リンドウは行方不明になった。

 

 

 こうして、惨劇の幕は閉じたのであった。

 

 

 

 

 

 ミッション名:蒼穹の月

 

 負傷者:名無之カカシ 

 ・腹部に大穴が空いていたが、アナグラに帰投する頃には腹部の穴はほぼ完治していた。しかし依然として意識は回復せず。

 

 アリサ・イリーニチナ・アミエーラ

 ・肉体的な負傷は見当たらないが、心神喪失のためアナグラに帰投後すぐに医務室へと収監された。精神の安定化は未だ目処が立たず。

 

 MIA

 雨宮リンドウ

 ミッションの遂行中、アラガミの攻撃により部隊の者たちと分断され、腕輪の反応が喪失。生きているのか死んでいるのか当局では判断が付かないため、雨宮大尉をMIAと判断した。

 

 

 

 

 

 




やっとここを書けて、僕、満足!もう(失踪しても)いいよね

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。