俺は遠くから尊いを眺めていたいんだよ!組み込むんじゃねぇ!~ゴッドイーター世界に転生したからゴッドイーターになって遠くから極東支部尊いしたかったのにみんな率先して関わってきて困る~ 作:三流二式
実のところ、ここに来るつもりはなかったんだ。
だって容態が安定してきてるとはいえ、それでもまだ面会できるような状態じゃない事は彼女の体内オラクルを感知してみれば明らかだったし。
それなのに俺はカノンさんを医務室に送った後、まるで導かれるようにここに足を運んでいた。
本当に無意識だった。だって気づいたら彼女のベッドの傍らに置かれている椅子に座り込んでいたのだから。
俺は無意識に腕輪のついた右手を見た。右手は何かを待っているかのように、俺の意思とは無関係にぴくぴくと震えていた。
まるで早くやってしまえ、と俺を急かしているかのようだ。
俺は何度か彼女と震える右手とを交互に見やり、3度ほど視線を往復したところでついに観念し、緩慢な動作で彼女の右手にそっと自らの手を重ねた。
その途端、俺の体にビリリ! と電流めいたものが走り、彼女とつながったような感じが、恐らく感応現象が発生した。
ちょうど眉間のあたりが熱を持ち、白い光が頭の中を覆いつくし、外に飛び出して視界を真っ白に染め上げる。
そして俺の頭の中に、アリサさんの記憶が津波のごとき勢いで押し寄せてきた!
「ぬわー!」
膨大な情報量に、俺は堪らず悲鳴を上げた。
記憶の潜行が始まる。
■
〝……じゃな……オレー……呼んで……しいな……〟
声が聞こえるんです。
気が付くと、私は何処か狭く重ぐるしい場所で膝を抱えて座っていました。
すぐにここが何処か分かりました。そう、ここは
一度?
私は自らの思いに違和感を覚えました。
何を言っているのでしょうか。
それなのに、一体どうして私は出られたことがあるなどと思ってしまったのでしょうか?
その事について考えようとしましたが、そうするとなぜか私のこめかみと胸の中央の部分がずきりと、時には立っていられない程の痛みが走るのです。
ですので私はその事について考えるのを止めました。
もううんざりしていました。誰かを傷つけるのも傷つけられるのも。
このままずっとここに座って居よう。
この果てすら見えぬ永遠の虚無の微睡みの中で、身も心も朽ち果てるまで座りこけて居よう。
そう思いました。
私が暗い決心の元、瞼を閉じようとしたその時です。
黄金の光が突如として闇の中に閃きました。
私は驚いて思わず閉じかけていた目を開け、顔を上げました。
そして見たのです。果てすら見えぬ闇の中に、煌然と輝く黄金の光球が静かに自転している様を。
私は思わず後退り、しかしその背はすぐに壁に当たりました。
当然です、だってここはクローゼットの中なのですから。
私は何の脈絡も無く現れたこの光が怖くて堪りませんでした。恐らくそれは、私が真実の一端に触れるのを無意識の内に拒んだゆえの反応でしょう。
私は縮こまり、この光球の放つ黄金の光を遮断しようと必死になってあの手この手を使いました。
ですが私が何をやってもこの光は私の瞼を貫通し、網膜を焼き尽くすのです。
次第に私は目を逸らすことを止め、光球に目を向けました。
光球の放つ光は柔らかく、じっと見つめても決して眩しくなく、柔らかな光を私に投げかけ、ただ静かに自転していました。
まるで私が自分から触れようとするのを待っているかのように。
その様が、誰彼構わず拒絶していた自分にただ一人手を差し伸べてくれたあの
手を、伸ばしても良いのでしょうか……?
〝当たり前じゃん! 掴んじゃえ! 〟
何処からか、声が聞こえました。
今度はノイズがかっていない、確かな声がちゃんと私の耳に響いてきました。
まるで太陽のような温かさを携えたその声は、私の耳からするりと入り込み、頭に、胸に、そして手足に、心にも浸透し、冷え固まった私の全てをあっという間に溶かしてしまいました。
「ありがとう■■■■■」
無意識の内に出た、名前も思い出せない誰かへの感謝の言葉。
私はすっと立ち上がると、光球に向かって歩き出しました。
それを待っていたかのように、光球の放つ光はいや増し、私が近づく頃にはそれこそ太陽の如き輝きになっていました。
しかしそれでも決して眩しくないのです。
私は決然とその光に手を伸ばしました。
瞬間、光が爆発し、私の頭の中に膨大な量の記憶が流れ込んできました。
そして私が見たのは、ある一人の青年の話。
その人は生まれた時からずっと一人だった。
そう、一人だ。親はいる。コミュニティーにも属している。
なのに一人だった。それは親が、コミュニティーに属する者が、誰一人として彼を見ていなかったから。
そしてコミュニティーは、親はたった一頭の小型アラガミによって全滅した。
それが皮肉にも彼を解放する切っ掛けとなった。彼はその時初めてようやくこの世界に
そこからの旅は、私の想像をはるかに超える過酷な物だった。頼れる肉親も、信頼できる友人もおらず、周りはほぼ全て敵だった。
〝軽機関銃は我が半身。手榴弾は我が恋人〟
記憶の中で、彼はそう言っていた。
神々に食い荒らされ、絶望と虚無が蔓延する地獄の中を、彼はただ一人、歩く。
沢山の事があった。人を初めて撃った時の罪悪感。助けたはずの人に物資を奪われた時の怒り。助けようとしても助けられなかった時のやるせなさ。自分の無力感への失望。
沢山の人がいた。よく笑う人。よく怒る人。いつも泣いている人。平気で人を傷つける人。絶望の世界でそれでも立ち上がれる強い人々。自暴自棄になって関わる人全てを害する人々。
怒った顔。悲しい顔。楽しそうな顔。喜びの顔。無表情。
それらの記憶が混然一体となり、混ざり、溶け合い、やがて一つの揺るぎない思いとなって、彼は突き進む。
〝この世界を少しでも良くしたい。己自身の全てを賭けて〟
その思いだけを頼りに、あの人は今日まで来た。
あぁ……。
私は思いました。
何て優しい人なのだろうか。
だってそうじゃありませんか。彼の記憶は人から受けた優しさより、人に傷つけられた方がよほど多かった。何より放浪の身という事もあってアラガミ防壁の恩恵すら受けられず、アラガミという脅威に気が狂いそうになる感覚を、私は記憶の中で何度も感じました。
それでもなお、彼は人を救う手を止めなかった。
記憶はいよいよ大詰めへと差し掛かり、彼はゴッドイーターになった。
ゴッドイーターになった彼は今までの無力を埋め合わせるかのように、鬼神の如く暴れ、韋駄天の様に空を駆け、雷神の怒りの如くアラガミを殺し回った。
全ては世界をほんの少しでも良くするために。自分の様なものを生まぬために。
そして、彼は一人の少女と出会う。生意気で、世間知らずで、傲慢で、寂しがりやな一人の傷ついた少女に。
記憶の潜行が終わり、私は再び暗闇の中に居ました。
しかしさっきとは違い、暗闇の世界には亀裂が走っており、私は意識が覚醒に近づいている事を悟りました。
世界が揺れる。その度に暗闇に亀裂が入り、隙間から金色の光が漏れ出ていました。
黄金の光は私如きの抱える矮小な暗闇など造作も無く破壊してゆき、ついに欠片たりとも粉砕し、私の全てを染め上げてゆきました。
私の絶望。私の後悔。私の虚無。私の悲しみ。全部全部包み込んで、黄金の光はなお光量を増してゆき、私自身も光に飲まれ、そして……。
意識が覚醒する。
■
少女はぱっちりと目を覚ました。彼女にはかなり強力な薬品を使われていたというのに、まるで自然に目を開けた。
少女はしばしの間目をぱちくりとさせ、医務室の天井を見ていた。
やがて少女は自らの手に誰かの手の感触を感じ、それで自らの傍らに誰かがいる事に気がついた。
ゆっくりと目を動かす。金の瞳と目が合った。
金の瞳の持ち主である男は少女の紫の瞳と目が合わさると、やがてにこりと笑みを浮かべた。
見ていて安心するような、そんな柔らかな笑顔を。そして言った。
「おや、希望の子のお目覚めだ」
「──────―ッ!」
その言葉は知っている。かつて自分を闇の底から救い上げてくれた、
「見……たんですね、私の記憶を……」
「……うん」
「私も……あなたの記憶を見ました……」
「……うん」
「私なんかじゃ及ばないくらい……酷い記憶ばかりでした……」
「……」
「それでもあなたは笑うんですね……」
「うん……」
重ねられるように置かれていた男の手を、少女はぎゅっと握った。柔らかな顔つきからは想像がつかないほど、その掌はごつごつとしていた。かつて握ってくれた柔らかな感触とは似ても似つかない。なのにどうしてかその掌の感触から、あの
少女は男の手に両手を重ね、持ち上げて頬に当てた。
ごつごつとした掌の感触が、頬に広がる。あの柔らかな掌とはまるで違う、ともすれば不快にすら感じるような感触が、どういう訳か心地よい。
それはきっと、この掌の持ち主の優しさが同じものだからだろう。
「話を……聞いて欲しいんです」
掌から感じた思いやりの温もり、溢れんばかりの優しさに決心がついたのか、少女はそのような前置きを置くと、やがてぽつりぽつりと語りだした。
忘れて居た記憶。目の前で失われた両親の事。自分の事を妹のように扱ってくれた優しい女性の事。先生の事。
男は少女の話をうん、うんと相槌を挟みながら、ただ黙って聞いていた。
「新型の神機使いの候補だって聞かされた時は、これでパパとママの敵が討てるって思ったんです」
少女の声に震えが生じ始めた。
「……そう……ふ、2人をこ、こここ殺したあのアラガミを……わ、私の手で」
少女の脳裏には両親の死の風景が、先生の教えがフラッシュバックしていた。少女はボロボロと涙をこぼし、唇を震わせながら頭を抱えた。
男は少女を抱きしめた。父親が泣きじゃくる我が子をあやすように。
「……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさい……!」
「……君は何も悪くないよ。何一つ。何一つとして」
男は泣きじゃくる少女を抱きしめ、頭を撫でながらそっと囁いた。
やがて少女は泣き疲れたのか、すうすうと寝息を立てて彼の胸の中で眠りについた。
「……」
男はそのままの姿勢で医務室のドアの方を、その正面で目を剥いて固まっているバンダナをつけた中年を凝視していた。
「ば、馬鹿な……なぜ目覚めているッ!?」
男はバンダナの中年を凝視している。
「ひっ!? な、何だ? 何を見つめている!?」
男はバンダナの中年を凝視している。
「や、止めろ! 私を見るな!」
名無之カカシは大車ダイゴを凝視している。
「み、見るな……その目で私を見るな!!!」
大車は逃げるように医務室から出ていった。
「……」
カカシは大車が去った後も、しばらくの間彼が立っていた場所を憎悪に燃えた目で睨みつけていた。
彼の目は燃えていた。黄金の炎に燃えていた。
大車が去った事で、医務室は再び静寂が戻ってきた。聞こえる音といえば少女の穏やかな寝息と、時計の立てるコチコチという音のみ。
「……はぁ」
カカシはため息を吐くと首を振り、それからアリサの体をそっとベッドに横たえると、押し殺した声でぼそりと呟いた。
「……逃しはしない」
■
ゴッドイーターの強化された聴覚が、遠くで微かに聞こえる潮騒の音を拾う。
何とはなしにそちらの方に目をやると、丁度夕日が沈む瞬間が垣間見えた。
瓦礫だらけの湾岸部を夕日が真っ赤に染めるのは、どことなく退廃の美を感じさせるような気がしないでもなかった。
(全く、何をセンチメンタルになっているのでしょうか……)
アリサは自嘲気味に笑うと顔を戻し、自分の成果を見上げた。
ひっくり返って足を折り畳み、動かなくなったサソリ型のアラガミ、ボルグ・カムランの死骸を。
あの医務室の一件の後、アリサは驚くほどの勢いで回復してゆき、ついには現場復帰が出来るほどにまで回復した。
しかし完全復帰とはいかず、カカシの手を借りてリハビリがてら簡単な討伐任務をいくつか受け、その最終段階の任務が、廃棄された空母が座礁している瓦礫だらけの湾岸部『愚者の空母』にいるボルグ・カムランの討伐任務だった。
カカシの手を借りたとはいえ、ほぼ一人で彼女は見事ボルグ・カムランの討伐を成し遂げた。
その任務の達成はつまり、新型神機の使い手、アリサ・イリーニチナ・アミエーラの完全復活を意味していた。
感慨深げにボルグ・カムランの死骸を見上げていると、コツコツと誰かが近づいてくる足音が聞こえた。
アリサは振り向き、自分の様な半端者のリハビリに根気良く付き合ってくれた底抜けのお人よしに顔を向けた。
「ここまで付き合っていただいて、本当にありがとうございます」
アリサは改めて彼に礼を言った。カカシは気にするなとばかりに手をひらひらと振った。
「あとは私の方で何とかしてみせます。……実戦への復帰はまだ決まってはいませんけど」
アリサはカカシの手を取った。
「でもすぐに復帰できるようにします。あなたとあの人の言葉があれば、きっと出来ると思うんです」
手に取ったカカシの手を、そっと頬に当てる。
「頑張ります。私、頑張って生きようと思います!」
「……うん」
決意表明をする彼女の屈託のない笑みは夕焼けと相まって、とても可憐だった。
カカシは一瞬だけ見惚れ、それからつられる様ににこりと微笑んだ。
「それが良い……」
潮騒の音が、一際大きく響いた。
色々端折りました。ごめんネ。