俺は遠くから尊いを眺めていたいんだよ!組み込むんじゃねぇ!~ゴッドイーター世界に転生したからゴッドイーターになって遠くから極東支部尊いしたかったのにみんな率先して関わってきて困る~   作:三流二式

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今回も他者視点でござんす。
後凄く長いよ。書きたいこと詰め込んだらこんなんなっちゃった。なっちゃったらもう、ね…。


原初の螺旋

 バラバラというローターの音で、ふと目を覚ます。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 欠伸をし、目尻に生じた涙を払いながら眠気を覚ます。

 

 

「お目覚めですか?」

 

 

 ヘリのパイロットからかけられた言葉に曖昧に答えながら、窓の方へ目を向ける。

 窓の外は陰鬱な曇天で、時折生じる稲妻が空を不気味に照らしていた。

 

 

 見てるだけで気分が悪くなっていく空の光景に、やれやれと首を振ると視線を室内へと戻す。

 

 

 パイロットと彼、カカシとの間に会話は無く、室内に聞こえる音と言えばローターの音のみである。

 そもそもヘリのパイロットはヨハネス支部長直属の部下である。他愛のない会話を仕掛け、ふとした拍子にボロが出て伝えてはいけない情報を口走ろうものなら、たちまち支部長に伝わり、良からぬことになるのは明白である。

 

 

 元より会話をするつもりは無いのだから、ここは黙っているのが利口というものだ。

 カカシは座席に深く身を沈め、はてなぜ自分はこんな空の上にいるのだろうかと、未だ眠気の抜けきらぬ頭で思い出そうとしていた。

 

 

 額に手を当て、頭の奥底に埋没する記憶を掘り送す作業に没頭すること数分、おぼろげながら過去の光景が見え始めてきた。

 

 

 そうだ思い出したてきたぞ。

 カカシは浮かんできた過去のビジョンを再び追体験する。

 

 

 それは今より1時間ほど前、極東支部へ帰ってきたヨハネスにカカシは呼び出されていた。

 

 

「やあご苦労、しばらく留守にしていたが、ヨーロッパ出張中も君の活躍は耳にしていたよ」

 

 

 手を腰の後ろで組んで一枚の絵の前で佇んでいたヨハネスが、カカシが部屋に入って来るや向き直ってそう言った。

 

 

「どうやら期待通りの働きをしているようだね。極東支部長としても誇りに思うよ」

 

 

 ただの一声で人々を掌握できるような朗々とした声が、微笑みと共に放たれる。

 通常の人間がその声を耳にすれば、たちまち彼の言葉に耳を傾け、聞き入ってしまう事だろう。そしてあっという間に従順な犬の出来上がりだ。

 

 

 ただ残念な事に彼の目の前に居るのはただの犬ではなく、首輪をつけていてもなお制御の利かない正真正銘の埒外の大狼であった。

 大狼はヨハネスの声を聴いても何ら反応することなく、ただいつものように曖昧に微笑んで話の続きを待っていた。あたかも従順な犬の様に。

 

 

「さて、あまり時間も無いので、手短に話そう」

 

 

 元よりそんな程度で従順な犬に仕立て上げられるとは思っていないヨハネスはこれを許容し、言った通り簡潔に話の概要を話し始めた。

 

 

「君を呼び出したのは外でもない。以前手紙で話した特務任務についてだ。特務についての説明は手紙でしたから省かせてもらう。今回君に行ってもらう特務はコアの回収だ。回収する相手は」

 

 

 そこでヨハネスはいったん言葉を切り、カカシを注視した。この特務の相手の名を聞き、カカシがどのような反応を見せるのか。怖気づくだろうか? それとも逆にやる気を出すのだろうか? 

 

 

 リンドウはどちらかと言えば前者側だった。ならば彼はどうであろうか? 

 

 

「超大型アラガミ、平原の覇者『ウロヴォロス』だ」

 

 

 さあどうだ? 怖れか? 蛮勇か? ヨハネスはカカシの瞳を見た。何の動揺も無く、凪いだ海面を思わせるような一切の感情のこもっていない瞳を。

 

 

「──────」

 

 

 ヨハネスは面食らった。あのリンドウですら動揺を隠しきれず、弱音すら吐いた相手だというのに。自分が日本を離れている短い間に、カカシは更に制御の利かない怪物へと進化してしまったようだ。

 ヨハネスは認識を改めた。すでに平原の覇者()()では、目の前の大狼を動揺させるに値しないらしい。

 

 

「前任者のリンドウ君は私によく尽くしてくれた。彼ほどの人物が失われたのは大きいが、今はそれに勝る逸材がここにいる」

 

 

 ならば新しく首輪をかけ直せばよい。何度も。何度でも。要は()()()()()こちらの制御下にあれば良いのだ。ヨハネスは動揺を悟られまいと、やや語気を強くしてカカシへの信頼をアピールする。

 

 

 並の人間なら即座に舞い上がり、たちまち虜になるようなヴォイスに、カカシは眉一つ動かさず笑顔の仮面を被り続ける。

 

 

「ッ君には期待しているよ、頑張ってくれたまえ」

 

 

 ヨハネスは顔を背け、カカシに背を向けて激励の言葉を吐いた。カカシにはヨハネスの胸中など微塵も理解しておらず、ただあぁ、もうそんな時期かぁと漠然と思っているだけなのだが、それを悟れる者はこの場にも、ましてこの世の何処にもいなかった。

 

 

 ともかくそんな事があった。

 

 

(そういやそうでしたねぇ……それにしてもウロヴォロスか。はーめんど)

 

 

 回想を終え、上を向いて息を吐くカカシはそんな事を思った。

 

 

『ウロヴォロス』

 

 

 山のような巨体に見た目通りのタフネスを併せ持ち、並の支部なら一個体で壊滅させられるような正真正銘の怪物。

 それに対峙する己は、ヴァジュラやボルグ・カムラン、クアドリガのような大型アラガミが相手でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

 果たしてそんなちんけな己があの巨体を相手にどこまでやれるのだろうか? うんうん唸って考えてみるも、対峙したことが無い相手だと判断が付かず、考えてから三十秒程度で思考を放棄した。

 結局のところ百聞は一見に如かず。考えるだけ無駄だ。

 

 

 

 考え事を止めて持無沙汰になったカカシはバックパックをあさり、アイパッドを取り出してイヤフォンを耳に取り付け、適当に曲を掛けた。

 

 

 途端に耳を流れるのはこの地獄のような世界でもなお抗う事を訴える男の曲だった。

 

 

「それ、何て曲です?」

 

 

 イヤフォンから漏れ出ていたらしい。パイロットは後ろをちらりと見ながら聞いてきた。

 

 

「こんな世界でも諦めなかった男の曲さ」

「そんな人がまだこの世界にもいるんですね」

「……──―ッ」

 

 

 そうです、だからまだまだこの世界も捨てたもんじゃないですよ。そう言おうとして、開きかけた口をカカシは閉じた。

 かわりに立ち上がり、ハンガーにかけられた神機を手に取った。

 

 

「ここで下ろしてください。後は()()()()()()()

「ちょ、まだ投下地点まで距離がありますよ!?」

「そうは言っても、()()()()()()()()()()()()()()()

「……え?」

 

 

 カカシの言葉を、パイロットは理解できなかった。

 

 

 撃ち落とされる? 何に? まさか……!? 

 

 

「そんな訳がありません! あの怪物とはまだかなり距離が」

「おそらく俺のオラクルを感じ取ったんでしょうね。それでも数キロ先から感じ取るとは、こいつは相当強力な個体らしいですね」

「ま、まさかあなたも?」

 

 

 返答代わりにカカシは扉をこじ開けた。

 

 

「と、飛ぶって、ま、まさか!」

「帰りは頼みますね」

 

 

 カカシは返答を聞くよりも早く、ヘリから飛び出した。後方から掛けられた声は、耳を聾する轟々と言う風の音にかき消されて消えた。もとより何を言われようが飛び出すつもりだったので、聞こえずとも良かった。

 

 

 外に飛び出たカカシはあらかじめ捕食形態をとらせた神機から勢いよくオラクルを噴出させ、前方で向きを変えて基地に戻ろうとするヘリを追い越して目的地に向かって全速力で飛ばした。

 ヘリすら凌駕する勢いで高速飛行し、ぐんぐん前へ進んでいくカカシ。

 

 

「ッ!?」

 

 

 十分ほど飛んだあたりだろうか。カカシは何かに気づき、すぐさま横に逸れた。

 

 

 その一瞬遅れて極太の光線が通過した。

 

 

「チッ」

 

 

 カカシは舌打ちすると今度は右に逸れた。同じように光の束が一瞬遅れて通過した。

 

 

 たちまち光の弾幕に襲われたカカシは右に左に上に下に、とにかく一か所に止まらず、動き回りながら速度を落とす事無く飛行する。

 

 

 どれだけの間そうしていただろうか。体感では何十分もの間そうしていたと思っていたが、実際はほんの一分ちょっとの出来事だった。その事実に思わず舌打ちが出る。

 

 

 と、感覚のセンサーに巨大なオラクルの気配が引っ掛かり、カカシは一際太い光線を降下する事でたやすくかわすと、そのまま隕石じみた勢いで地面に降り立った。着地の衝撃で大地がまるで隕石の落下じみて爆発する。

 

 

「……」

 

 

 爆発の衝撃で舞い上がった土埃を抜け、カカシはその先で佇む者を見上げた。

 

 

 山のような巨体に加え、苔むした体はまさしく山のようであり、腕の様に見えるそれは束ねられた触手で、あれが紐解かれれば無数の鞭となり、敵対者を津波の如く襲う。顔面は無数の複眼で覆われており、一目見た瞬間に根源的な恐怖を呼び起こされるほど悍ましい。

 

 

『……』

「……」

 

 

 両者に言葉は無い。挨拶はすでに済ませた。後は互いに殺し合うだけだ。

 

 

『こちらα、監視対象はすでに目標と相対しております』

『──―、──―』

『了解、引き続き監視を継続します』

 

 

 後方の物陰でヨハネスの命で密かに監視していた諜報員をちらりと見やり、それから何事も無く前方へ視線を戻す。向こうはもう待つつもりはないらしい。ならばこちらも待ってやる必要は無い。それに、先ほどの挨拶の礼を早々に返さねば気が済まなかった。

 二者はどちらともなく動き出した。

 

 

きもちくて……たまらぬ……

 

 

 カカシが切り込むのと同時に、ウロヴォロスが右腕触手を地面に突き刺した。カカシは瞬時に横に小さく跳ねるようなステップを踏んだ。その瞬間足元から無数の触手が槍めいて飛び出してきた。

 

 

 カカシは稲妻めいてジグザグに動きながら触手をかわしつつウロヴォロスへと接近。地面からの触手が牽制にすらならないと判断したウロヴォロスは攻撃を中止し、触手を地面から引っこ抜いた。

 その隙はカカシからすればあまりに大きく、ウロヴォロスが触手を引っこ抜く間に懐に飛び込み、二度、三度と神機を振り下ろしていた。

 

 

しゃぶりたいむ……

 

 

 カカシの恐るべき斬撃は、しかしウロヴォロスのような巨体には掠り傷に等しい。まるで堪えた様子も無く、億劫そうに腕触手を振るいカカシを弾き飛ばそうとする。

 カカシは避けようと思えば避けられるその攻撃を、あえて真っ向から迎え撃つつもりでその場にどっしりと構えた。

 

 

 後方から見ていた諜報員は思わず何をやっているんだと口走った。ウロヴォロスのような大質量のアラガミの攻撃を前に棒立ちする者を見ればそれは仕方のない感想である。

 常人としては至極正しい。全くもって正論だ。そもそも一人で挑むこと自体狂気の沙汰なのだ。ならば慎重に立ち回る事こそが生存への道なのに、あの狂犬は何を考えているのか? 

 

 

 その感想は当然だ。既存の人類、既存のゴッドイーターですらその通りと頷くだろう。それが名無之カカシでさえなければ。

 

 

『なっ!?』

お、おっぱげどん! 

 

 

 

 諜報員も、何ならウロヴォロスでさえも思わず声を上げた。

 カカシは自らに向けて迫ってくる大質量の触手の束を大上段に構えた神機を振り下ろすことで受け止めたのだ。インパクトの中心から強烈な衝撃波が放たれた。衝突の威力のすさまじさを物語るように、彼の足元は陥没し、小さなクレーターが出来ていた。

 

 

『──────ッッ!!!』

 

 

 あの山の一撃を受け止める人類がいるなど予想できる訳が無いのだ。諜報員は人知を超えた光景に目を剥いた。しかしその後に起こる光景に、更に驚愕する事となる。

 

 

「ガアッ!!!」

 

 

 カカシのシャウトと共に背中に縄めいた筋肉が膨れ上がり、神機にかかる力が二倍めいて膨れ上がった。呼応するように神機に光が灯り、刃が触手にめり込んだ。カカシはなおも力を籠めて踏み込んだ。刃は更にめり込み、半ばまで切り裂かれ、咆哮と共についに切断された。

 

 

あーちゃー! 

 

 

 切断面から大量の血液を零しながら、ウロヴォロスが絶叫の悲鳴を上げた。

 

 

「オ゛ォ゛!!!」

 

 

 全身にウロヴォロスの血液を浴びながらカカシはすかさず神機を捕食形態へと変えると、ウロヴォロスの体に噛みつかせ肉体の一部を抉り取った。

 神機は咀嚼したオラクル細胞を使い手であるカカシへと還元した。たちまちカカシのオラクル細胞が活性化し、カカシの瞳が薄っすらと輝きを帯びた。

 

 

 

おっぱいも……

 

 

 カカシの猛攻はまだ止まらない。自分の一部が食われたことに動揺したウロヴォロスに、カカシはドローバックショットで引き下がりながら銃形態へと変換した神機の引き金を引いた。

 瞬間ウロヴォロスの複眼を火属性の追尾レーザーと多段ヒットする弾丸が襲い掛かった。

 

 

ぱいぱいぱーいぱぱいに゛ちーっちっちっちっちっちっちっずおぉ!? 

 

 

 凄まじい弾幕に晒されたウロヴォロスは反撃する事すらできず、絶叫を上げて滅茶苦茶に触手を振り回しながら後退した。あの山のような巨体が退いたのだ。たかが人間の攻撃で。

 あまりの光景に諜報員の男は眩暈がした。これが本当に現実の光景なのかと疑いさえした。

 

 

 ウロヴォロスはついに立ってられなくなりダウン。カカシは弾幕の密度をさらに濃くし、ここで仕留めにかかった。

 

 

 さて突然だが、ゴッドイーターというゲームには任務の難易度というものがある。無印は1から10まで。2は1から15まで。リザレクションは1から14までであり、無印でウロヴォロスが登場するのは難易度5からである。

 で、例えばリンドウが相対したウロヴォロスが難易度5相当の実力だったと仮定する場合、今カカシが相手をしているウロヴォロスの実力が難易度の何処に相当するかというと……。

 

 

 カカシは撃ち方を止めた。ウロヴォロスは度重なる射撃によって生じた粉塵に覆いつくされており、その向こうでどうなっているのか判別がつかない。

 

 

 油断も慢心も無く、カカシは神機を近接形態へと変え、ゆっくりとウロヴォロスが倒れている地点へと近づく。

 そしてある一点まで差し掛かった瞬間、粉塵が吹き飛ばされ、先ほどと比べ物にならない速度で触手が飛んできた。

 

 

 もしこの個体の難易度を設定するとしたら、おそらく難易度14相当であろう。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 その速度はカカシの反応速度をもってしても早かった。咄嗟に後ろに飛びのいたものの、バラ鞭のようにばらけて振るわれた触手の内の一本をかわし切れず、カカシは砲弾めいた勢いで後方へと吹き飛ばされていった。

 

 

ぷももえんぐえげぎぎおもえちょっちょっちょっさ! 

 

 

 粉塵の中から現れたウロヴォロスの顔面はそのほとんどが吹き飛んでいた。辛うじて残った複眼も殆どが破損していたが、残った瞳は憤怒と憎悪で煌々と輝いており、致命傷こそ負ってはいるが力尽きるにはまだまだ程遠そうだった。断面から夥しい血液をぼたぼたと垂らしながら、平原の覇者は激昂して叫んだ。

 

 

『あ……あ……』

『どうした、彼が心配か?』

『え、あ……は、はい』

 

 

 ヨハネスの声に平静を取り戻した諜報員は、あれをもろに食らえばさすがの狂犬といえどもひとたまりも無いだろうと、酷く真っ当な答えを返した。

 

 

『ふふん、まあそう思うだろうな。……だがそれは通常のゴッドイーターであった場合の話だ。よく見てみるといい。()()()()()()()

『……え?』

 

 

 ヨハネスに促されるまま、狂犬が吹き飛び、叩きつけられて倒壊した建物の残骸の方へ目をやった。

 狂犬は瓦礫の山の中に埋もれ、動く気配さえない。当然だ。当り前だ。普通はあの巨体に撫でられただけで即死なのだ。()()()()()()()()()()()()()

 

 

 これで勝負はついた。狂犬は草原の覇者の一撃で即死。任務の際に狂犬が何かしら不審な行為をしていないかどうか監視する役目はこれで終わりだ。自分の仕事はこれでお終い。

 諜報員の男は瓦礫を刎ね飛ばし、二本足で立ち上がった狂犬の姿を目にしてもまだ否定していた。男の中の常識が、現実への認識を阻害する。それは自らの正気を保つための致し方ない現実逃避であった。

 

 

 瓦礫の中から姿を現した狂犬の姿は惨たらしい物だった。インパクトで体が爆ぜたとしか思えないほど胴体は破損し、わき腹からへし折れたあばら骨が肉を突き破って体外へと露出していた。

 男はその姿を確認するや思わず吐き気が込み上げ、ヨハネスが見ている事を思い出さなければ吐いていただろう。

 

 

 足元には夥しい血液が小さな池のように広がっており、その中心で幽鬼のように体をふらつかせていた狂犬は俯いていた顔をゆっくりと上げた。

 

 

『ヒィーッ!?』

 

 

 持ち上げられた顔を視界にとらえた瞬間、最早恥も外見も無く男は悲鳴を上げた。

 狂犬の双眸は黄金の光で眩いばかりに輝き、べっとりと血でぬれた口は頬まで裂けんばかりに開かれていた。

 

 

 普段の姿とは想像もできない程の変貌ぶりに、諜報員の男は戦慄を隠せない。しかしこの後に起こる変化に比べれば、それはあまりに些細な事でしかなかった。

 

 

 ドクン、とあまりにも大きな鼓動の音が遠く離れたここにまで聞こえた。鼓動と連動し、狂犬の体が急激に震える。体の震えはどんどん早くなり、しまいには体の輪郭がブレて見えるほどにまで高まった。

 バキバキという悍ましい音がした。呆然とした面持ちで男が音の方向を見ると、狂犬の足元の血が、体に付着していた血が重力を無視して口元に這いあがり、体からバチバチと放出されていたオラクルと混ざり合い、歪み、軋み音を響かせて、それは下顎を覆う『牙』の形を取った。

 

 

『『──―』』

 

 

 狂犬の変貌ぶりに男も、ヨハネスですら絶句した。それはあまりにも人間からかけ離れていた、それはまさに人の形をしたアラガミだった。

 

 

「ハァアアアア……」

 

 

 変化を終えた大狼は『牙』から息を吐き、緩慢ともいえる動きで猫科の動物めいて身を深く沈めた。

 

 

なかがきもちいもこもこ! 

 

 

 呼応するように、ウロヴォロスも残った方の触手腕をばらけさせた。

 

 

 大狼と平原の覇者は互いに身構えながら、その瞬間をただひたすら待っていた。時が過ぎれば過ぎるほど放たれる重圧は指数関数的に跳ね上がり、ついに限界を超えようとした矢先に、天に稲妻が閃いた。

 

 

゛!!! 

じゃっきーちぇん!!! 

 

 

 それを合図に二体の怪物は同時に動き出した。

 

 

ひくひくしている!!! 

 

 

 ウロヴォロスは地面に触手を突き刺した。とたんに平原は触手の草原ともいえる有り様に早変わりした。

 

 

「グルォオオオオオ!!!」

 

 

 対する大狼は避ける素振りすら見せずにそのまま直進。無尽蔵に生える触手の海を切り開きながら神速で突き抜ける。彼の通過した後には夥しい数の切断された触手がのたうっていた。

 しかしいかに大狼であろうとも無限とすら思える触手全て切り裂くことはできなかった。体のいくらかを触手で抉られ、あるいは貫かれた。だが一切怯むことなく大狼は突き進み、ついに触手の群れを抜けた。

 

 

 触手の群れのその先に待っていたのは、瞳を輝かせ、エネルギーを充填し終え、今まさにレーザーを発射しようとしていた平原の覇者だった。

 

 

お●んころっくまん!!! 

 

 

 ウロヴォロスが叫び、レーザーは発射された。避ける間など無い。完璧なタイミングで放たれたレーザーに後方で見ていた諜報員とヨハネスは大狼の死を確信した。

 

 

「ガァアアアア!!!」

 

 

 最早目前まで迫って来ていたレーザーを前に大狼は歩みを止めず、駆けながら神機を構え、なおも足を速め、そして……。

 

 

『馬鹿な!?』

 

 

 ヨハネスの絶叫に、男も同意だった。

 何と大狼は振り抜いた神機をもってレーザーを弾き飛ばしたのだ。アニメやコミックでしか目にできない冗談のような光景に、二人はもはや言葉も無い。

 

 

 ウロヴォロスもさすがにこれは予想外だったようで、レーザー発射の姿勢でしばらく固まっていた。大狼はその隙を見逃さず、両手で握りしめた神機でウロヴォロスの胴体を袈裟懸けに切り裂いた。

 山のような巨体の大半がバッサリと切り裂かれ、切断面から夥しい血液が噴水めいて噴出した。

 

 

『──―っおっことぬしぃ!!!』

 

 

 激痛で我に返ったウロヴォロスは激情に駆られて襲い掛かろうとしたとき、ふと触手を地面に突き刺したままであったことを思い出した。

 

 

「オ゛ォ゛!!!」

 

 

 それに気づかず大狼はさらなる一撃を加えようと神機を振りかぶった。

 

 

そこ! 

 

 

 ウロヴォロスは最早数本しか残っていない触手を集め、目前まで迫っていた大狼の真下から強襲を仕掛けた。

 

 

グロロロロロオオオオオオオ!!! 

 

 

 大狼はそれを避けられなかった。30本あるうちの28本は切り飛ばせたが、残りの2本は他の触手よりもややタイミングをずらして突き上げらえたため、対応が間に合わなかったのだ。大狼は2本の触手に腹部を貫かれ、絶叫を上げた。

 

 

『『……』』

 

 

 二人の傍観者は怪物同士が戦う光景を愚者のように口を開けて見ていた。それは様々な地獄を見てきた者の基準から見ても化け物じみていた。大狼は腹を貫いた触手を引っこ抜こうと手を伸ばした。

 

 

しゃぶりたいむ!!!』

 

 

 機先を制したウロヴォロスは大狼が掴む前に触手に力を籠め、自らの眼前へと高々と掲げた。身悶える大狼を前に平原の覇者は光を収縮させた。

 今度は外さない。瞳に憎悪を滾らせて、収縮する光の中に自らの思いを込めた。先ほどの比では無いエネルギーが込められた光は、当たればさしもの大狼といえど死体すら残さず蒸発するだろう。

 

 

 その瞬間を思い浮かべるだけでウロヴォロスは堪らなくなり、大狼へと視線を向けた。どうだ? 怖ろしいか? 恐いか? しかしどれだけ泣き叫ぼうが止めてなどやらんぞ。貴様など死体すら消し去ってやるわ! 

 

 

 そしてウロヴォロスは見た。憎悪と憤怒の視線の先の大狼の顔を。愉悦に目を細めた怪物の顔を。

 

 

ふといしーちきん? 

 

 

 訳も分からず困惑するウロヴォロスを前に、大狼は触手が空けた穴の中に自らの手を突っ込んだ。

 

 

「馬鹿め」

 

 

 大狼はウロヴォロスが策を察する前に自らの腹の内側の肉を掴み、渾身の力で引きちぎった。傷口からスプリンクラーめいて血液が迸った。

 

 

ぎろちんちん!? 

 

 

 勝ちを確信し、油断して近づけすぎたためにウロヴォロスは噴出した血液を眼球の大部分に被る羽目になった。そのせいで頭を振り、発射された光線は明後日の方へ飛んで行ってしまった。

 

 

「グワハハハハ!!! グワハハハハ!!!」

 

 

 大狼は哄笑し、ウロヴォロスが再び光線を放とうと収縮した光ごと大上段に構えて振り下ろした神機を持って切って捨てた。

 

 

うぁぁおれもいっちゃうぅぅぅうううううぅぅぅういいいぃいいいいいい!!! 

 

 

 頭の半分を失い、更に胴体の大半を、そして頭から股下まで叩き割られれば、この世界でも有数の怪物といえどもお終いだった。

 平原の覇者は右と左に真っ二つになり、ゆっくりと地響きを立たせながら倒れ伏した。

 

 

 触手が力を失ってへたれ、着地した大狼は腹に突き刺さった触手を神機で切断して引っこ抜き、腕を貫いていた触手の一部を『牙』で噛みついて強引に引き抜き、ぺっと吐き捨てた。

 

 

 大狼は引き抜いた触手を踏みしめながら俯き、嗚咽じみて震えた。そして彼は仰け反り、叫んだ。あたかも争いに勝利した獣のように。

 

 

グロロロロロオオオオオオオ!!! 

 

 

『……それでも私は君を従えてみせるぞ』

 

 

 最早直視できぬと任務をかなぐり捨てて逃げ出した諜報員の残したデバイスの中で、ヨハネスはかつてないほど凄惨な表情で言った。

 

 

 彼の視線の向こう側で、大狼は延々と叫んでいた。迎えのヘリが来るその時まで延々と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




カカシ君の『牙』の形状ですが、モンハンのアカムトルムみたいなのを想像していただけるとうれしーですー。
ていうかこんな描写でいいのかと書いてて延々と思い悩んでいましたけど、まあ二次創作だしいっか!という開き直りで投稿しました。
これで良かったのかなぁ。少し大げさすぎたかしら?批判は甘んじて受け入れます。

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