俺は遠くから尊いを眺めていたいんだよ!組み込むんじゃねぇ!~ゴッドイーター世界に転生したからゴッドイーターになって遠くから極東支部尊いしたかったのにみんな率先して関わってきて困る~   作:三流二式

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申し訳ないがお使いクエストはキャンセルだ。


神、人、化物

 支部長へメールを送った。

 

 

 程なくすればシオちゃんは捕まるだろう。他ならぬ、俺の手引きで。

 

 

 俺に流れを変える力は無いが、流れの中で起きる出来事に多少なりとも介入できるのはエリックさんの件で確認済みだ。それが良いか悪いかは分からないが。

 

 

 シオちゃんの反応が再び空母付近にあるのを確認し、デバイスの電源を切る。

 

 

『カカシはすごいな~! シオもまけないぞ~!』

 

 

 デバイスを人目に付かないように仕舞い込み、衣を手に取り、羽織る。裏切り者を葬り去るための粛清の衣を。他ならぬ裏切り者が。

 

 

『シオ、ずっと一人だったからな~。いまな、すっごいたのしいぞ!』

 

 

 それから机の上に置いてあるゴムに手を伸ばし、髪を結わえる。

 

 

『シオな~、ソーマにもわらってほしいんだけどな~、どーすればいいのかなぁ~?』

 

 

 鏡を見る。くだらない男がこちらを見つめ返してきた。

 

 

『いつかみんなで、おいしいものをたべような!』

 

 

 問題なし。準備は済んだ。鏡から顔を背け、扉に向かって歩を進める。

 

 

『カカシ! おまえもともだちだぞ!』

 

 

 心の内から湧き上がる良心の呵責に蓋をして、俺は部屋を出た。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 自分の半分はアラガミのバケモノで、だからこそ自分はこの世に存在しない方が良い。誰か他人と関われば不幸しか起きないと、そう思っていた。

 

 

 幼い頃からずっと疎外感を感じていた。他の子どもと違うと、漠然とだが、確かな確信を胸の内に抱えていた。

 

 

 そして自分が生まれた時に()()()()()()()を知ったとき、それは確信に変わった。

 

 

 産まれが産まれだから、俺は普通の人間よりも遥かに強靭な体を持っていた。だから、幼いころからずっと危険な任務を受け持ってきた。

 任務の性質上、大怪我を負う事が多く、同行者が死ぬこともしょっちゅうだった。

 

 

 誰かと共に任務に赴き、大怪我をした俺が一人で帰ってくる。そんな日々を送り続けていれば、人々が俺へ悪感情を抱くのは当然の事だった。

 

 

『バケモノ』

『死神』

 

 

 どれだけ死にかけようと数日で治る体。同行した者は殆ど帰ってこない。一度ならず2度、3度と繰り返せば、そう呼ばわれる事になるのは至極当然だった。

 他者にそう呼ばれることに大した抵抗は無かった。俺自身がそう思っていたからだ。

 

 

 俺自身がそう思っているから放って置いてくれと何度も拒絶したのに、それでも関わってくるお人よしも何人かいたが、俺の心は頑なに()()()()()()()()()

 

 

 それが揺らぎ始めたのは、陰口をたたかれる事に何の感慨もわかなくなった時の事。

 

 

 自分が世界一不幸だと思い込む段階はすでに通り過ぎ、胸の内に湧き出すどうしようもないやるせなさや未来を見通せない事への漠然とした怖れに苛立ちを募らせる日々。

 

 

 そんな時だった。お前が現れたのは。

 

 

 初めてお前を見た時の事を覚えている。

 

 

 おっさんのようにずっと笑みを浮かべていて、まるで世界の全てを知っているかのように遠くから人々を見ていたお前。

 

 

 柔らかい笑顔。柔らかい雰囲気。まるで、穏やかな陽だまりのような男。

 

 

 しかし、俺がお前に対して感じた感情は。

 

 

 嫌悪だった。

 

 

 産まれて初めてだった。誰かに対してあんなに気味が悪いと思ったのは。

 

 

 榊のおっさんの野暮ったい話し方とか、所謂大人の余裕を感じさせるリンドウの奴に似たような感情を持ったことはあるが、違うんだ。

 

 

 そうじゃない。もっと、もっと根本的な物。

 

 

 それは、分からない事、理解できない事への嫌悪。

 

 

 それは普通の人間が俺に対して抱く印象と、全く同じものだった。

 

 

 確信を持ったのが、お前と初めて任務に赴いた時の事だ。

 

 

 俺はお前に問うた。どんな思いを抱いて戦場(ここ)に立っている? なぜお前は武器を取ったのか? 

 

 

 俺の質問に、お前は笑ったな。困ったような笑みを浮かべて、お前はただ静かにこちらを見つめていたな。

 

 

 殺伐とした戦場には、決して似つかわしくない、日常と地続きのような笑み。

 

 

 気味が悪かった。

 

 

 何故だ? この糞ったれな世界で、なぜお前はそんな笑みを浮かべられる? 

 

 

 分からない。理解できない。()()()()()

 

 

 湧き上がる嫌悪感を悟られるのが否で、自分勝手に話を切り上げて先へ進む。そして、心が平常を保てない状態で戦場に出た者がどういうことになるのかは、火を見るよりも明らかだった。

 

 

 突如湧いて出たアラガミの対処で手いっぱいで、エリックに迫るオウガテイルの針に気づくのが遅れた。

 

 

 ドクン、と心臓が音を立てて鼓動する。時の流れが鈍化し、世界の動きが緩やかに変わる。

 体にあらん限りの力を籠めて、静止した時の中を全力で駆けるものの、まるで泥の中を進んでるかのようで、手を伸ばすにはあまりにも遠すぎて。

 

 

 俺の前で、また人が死ぬのか? 

 

 

『バケモノ』

『死神』

 

 

 後ろ指を指して罵る、名も知らぬ誰かの声が、耳元で聞こえた。

 

 

 幻聴だ。まやかしだ。頭で分かっていても、心がそれを認めない。エリックに針が迫ってゆく。迫ってゆく。迫ってゆく。彼はそれをただ茫然と見つめている。死が迫る。

 彼の足元に、血を流し、倒れ伏す彼の姿を幻視した。更にその傍に、今まで見殺しにしてきた者達の屍が、山の様に積み重なっているのが見えて。

 

 

 無駄だと分かっているのに、手を伸ばし、吠える。それで未来が変わる筈も無いのに。

 

 

 しかし、俺が想像していたことは、結局起こりはしなかった。

 

 

 俺の絶望も、失望もまるで関係ないというかのように、静止した時の中を悠々と、俺とは比べ物にならないほど自由に動き、お前は易々とエリックと自分の位置を交換した。

 

 

 そしてエリックの代わりにお前は針で貫かれた。

 

 

 俺が恐れたエリックの死が起きることは無かった。だがその代わりに貫かれたお前が死ぬことに変わりはなく、結局俺の心は絶望に支配される。そう思っていたのだ。お前が何事も無く動き出すその時までは。

 

 

 俺は自分がバケモノだと思っていた。それは今でも変わらないが、戦闘が終わり、駆け寄った俺たちに、まるで何でもないかのように無造作に針を引き抜いたお前に、全身が粟立った。

 

 

 胴に空いた風穴が一瞬で塞がるのを見て、俺はその時初めて、自分以外の誰かをバケモノと思った。

 

 

 お前への嫌悪感は、日々を重ねるごとに強くなった。

 

 

 朝も昼も夜も、任務の時も任務を終えた後も。いつもいつもにこにこにこにこと。お前はいつだって笑っていた。

 

 

 お前の笑みが視界に入るたびに、俺は気味が悪くて仕方が無かった。希望の見出せない糞ったれな世界で、まるで世界が希望に溢れているかのように振舞うお前への苛立ちで吐き気がした。

 

 

 何故笑う? 何が面白い? 人が死んでいるんだぞ。今この瞬間も、今この瞬間に! 誰かが、虫のように顧みられることなく死んでいるのに! 

 

 

 理解できない事への嫌悪は、いつの間にか俺の中に元々あった世界への憎悪と結びつき、心身を焼き尽くすかのような怒りへと変転していた。

 

 

 煮えたぎる怒りに臓腑を焼かれながら月日は過ぎ……リンドウが死んだ。

 

 

 俺は愕然とした。心のどこかで、あの男だけは決して死ぬことは無いと思い込んでいたから、その衝撃は大きかった。

 

 

 リンドウの死を受け止めきれていないときに、追い打ちをかけるかのように、お前は粛清の衣を纏って俺たちの前へ姿を現した。

 

 

 黒い衣を纏ったお前はまさしく死神のようだった。

 

 

 俺たちはこんなにもアイツのために血を吐くような後悔に襲われているというのに、お前はもう諦めたのか! 

 

 

 胸倉をつかみ上げられ、糾弾されているというのに、お前は舌打ち一つ、言い訳一つも零さずに、あの時と同じように困ったように笑ったな。

 

 

 それで、最早抑えきれなくなった俺は、身を焼き焦がすような怒りの赴くままに殴りつけた。

 殴りつけ、我に返った所で、そこではじめて自分の意思でお前に触れた事に気が付いた。

 

 

 顔を上げる。黄金の瞳と目が合った。

 

 

 俺は2度目の戦慄に襲われた。

 

 

 お前がずっと笑みを浮かべていたのは、世界に希望が溢れているからだと。幸せに手が届くと思っているからだと思っていた。

 

 

 初めて間近で見たお前の瞳には、何の希望もありはしなかった。喜びなど無かった。ただ底の見えない虚ろが、全てを飲み込んでいた。

 

 

 黄金の瞳を通して垣間見えた虚無を見て、お前がこの糞ったれな世界への絶望を、怒りを、ただ笑顔という仮面で覆い隠していただけだったのだと、その時やっと気が付いた。

 

 

 お前に対して抱いていた怒りは、それで消えた。

 

 

 代わりに湧き上がったのは、疑問だった。

 

 

 自分以上の物を見ると冷静になると言われているが、俺が抱いている怒りなど足元にも及ばないような果てしない虚無を抱いて、なぜお前はまだ折れていない? 

 どうしてそれ程の闇を抱えているにも関わらず、お前は前に進めるんだ? 

 

 

 知りたい。何故だ。なぜ……。

 

 

 晴れない疑問を抱えたまま日々は過ぎて行く。親父に課せられた『特異点』を探しながら、俺は来る日も来る日もお前について考える。

 

 

 絶望を抱えるのは、こんな世界ではそう難しい事じゃない。破滅の種はそこら中に転がっている。それこそ足の踏み場が無い程に。

 

 

 しかし、ありとあらゆることに絶望していてなお前に進むことが出来る者は、おそらく前に進むための何かを持っているはずだ。

 

 

 俺はそれを知りたいのだ。前に進むための何かを。絶望を前にしても膝を屈さずに済む物を。

 

 

 四六時中お前について考えていたら、気が付けばそれなりの時が経ち、ついに特異点が見つかった。見つかってしまった。

 

 

 榊のおっさんに唆されるままに廃寺までやってきた俺は、第一部隊の奴らとともに物陰へと身を隠した。程なくして、お前が倒したアラガミのそばに、何者かが近づいてきた。

 

 

 俺たちはそいつを取り囲んだ。

 

 

 そいつは、シオは、囲んでいる俺たちを不思議そうに見降ろしていた。

 

 

 アリサやサクヤ、コウタがこれは何だと喧しく騒いでいる間、俺はシオから目が離せなかった。

 

 

 絶対に本人やその他の誰かに話すつもりはないが、荒ぶる神の屍の上に立ち、月光を受けて白く輝くシオを見て、俺は、まるで天使のようだと思ったんだ。

 

 

 シオが俺たちの日常に入り込んでからというもの、驚きの連続で眩暈がするようだった。

 

 

 幼いころから親父に〝お前はアラガミを殲滅するために生まれてきた〟と口ずっぱく言われて来た俺からすれば、シオという存在は、俺の全てを根本から否定する存在だった。

 

 

 彼女が言葉を一つ覚える度、彼女をアラガミと思えなくなっていく。彼女が人に一歩近づく度、俺の中の価値観は音を立てて揺らいでいった。

 

 

 いつからだろうか。彼女が俺の名を呼びながら近寄ってくることに、不快感を抱かなくなったのは。

 あれだけ思い悩んでいた過去との折り合いは、いつの間にかついていた。

 

 

 こんなにも早くシオを受け入れられるようになったのは、きっと、自分以上の、あるいは彼女以上のバケモノの存在を、知っていたからかもしれない。

 

 

 人間のような化物(シオ)と、化物のような人間(おまえ)

 

 

 同じようで、全く違う二人を見ていると、人とアラガミとは何が違うのか分からなくなってくる。

 アラガミは食う事で進化し、増殖してゆく。人だって同じだ。飯を食い、情報を喰らい、番を作って増殖してゆく。

 

 

 アラガミはそれはもうたらふく人を喰っただろう。ならば、シオのようなアラガミが今後も出てくるのだろうか? 

 あれだけの数のアラガミが存在するのなら、シオのような人に近いアラガミが1体だけとは思えない。今後アラガミが人を食べ続ければ、第2、第3のシオが、また現れるかもしれない。

 

 

 そうすれば、榊のおっさんが言う様に、人とアラガミが理解し合える世界が出来る……かもしれない。

 

 

 かもしれない。

 

 

 そうだ、所詮は憶測。妄想の域を出ない。

 

 

 だが、シオという可能性が、俺の前に、妄想では無く確かに存在している。

 

 

 確率は限りなくゼロに近いかもしれない。だが、今まで先の見えない、0か1かもわからない停滞した暗闇の中に、ほんの0.1%程度の光が見えた。

 

 

 そうか……。

 

 

 これがそうか。

 

 

 これがお前が絶望の中に居てもなお膝を折らずに済んだ理由か。

 

 

 この胸の内にある光が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 希望か。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 シオが行方不明になってから数日が経過した。

 榊のおっさんの懸命の捜査の結果、行方不明になった場所である湾岸付近でまた彼女の反応があったという。

 

 

 すぐにでも彼女を探しに行きたいところだが、湾岸部付近に接触禁忌種である『テスカトリポカ』がいて、捜索の邪魔だ。

 

 

 それを速やかに排除するために、俺とカカシは湾岸部へと急行した。

 

 

「お前ならもう気が付いていると思うが」

 

 

 陽が暮れなずむ湾岸。世界が滅びても変わらない潮騒の音を聞きながら、俺はおもむろに口を開く。

 

 

「支部長が探しているという特殊なコアのアラガミってのは……シオに間違いない」

 

 

 相変わらず返事はない。だが気にせず俺は話を続ける。返事は無くとも聞いてくれている事は分かっているから。

 

 

「俺はあのクソ親父の命令でそいつの探索を任されてきたんだ」

 

 

 顔を合わせる度にまだ見つからないのかと言い、そうだと伝える度に落胆した顔が脳裏に浮かび、思わず舌打ちが出る。

 

 

「俺は、シオを……あのヤロウに差し出すつもりはない」

 

 

 あの男の思い通りになるつもりはない。

 

 

「勘違いするな」

 

 

 俺は神機をカカシに突き付ける。カカシは相も変わらず気にした素振りすら見せずに、ただ真っすぐに俺の目を見返す。

 

 

()()()()()オモチャにして勝手な事を考えているのが気に食わねえだけだ」

 

 

 絶対に。()()()()()()()()()、する訳が無い。

 

 

 言い切って、カカシがどんな反応をするかじっと見つめていたが、やはりいつものように曖昧な微笑みを浮かべているだけで、めぼしい反応は無かった。

 

 

 そこでふと、奇妙な既視感に襲われ、思わず笑ってしまった。

 

 

「そういえば……最初に会った時もこうしてお前に剣を突きつけたな……」

 

 

 突き付けていた神機を肩に担ぎ、空を眺めながら、過去を思う

 

 

 あの時感じていた嫌悪感はとうに無い。患っていた疑問は消え、己との折り合いも随分ついた。

 この目の前に居る男との出会いで、自分もすっかり変えられてしまった。もちろん言うつもりはないが。

 

 

「アイツがこの辺りにいる事は間違いないが……あいつの影響か、他のアラガミも随分活発化している……」

 

 

 カカシへ顔を向ける。彼は微笑んでいる。俺もつられて笑う。

 

 

「気を抜くなよ……リーダー」

 

 

 カカシは頷いた。それから特に示し合わせた訳では無いが俺とカカシは同時に正面を見据え、同時に駆け出した。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 接触禁忌種『テスカトリポカ』

 

 

 クアドリガ神属の接触禁忌種のこのアラガミは、尋常じゃない火力を誇り、一つの街を一瞬にして廃墟にするだけの力がある。

 クアドリガ自体アラガミの中でもデカい部類に入り、テスカトリポカはそのデカいクアドリガよりも一回りほど大きい。

 

 

 その巨体が、190センチ程度というテスカトリポカからすれば豆粒のような存在に背負い投げされているという絵面は、相も変わらず現実感がおかしくなる。

 

 

 地響きを立てて背中から叩きつけられた殺戮機械は、衝撃で狂ったおもちゃのように戦車の履帯のような前足をばたつかせた。

 

 

「オ゛オ゛ォ゛!!!」

 

 

『牙』を生やしたカカシは、神機を捕食形態にして間髪入れずに突っ込み、テスカトリポカの頭部を食い千切った。

 

 

 カカシの作ってくれた隙に、俺も遅れながらテスカトリポカへと接近する。

 

 

 が、その時、テスカトリポカの前面装甲がばかりと開き、ぬらぬらとした肉の中心から巨大なミサイルを発射した。

 

 

(しまった……!)

 

 

 まさか頭部を失った状態でこんな抵抗をしてくるとは思いもよらず、俺はこのまま無防備にミサイルに着弾する……かに思えた。

 

 

 真後ろから黒き旋風が吹いた。

 

 

 動かない体の代わりに目だけで黒き風を追う。

 

 

 カカシは、テスカトリポカの頭部を食い千切りながら空中でオラクルを吹かして俺の後方へと飛び、更にオラクルを吹かして一瞬で俺の元までやって来たのだ。

 無造作に束ねられた黒い髪が、まるで狼の尻尾のように揺れ、俺の頬を撫でた。

 

 

 俺を追い越したカカシはあろうことかミサイルの弾頭を素手でつかむと、強引に向きをこちら側から反対方向へ。すなわちテスカトリポカの方向へと投げ返した。

 

 

 呆気に取られて放心する俺の腕をカカシは掴み、後方へと大きく跳ねた。

 それとほぼ同時に、投げ返されたミサイルはテスカトリポカの前面装甲の中身へと吸い込まれる様に着弾した。

 

 

 瞬間、閃光が辺り一面を染め上げ、爆発が起こった。

 紅蓮の炎が立ち昇り、轟音と衝撃にたたらを踏む。

 

 

 黒煙が潮風に吹き飛ばされ、応報を返された哀れな殺戮機械の末路を露にした。

 

 

 一発で都市が壊滅するほどの威力のあるミサイルを直接叩き込まれたのだ。それを発射した本人だって耐えられる物ではない。テスカトリポカは最早原型が分からないほど粉々に四散していた。

 

 

 あれほどの威力、直撃すれば、自分がああなっていただろうと思うとぞっとする。

 

 

『敵の制圧はこれにて完了ですね、お疲れ様です』

「……引き続き捜索を始める」

『了解しました』

「……恐らくこの近くにいるはずだ。手分けして探すぞ」

 

 

 ヒバリからの通信を終え、カカシに向き直りながら俺は言う。カカシは無言で頷いた。

 

 

 と、気合を入れて捜査に向かおうとした矢先に、聞き覚えのある歌声が聞こえた。

 

 

 俺たちは顔を見合わせ、そちらの方向へと駆け出した。

 

 

 歌声の主は、瓦礫の山の上にいた。足を延ばし、脱力した姿勢で、気分の赴くままに歌を歌う。

 

 

「……あれ……なんだろー、これ……」

 

 

 しかし歌声は途中で途切れ、代わりに聞こえてきたのは疑問の声。

 

 

「これ……いやだな……」

「別れの歌……だからな、その歌は」

 

 

 声をかけられたシオは、ハッとなったように顔を上げ、それから俺へと顔を向ける。

 

 

「わかれの……うた?」

「大切な人と会えなくなってしまう……そんな事を歌っているんだ」

「そっか……でもまたあえたな!」

「チッ……こっちが探してやってんだろーがよ」

 

 

 あっけらかんというシオに、舌打ち交じりに文句を言う。

 

 

「帰るぞ、シオ」

 

 

 自然と出たその言葉に、自分でも驚いた。口元に手を伸ばすと、案の定、口元が緩んでいた。

 

 

「うん」

 

 

 シオは満面の笑みを浮かべて頷き、ぴょんと瓦礫の上から降り立った。が、着地と同時に腹から気の抜けるような音が聞こえ、へたり込んでしまった。

 

 

「あわ~……おなかがすいて~……ちからがでない~」

「何言ってんだお前は」

 

 

 すっかり覇気が無くなった表情で空腹を訴えるシオに、カカシは無言で懐からある物を取り出し、シオに手渡した。

 

 

「おぉ~ゴハンだー! イタダキマス!」

「カカシ、お前……」

「荒切牙、堕龍鱗、帝王爪を混ぜて作った特製のお弁当。きっと元気になるよ」

 

 

 呆れる俺の事など露知らずに、カカシの奴はにっこりと笑って言ってのけた。

 

 

「チッ……やけにこそこそしていると思えば、そういう事だったか」

「……そうだね」

 

 

 確かに、サクヤが言った事を信じるならば、この数日間でシオが食事をしていない事はある程度予想はつく。それでも事前に準備しているというのはこいつらしい。

 

 

「ふわわわわ~……ねむ~……」

「なっ!? おいシオ!」

 

 

 腹がいっぱいになったと思ったら、今度は睡魔に襲われたらしい。シオは俺の呼びかけに応じる事無く眠ってしまった。

 

 

「おいこんなところで寝るな! おい! 風邪をひくぞ!」

「う~ん……むにゃむにゃ……」

 

 

 どれだけゆすっても、頬をはたいても、まるで起きやしなかった。

 仕方なく俺はシオの体を抱え上げた。

 

 

「ったくこいつは。こっちの気も知らないでいい気なもんだぜ」

「それだけ()()()()()信頼しているって事さ」

「くそ、他人事だからって適当言いやがって」

 

 

 俺が苦々し気に睨みつけてやると、カカシは顔を背けた。

 

 

 その時だった。

 

 

 聞きなれた射撃音が、潮騒の音を切り裂いて轟いた。それと同時にカカシの姿が掻き消え、俺の目の端へと吹き飛んでいった。

 

 

「なッ!?」

「むにゃ~……」

 

 

 理解の追いつかない俺をあざ笑うかのように、バラバラとローターの音が、和やかだった雰囲気を一瞬にしてかき消した。

 

 

「ッ!? 何だ!? 何だっていうんだ!?」

 

 

 シオを抱えたまま神機を構え、俺は上空のヘリを睨みつける。カカシには悪いが、シオの方を優先させてもらう。それに、カカシは腹に穴をあけられた程度でくたばる奴じゃない事はとっくに知っているのだ。

 

 

 ヘリはたいして動きもせずにその場に制止していたが、しばらくしたらドアが開かれ、ヘリの中から続々と神機使い達が降り立った。

 

 

 アサルト、ロング、ショート、ブラスト、バスターと見慣れた旧型神機使い達に加え、槍の様になっている神機や、鉄塊めいたハンマーのような、おそらく試作型の神機らしきものを持っている無数の神機使いが、俺たちを取り囲んだ。

 そして遅れながら、スナイパーの神機を持った神機使いが現れ、俺を囲む輪に加わった。

 

 

『ソーマよ、悪いが余計なお喋りは無しだ。特異点を渡してもらおう』

 

 

 そして、ヘリから聞こえてきた声は、案の定、親父だった。

 

 

「ふざけるな!!! 俺がそれに従うと思うか!?」

『ふ、そう言うと思っていたぞ息子よ』

「俺を! 息子と! 呼ぶな!!!」

 

 

 俺の絶叫に、親父は哄笑をもって答えた。

 

 

『相変わらずの聞き分けの悪さだ。このまま親子の会話に興じるのは悪くないが、やっと目的達成のためのピースが見つかったゆえ……息子と言えど、強引にいかせてもらう。お前の強情さは骨身に染みているのでね。……諸君、聞いての通りだ。彼は特異点を渡すつもりが無いらしい。殺さず、無力化した後、特異点を奪取せよ』

「「ハイヨロコンデ―」」

 

 

 親父に命令を下された神機使い達は神機を構え、粛々と命令を実行した。

 

 

「う……うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 

 機械めいて統制された、神機使い達。頼みの綱だったカカシはダウン。対する俺はシオを抱え、片手が塞がっている有り様で。

 

 

 結果は分り切っている。無駄だ。意味ないぞ。さっさとそのバケモノを手放してしまえ。

 

 

 頭の片隅に浮かぶ諦めの二文字を、手放すように促す弱音を、咆哮でかき消しながら、親父の飼い犬たちに立ち向かった。

 

 しかし。あまりにも多勢に無勢だった。どれだけ抗っても、まるで生きる死者の如く淡々と起き上がり、何度でも何度でもこちらに向かってくる犬ども。

 

 

 神機を振って蹴散らし、神機を弾き飛ばされ、丸腰になっても空いている方の腕で殴り飛ばし、蹴り飛ばし、四肢が動かなくなっても獣のように噛みつき、己の全てでもって抵抗した。

 

 

 次第に被弾が増えていった。

 

 

 意識が薄れてゆく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 気が付くと、俺は大の字に伸びていた。

 

 

 空はとっくに陽が暮れていて、満天の空が視界一杯に広がる。

 

 

 しばらく呆けて、輝く星の海を見つめていたが、片手にあったはずの温もりが失せている事に気が付き、反射的に顔をそちらに向ける。

 

 

 俺の腕の中に、シオの姿は無かった。

 

 

 俺は茫然と、がらんどうの腕の中を見つめた。

 

 

 俺の希望は、あまりにもあっさりと俺の掌からこぼれ落ちた。

 

 

「お……おぉ……」

 

 

 体が、震える。魂が、がたつく。

 

 

「おおおおお……」

 

 

 悔しさに視界が滲み、抑えようのない怒りが、口から零れ落ちる。

 

 

「オオオオオオオオオオォオオオオオオオ!!!!!!」

 

 

 俺は、生まれて初めて、悔しさでむせび泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




無印の物語もいよいよ大詰めですよ!絶対に今年中に終わらせるからな!

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