俺は遠くから尊いを眺めていたいんだよ!組み込むんじゃねぇ!~ゴッドイーター世界に転生したからゴッドイーターになって遠くから極東支部尊いしたかったのにみんな率先して関わってきて困る~   作:三流二式

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半年以上も間を開けて申し訳ありませんでした。これでようやく第一章お終いです。いやー長かった。
あと最終話だけあって視点移動がたくさんあります。申し訳ナス!
あらかじめ言っておきますが、前半部分で大事なとこは女の子の部分だけなので、それ以外は読み飛ばしも可。
とにもかくにも、第一章最終話、見てってね~。


希望(後編)

 〝妊娠したわ、私〟

 

 

 君からそう告げられたとき、私は酷く動揺したのを覚えている。

 

 

 まだ世界が今ほど荒れていなくて、被害もたかだか一日十万人程度の犠牲で済み、人々が未だ希望という虚像に縋りつく気力があった、今に比べれば天国のような時代。()()()()()()()()()()()()

 

 

 その日は穏やかな日だった。空は珍しく冴え渡り、爽やかな風が空けられた窓の外から流れ込み、カーテンを優しく揺らめかせていた。

 ラジオからは陽気な旧時代の音楽が流れ、その旋律に合わせて、君は体をゆすっていたね。

 

 

 そう、君からのその宣言は私を構成している世界への、文字通り全てを揺るがすほどの大事件だったのだ。

 

 

 動揺する私を見て、君は笑っていたな。

 

 

 〝もう、そういう時は動揺するんじゃなくて、笑うべきよ! 〟

 

 

 目の端に残る涙を、ほっそりした指先で拭い去りながら、君は私に言ったな。

 

 

 〝だって真の祝福は、心からの笑みから与えられる物なのよ! 生まれてくる子供に、あなたはそうやって動揺する気? 〟

 

 

 この時の私は、いったいどういう顔をしているのか酷く疑問に思ったものだが、ぷっと噴き出した君の顔を見ておおむね予想がついた。

 

 

 きっとこの時の私はそれはもう困った顔をしていたに違いない。私はいつだって君の言動に驚かされ、君に笑われてきたのだから。

 

 

 なんて事の無い一日だった。君がいて、私がいて、ペイラーがいつものように芝居がかった言動でひょっこり現れて、談笑して、研究に明け暮れ、三人で顔を突き合わせてはああでもないこうでもないと意見を交わし合う。

 

 

 君が新たな命が授かってからも、変わらない日々は続いた。談笑して、研究に明け暮れ、三人で顔を突き合わせてはああでもないこうでもないと意見を交わし合い、人々が淡々と命を落とす。

 

 

 刻々と地獄へと世界が様変わりしてゆくのを横目に、私達の計画、即ちマーナガルム計画の臨床試験を行うべき段階へと至り、そしてペイラーとの決裂。そして忌まわしい事件。

 

 

 ペイラーはきっとこうなる事を見越していたのだろうが、私達はそれでも信じたかったのだ。私たちの『希望』が、奇跡を起こしてくれることを。

 

 

 君の死は、私にとって世界が終わるのと同意語だった。あの瞬間に、私は君と一緒に死んだのだ。

 

 

 肉体は生きている? それがどうしたというのか。

 

 

 私にとって君は父であり、精霊であり、子であり、アダムであり、イヴだった。

 海であり、陸であり、天地万物を包み込む空でもあった。

 

 

 とどのつまり君なくして私はどうやっても生きてはいけないそんな脆弱な男であった。だが半身が欠けて、どうやって生きてゆけばいい? 

 

 

 胸の真ん中にぽっかりと大穴が開いているかのようだった。しばらくの間、どんな刺激を受けても、何も反応できなかった。色彩を失った世界を茫然と彷徨う私に数多の声がかけられたが、全てはその風穴に吸い込まれ虚ろへと消えていってしまった。

 

 

 再び色彩を取り戻す頃には、私の風穴の奥には虚ろ色に燃える炎が轟々と音を立てて滾っていた。

 

 

 世界への憎しみは、人類を救うという意思の炎と混ぜ合わさった。

 

 

 もう止まらない。止まれない。

 

 

 何をしてでも人類を生き残らせる。何をしてでも。何を捨ててでも。

 

 

 だが、そう思い込む度に、私の視界にちらつく、小さな祝福の子。私たちの奇跡。私たちが未来へ託すはずだった『希望』。

 

 

 君の誕生は祝福とは縁遠い地獄の底で行われた。

 

 

 君を抱き上げるはずだった聖母は血の海に沈み、君を包み込むはずだった毛布は荒ぶる神の手によってずたずたに引き裂かれた。

 真の祝福とは心からの笑みから与えられる物だと、君は言ったな。

 

 

 地獄の腸の中で産声を上げる『希望』を抱き上げ、君の亡骸を茫然と見下ろす私は、一体どういう顔をしていたのだろうか? 

 

 

 笑っていたのだろうか? 泣いていたのだろうか? 

 

 

 今はもう、思い返す事も出来ない。そんな資格も無ければそんなつもりもない。……そんな時間も無い。

 

 

 何せ、もう──────

 

 

 

 

 

 燃え上がるような強い意志を宿し、こちらを射抜くように睨む君譲りの青い目と、目が合う。

 

 

 私はこの時、どんな顔をしているのだろうかと、すでに手遅れにも拘らず、場違いにもそう思った。

 

 

『君』が高々と掲げる神を殺す刃は、さながら罪人の首を切り落とすための大鉈のようだ。

 

 

 刃の輝きが極限を迎えた時、ついに刃は振り下ろされた。審判の時を告げる熾天使のように。

 

 

 世界から音が消える。

 

 

 時の流れが穏やかな川のように緩やかになり、ゆっくりと迫りくる刃を見つめながら、私は濁流のように去来する感傷に身を委ねた。

 後悔。憤怒。絶望。悲しみ。かつての喜びや、君と過ごした黄金の月日について。

 

 

 そうして身を委ねていれば、ついには断罪の刃が私の躰をゆっくりと裂き始めた。

 

 

 だが痛みは無かった。

 

 

 断罪は、私が考えていたほど恐ろしいものではなく、ずっとずっと優しいものだった。

 

 

 そうか。

 

 

 私はようやく悟った。

 

 

 断罪とは、祝福と同じものだったのだ。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 この事件が落ち着けば、ようやくこちらの計画を本格的に進められる。

 

 

 そう思うと、嬉しくてたまらなかった。

 

 

 何の意味も無く生まれ、誰かに迷惑しかかけられなかったこの命が、この世界に住むすべての命の安寧をもたらす為に捧げられると思うと、胸の内が煮溶けた鉛を流し込まれたような熱を持つんだ。

 

 

 そうする事で、この世界はようやく完璧になる。

 

 

 異物は消えねばならない。

 

 

 だってそうだろう? 大河のど真ん中に大岩があったら、正しく流れないじゃないか! 

 

 

 あ~あ、早く死にたいなぁ。早く消えたいなぁ。

 

 

 でもただ死ぬだけじゃだめだ。それじゃだめ。今まで散々迷惑かけてきたのに、このまま何もなく無駄死にするなんていうのはあってはならない。

 役に立って死ね。何もかも救い、そして何一つ残さず消えろ。

 

 

 それが俺の贖罪であり、俺の使命だ。

 

 

 え? 計画が始まったばかりで何もう終わった気でいるのかだって? 

 

 

 まあ確かに、何かを揃えてやった気になるっていうのは悪いことだし、皮算用は良くないと思うけど。

 

 

 でも人間って、そういうもんじゃない? 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 塩を孕んだ風が叩きつけるように吹き荒れ、『僕』は堪らず顔を覆った。

『僕』達は海辺にあるカフェにいて、思わず風の吹いてきた方向を見ると、丁度海面から七色に輝くイルカたちが見事なジャンプを披露していたところだった。

 

 

 宙空へと身を躍らせたイルカたちは陽光の輝きを乱反射させ、極彩色の輝きを放ちながら音も無く着水し、波紋を広げては再び海から顔をのぞかせ、またぞろ宙へと身を躍らせるのだった。

 

 

『僕』は瞬き一つせずに、遊び跳ねるイルカたちを見つめていた。

 

 

 カフェには僕たちの他に誰もおらず、さざ波の音以外何一つ聞こえない静寂の世界に、不意に、『僕』の隣からくすくすと上品な忍び笑いが聞こえた。

 顔を正面に戻すと、水色の可愛らしい服を着た女の子が『僕』を見てくすくすと笑っていた。

 

 

 彼女は細めていた目をぱっちりと開き、海原の様な青色の瞳で『僕』を見るとおもむろに立ち上がり、『僕』の手を取って歩き始めた。

 カフェを出て、しばらくのあいだ砂浜に背を向けて歩き進んでゆくと、『僕』達の前に噴水が現れた。

 

 

 噴水の中には様々な魚が泳いでいた。

 赤色、白色、黄色に緑。とにかく色とりどりの魚が、思い思いの方向へ気ままに泳いでいた。

 

 

『僕』達は噴水の淵に手を置き、身を乗り出して噴水の中を泳ぐ魚たちを見下ろした。

 

 

 魚たちは突然現れた『僕』達なんか気にも留めずに泳ぎ回っていた。赤白黄色、青に緑に灰色に黄土色。

 行き交う魚に目を奪われていると、不意に、水面を突き破り、黒色の魚が宙へと身を躍らせた。

 

 

『僕』は目を丸くして、宙を泳ぐ黒色の魚を凝視した。いつの間にか女の子は魚を見るのをやめ、『僕』の事をじっと見つめていたのだけれど、『僕』はさっぱり気が付かなかった。

 黒い魚の体には模様があった。模様は絶えず形を変え、流れ去り、浮かんでは消えた。

 

 

 意識がどんどん魚の模様へと、吸い込まれる様に消えてゆく感覚があった。

 

 

 戻り始めていたのだ。あの日の『俺』に。

 ようやく計画を始められるというだけなのに、まるですべてが終わったみたいに安堵する、そんなどうしようもなく愚かな、あの日の『俺』に。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

「やあ!」

『00110110110!?』

 

 

 蛇腹状に伸ばされた左腕にアリサの渾身の一撃が叩きつけられた。度重なる攻撃は、堅牢な女神の装甲を少しずつ削ってゆき、ついには切断するに至った。

 見れば、『女神』の体も大小さまざまな傷がつけられていた。その傷一つ一つには、その傷をつけた者の執念が宿っていた。絶対に倒すという執念が、まるで炎のように纏わりつき、難攻不落の『女神』の装甲をさらに焼いた。

 

 

 しかし、その執念深い傷跡たちは、限界を超えた力によってもたらされた奇跡のような物で、第一部隊の面々は満身創痍の体で、肩で息をし、膝をつく者までいた。

 だが『女神』を睨むその目は、その意志は、誰一人としてくじけておらず、不屈の炎が使命という名の薪をくべられ、未だ轟々と猛っていた。

 

 

『00101111001……』

 

 

『女神』は切断された腕を一瞥し、それから視線を彼らに戻す。

 能面のような表情には相変わらず感情の起伏が見えない無表情を張り付けているが、その赤い瞳は、どこか苛立たしげに見えた。

 

 

『1101010111』

 

 

 体勢を立て直した女神は再び宙に浮かび上がると、天輪を煌々と瞬かせた。とたんに発せられる圧力はいや増し、第一部隊の面々を戦慄させた。

 

 

 が。

 

 

「へ、ようやくあいつも本気になったって事か」

 

 

 口内に溜まった血をつばと共に吐き捨てながら、ソーマはバスターブレードを担ぎ直した。

 

 

「こっちも息が整いました。まだいけます!」

 

 

 膝をついていたアリサはすっと立ち上がり、口の端から流れていた血を払うと神機を構えた。

 

 

「相手だって弱っているはず。もう一押しよ!」

「へん、こっちだってまだまだ本気じゃないもんねー!」

 

 

 サクヤもコウタもあちこち擦り傷だらけだが、気力は未だ衰え知らずの様相で『女神』を睨む目にはメラメラとした戦意が燃えていた。

 

 

『女神』の圧と第一部隊の圧がぶつかり合い、バチバチと火花を散らし、今まさにぶつかり合おうとしていた。

 

 

 そんな時だった。

 

 

 世界から一瞬音が消え、それから眩いばかりの閃光が辺り一面を染め上げたかと思えば、破滅的な音と衝撃が迸った。

 

 

「うおおお!?」

 

 

 素っ頓狂な声を上げたのはコウタだった。あの破滅的な音が聞こえた直後に、黒い物体が弾丸めいて突っ込んできたのだ。

 咄嗟に受け止めたコウタは衝撃にたたらを踏み、それから受け止めたものを確認すれば、ぎょっと目を見開いた。

 

 

 ぐったりと項垂れるカカシの無事を確認しようとしたコウタだが、前方から聞こえた怨嗟の絶叫を聞き、反射的に前へと顔を向けた。否、向けざるを得なかった。

 

 

『まだだぁアアアアアアアアアア!!!!!』

 

 

 それは同じように吹き飛び、『女神』に受け止められた『男神』が発したものだった。

 

 

『男神』の有様は無残なものであった。

 

 

 片腕が切り飛ばされ、胸のコアは破損しバチバチと火花を散らして不穏な光を明滅させていた。体のどこもかしこも傷だらけで、並のアラガミならとうに活動停止しているであろう損傷具合である。

 

 

 だが満身創痍の『男神』と『女神』は、それでもなお不退転の意思を持って立ち上がり、最後の攻勢へ打って出ようとしていた。

 

 

 戦いは終わりつつある。それを否応なく自覚させるような鬼気迫る絶叫だった。

 

 

『これは……膨大な……とてつもなく膨大なオラクル反応を確認! そんな……こんな事って!?』

 

 

 という切羽詰まったヒバリの通信を聞くまでも無く、第一部隊の面々は目の前で天輪を掲げて光り輝く『女神』と『男神』の放とうとする破滅の予感をひしひしと感じていた。

 

 

『まだだ!』

 

 

『男神』の目がギラリと光った。

 

 

 直後、『男神』の背後のパイプがびくりと震えたかと思えば、まるで蛇のように鎌首をもたげだしたではないか。のたくるパイプたちは点々バラバラにゆらゆらと揺れ、そして次々と男神の背に向けて殺到し、突き刺さった。

 

 

『ヌゥ……ヌゥウウウウウ!!!!!』

 

 

『男神』は歯を喰いしばってパイプから送り込まれてくる膨大なエネルギーに耐えた。送り込まれる力に呼応するように、『男神』と『女神』の色が明るいピンク色からどす黒い黒紫へと変色した。*1

 

 

「「……!」」

 

 

 ソーマが、アリサが、コウタが、サクヤが、世界を塗り替えるべく死に物狂いで抵抗する『男神』の神々しさすら覚える威容を前に、死に物狂いで打開策を模索していた。

 通信からはヒバリ、ツバキ、リッカから退避しろと血を吐くような絶叫が続いていた。

 

 

 そんな中で。

 

 

「第一部隊、各員に告ぐ」

 

 

 天と地が鳴動し、風が恐れ戦き荒れ狂う中で、凪いだ海面を思い起こさせる穏やかな声が聞こえた。

 

 

 同時に、突如として現れた黒い影が『男神』達から放たれる病んだ光を遮った。

 

 

「え? カカシ……!?」

 

 

 いつの間にか軽くなった腕に驚きつつ、目の前に立ったカカシに呼び掛けるコウタだったが、そこではじめて彼の負っている傷を目の当たりにし、絶句した。

 

 

 わき腹の肉は抉れており、未だ再生が追いついていないのか、赤黒く濡れた筋肉が垣間見えた。どこもかしこも血まみれで全身の至る所の肉が抉れており、何より目を引くのが左腕の傷だ。

 指はあちこちにねじ曲がり、爆ぜたとしか思えない二の腕からは筋繊維が垂れ下がっていた。ぽたぽたと滴る血は止まることなく、足元に血の海を作り出していた。最早それは腕の形をかろうじて残しているだけの肉塊だった。

 

 

「か、カカシさん!」

「カカシ! おい平気なのか!?」

「カカシ君!」

「総員」

 

 

 仲間からの呼びかけに答えず、影は淡々と言葉を紡ぐ。

 

 

「俺の後ろへ」

「「ッ!」」

 

 

 それだけで彼の意図は伝わった。

 

 

『待ってください! 後ろにって、まさか受け止めるつもりですか!?』

『無茶だよ! 君の神機は無茶の連続で大分ガタがきてるんだよ!? 受け止めきれるわけないじゃん! そんなことしたら、本当に壊れちゃうよ!?』

『よすんだ! 退け! 退くんだ!』

 

 

 抗議の声を上げたのはオペレートをしている3人だった。当然だろう。観測史上類のないレベルのオラクル反応だ。そこから齎される破壊の規模は、それこそ計り知れないものとなろう。

 それを真正面から受けようなどとは狂気の沙汰だ。迫り来る雪崩をストロー一本に流し込むに等しい。

 

 

 だが、彼は本気だった。彼らは本気で、この男一人に全てを賭けるつもりでいた。

 

 

「俺が君たちの盾に……豪雨を受け止める傘となろう」

 

 

 光はどんどん強くなり、ついには目も開けられない程の極光となったが、カカシが前に立って遮ってくれたおかげで、彼らには決して届かなかった。

 

 

(なんて……大きいのだろう)

 

 

 満身創痍で、立っているどころか意識があるのすら不思議に思うほどの怪我を負って尚、他者を慮り、気遣うその姿に、アリサは父の姿を見出した。いつも柔らかく微笑み、暖かな掌で背を押してくれた父の背中を。

 

 

「でも、多分だけど、俺はそれで終わる」

 

 

 だから、と振り返り、言う。

 

 

「後の事はお願いね」

「「あぁ(はい)(了解)!!!」」

 

 

 第一部隊は力強く頷き返した。

 

 

『……最早何も言うまい』

 

 

 その決意の強さに、ツバキは諦念に満ちた、呆れたような声色で呟いた。

 

 

『だがやるからには決して失敗は許さん。生きて帰れ、帰ってこい! ゴッドイーター!』

『オオオオオオオオオ!!!』

 

 

 ツバキの激励は、天地を引き裂く閃光の轟音にかき消されて消えた。しかし、彼らにはしかと届いていた。

 

 

 カカシは前を見据え、決して逸らさず、ともすれば笑みすら浮かべて、展開していた狼頭めいた捕食器官を振りかぶり、そして思い切り前方に叩きつけた。

 

 

 どおおん、という世界が震える大轟音。衝撃。そして、凄まじい勢いで後方へと押し流された。

 

 

「ぐわぁあああああ!!!」

 

 

 受け止めた瞬間にカカシの体に凄まじい衝撃が、オラクルが流れ込み、全身の隅々まで、細胞の一片までにも行き渡り、耐えきれずに爆ぜた。

 カカシの全身が爆発した。舞い乱れ飛ぶ血液は後方の第一部隊の頭上へと擦り注ぎ、彼らはたちまち紅色の血化粧で全身を染めた。

 

 

「「ッ!!」」

 

 

 彼らは固唾を飲み、しかし決して前へ出ようとせず、奥歯が砕けんばかりに噛みしめてカカシの後方でただひたすらに耐えた。

 何ゆえカカシが前に出て自らの身を犠牲にしてでも自分たちを守ろうとするのか。

 

 

 愚問である。

 

 

 任せたからだ。託したからだ。最後の一撃を。『希望』を! 

 

 

「だから!」

 

 

 アリサはカカシの背を押した! 

 

 

「お前は!」

 

 

 ソーマはカカシの背を押した! 

 

 

「俺たちが!」

 

 

 コウタがカカシの肩を押さえた! 

 

 

「支える!」

 

 

 サクヤがカカシの肩を押さえた! 

 

 

 後退が……止まった。

 

 

 ギシ……ギシ……ギシ、とカカシの肉体から極限の負荷を死に物狂いで耐える音が彼らの耳元で大きく響いた。それは彼を構成するすべてが放つ、抵抗の声であった。

 破滅の光に、抗っているのだ。筋肉が、骨が、細胞が、原子の一つ一つが。意志が。魂が! 

 

 

 名無之カカシの目がギラリと光った。

 

 

 それまで耐えるばかりだった足が、一歩前へと踏み出した。緩慢な動作であった。普段の彼からは想像もつかないほどゆっくりとした動きで、だが確かに踏み出したのだ。

 後はもう、前に進むのみ。最初の一歩から始まり、同じような速さで二歩目、次いで三歩目。

 

 

 四歩。

 

 

 五歩。

 

 

 歩みの速さは歩を進める度に着実に早まり、ついには駆け出し始めた。それでも足りないとばかりにカカシは捕食器官に噴出機構を作り出し、オラクルを噴出し、加速した。

 

 

『馬鹿な。お前たちの何処にそんな力が……』

 

 

『男神』は当惑した。しつつも、自らが自壊するのも厭わずに更に出力を上げた。

 

 

 凄まじい衝撃だ。だが第一部隊は怯まない。どころかさらに加速して、ただひたすら目の前の『アラガミ』を打ち倒さんと前進する。

 

 

「終わらせない!」

 

 

 アリサが叫ぶ。

 

 

「俺たちは死なない!」

 

 

 コウタが咆哮する。

 

 

「あの人の意志を!」

 

 

 サクヤが歌う。

 

 

『させるか……させるかアアアアアアアアアアアア!!!』

 

 

『ヨハネス』も不退転の意思である。幾多の同胞を騙し、欺き、時に命さえ奪いさえした。全ては人類を生かす為に。

 

 

 双方ともに不退転。押し通るにはどちらかを打ち倒し、その屍を喰いつくし、明日へと続く糧とする他はない。

 

 

 ここにきて両者は完全に拮抗した。

 

 

『ヨハネス』は崩れつつある肉体の維持を完全にやめ、出力を極限まで跳ね上げた。膨大な光。莫大な力。

 カカシは、ソーマは、アリサは、コウタは、サクヤは抗った。

 

 

 神の意志に。運命に。星の意志に。己に! 

 

 

『オオオオオオオオオオオオオ!!!』

「「オオオオオオオオオオオオ!!!」」

 

 

 一進一退の攻防。両者譲らず。

 

 

 しかし、永遠に続く綱引きは無いのと同じで、この攻防も、ついに終わりを迎える時が来た。

 

 

 その勝敗の行方は──────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『0010ソー1011m10』

 

 

 極限の光を飲み干し、ついに大狼の顎が『女神』を捉えた。抵抗する間もなく、『女神』は大狼に丸呑みにされた。

 

 

 そこで。名無之カカシの体力は尽きた。口元を覆っていた『牙』が砕け散り、突貫の勢いのまま地を滑り、ピクリとも動かない。

 

 

 だが彼らは振り返らない。なぜならばそれが我らの役目であるゆえに。

 

 

「おりゃあ!」

「ソーマ! アリサ!」

 

 

 コウタとサクヤの放ったオラクルの弾丸が、『男神』を撃ち抜き、隙を作った。

 

 

「はあああ!!!」

 

 

 アリサの渾身の一撃が、『男神』の残っていた腕を打ち据えた。カカシとの戦いと限界を超えた砲撃のダメージにより、『男神』の腕はついに崩壊した。

 

 

『……』

 

 

『男神』は崩壊した腕を不思議そうに見ていた。崩れた組織は地に落ち、黒ずみ、そして風に乗って雲散した。

 顔を正面へと戻す。凄まじいオラクルの刃を形成し、今まさに処刑人めいて神機を振り下ろそうとする彼の『希望』を、『男神』はじっと見つめる。

 

 

「──────あばよ、親父」

 

 

 ソーマ・シックザールは最大まで溜めたチャージクラッシュを振り下ろした。

 ヨハネス・フォン・シックザールは最後の力を振り絞り、迎え入れるかのように胸を張った。

 

 

 オラクルの刃は、崩壊寸前まで酷使された肉体をあっさりと叩き割りった。

 

 

『ソーマ……私は──────』

 

 

 言葉はそこで途切れた。切り裂かれた傷跡から光が漏れ、溢れ、エイジス全域を覆いつくすほどにまで膨れ上がり、そして──────────

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 気が付くと、砂浜の上に大の字で横たわっていた。頭だけを動かし、横を見やると、燦燦ときらめく太陽の光を反射して、透き通った海原がきらめいていた。さざ波の立てる音が心地よくて、ふとすれば再び微睡んでしまいそうだ。

 

 

『僕』は立ち上がり、砂を払って、潮騒を聞きながら、歩く。

 

 

 カモメたちの歌声に耳を澄ませ、砂浜に足跡を残しながら、歩く。

 

 

 しばらく歩いていると、目の前に小舟があって、その上には一組の男女が仲睦まじく寄り添って座っていた。

 

 

 傍らに立つと、男の人が振り向き、微笑んだ。

 

 

「私は、ただひたすら、人を生かそうとした。その行いが彼女の死を報われたものにすると信じて」

 

 

 ヨハネスさんは海原へと視線を向けた。きらめく海に穢れは無く、彼方では虹色のイルカが跳ね回っていた。

 

 

「愚かだった。そんな事をしたところで、アイーシャは蘇らないというのに」

 

 

 そう言って、ヨハネスさんは隣の女の人の肩に手を置いた。

 

 

「馬鹿な男だったよ。私は」

「そうね。あなたはとってもお馬鹿さんだったわ」

 

 

 女の人はくるりとこちらに向き直り、その綺麗な顔に笑みを浮かべ、どこか見覚えのある青い瞳で、愚かでさみしがりやな夫を優しく見つめた。

 

 

「本当にお馬鹿さん。あなたがまず最初にやるべきだったのは死者への弔いではなく、『希望』を信じる事だったのよ」

 

 

 ヨハネスさんはアイーシャさんの頬をそっと撫でた。彼の顔は、まるで聖母を前にした殉教者みたいだった。『僕』もきっと同じような顔をしていたと思う。だって彼女はこの世の者とは思えないほど美しく、この世の全ての善い物を内に宿していた。彼女は真の死者だったのだ。

 

 

 この世にはたくさんの善いとされる物が存在する。

 

 

 富。名声。力。

 

 

 だけれどそんな物はいつか滅び去り、薄れ、誰の記憶にも残らずに忘れ去られてしまう。永遠に存在する物は無く、どんな素晴らしい考えや思想もいつかは消えてしまう。

 盛者必衰。全ては風の前の塵に同じ。だからこそ、絶対不変である死というものは尊いのだ。

 

 

 どれだけ功罪があろうが、どれだけ全き存在だろうが、『僕』達はいずれ同じ場所へ逝く。地獄に行くにしろ天国に行くにしろね。

 どんな罪人であれ、どんな善人であれ、人にしろ()()()()()()()、我々が最後に行くべき道はその二つこっきりだ。

 

 

「ならば私はきっと地獄へ行くのだろうな。何せ、あまりにも多くの者を傷つけてきたのだから」

 

 

 ヨハネスさんの顔は諦念に満ち、しかし完全に己が迎えるであろう末路を受け入れていた。処刑を目前にした罪人のように。アイーシャさんは彼を見つめ、何も言わない。でもその顔は慈悲深い笑みを浮かべたまま変わりなく、きっと『僕』と同じことを考えている事は明白であった。

 

 

「そんな事無いよヨハネスさん」

 

 

 訝し気な目を向けるヨハネスさんに『僕』は続ける。

 

 

「確かにあなたは罪を犯した。少なくない人を傷つけ、少なくない人を殺しました。でも、それであなたの魂が穢れた事にはならないんです」

 

 

 海原が爆発したかのように爆ぜ、その内側から大きな大きな魚が空中へと身を躍らせた。

 

 

「悪人は人を一人二人殺しますけど、善人は何百、何千の人を殺します。そういう人にはね、真に尊い事をやり遂げた人には、神様は天国に特別席を用意してくれるんです」

 

 

 海原を突き破り、空高く身を躍らせていた魚は着水し、同じように海面を爆発させ再び海水を空へと巻き上げた。

 

 

 それに呼応するように、船がひとりでに動き出し、徐々に、徐々に海へと進み始めた。

 

 

「……簡単な事だったんだな」

「そう簡単な事だったのよ」

 

 

 二人は寄り添った。

 

 

「信じればよかったんだ」

「信じればよかったのよ」

 

 

 二人は更に強く身を寄せ合った。混ざろうとするかのように。分かち難く。永遠に。

 

 

「私たちの『希望』を、彼らを」

「今からでも遅くないわ」

 

 

 ヨハネスさんは頷くと、懐に手を伸ばし、キラキラとした何かをこっちに放ってよこした。

 放られたそれを掴み、あらためると、それはUSBメモリだった。

 

 

「そこに、私の計画や、資金の在りかが記してある。もうほとんど使ってしまったが、君の計画の足しにはなるだろう」

 

 

 ヨハネスさんはその時初めて心から笑ったみたいだった。屈託のない笑みだった。この世の全てのしがらみから抜け出した、無垢な笑顔だった。それはつまり、彼が真に死者の仲間入りを果たした証だった。

 

 

「彼らを……私たちの『希望』を、よろしく頼む」

「ありがとうカカシ君。君が血を流してくれたおかげで、私達はようやく逝ける。どうか、あの子をお願いね」

 

 

 死者たちを乗せた船はどんどん遠ざかってゆく。彼らに追走するように、色とりどりの魚が海原へと泳いでゆく。

 

 

 小さな点になり、ついには見えなくなってしまっても『僕』はそこから動かなかった。

 

 

 いつまでそうしていたのだろう。時間の感覚が曖昧で、何十時間もそこにいたような気がするし、ほんの数秒しか経っていないようにも思えた。

 

 

 そこでふと傍らに気配を感じ、振り向くと、そこに綺麗な女の子がこちらを見つめていた。

 

 

 腕に人形を抱きかかえた女の子は、ようやく振り向いてくれた『俺』にはにかむような笑みを浮かべた。

 

 

 光り輝くような笑みだった。

 

 

 あまりにも眩しすぎて、俺の視界まで真っ白になってゆく。

 

 

 俺の耳も、記憶も、全てが白に──────

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 どれだけの時間そうしていたのか分からない。ただ空気の流れから、全てが終わったという事だけは分った。

 

 

 軋む体に鞭打って立ち上がり、カカシはソレを見た。

 

 

 風穴の空いたエイジスの天井から差し込む緑化した月の光を反射した、天使の羽のような神機を担ぐソーマと、同じように空を見上げるアリサ、コウタ、サクヤの後姿を。

 

 

 降り注ぐ月光をその身に受けて、美しい緑化した満月と共にある彼らは、あまりにも美しく、あまりにも尊かった。

 

 

 彼らはずっと月を見ていた。沈み、陽の光が顔を覗かせるまで、いつまでもいつまでも。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 速く逃げなければならない! 

 

 

 早くしなければ、あの猟犬に追いつかれてしまう! 

 

 

 計画がとん挫し、脇目も振らずに遁走した。

 

 

 自身の痕跡を徹底的に消し去ったにもかかわらず、気配はずっと消えず、延々彼の背後の一定を保ったまま追い回した。それが幾日も幾日も続き、大車ダイゴは限界目前だった。

 

 

 装甲車の扉を乱暴にこじ開け、無造作に閉める。

 

 

 滝のような脂汗を流し、息を荒げながらポケットに入れた鍵を取り出し、何度も取り落としながらようやく差し込み、捻った。

 

 

「やった!」

 

 

 喜んだのも束の間、火薬が爆ぜる断続的な音が聞こえたかと思えば、フロントガラスにいくつもの蜘蛛の巣状の罅が入った。

 

 

「ひっ!!?」

 

 

 次の瞬間叩き割られたフロントガラスの向こう側から、黒い手が伸びてきて、大車ダイゴの頭を鷲掴みにし、襤褸雑巾めいて無造作に外に叩きだした。

 

 

「ぎゃひっ!?」

 

 

 硬い地面に叩きつけられた大車ダイゴは落下の痛みに呻く間もなく足に生じた激痛に堪らず転げ回った。

 

 

「いだい~~~~~~いだいぃいいいいいい!!!」

 

 

 その悲鳴をうっとおしく思ったのか、黒い影は大車ダイゴの腹を蹴飛ばし、また淡々と腹に弾丸をぶち込んだ。

 

 

「ぶふ……コヒュー……コヒュー……」

 

 

 仰向けとなり、虫の息の大車ダイゴは太陽を背にこちらを見下ろす黒い影を茫然と見上げた。

 

 

 影は右手で持った突撃銃から空の弾倉を引き抜き、弾丸が満たんに詰まった弾倉と交換した。手慣れた様子だった。

 

 

「このままお前を殺してやってもいい」

「はぎゃぎっ!?」

 

 

 殺すという単語の過剰に反応した大車ダイゴの呼吸は一層荒く激しいものとなった。

 

 

「だが、殺すには、お前の能力は、惜しい」

 

 

 影は無感情に呟くと、銃底で大車ダイゴの額を割った。

 

 

「お前に一つ、提案がある」

 

 

 芋虫のように身を捻る罪人を見下ろす名無之カカシの表情は逆光で遮られ、窺えない。

 

 

「受けるかどうかは、任せる」

 

 

 それは月が緑化し、世間がエイジス計画の失敗への落胆から立ち直った、次の日の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第一章 終わり

 

 

 

 

*1
アルダノーヴァ堕天




これにて第一章終わりだオルレアン!
次の第二章ゴッドイーターバースト編は結構短くなる予定です。
予定は未定です。じゃーまたねー。
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