俺は遠くから尊いを眺めていたいんだよ!組み込むんじゃねぇ!~ゴッドイーター世界に転生したからゴッドイーターになって遠くから極東支部尊いしたかったのにみんな率先して関わってきて困る~ 作:三流二式
「何なのよあの子は……」
橘サクヤは自室のベッドに腰かけ、手で顔を覆っていた。
事の発端は今より数時間前、サクヤは新しく入ってきた新型神機の使い手、名無之カカシのミッションの同行者として、環境の変化の影響で常に天候が不安定な平原『嘆きの平原』へとやって来た時の事だ。
「今回のミッションはコクーンメイデン2体の討伐。コクーンメイデンは知ってる?」
スナイパーライフル型神機を油断なく構えながら、後ろをひょこひょこついて来るカカシに彼女は振り返りながら語り掛ける。
カカシはもちろん、と言わんばかりに二度三度と頷いた。
「ちょっと緊張してる? 肩の力抜かないといざという時に体が動かないから」
サクヤはカカシの肩を軽く叩き、緊張を解きほぐすように柔らかな口調でそう言った。
とその時、遠くでアラガミの遠吠えが微かに聞こえ、サクヤはそれまでの柔和な表情を引っ込め、仕事人として気持ちを切り替えた。
「来たわね……さっそくブリーフィングを始めるわ」
サクヤは先ほどまでの気のいい同僚でなく上官としての口調で、これからの作戦の動きについて話してゆく。
「今回の任務は君が前線で誘導、私が後方からバックアップします。……遠距離型の神機使いとペアを組む場合、これが基本戦術となるから、よく覚えておいて」
話を切り、カカシに理解したかどうか聞くと、彼は手で丸サインを作ってにこりと笑った。
「よろしい。では早速作戦を始めましょう。くれぐれも、『先行しすぎない』で。『後方支援の射程内にいるように』いいわね?」
サクヤはリンドウとツバキにきつく念を押されていたことを頭の中で反芻しながら、念を入れて釘を刺すことにした。
カカシはもちろんですとも、と言わんばかりに胸の前で握りこぶしを作ってぐっと握った。
「(不安ねぇ~)上官の命令はきちんと守るようにね」
果たして理解しているのかどうかさっぱり読み取れ無い笑顔に、サクヤは内心で不安を隠せないでいた。
上司としての面目もあるため、表情を崩さずさらに念を押すが、やはりカカシはただにこにこ、にこにこと笑っていた。
「……素直でよろしい。じゃ、さっそく始めるわよ。付いて来て」
サクヤは内心の不安を押し殺しながらカカシに追従するように命令を下し、討伐目標であるコクーンメイデンがいる地点まで走りだした。
「あれがコクーンメイデンよ。準備は良い?」
サクヤは目線の先、中世ヨーロッパの拷問器具とさなぎが合わさったような奇妙なアラガミ『コクーンメイデン』を指さし、確認した。
カカシは短く頷いた。
「オーケー……作戦内容は覚えてるわね。君が『突っ込んで』私が支援」
「Σ!」
サクヤが最後の確認のために言った。しかし簡潔に言ってしまったのが良くなかった。
突っ込むという単語に強く反応したカカシは神機を捕食形態に変え、オラクルを勢いよくふかして上官の命令通り突っ込んでいった。
「あ、ちょ、ちが!?」
言い直そうとしたが時すでに遅し。その時にはカカシはコクーンメイデンの眼前へと迫っていた。
カカシは勢いを落とす事無くコクーンメイデンに突っ込み、コクーンメイデンが反応するよりも早く稲を刈るかのごとく地面ごと食い千切った。
そこでようやく接近に気づいたコクーンメイデンが血を吹き出しながらバタバタと悶えるが、カカシはその様を興味深そうに見ながら神機の口を閉じ、コアごと胴体を噛み千切った。
残った頭の残骸がぼとりと地面に落ちる。
サクヤは口をあんぐりと開け、呆然とカカシを見つめていた。
この間僅か2秒の出来事である。
カカシの凄まじい戦闘力にサクヤは言葉も出ない。
とここでヒバリから通信が入った。
『すみませんサクヤさん、カカシさん! どうやら今の戦闘音に気づいた小型アラガミが複数匹そちらに向かって来ています。予測では20秒程でお二人とぶつかります。注意してください』
「え、えぇ、わかったわ……」
ヒバリからの通信にサクヤは生返事で答えた。
あまりの出来事に、ヒバリからの通信もほとんど耳に入ってこなかった。
しかし彼女の驚きは、これから起こる事への前座に過ぎなかった。
それから20秒後、彼らの前に姿を現したのは卵と女体が一体化したかのような造形のアラガミ『ザイゴート』という飛行型アラガミだった。
このアラガミの特徴は何と言っても視力の良さ。そして他のアラガミをおびき寄せるという点だった。
一番最初に二人の元までやって来たザイゴートは、カカシの姿を確認すると目を見開き、奇妙な雄たけびを放った。
すると、続々とザイゴートがやって来て、最終的にその数は10体になった。
「チッ、これだからザイゴートは! カカシ君! 一旦引きなさい! そして銃形態で遠距離から攻撃しましょう! 急いで!」
しかしサクヤの言葉が終わるころには、カカシはすでにザイゴートの真下にいた。
「ゲッ?」
ザイゴートはいつの間に!? とばかりに目を見開いた。
それが彼の最後の動作となった。
カカシは神機を捕食形態へと変え、勢いよく空中に跳び上がった。
それは勢いよく跳び上がりながら捕食するという捕食形態の一つ。翔鷹。
それでザイゴートを食い殺し、カカシはザイゴートの群れのど真ん中に躍り出た。
「「ゲーッ!」」
無防備に空中に出てきたカカシに、すかさずザイゴートたちは襲い掛かった。
「ッ!? カカシ君!」
その光景を見たサクヤは最悪の光景が脳裏に過る。
新兵の死因の大半は無理な突撃からの袋叩きだ。実際にその目で何度も見た事があり、何度後悔したか分からない最悪の光景。
(またあんな思いをするの!? 冗談じゃないわ!)
サクヤは叫ぶようにカカシの名を呼ぶと神機を構えた。今から撃ったところで、あの数を撃ち落とす事など到底できない。
もう無駄と分かっていても、彼女は自らを止める事は出来なかった。
だがその逡巡の間にも無情にも時は進んでおり、ザイゴートの群れはどんどんカカシに近づいて行く。
(あぁ、私が止められなかったせいであの子が死んでしまう!)
諦めが胸に満ちる。後悔の念でどうにかなってしまいそうだった。
ザイゴートの一体がカカシの前にたどり着き、今まさに食らいつこうと大口を開けた。
サクヤはこれから起こるであろう最悪の光景を想像し、思わず目を閉じる。
それと同時に、短い断末魔と咀嚼音が聞こえた。
「え……?」
想像ではそこに胴を噛み千切られたカカシの死体が地面に落ちている、はずだった。
しかし現実は未だカカシは空中におり、逆に地面に落ちていたのはザイゴートの体の一部である女体像だった。
「え? は?」
サクヤは訳が分からないと言った感じに目をしばたいた。が、真に驚くべき光景はこの後だった。
カカシはオラクルをふかしたまま空中に留まり、あろうことかそのまま前進してザイゴートを食い殺し始めたではないか。
「えー……」
サクヤは驚きあきれ、口からはもう掠れたような言葉しか出てこなかった。
その光景は、言うなれば小型の鳥を次々と食らう鷹の様にも似ていた。
カカシは未だ硬直しているザイゴートを手あたり次第食らい、やっと気づき始め、蜘蛛の子を散らすように逃げだすザイゴートよりもはるかに優雅に空を飛び、次々と捕食してゆく。
「ギ……ギャ……アバーッ!?」
そして最後一体。他の個体よりも少しだけ足の速い個体はほんの僅かばかりの間カカシから逃げることが出来たが、結局は追いつかれ、捕食形態の一つである『穿顎』で地面を抉りながら捕食された。
「君は……君は何なの?」
ツカツカと近寄り、何事も無かったかのように平然としているカカシに、サクヤは思わず聞いてしまった。
カカシはその間ずっとにこにこ笑っていたが、その質問を聞くと困ったように眉を下げ、頬を掻いた。
その返答とすらいえないような動作に、サクヤは何処か儚い気配を感じて思わず握りしめていた手をほぐして手を伸ばし──────。
「お~いサクヤ君」
顔を覆っていた手を放し、俯いていた顔を上げると、そこにはリンドウとツバキが心配そうに彼女を見下ろしていた。
「あぁ、リンドウ、ツバキさん」
「奴さんの任務に同行したんだって? どうだった……かは聞くまでもなさそうだな」
リンドウの言葉にサクヤはため息を吐いた。それで十分伝わったようで、彼は彼女の心労を労わるかのように肩に手を置いた。
「きちんと目を離さない様にしていたのだろうな?」
「おいおいおい姉上。サクヤの仕事ぶりは知っているだろう?」
「疑っているわけではない。が、そうかサクヤでも首輪はつけられなかったか……」
リンドウの言葉にそう返すと、ツバキは苦い顔で顎に手を当てた。
「あの子は一体何なの? ねぇリンドウ、信じられる? あの子ザイゴートがやって来てから討伐するまでずっと空中にいたのよ?」
「あいつそんなことやったのか」
サクヤの証言に、リンドウは姉と同じように苦い顔をして引いた。
「あいつは体内のオラクルの量が大型アラガミとほぼ同じだそうだ。だからそんな離れ業が出来るんだろうな」
「感心している場合ですか?」
何処か感心したように言うツバキに、サクヤは非難の言葉を上げる。
「あの子は今までの新人とは比べ物にならないわ。あのまま行けば、きっとあの子は私達の手の届かないところへ行ってしまう」
「あるいはとっととくたばっちまうかだな」
隣に腰かけてきたリンドウをキッと睨むと、サクヤは再び俯いてため息を吐いた。
「ねぇツバキさん。あの子ちょっと変よ。だってミッションの間ずっとにこにこしてたのよ。ずっとよ。まるでそれ以外の表情を知らないみたいにずーっとにこにこしてるの」
サクヤは力なく顔を上げ、悲痛な表情でツバキの顔を見上げる。
「……あいつは孤児だそうだ」
「書類にはそう……?」
「いや、自己申告だ。あいつ曰く自分という個を自覚しだしたのが9歳くらいの時、だそうだ」
「それって!?」
サクヤは嫌な想像が脳裏に浮かび、思わず口をついて出た。
「あまり想像はしたくないが、あいつがあの表情しかしないのも……
「虐待か……」
リンドウは煙草に火をつけながら、眉間に皺をよせてぼそりと呟く。
「そんな……」
あまりにもあんまりな話で、サクヤの表情はみるみる曇ってゆく。
しかしどこかその話には納得が出来た。
虐待されている子供は何よりも他者の顔色を窺うようになるという。
なるほど。確かにそれならばカカシが常に笑顔なのもつじつまが合う。
要は自分たちの機嫌を取っておこうというのだ。笑顔なら誰にも親しまれるだろうし、常に同じ表情ならば顔つきの事で咎められたりしないから。
「サクヤ、リンドウ。お前たちに改めて伝えておく。あいつから目を逸らすな」
ツバキの言葉に、二人は頷いた。
それを機に部屋の中に沈黙の帳が落ちる。誰も口を開かないで思い思いに名無之カカシという男について考えていた。
(一体どういう経験を積んでいけば、あんな悲しい笑顔を浮かべるようになってしまうのだろうか?)
サクヤは自分が無意識に口に出してしまった質問に対し、困ったように頬を掻いていたカカシの事を思い返していた。
沈黙の帳は、リンドウが換気扇をつけなかったため、紫煙が部屋の中に充満して女性二人にしこたま叱られるまで続いた。
Q何だか皆さん勝手に過去を憶測して勝手に曇っているのですが、カカシさんはどう思います?
Aしらそん