おしかけ家出娘をペットにした話   作:黒マメファナ

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Part10

 連休以降、恵美は自分の気持ちを自覚したせいもあり、よく甘えてくるようになった。それまではどこかで線を引いていた部分もあったが、すっかり自分の家という認識を持ったらしい。部屋やキッチン、リビングに恵美のものが増え始めていた。

 ──そして、変化は俺もそうなんだろう。自分で思っている以上に、恵美がいる日常を好いていたことに気付いたことは、俺と恵美の関係にも変化をもたらしていた。

 

「それで、その先輩のライブ見に行きたいんです」

「どこでやるんだ?」

「近くのライブハウスみたいです、えっと……あ、これです!」

 

 出演情報にある名前を指して、連休明けに助けてもらったバンドマンとの交流を話し始める。バンドやってたこと自体は知っていたが以前はそこまで興味がなかったらしいが、今回の件ですれ違うと気にかけてもらうようになり、今週末のライブのことを知ってチケットを()()譲ってもらったらしい。

 

「ちなみに」

「はい」

「どうやってチケットをおねだりした?」

「え? 普通にですよ」

 

 ──普通に先輩のライブに行ってみたいですと距離を詰めて、連休出掛けた時にもバンドがどうこう言ってたから元々興味がないわけじゃない恵美は興味があるんですと笑顔でチケットを取り置きしてもらったらしい。

 

「……お前って」

「なんですか?」

「いや、大した悪女だな」

「私のどこが悪女なんですか! カンベ先輩に元々愛想も振りまいてないです!」

「ならいいけどな」

「振りまいてたとしたら去年の話です」

 

 俺は一度、二ヶ月前までは存在していたという清楚で真面目な委員長の恵美も見てみたいもんだ。目撃したら笑いそうだな。なんせ仮にもご主人様とか呼ぶ人の膝の上に頭を預けてスマホいじってるようなやつが俺の知る栗原恵美だ。借りてきた猫時代の恵美なんて、面白すぎて直視できる気がしないな。

 

「笑うのはひどいですよ」

「はいはい、それで、デートのお誘いでもしてくれるんだな?」

「そうです、ご主人様とデートするためにチケット用意してもらったんですから」

「わかった、土曜な」

「はい!」

 

 起き上がって俺の腕を抱くようにして肩に頭を乗せる恵美を、俺はすっかり撫でてあしらうことができるようになっていた。碧にはよく耐えてるねとまで言われたが、ここまで来るともう慣れの領域だ。そりゃ直視すればどころかむしろ本人から俺の口の中に飛び込もうとしてくるレベルで誘惑めいたこともしてくるけど、こっちには既に一ヶ月襲わずに耐えた経験がある。それと教師の事件以来少しそれが控え気味になったのも関係しているかもな。

 

「すみません、ご主人様とえっちしたいって思う自分がいるんですが」

「いなくていいって言ってんだよ」

「やっぱりちょっと、こう覚悟がいることなんだなって思って」

 

 そういう意味じゃ教師はいい仕事をしたと言えるな。恵美に怖い思いさせたことまで許すわけねーとは思ってるが。なにで怒ってるって別に恵美は俺の女だからとか、俺の飼い猫だからとかじゃなくて、むしろ今でもスタンスとしては否定したい立場だし。でもその怖いって気持ちは俺が最初の一ヶ月で耐えて、そう思わせないようにって気を遣ってた部分だったからこの野郎ってムカついてる。

 

「……手とか口ならえっちに入りませんよね?」

「入ります。ペッティングはセックスの一種だよバカ猫」

「頑張って練習しますし、気持ちよくしてあげたいです。家事のお世話だけじゃなくて」

「言いたいだけだろお前、犯すぞ」

「初めてはラブラブなのを希望しますが、ご主人様がどうしてもそっちの方が好みというなら──」

「なに脱ごうとしてんだ、もう寝ろ」

「う……はい」

 

 前言撤回、自己申告ほどあんまり変わってない。ちょっと捨て猫から家猫風にふてぶてしく、図々しくなっただけで。俺個人の懸念としてはそのまま飼い猫よろしく朝起きたら人のベッドに潜り込んでねーかってことだけ。これから暖かくなり続けるから大丈夫だろうと自分に言い聞かせてるし、万が一そんなことしたら追い出すと脅している状態だ。追い出すのが脅しになってる時点でだいぶ俺も毒されてるんだよな。

 

「明日は雨なので、送ってってください」

「なんかもうワクワクしてねーか?」

「ふふふ、目標はご主人様が雨の日になったら何も言わなくても送ってくれるようになることです」

「俺に聞かせたからにはそれはねーと思え」

 

 だいたい家から学校まで歩いて十五分か二十分てとこだろ。その距離を車ってお前贅沢だからな。恵美は、雨の日は余計に甘える頻度が高い傾向にある。それがどういう理由なのかまではイマイチ把握しきれてねーけど、最初の方に外を見ながら不安そうな顔してたのがちょっと印象的だった。猫だから水が苦手とかそういう感じなんだろうとか軽く考えてるけど、どうなんだろうな。

 

「恵美」

「はい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 

 翌日が雨だったらアラームより三十分早く起こしといてくれ、と言い残すと恵美は明るい顔でわかりました! と頷いた。潜り込んで一緒に寝てたとかいうオチはつけなくていいからな。

 ──とまぁただの猫系JKならそういうオチもありえただろうが、どっこいこいつはメイド気取りでもあるため朝はきっちりしてるんだよな。

 

「ご主人様、起きてください」

「ん……よお」

「はい、起きないと別の場所が起きちゃいますよ」

「平日の朝っぱらから盛る気分にはならねーな」

「おはようございます」

「おう」

 

 そもそも朝は無条件で勃つんだ──ってどうでもいいことを言わせるな。伸びをして朝ごはんの準備してきますねと部屋を出ていく恵美を後目にスマホを見るときっかり三十分前、カーテンを開けると空は鈍色をしていた。

 しょうがねぇ、雨が嫌いな家出娘のために早起きしますか。三文の徳があればいいんだけどな。

 

「お弁当作ってあげますよ」

「いらねーよ」

「なんでですか?」

「独り暮らしの男が急にお前のかわいらしい弁当持ってきたらどうなるか、わかりきってるだろ」

「いいじゃないですか、愛妻弁当ですかって言われるだけですよ?」

 

 それが問題なんだよエセメイド。しかも絶対お前はわざと俺が作ったんじゃないってわからせるような仕込みをしてくるに決まってる。ようやくお前の強かな部分を理解できるようになってきたからな。

 まぁあとの理由として、俺は食堂で女に囲まれて食べたいの。そんなところにお前の弁当なんて持ち込めるか。

 

「食堂で女の人食べてるんですか?」

「職場ではヤってねーよ」

「では?」

「そりゃ研修の時とか、短期出張の時にビジホでとかは……っていいんだよこの話は」

「ご主人様、ヤルことヤッてます?」

「どっちの意味だ」

 

 失礼なこれでも仕事はちゃんとやってるさ。じゃないと気ままに仕事帰りに女連れ込んでヤれねーじゃん。いや今はそれすらもしてねーけどさ。そう言うと恵美は少しむくれたような顔で俺の方に近づいてくる。隣に座るのがすっかりデフォルトになった状態で、至近距離に見上げられると、顔が良くてドキッとする。

 

「……なんだよ」

「私、お邪魔って言われたみたいでした」

「そうは言ってねーよ」

「でも、連れ込めないって」

「いいんだよ連れ込めなくて」

 

 俺の言葉に対して、恵美はポカンと口を開けた間抜け面を晒す。なんだよその顔は、と思ったけど俺が性欲強めで女遊びが生きがいのクソ男だっていうのは承知済みだから、それとは反する言葉に驚いたようだった。この家だって、本当はヤリ部屋にするためにわざわざマンションから退去して、ちょっと無理をして買ったんだし。だから二階に幾つか空き部屋もあるしな。

 

「そ、そうですよ、それなのに」

「いいんだよ、そんなガツガツする必要もねーよ」

「……歳ですか?」

「よし、有休取るかな、犯してやるからベッド行くか?」

 

 首を激しく横に振りごめんなさいと謝る恵美、最初から言わなきゃいいものを。

 ただ、その言わなきゃいいを言えるっていうのは恵美が懐いてくれている──もとい気を張らなくていいって意味だろう。

 今の俺にとって、恵美が過ごしやすい環境である方が、ヤリ部屋よりも大事ってことだ。女遊びはここじゃなくてもできるし。

 

「性欲も私にぶつけてくれていいんですよ?」

「お前は遊びになんねーだろうが」

「そりゃ、私の処女を奪うんですからそれなりの責任を取ってもらわないと」

「だから却下だ」

 

 俺の生きがいはあくまで性欲処理じゃなくて後先とか考えなくていい女遊びだっての。恵美はそれを全て過去にして、自分だけにその性欲を向けさせるのが目的らしいけどな。まず恋愛的な関係を目論めよ、なんで身体の関係を目論んでるんだよエセビッチ。箱入り娘が恋愛を知るにはここは環境が悪すぎるようだ。

 

「もうすぐ、雨の季節が来ますね」

「なんだよ、捨て猫のクセに楽しみなのか」

「いいえ雨は、むしろ嫌いです」

「そうか? 俺には楽しそうに見えるけどな」

 

 恵美が驚くけど、窓を眺めながらの一言はとても嫌いで、嫌悪感を向けているとは到底思えない笑顔をしていた。

 雨にどういう思い入れというか、何があったのかは俺にはわからない。恵美も語ろうとはしない以上、俺が気にすることもない。だけど今の彼女にとって少なくとも、雨は何か楽しみがある──それは間違いなく、この朝の時間なんだろう。

 

「行くぞ恵美」

「はい、ご主人様」

「外ではやめろよ、絶対に」

「わかってますよ、ご主人様」

 

 本当にわかってんだろうな。訊ねる前に恵美は既に助手席に乗り込んでシートベルトを締めていた。本当に数分の移動時間しかないってのに、こいつはそのたった数分間の移動を楽しみにしている。まるで鼻歌が聴こえてきそうなくらい、フロントガラス越しに外を眺める顔は、明るい顔をしていた。

 

「またドライブしたいです」

「楽しかったのか?」

「はい! でも、いつかは運転もしてみたいんですよ。そしたらもっと長い距離、二人で行けますよね?」

「ペーパーに任せてたまるか、それだったら新幹線使うっての」

「えー」

「遠出なら酒も飲みたいしな」

「私もちょっと分けてほしいです!」

「お前にゃーにゃーうるさいから禁止」

 

 そもそも未成年だろうが、という野暮なツッコミはしない。そして、その前に親と向き合ってこいという真っ当な大人みたいな言葉は、胸にしまっておくことにした。

 まぁどうせ、そろそろ夏服が必要になってくるだろう。その前にせめて一度家に帰らなきゃならないんだから、またその後家出するのか、親と和解するのかは恵美に任せることにして、俺は近くのコンビニまで車を走らせた。

 

「それじゃあ、行ってきます」

「……行ってこい」

「はい!」

 

 そして、思っていたよりも()()()というのは案外早く、んでもって突然来るもんだ。逃げてきたものから向き合わなきゃいけない時、それは夕方に俺のスマホに掛かってきた一本の電話から始まった。

 

 

 

 

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