夕方に電話が掛かってきたのは、恵美の先輩が組んでるバンドであるワンドルとやらのライブを二人で聴きに行ったその週明けのことだった。俺は恵美からのその電話に珍しいなと思いつつ、タップする。
──だが電話に出たもののしばらく無言で、間違えたか? と首を傾げ、何かを言おうとしたところであいつの声が聴こえた。
「どうした?」
『あ……えっとですね、先生に呼び出されて、多分、デートのことバレたっぽいから呼び出されてますって報告です』
「なんで……いや、不思議じゃねーな」
そういえば恵美の担任はどうやら割とストーカー気味というか、もしかしたら最初は偶然だったかもしれないが、あいつがいつも利用してるはずの最寄り駅とは毎日、違う方向に歩いてるのを知っていたんだとか。
んで、今回はカンベとかいうやつのライブでか。やっぱ俺はなんとなくあの男のことは好きになれねーんだよな。いやカンベとやらのせいじゃねーけどさ。
「なんでバレた」
『チケットもらうってカンベ先輩と話してるところ聴かれてたっぽいです』
前言撤回、あいつのせいじゃねーか。
いやでも校内で一人の女子生徒の会話に聞き耳立ててるおっさんとか、普通にキモ過ぎて引くな。まぁ恵美の身体は見た目から見て男の肉欲をそそるってのはよくわかる。俺なんて常日頃からそれに晒されてるからな。なんなら学生服より際どい格好してる時間の方が長い。
「それで親はまず間違いなく呼び出されると思うんですけど……もしかしたらお兄さんにも連絡行くかもです」
「俺は誘拐の容疑がかかるから連絡はもう警察だけにしてくれ、無視する」
『なんか、そうらしいですね』
そうらしいですね、じゃねーんだよ家出娘。ちなみに未成年が保護者の同意なしに相手が家に泊めると、未成年に同意があっても誘拐の罪に問われる場合がある。一泊とかなら立証も結構難しかったりするらしいが、連日だったり連れ回したりすると間違いなくアウトだ。一ヶ月だし、何回連れ回したよ。
「で、どうするよ」
『どうするって』
「俺はこの際、もう泊めた時点で多少の覚悟はしてたが、お前はどうするんだよ」
『……帰りたくないです』
まぁそう言うよな。単純なケンカじゃねーってのは本人が好きとか言ってたとしても一ヶ月も男の家に泊まるなんて正気とは思えねーことをしてる時点である程度は察せる。
だが、帰りたくないって言っても未成年でましてや18未満ですらある恵美に親の言葉を無視することはできない。ただ、気がかりなこともあるんだよな。そのストーカーになりかけてる担任が、普通の判断してくれねー可能性も多少はあるんだよな。
「あの先輩に連絡しろ」
『カンベ先輩ですか?』
「多少は役に立ちそうだしな、いざとなったら盾にして逃げりゃいいんだよ」
『わかりました』
「じゃあ、俺は早退して待機しとく」
『すみません……ありがとうございます』
電話が切れた。そうか、わかっちゃったか。恋愛じゃない風に見せてはいるがなんだかんだでどうやらカンベくんは恵美のことが気になるようだし肉壁をゲットできる可能性は高いだろう。それに恵美にはああいう男の方がいいとは思う。もちろん本人にその気があるかどうかは考慮するがな。とか言って実のところ俺も恵美が急にいなくなるのが寂しいって思い始めてるからな、末期だ。
「すみません、飼ってるペットが脱走したらしいんで早退させていただきたいんですが」
「そうか、ウチも飼ってるが、心配だよな。いいぞ」
「ありがとうございます!」
またペット扱いして申し訳ない──いやあいつペット扱いで喜んでたな、変態かよ。
そして上司が愛犬家でよかった。うちの猫、デカいし人に見せるとちょっと後ろ手くくられるレベルの犯罪なんで自慢はできねーのがすごく残念だけど、実家が猫飼ってるからそれで誤魔化してる。あいつは一生俺に懐かねーけどな。
「さて、大丈夫かな……」
車を走らせること数十分、来客用の駐車場に到着した俺はそこでスマホを弄りながら待っていた。周囲をチラリと見渡したけど俺以外の来客の車がねーのがちょっと気になるな。電車で二時間かかるところに住んでる恵美の両親が車じゃなくて電車で来るとは思えないんだけどな。
「あ……!」
「よう、大丈夫だったか?」
「うん、まぁね」
数分待っていると、駐車場に向かう制服姿の男女が見えた。片方は俺が待っていた恵美だったが、隣の正統派のイケメンくんは誰だ? 見覚えがあるやつな気がするが、てっきり中途半端にチャラそうな見た目してるカンベとかいうやつだと思ったため、そんな疑問を抱いていると正統派のイケメンくんは俺に向かって少し緊張気味に声を掛けてきた。
「えっと、あなたがカンベの言ってた」
「おう、恵美……こいつは?」
「すみません、
「トーマ先輩に助けてもらった……でいいんですかね?」
「何もしてないから、なんとも言えないけど」
「……何があった?」
詳しい話は家でするよと言われ、助手席に乗せる。ついでに斗真くんも後ろに乗せて近くまで送ってくことにした。こいつはカンベより数倍くらい頼りになりそうだし印象がいいな。いや、あいつの見た目がチャラいのが悪いんだけど。そもそもの言動が俺とは違うって思って、嫌悪感とまではいかないけど、仲良くなれねーんだろうな。
「結論から言うとですね──なんにもなかったんです」
「何も……?」
「はい、両親は連絡には出なくて……でも学校としては警察沙汰にするのは嫌だったみたいで、両親のリアクションを待つってことになって……生徒指導室にほぼ軟禁されました」
「あの担任とか?」
「ああいえ、生徒指導主任の先生と、学年主任と担任です。どうやらランス先輩……えっと本名なんて言ったっけ、とにかくワンドルの人がこの間のことを言ってくれてたみたいで」
ランスくんとやらはどうやら先生には男女問わず信頼をおかれている人物らしい。あだ名の由来はヤリチンだからランスというクソみたいな男らしいが。その人物の証拠付きの告発により担任は縮こまっているだけだったようだ。そこはほっとしたけど、そのまま親からの連絡があったのがついさっきだったんだとか。
「内容は?」
「許可が必要なら出す。夏服も学校に送るから勝手にしろ──だそうです」
「……なんだそれ」
やっぱり、ただのケンカじゃねーんだな。とはいえ、合法? いやほぼ脱法だが、俺は警察のお縄になる可能性はほぼなくなったらしい。そして実質的に親から追い出される形になった子どもがこれでずっと一緒ですね、なんて冗談でも明るく振る舞えるわけもない。うつむき気味に、また拾ってきたばかりと同じ顔をしていた。
家出じゃなくて、本当に捨て猫になっちまったんだもんな、そりゃそうなる。
「恵美」
「はい……」
「今日は俺が飯作ってやるよ」
「あ、いえ私が」
「集中しねーと怪我するから、俺に任せとけ。何がいい?」
「……オムライス」
「わかった」
久しぶりの料理だったが、これが案外うまく行くもんだ。恵美がどうやら事前に時間で米が炊けるようにしていたことに驚きと感謝しながら、どうやら元々オムライスが作りたかったことを知った。炒めてたら隣にやってきてそうやって話していた。暗い表情なのに変わりはなかったが、傍にいられることにほっとしてるのも事実らしい。
「……私のわがままのせいで、あなたが逮捕なんて、後味悪すぎますから」
「恵美は、帰りたくないんだよな?」
「……もう、帰る場所でもない気がします」
「そんなことねーよ。俺にとっても、実家は帰る場所なんだからな」
俺だって、自分勝手がしたくて飛び出したんだ。でも時折帰りたくなって帰る時がある。どんなやつにだって、子どもの頃過ごしていた場所ってのは特別なものなんだよ。だから、帰る場所じゃないなんて言うなよ。ちゃんと家族に向き合うって決めるまでの仮宿なんだからな、ここは。
「……ここが、私の家じゃダメですか?」
「ダメだ」
「え……」
「それは自分で道を決めたんじゃないんだよ。親に放っておかれただけで暗い顔してるようなやつが、言えることじゃねーな」
弱ってるところ申し訳ねーけど、それを単純に認めてやることはできないんだよ。そこで甘えちまうのは悪いこととは言わないけど、ここがお前の家でいいって言えるようになるには、向き合ってないことが多すぎる。自分の道を選んでるんじゃなくて、現実から逃避してるだけなんだ。そこまで強くは恵美に言う必要ないけど。
「嫌です、犯してくれて構いません、性奴隷みたいな扱いでいいから、ご主人様のシたいことなんでもしますから……」
「やめろ、そういうのは」
「……どうして」
どうしてもクソもあるかよ。俺が女遊びを生きがいにしてるのは気持ちよくなりたいだけだ。気持ちよくなるためには相手にとっても気持ちのいいセックスであってほしいってのは俺のわがままみてーなもんだけど、とにかく。そういうプレイは相手がそれで興奮する時だけだ。強引に誘っていいのは、強引に誘われても乗ってくれるって思ってるからなんだよ。
「私はただ、ご主人様の傍に……ここにいたいだけで」
「──次、そのためだけに自分の身体使うって言ったら出てけ」
「……ごめんなさい」
俺は相手が恍惚に喘ぎ、快楽と本能のままに求めてくる、もしくは受け入れてくるのが好きなだけだ。ハードなプレイも、相手と俺がそれでイケるからするだけ。お前が真に性奴隷みたいな扱いでいいんだったら別だけど、お前は俺のことを好きだって言ってただろ、矛盾してるんだよ。
「俺はお前の身体がほしいわけじゃないことくらい、わかるだろ」
「……はい」
「ほら、飯できた」
「私が、ここを自分の家にしたいって言うのも……ダメですか?」
「それは、お前が決めることだ」
懐いてくれるのは別にいいが、逃げ道にしてほしくない。俺に依存しすぎてもいいことなんてなんもねーよ。どうせ、俺なんて誰かと恋人同士になんてなれっこないしな。浮気になるのをわかってて、それでもセフレと連絡を取り続けるだろうよ、俺は。今は置いてもらってる身だからそれでもいいって思うかもしれねーけど、どうせ最後にはケンカすることになる。
──だが、恵美は俺の背中に抱きついてくる。顔を埋めて甘えてくる。
「……恵美」
「ごめんなさい、でも、好きなのは本当です、私が、あなたがいいって思ったから」
「気の迷いだよ」
「……それは、違う、違います」
恵美は縋るように首を横に振ることしかできなかった。恵美は、本当の意味で自分の道を決めるところに立っているんだろう。俺は、それを見守ることしかできない。碧に死ぬほど馬鹿にされた中二的な意味合いじゃなくて、そうしねーと俺に依存してしまうから。それが気の迷いでもそうじゃなくても、俺はもう手を差し伸べた後だからな。