焼肉食って、恵美を送っていってそのまま碧を食って、性欲的な意味でも恵美のわだかまりとしても一応はスッキリすることができた。恵美の両親の言葉通り学校に夏服が送られてきており、無事ではないにしろ衣替えも完了し、新しい日常がやってきた。少しほっとしたのは恵美が相変わらず、どころか前より一層ふてぶてしく家事をこなし甘えてくるようになったことだろうか。
「ご主人様、後一ヶ月ちょっとで夏休みです」
「俺に夏休みはねーんだよ、お盆休みはあるけどな」
「……バカンスは?」
「日本人はバカンス取らないんだよ、残念ながらな」
とはいえ、目をキラキラさせている以上何かを求めているんだろう。どこか行きたいところでもあるのかと思ったらなんとテーマパークのようになっているデカいプールに行きたいと言い出した。また結構な遠出だが、プールか。学生時代はナンパ目的でよく行ったもんだ。そう言うと恵美は頬を膨らませて抗議をしてくる。
「そういうエピソードはいいです。でも、ナイトプールっていうのに興味があるんです」
「……ナイトプールこそそういうエピソードの場所だろ」
夜の暗がりと電飾の雰囲気ある明かりの中、下着同然の男女が過ごす場所だぞ、アダルトな雰囲気になるのがある種当たり前みたいなところがあるんだぞ。なんなら屋外で際どいことしてるカップルとかいるからな。これは俺の経験じゃないからな、決して、それを見つけたってだけで。
「ご主人様とかですね」
「失礼な、相手がムラムラしてきたとかいって──ってお前に聞かせるようなエピソードはねぇ」
「口ですか、手ですか?」
「言わねーよ」
そういうエピソードはいいですとか抜かしたクセにこいつはやっぱり食いついてきやがる。元箱入りの処女だっていうんならもうちょっと
──そもそもナイトプールってカップルで行くかナンパ目的だろ。後は女子会か? SNS映え目当てか。
「それは偏見かと」
「……んじゃあどうしてナイトプールへ?」
「カップルっぽいからです!」
「偏見じゃねーか」
「いいじゃないですか、さり気なく触ってもいいですから」
「相手がお前だとトラップがすぎるな」
ソファに座っている人の膝の上にゴロンと寝転がって甘える体勢だ。俺からの変化はなんだかんだと甘えられて頭を撫でることが増えたくらいか。気持ちよさそうな顔をするので満更でもないらしい。本当にこいつは家出JKとか居候ってよりはペットだな。冷凍庫のアイスの減りが二倍になったことを除くと本当に猫みたいなやつだ。
「また雨いっぱいですね」
「梅雨だからな」
「ご主人様に送ってもらえるの、楽しみにしてます」
テレビの天気予報を眺めながら恵美はふふと微笑んだ。曰く、雨はやっぱり苦手だそうだ。絶え間なく降り注ぐその音と両親の声が重なって聞こえることがあるのが原因なんだそうだ。
両親は口うるさいって部類なんだと思う。虐待とかそういう話じゃなくて、いや現状立派なネグレクトをされているが、そこには触れない方向らしい。
「両親は、特に母は私を
「まぁよくあるやつだな」
「ですね、でも……高校受験で
ああ、たしかに恵美のいる高校ってお世辞にも偏差値めちゃいいところってわけじゃないもんな。本当はもっと高いところに入る予定だったとかでそれが今の失望の直接的なきっかけらしい。
「だから自分の道を決めたい、ってことか」
「はい……いつも言う通りにすれば幸せだって、幸せじゃないのはそんなところにいるせいだって」
「でも、そうは感じなかった」
「だって、クラスメイトはそれぞれみんな色んな方法で充実してて、私は学年トップでも、全然幸せじゃなくて」
だから道を踏み外してみたくなった。進学の時に再び愚痴を吐き出されたことが発端で、両親の考えるいい子にはならないと啖呵を切って、恵美は雨に濡れるのを嫌って飛び出していったってことか。
──それに対して、勝手にしろっていうのはいくらなんでも冷たすぎると思うけどな。
「失望したんでしょう。それとも、もう傷物になって修復不可能だから捨てられたのかもしれません」
「まだピカピカの処女なのにな」
「奇跡的な確率ですよ」
「まぁ、そうだな」
俺だって一歩間違えたらこいつの処女を奪ってたかもしれないって考えると頷くしかない。まぁこれで学費を払わねーとか言われても安心しろと言ったが、どうやら学費は既に恵美が持ってる口座に全て入っているらしく、いちいち入れるのが面倒だったからという理由までついていた。金持ちスゲーな。
「定期代とかも、全部自分で管理しろって言われてました」
「自立心を養ってるのかな」
「いえ、これも志望校に入れなかったからです」
「つか、なんで入れなかったんだ?」
「当日、熱を出してしまって、なんとか朦朧としながら解いてたんですけどマークシートズレてたみたいです」
なんて運の悪いやつなんだ、と俺は素直に同情した。いやマジで残念だな、それは。
──そんな運の悪さが、自分と両親、特に母親との決定的な亀裂になったのだとか。それは間違ってるとか、ヤバい親だななんて言えればいいんだが、残念なことに俺に子育て経験もないし、それが間違ってるとか正しいなんざ、語ることもおこがましい。
「ただ──子どもとしては、もっと、こう個人に関心を持ってほしいよな」
「……そう、なんでしょうか」
「そういうもんだよ」
俺は、単純に両親が忙しくて構ってほしかっただけだったな。今じゃそうやって忙しいからこそ裕福になんの不自由もなくほぼバイトも趣味程度までしかせずに大学出て、独り暮らしもしてるんだけどな。
でも、子どもってそういうもんだろ。構ってほしくて、愛してほしくて、常に飢えてる。
「私は、捨てられた気がして──それをご主人様に求めてるのかもしれません」
「かもな」
「否定してください。じゃないと本当になります」
「俺に親の代わりなんて期待してる時点で破綻してるから、そのうち離れることになるぜ」
「意地悪言わないでください」
恵美はそう言って、不満げな目で俺を見上げてきた。あれな、否定してほしいって親代わりとかじゃない意味での愛に飢えてるって話な。わかっててスルーしてるんだからそんな目で見るな。
そんな甘えたがりで、ある意味でいつも飢えてる恵美をあしらいつつ、俺は頭の中にプールの予定を組み立てた。
「私は、ご主人様が信じられなくて、満たされなくなってしまった愛を、あげたいんです」
「母性は年下に求めるもんじゃないな」
「……また意地悪言いましたね」
「あげたいとか言いつつおねだりの方が得意だけどな、お前は」
「それは、あげる方法がよくわらからないんです……だから」
だから、自分が愛してるって気持ちを、愛したいって気持ちを伝えることで模索してると言いたいらしい。拙く、幼い表現ではあるがその肝心なところで初なところが実に恵美らしいとも言える。
そして俺を揺らす愛ってやつは母性とかじゃなくて──愛してほしい、独占してほしいと叫び出したいくらいのわがままな気持ちなんだと思う。だからってこんなエセビッチJKに心を明け渡すようなことは、しないけど。
「おやすみ、恵美」
「はい……おやすみなさい」
「おう」
「……どうかしましたか?」
「いや」
だというのに最近は特に恵美そのものも緩んでるせいで、そして俺も気を遣わなくなってきてるせいで、こうふとした時に──例えば寝そうな時にふわりとした笑顔を見ると、つい触れそうになる。その頬に手を添えてしまいたくなる。
しかも恵美の何がだめって俺のその緩みをちゃんと見ていることだ。
「一緒に寝ますか?」
「犯すぞ」
「どうぞ」
「嫌がれよ、ちょっとは」
「好きな人と繋がれるのは、幸せですから」
──そう一歩距離を詰めてくる恵美の肩を掴み、俺は部屋に押しやる。処女な上に元捨て猫の分際で俺を誘おうなんて百年早いんだよ。といっても臆面なく、俺に向けて「好き」という魔法の言葉でありつつ単純で、幼稚な表現で篭絡しようとしてくる。それが逆にちょっと安心する自分がいた。閉まった扉に振り返りながら、俺は聞こえないように言葉を吐いた。
「……焦んなよ、恵美」
その相手は俺だけどな。でも恵美は少し急ぎ足に俺との関係を進展させようと多少の無茶をしている印象を受ける。それは本格的に親の庇護がなくなったと、捨てられたと感じたせいか。このまま俺が追い出せば、自分はどうなるという不安があるんだろう。だから焦るし、甘えるし、ああいう短絡的であり幼稚な誘いをしてくる。
「あ、おはようございますご主人様」
「おう……曇りだけど雨は降ってねーみたいだな」
「ですね」
「支度しとけよ、送ってってやるから」
「……いいんですか?」
「いつ雨降るかわかんないだろ」
まぁ、こいつが無駄に甘えてくる理由として俺が恵美に甘いってのは確実にあるんだと思うけどな。俺としても無駄に突っぱねて不安にさせるのはよくないことだと思ってるし、なにより俺と恵美の事情を全て知った碧がそう言ってたからな。こういう時フラットな目線で見ることができる存在は頼もしい。やってることがギリギリ犯罪なこともあるからな。誰かに相談とかできるはずのもんじゃないんだよな。
「それじゃあ、行ってきます!」
「……ああ」
「そこは行ってらっしゃいって言ってほしいです」
「なんだよ、変わんねーだろ」
「変わりますよ」
「わかったわかった……行ってらっしゃい」
「はい!」
梅雨時期はちゃんと晴れないと毎回毎回こんな感じか。辟易しつつも俺はそうなることをどこかで安心しているところもあった。気の迷いを抱いているのは恵美だけじゃないんだよな。相手は俺が今まで相手にしたことのないような女だ。ヤレない、というかヤると後が危ない。しかも俺んちに住み着いた元は雨に濡れる捨て猫みたいなやつで。
──今じゃすっかり、ウチの家猫としてふてぶてしくもかわいらしい笑顔で助手席のドアを開けてコンビニへと入っていった。
「……なんだよ、雨降らねーのかよ」
会社に着いて車を降りるところで恵美がすっかり傘を忘れておりどうしようかと考えて空を見上げると鈍色の雲の隙間から光が差していることに気付いてため息をついた。送り損したな、このまま晴れたら最悪だなとか愚痴を胸に収めた。まぁ結局その通りに午後からはすっかり晴れるんだよな。