恵美はスマホを持っていなかった。理由としては帰ってこないのをGPSとかで探知されると困ると思って駅のホームに叩きつけた上で電車に捨ててきたらしい。なんて行動力、その思い切りの良さがこいつのいいところなのかもしれない。やると決めたらやる、みたいな。
「下ネタですか?」
「その返し、既にこの二週間で聞き飽きた」
「やると決めたらご主人様の性的な意味でのペットになることも辞さないので合ってますけど」
「恵美、ステイ」
「犬じゃないです、猫です」
現在、俺と恵美は高速道路を走っており、この会話中はサービスエリアの入り口へとハンドルを切ったところだった。このペット手が掛からないんだけど、やかましい。
GWの混み方はそこそこだった。家族連れやらカップルやら、大学生と思われるグループなど、様々な人が集まっていた。
「サービスエリア、初めて降りました」
「そうなのか」
「車で旅行とかしたことないし、中学生の時も修学旅行には新幹線でしたからね」
「……なるほどな」
それなら船とか飛行機はあるのかなと思ったら恵美はそもそも海外旅行とかもしたことがないらしい。箱入り娘だな、人生で東京から出た思い出がほとんどないってのは、そりゃ外の世界に憧れが出るわけだ。
俺個人の意見だが、気軽な非日常として何年も思い出を語ることのできる旅行は人生の上で大事だと思う。トークの種にもなるから女ウケいいしな。
「ご主人様ってすぐ女ウケって単語出てきますよね」
「外でご主人様呼びはやめろ」
「失礼致しました」
「それもやめろって」
「お兄さん」
「……おう」
女ウケが頻発するのは俺が女を抱くのが生きがいだからな。そのために努力してきたことで俺のパーソナルデータは構成されてる。まぁ基本的な社交界のマナーは小、中学生の頃に叩き込まれてるからそれを用いてることも多いけどな。基本的には後からモテる男の特徴的なのを全部詰め込んだからな。
「結果、チャラくなりすぎたと」
「そうとも言うな」
「だから車が無駄にカッコよくない、広い感じのやつだったんですね」
「俺としては外車とかいいと思うんだけどな」
「狭いですもん、叔父はミッション? マニュアル? っていう背の低い車乗ってましたけど」
「なーるほど」
そう、カッコいい車って別にモテない。なにせ女は車のカッコよさなんて見てないからな。それより乗りやすくて広い車の方がアドがでかい。なんなら車でヤれる方が強い。人気のない暗がりとか、それこそ誰も来ないなら駐車場とかでもな。個人的な空間を気軽に作り出せるのは強いんだよな。
「そんな人と二人きりでドライブしてるって……もしかして危ない?」
「そんな男の家に寝泊まりしてる時点で気づけ」
「そうでした」
クスクスと笑うJKを連れて、俺は昼飯を食べて再び出発する。後二時間も運転すれば到着するだろう。そう言うと恵美は急がず安全運転でお願いしますとシートベルトを締めながら言ってきた。わかってるって。
ちょっと退屈しのぎに音楽でも掛けてほしいと俺が言うと恵美は頷きつつスマホを操作し始める。
「なんだこれ」
「知らないんですか? 最近インディーズでもプロでもガールズバンドが流行してるんですよ」
「へぇ……そういや碧も知り合いにいるとか言ってたな」
「そうなんですね、私の学校にもバンド組んでる子結構いますよ」
俺が新しく契約したまだ数人の連絡先しか登録されてないスマホから流れる音楽がBluetooth経由で車のスピーカーから流れている。バンドって言うと治安悪いイメージあるけど、ガールズバンドか。かわいいのばっかりかと思ったらロックなのもあるらしい。ちょっと興味湧いてくるな。
「今度ライブとか行ってみるか? チケットとかどこで売ってるのとか知らないけど」
「ホント!? 行ってみたい、です!」
音楽の話をしながら車は目的地へと順調に進んでいく。俺の思い出としてはクラブとかで女遊びするとかくらいだから厳密に言うと音楽系の思い出はないのかもしれない。すると恵美もあんまりポップスとかには触れてこなかったと言っていた。箱入りエピソードと女遊びエピソードに偏りがちな会話だが、思いの外コミュニケーションはスムーズだった。
「ご主人様は一体何人の女の子とお付き合いしてきたんですか?」
「付き合ったのは、二人……いや、三人?」
「少ない!」
「中学ん時の一人を含めると三人、後は高校の時に二人だな」
「大学でお付き合いしてないんですか?」
「恋人は一人も」
セフレは数人いたけど。それは高校の時からそうで、でもまぁ高校はセフレというかもはや浮気だったな。特定の誰かと付き合うのはちょっと無理そうだって高校の時にトラブって、それで碧を頼ることになったんだからな。というか碧との当時はまだ身体とかなかった関係はここから始まってる。
「碧さん、かわいいですよね」
「見た目清楚だしな」
「ちょっと幼い感じもあって、ああいう人がモテるんですかね?」
「セフレとしてな」
「あー……恋人にはできない、的な」
あいつカレシいてもお構いなしにセフレ作ってたし、なんなら本命二人とかのたまってたからな、昔は。お前はああいう女は参考にするなよ、あれはモテるんじゃなくて、リア充でもなくてただのビッチだから。肉棒あれば満足っていうクソ女だから。抱き心地いいし名器なのがクソうざいけど。
「……私は、どうなんでしょうね」
「なに、確かめてやろうか?」
「処女はめんどくさいんじゃないんですか?」
「同意なら考えるけどな」
「嘘ばっかりですね」
「お前だって冗談だろうが」
「冗談と嘘は別物です」
不毛な会話をしていたが途中でナビが次で降りろと指示してくることで、なんとか打ち切られた。
冗談と嘘は別物、か。抱かれるつもりもないのに、まるで俺の反応を伺いながら訊ねてくるのとどう違うってんだろうな。
高速を降りて一時間程、俺たちは徒歩で数分かけて坂道を登りきり、森の中にあるコテージへとやってきた。
ここを拠点に一泊目はキャンプをして、二泊目はこのコテージで、という予定だった。恵美はいつもとは全く違うだろうその景色に目を輝かせ、テラスに出て息を吸い込んで吐き出していた。
「わぁ、涼し〜!」
「この辺は夏だと避暑地になってるらしいからな、夜は多分涼しいどころか寒いだろうな」
「それじゃあ、キャンプも暖かくできる準備が必要ですね」
「そうだな」
都会の喧騒から離れ、山そのものが個人の持ち物であるため、本当に誰もいない空間。そんなところでスタイル抜群のおいしそうな女と二泊三日なんて、外の空気もわからなくなるほどに肉欲に溺れたくなるシチュエーションだ。青姦しても誰にもバレない。野生動物に襲われる心配は結構ありそうだが。
ただまぁ、相手は恵美だからな。最近その状況にもようやく慣れてきたところだ。
「なんだかちょっとしたバカンス気分ですね」
「確かにな、食料は買ってあるらしいから冷蔵庫見に行くか」
「はい!」
さすがにここに配達は来てくれないだろうからな。まぁでもスマホでマップを見たところ山降りて車で十分もすればスーパーあるらしく、またさっきマップを検索した通りネットは通ってるってかWi-Fi設置してあった。ないと生きていけないのは現代人の辛いところだ。ちなみになくても電波は通じてる。冷蔵庫には充分な程の食料が置いてあって、どうやら買い物には行かずに済みそうだ。
「流れ星とか見えるかな」
「流星群とかじゃないんだ、期待するなよ」
「そんなものですか?」
「そんなもんだ」
次に陽があるうちにキャンプの用意をする。コテージから少し離れ、開けた場所を見つけると恵美は青空を見上げながら、そう呟いていた。この見た目だけはビッチくさい箱入り都会っ子は、満天の星空ってのを舐めてるな。だが、その方がリアクションが楽しみだとまるでサプライズを用意するように俺はせっせとテントと、バーベキューのための炭火焼コンロを準備した。
「どうだ、バーベキューも初めてか?」
「そんなことないですよ、家の屋上でしたことあります」
「そうだったか」
「ただ、準備したのは初めてです。焼くのも」
見るからにワクワクしている恵美に、俺はついつい口角が上がる。日が沈み始めたくらいに火を点けて、クーラーボックスを開けて肉や野菜を焼き始める。
いや、焼き始めたのは俺じゃなくて恵美だけど。
「ちゃんと野菜も食べてくださいね、ご主人様?」
「焼肉奉行になってるな、すっかり」
「ふふ、私が焼くからにはバランスよくしますからね!」
ドヤ顔をする恵美がテキパキと焼いてくれるので、俺はかなり楽をさせてもらってる。テント設営のように知識のないことは観察して、時折訊ねながらではあったが、できることになると俺はほぼ何もやらせてもらえなくなる。現在で言うとトングすら持たせてもらえない状態だった。
「なんだかすごく、充実してるというか……楽しいです」
「そりゃいいけど、今回の旅行の主役はお前なんだから。あんまり気を回すなよ」
「そんなつもりはないです……ただ」
「ただ?」
「こんなに楽しくて、いいのかなとは思っちゃいますけど」
本人は家出中だから引け目があるのは当然だ。といっても家出って言ってもそこまでヘビーな話でもない。ただ箱入り娘の遅い思春期の発露ってところだろう。自分が歩いていた舗装された道の外にある「幸せ」があるってことを知って、少し寄り道をしたくなっただけだ。むしろそうやって幸せになれる道を模索してるのを、少し羨ましいと思うところまであるからな。
「上、見てみろよ」
「……わ、なにこれ……!」
すっかりお腹も膨れ、テキパキと片付けをしていた恵美に俺は人差し指を空に向けた。そのまま空を見上げて、恵美は言葉を全て夜空に奪われていった。言葉も、引け目も、全てが紺色の空を埋め尽くす光の粒に圧倒されていた。
「これが……星空!?」
「そう、これが真の意味での満天の星ってやつだな」
「ど、どれが何座ですか? す、すごい……」
「星座なんてわかんねーよ、アプリでも開けばわかるんじゃね?」
「あ、入れてみろって言われて使ってないアプリ」
それを使って夜空にかざせばそこに星座線が反映されるというものだった。そうでもしないとどれが何座かなんてわからないほどに夜空にはたくさんの星が輝いていた。俺も昔、両親に連れられて初めてきた別荘で、最初はマジでなんもねーし、ゲームもできないしでつまんねーと思っていたけど、この空を見て、全てが吹き飛んだ。
「天の川はどこでしょう?」
「さぁな……ああ、まだ登ってきてないみたいだな」
「そうですよね、まだ五月だから」
調べてみると五月の頭は夜中になってからじゃないと見えないらしい。少し残念そうにしているが、そんなに天の川が見たかったのか。そう思ってキャンプの折りたたみ式のイスに座ったまま星空を見上げる彼女の横顔を見ていると、その顔のまま、言葉を紡いでいく。
「私、天の川なんてないと思ってました」
「……ない?」
「だって、見たことなかったから」
「ああ、別に夏になっても都会じゃ見えねーもんな」
恵美は頷く。その日はそのままテントで寝ることにした。夕方に風呂入ったとはいえ気になるかと思ったら恵美はあっさりと寝てしまったようだった。広めのテントの中に布で仕切りを入れて、俺は涼しい風に当たりながら、アルコールを片手にしばらく天の川を眺めて、思い立ったようにスマホの写真に収めた。
──写真は、ちょっとボヤけていたが、今俺が見ている夜空をちゃんと切り取って保存してくれていた。