おしかけ家出娘をペットにした話   作:黒マメファナ

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Part8

 ──雨は、嫌い。濡れるのが嫌いだから。ジトジトした湿気も、春の冷たい雨も、まるで家での生活のようだから。

 家が嫌いだ。お父さんとお母さんが嫌いだ。私は、そんなに真面目な人間じゃない。真面目じゃないと怒られるからそうしてきただけ、真面目じゃないと幸せになれないと脅迫をされて生きてきただけ。

 

「でさ〜? その時美鈴先輩がさケンくんと腕組もうとして〜」

「あの先輩ってホントヤバいよな」

「ビッチってやつ? 俺もワンチャンヤラせてくれっかな〜」

 

 私のような真面目なタイプがああいうのが許せないらしい。確かにああいう陰口は苦手だ。誰かを知らないところで笑い者にするのが理解できない。でも、私は男子の膝に座って時折甘えるようにしているギャルっぽいクラスメイトを、気持ち悪いとか、嫌だとは思わなかった。むしろ、幸せそうで羨ましいとすら思った。

 

「よう、栗原さん」

「ああ、赤坂先輩」

「カンベでいいって、赤坂って慣れないし」

「……カンベ?」

「あ、もしかして知らなかった?」

「はい」

 

 私は残念ながら男性経験がない。だからこういう、裏表のない人に身を預ければ、もしかしたら幸せになれるのだろうか。ふとそんな男性を()()しようとする思考を振り払った。赤坂先輩は優しい人だ。見た目はちょっとチャラいし、バンドやってて、バンドメンバーの中には良くない噂というか、複数の女性を誑かしている悪い先輩がいるらしいし、近寄りがたかったけど、文化祭実行委員で一緒になって、少し壁がなくなった気がした。

 

「あか、えっとカンベ先輩」

「なに?」

「髪の染め方って……知ってますか?」

「……え?」

「ですから、染めたいんです……髪を」

 

 なにより赤坂先輩は、カンベ先輩も楽しそうで、幸せそうで。私も今とは違う場所にある幸せに興味が湧いた。このままじゃ私は、きっといい大学に進学して、いい就職先を選んで、そしていい旦那さんをあてがわれる。それが、幸せだなんて思えなかった。だって、違うクラスの男子と付き合ってるあの子は、赤点ギリギリなのにとても幸せそうだ。カンベ先輩だって、決して頭がいいわけでもないのに、とても充実している。

 ──だってそれは、()()()()()()()()()()()。だから私も、いい子の壁を壊して、悪い子になってみて、そうしたら何かが見えるかもしれない。

 

「おう、カンベ──ってその子は?」

「ああ、一つ下の栗原恵美さん、文化祭実行委員で一緒になったんだ」

「そうか、で? なに、カノジョ?」

「はっ? いやいや、そういうのじゃねーって」

 

 カンベ先輩と、それとその中学時代からのお友達のトーマ先輩に手伝ってもらって薬局に行き、私はやり方を調べて、教えてもらって金色にした。黒とは全く違う、新しい私、悪い子の私だ。元々、親とケンカをして帰る気もなかった私にはちょうどいい。スマホもない、私はこれで家出をすることになった。

 

「なんか悩んでるっぽいけど、なぁトーマ?」

「ああ、オレらでよければキツくなったら頼ってくれていいからな」

「ありがとうございます」

 

 それから、あの子を参考にちょっと制服を着崩してみて、ちょっと恥ずかしくなったけど、近くのコンビニでジュースを買っていたら雨が降り始めて、私は少し濡れてしまったこともあり、くしゃみをしながら雨宿りをしている。段々夜になってきて、でも近くに滞在できるところも知らない私は困っていた。

 

「こうなったら、誰かに泊めてもらうしかない……?」

 

 知らない人に泊めてもらえるのかな? わからないけど、これから家に帰ろうとしている人、それを探して、私は声を掛けた。相手は男の人でもしかしたら、ひどい目に遭うかもしれない、そう思ったけど私は努めて余裕っぽい表情と態度を保ちながら、ねぇと声を掛けると、彼は振り返った。

 

「あん?」

「おじさん」

「……お兄さんって歳だろ、まだ二十代だ」

 

 幾つか言葉を交して、そして身体をジロジロと眺められる。ぞわっとしたけど、やっぱりヤバいかなと思ったけど、私は敢えてそのお兄さんと目線を合わせた。怖かったけど、組んでた腕が震えそうになったけど、私は意を決して、もしくはここで処女じゃなくなっちゃうのも悪い子の第一歩だと半ばやけくそ状態で、男の独り暮らしに転がり込んだ。

 ──そしてそこは、もうすぐ一ヶ月が経つ今では、すっかり私の居場所だった。

 

「いつもありがとうございます、ご主人様」

「ご主人様はやめろ、んじゃあな」

「はい!」

 

 毎朝、私は学校近くまで送ってもらう。といっても結構早いから近くのコンビニで時間つぶし兼、お弁当がない時はお昼を買った。小気味好い音で支払いをした通知がスマホに届く。水族館の時にご主人様に教えてもらったけど、便利だなぁこれ。ただし残高はちゃんと確認しとかないと、管理が難しいのもポイントだ。そうして支払ったものを袋に入れていると、コンビニに見知った先輩の顔が入ってきた。

 

「あ、カンベ先輩、おはようございます」

「ん……だ、誰……デスカ?」

「ええ、誰って、カンベ先輩はそんな酷い人だったんですね……あんなにあの日、熱心にしてくださったのに」

「ごめん人違いだと思うし、俺にそんな記憶はないんですが!?」

 

 ナイスツッコミだ。ううん、やっぱりカンベ先輩は面白い人だね。ご主人様はツッコミもローテンションだし淡々としててつまんないから、こういう新鮮な感じもいいな。

 ──ああ、そういえば誰って言われるのも無理はないか。私、すっかり悪い子な見た目になってるのを忘れてた。

 

「栗原恵美ですよ〜」

「え、栗原さん……え、ああそういや髪染めたから」

「あの後、美容院でちゃんと染め直したんですよ、どうですか?」

「どうって、えぇ……」

「狙ってたのかカンベ?」

「いや、俺はどっちかというと清楚な感じがよかっただけで……」

 

 なるほど、カンベ先輩は清楚系が好みなのか、そういえばご主人様はどうなんだろう。いやあの人の好みは多分歩調が合うか性癖が合うかの二択で、どっちも合う人こそが恋人のレンジに入る気がする。性癖知らないから、碧さんに伺っておこう。連絡先はスマホ買った時にゲットしてるからね。

 

「オレは吾妻大樹だ、みんなからはタイクーンって呼ばれてるんだ、よろしく栗原さん」

「はい、よろしくお願いします、えっと先輩付けにくいので吾妻先輩で」

「おう!」

 

 ちょっと体育会系? みたいな人とも初対面で、その日はそのまま学校まで歩いていった。カンベ先輩が妙にソワソワしてたけど、どうやら髪色で印象もちょっと明るくなった、開放的になったってことで苦手なタイプの見た目になってしまったってことらしい。自分も中途半端にチャラいのに面白い人だ。

 

「栗原、ちょっといいか?」

「はい」

 

 そして、放課後少し呼び出されることになった。ちなみに悪い子になりたいって髪は染めたけど、私の高校は別に禁止されてない。されてたらもっと前に呼び止められてたし、私が参考にしたギャルの子はもっと前に怒られてるだろう。でも、今日は何を言われるのか、もしかしたら両親が学校に連絡したとか? 私はそのまま職員室に招かれる。

 

「最近、何かあったのか?」

「えっと……?」

「困ってることとか、悩みがあるのか?」

「困ってること、悩み……」

 

 困ってること、流石に一ヶ月も料理作ったことないからレパートリーが尽き始めてること。悩み、ご主人様にどうアプローチするのが近道なんだろうってこと。アプローチはおいおい頑張るとして、料理のレパートリーは深刻な問題だ。昨日のデートで料理本を買っておいたから熟読するのが放課後のミッションでもあったりする。冗談はさておき、やっぱり両親に何か言われたかな? 

 

「特になにも、髪を染めたのも気分転換みたいな感じですし」

「そうか、それならいいんだが……いやでも、委員長として真面目だった栗原がどうして髪なんて染めようと?」

「気分転換ですよ? 強いて言うなら少しファッションにも挑戦したかったので」

 

 どうやら白だ。原因は髪を染めたことで何かあったのではと心配になってくれたみたいだ、まぁとっても優しい先生ですね。いや、それだけで動くほど、この人はクラスに興味なんてない。いい子だった私を性的な意味で気に入って見ているのなら話は別だけれど。そっちの可能性もないわけじゃないというのはご主人様との付き合いで把握している。男は結局、器量のいい女を欲の対象として見てしまうのが性根なんだって。美人って言われてちょっと嬉しかった。

 

「い、今はいいけど……大学の推薦に響くかもな」

「……推薦に、ですか」

「あっ、ああ……それは、困るだろう?」

 

 じっとりと、湿度のような視線と、耳障りな雨音のような声。それは私の脚や、胸を経由する。

 ──同じだ、この人の声は両親が私を詰る時によく似ている。もっといい子でいないと幸せになれない、もっと努力をしないと幸せになれない。それが、私にとっての耳障りな雨音でありながら唯一の道標、だと思ってた。

 

「別に」

「え……?」

「別に、困りません。推薦じゃなくても、私は自分の力で行きたいところに行きますから」

「なっ」

「まだ──お話ありますか?」

 

 今の私の道標は、両親でも先生でもない。

 私の嫌いな雨音を消してくれた、傘で覆ってくれたあの人だ。女遊びがひどくて、私のことも結構やらしい目で見て、まるで朝の日差しのような微睡みの幸せをくれる人。そしてあの人は絶対に道を示してなんてくれない。自分で歩けよと背中を押してくれるだけ、でもそれでいい。

 

「失礼します」

「おい、栗原!」

 

 逃げるように職員室を飛び出し、追いかけてきた先生に腕を掴まれ止められる。振り払おうとするけれど、力は強くて私は肩を掴まれて、気づけば壁際に追いやられていた。そして目線が少し胸を経由した。この人は、男はしょうがないとは言われたけれど、担任の先生にそれを向けられるのは少し、いやかなり不快だった。

 

「お前、最近家に帰ってないらしいな?」

「……いいえ、家に帰ってますよ」

「嘘を吐くな、最近駅を利用していない──と、噂があった」

「先生……」

 

 嘘を吐いてるのは、どちらなのでしょうか。そう言いたい気持ちをぐっと堪えた。私にそこまで関心があって、ましてやこの先生の耳に届けることなどないことくらい、私が一番よく知っている。

 すると、先生の言葉は嘘だ。最近駅を利用していないと噂があったんじゃなくて、()()見て知ってるんですよね? それが()()()()()かどうかは、追求しませんが。

 

「家には帰っています、ご心配なく」

「そうは言っても──」

「先生、こんなところで堂々と女子生徒に手ぇ出していいんスか?」

「あ、赤坂……」

 

 そこにいたのは赤坂(カンベ)先輩だった。ニヤっと意地の悪い顔をしつつ、スマホを構えているせいで、先生はパッと離れていく。撮られたと思ったのだろう、その顔は蒼白に引きつっていた。

 

「お前も、三年生だろう! こんなことして、推薦が──」

「──俺、最初から一般ですよ、先生?」

 

 先生はそのままふらふらっと職員室へと戻っていく。怖くないと自分に言い聞かせて平静を保っていたけど、いなくなって圧力が消えたことで脱力してしまった。その自分の身体の反応に初めて、本当は怖かったんだと実感し、少しだけ泣きそうになるのを堪える。

 

「マジで大丈夫か、栗原」

「はい……すみません、助かりました」

「いやぁ、俺もめっちゃ心臓バクバクだった! よかったよ、なんもされてないよな?」

「……大丈夫です」

 

 襲われるって、犯されるってこういうことなんだ。彼が頑なに私を抱こうとしなかった理由がわかった気がした。少し違うけど、あの人はそれを楽しんでいて、なんならそれが生きがいとまで言っている人なのに。私は同時に会いたくて、いますぐあの優しい顔で話を聴いてほしい。

 

「俺じゃほら、あんまり頼りないかもしれないけどさ……最終手段でいいなら俺を頼ってもいいからな」

「……カンベ先輩」

「うん?」

「私、心に決めた相手がいるので口説かれるのはちょっと困ります」

「このタイミングでカミングアウトすんなよ!」

「それでもいいとすると、セフレ立候補ですか?」

「そういうのはちょっと、って勝手にそっちの事情に巻き込まないでもらっていい?」

「私、清い身体でいたいので」

「俺もだよ!」

 

 なんか、こうご主人様と同じくらい会話していて楽しい人だ。暖かくて太陽のような人で、きっと素敵な人なんだなと思う。けれど、私にあの人の熱さはいらない。ご主人様のような、春の朝日のような、涼やかで穏やかで、かつ微睡みを誘うような優しい暖かさがちょうどいい。

 ──今日は何を作ろうか、どんなことを話そうか。そんなことばかり考えていたらいつの間にか雨は止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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