「もっといい人が」同様、原作名は「VOICEROID」ということにしてあります。このサイトではCevio勢もこれに分類されていると思われるので。
お兄ちゃんが嫌いだ。
やたら私に構ってくるし、ときどき汗臭いし、脱いだ服そこら辺に投げっぱなしだし、寝癖なおさないし、家の中でギター弾くし、食べ物の好き嫌いばっかりするし、私のヨーグルト勝手に食べるし。
行かないって言ってるのに、「ライブやるから六花も来て」とか毎回言うし、興味ないって言ってるのに、バンドの話ばっかりするし、やらないって言ってるのに、「六花は高校入ったら何やるの? バンドとかどう?」ってしつこいし。
だから、潮高に入っても、軽音部に入る気なんてさらさらなかった。どこか適当な運動部に入ろう、と決めていた。
「ありがとうございました! 陸上部でした!」
次から次へと、誰かが話したり、叫んだり、よくわからないことをしたり。だいたいそんな感じで、部活発表は進んでゆく。私はそれをぼんやりと見ていた。運動部と言っても、どこか特別入りたい部活があるわけでもなかったから。
「続いては、軽音部の発表です」
それだから、私は、今のところなら陸上部かな、なんて思っていた。そのときまでは。
「えーと、軽音部1ね……2年の、夏色花梨です」
ギターを持って、たった一人で壇上に上がってきたその人は、別に口がうまいわけではなかったし、声が大きいわけでもなかった。
「歌います」
その人が、今このステージで何をやっているかは、たぶん、私が一番よく知っていた。
「すごい……」
だけど、いや、だからこそ、なのだろうか。私の口は、勝手にそんなことを呟いていた。
歌がうまいから。ギターがうまいから。見た目が綺麗だから。どれも違う。
どれも当てはまっているかもしれないけれど、それだけじゃない。
ひとつ、思い出がフラッシュバックした。
私が、まだお兄ちゃんをそんなに嫌いじゃなかった頃の記憶。
お兄ちゃんはずいぶんと変な姿勢で、座りにくそうに椅子に腰かけていた。後に聞いた話だと、机に座って弾いていたらお母さんに怒られたからと、精一杯怒られない範囲でカッコつけていたらしい。
リズムを取るにもカッコつけながら、お兄ちゃんはギターをかき鳴らす。
今のステージの人よりも、ずっとへたっぴなギター。ときおり飛んだり、誤魔化したりする歌詞。
でも、なぜか、そこに何か共通するものがある気がする。
ステージの人の曲は、サビに入ったらしい。一層、声に迫力が増す。
わかった、かもしれない。
どっちも、楽しそうなんだ。ものすごく、歌うことを楽しんでいる。これが好きなんだ! って、心の底から、叫んでいる。どんな言葉よりも雄弁に。
「軽音部でした。ありがとうございました」
だから、あんな風になりたい、と思ってしまった。仕方ないじゃないか。あんなパワーを真正面から受けちゃったら、お兄ちゃんが好きだ嫌いだなんて、どうでもよくなるに決まってる。そもそも、お兄ちゃんごときに、私の入る部活が左右される方が嫌な気がしてきた。
私も、あの人みたいに、お兄ちゃんみたいに、夢中になりたい。音楽が好きだって、ステージで胸を張って叫びたい。
私の足は一目散に部室棟の階段を駆け上がり、私の手はノックすることもなく、その扉を開けた。
「しつれいしまーす! 軽音部の部室って、ここであってますよね!」
お兄ちゃんが嫌いだ。
私よりずっとギターがサマになってるし、私より花梨先輩と仲良さそうだし、相変わらず色々だらしないし。花梨先輩から貰ったって言っても、すっかり忘れておんなじチケット渡そうとするし。
それに、何より。こんなに良いものを、私より3年も早く独り占めしていたのだから。
実はこれ、冒頭のしつこいお兄ちゃんは、人知れず軽音部を存続させようと頑張っていたってやつでもある。六花にそのことの愚痴を言わせていたらできちゃいました。