ルーデウスの双子の姉 - 弟に勝てなさすぎるので本気出す - 作:抹茶れもん
今回は結構苦戦していたんですが、皆さんの応援あってこそ、原作と執筆フォームの反復横跳びを乗り切ることができました。
やっぱり、こうやって書いてると原作をより深く理解できたような気がしていいですね。錯覚かもしれないですけど。
それでは、今回もよろしくお願い致します!
ミリス神聖国。
その首都ミリシオン。
青く澄んだ河と湖、緑豊かな草原地帯に囲まれたそこは、「尊厳と調和」その2つをあわせ持つ世界で最も美しい都市。
遠目からでも見える白亜の宮殿、黄金の大聖堂、銀に輝く冒険者ギルド本部。
私はその人間が作り出した絶景に目を奪われた。
これほど大きく煌びやかな建物は産まれて初めてだったのだ。
帰ってからルディに自慢してあげよう。
ロキシーたちとは冒険者区の出口あたりで別れた。
なんでも、ミリス神聖国で信仰されているというミリス教は他種族……特に魔族に対する当たりが強いことで有名らしい。
特にお母さんの実家のラトレイア家という所は魔族嫌いの筆頭だそうで、余計なトラブルを避けるためにも一旦解散となった。
元々ここまで送ってもらうのが護衛の仕事だったしね。
彼らもしばらくはこっちにいるらしいから、また会うこともあるだろう。
私たちは笑顔で手を振ってお別れをした。
そして私たちはそのまま馬車に乗って、居住区の貴族街に向かう。
冒険者区は雑多な感じもあったが、ここまで来ると清廉という文字がぴったり合うようになってきた。
単純に言うと、豪邸ばっかりなのだ。
ブエナ村とは全くの別世界に来たような光景に圧倒されてしまう。
「……懐かしいわね、全然変わっていないわ」
お母さんは懐かしむように目を細めてそう言った。
冒険者になって飛び出してから一度も帰ったことがない故郷。
感慨深いものがあるのだろう。
「そろそろ着くわ……あぁ、ここよ」
「うわぁ、でっか……」
大きく聳え立つ門、その両脇に佇む獅子の像、門から入り口へと整然と続く石畳の道、豪奢な噴水。
そして奥に鎮座する白く綺麗な貴族のお屋敷。
これがラトレイア家。
お母さんの実家なんだ。
「さ、行きましょうノア。
一応手紙を送って帰る旨は知らせてあるわ。
お行儀良くしてるのよ、あなたのお婆ちゃんはそういうことにうるさいから」
「うん、わかった!」
お母さんは私の返事を聞いて微笑みながら、私の頭に手を置いて優しく撫でてくれた。
出会う人のほとんどに図太いと言われる私でも、さすがにこんなお城みたいな豪邸にお邪魔するとなると緊張する。
お母さんはそれを感じ取ったのかもしれない。
お母さんは勝手知ったると言わんばかりにずんずんと進んでいき、門番をしている衛兵さんに取り次ぎを依頼した。
すると慌てたように彼らは屋敷の内に入っていった。
こうして堂々としたお母さんの姿を見ると、まるで別人かのように頼もしく感じる。
もちろん、普段から頼りになるお母さんだけどね。
なんというか、いつもは着ないような貴族っぽい服を着ているのも相まって、今はすごくロイヤルな雰囲気が出ていた。
ちなみに私も今日はおしゃれをしている。
ドレスとまではいかないが、赤紫を基調とした見るからにお高いフリフリのお洋服だ。
あまりこういう服は着慣れていないから、どちらかと言うと着られていると言った方がいいのかもしれないが。
まぁ、結局日光に当たらないようにローブで全身を隠しているので傍目からはただの白いモコモコなんだけど。
でも服を選ぶのは楽しかったな。
ああでもないこうでもないとお母さんたちと和気藹々と話し合うのは私にとって実に新鮮な経験だった。
お貴族様が毎日おしゃれをしたくなる気持ちもわかろうというものだ。
そうこうしているうちに、屋敷の方から急ぎ足で使用人のような格好をした人たちが出てきて、道の端に2列に並んだ。
そして仰々しく門が開くと、その人たちが一斉に頭を下げ執事さんと思わしき人が
「ゼニス様、ようこそお帰りくださいました。
我ら一同、心よりお待ち申し上げておりました」
「ありがとう。
それと突然の連絡にも対応していただいたこと、感謝します」
お母さんは泰然としていたが、私はその異様すぎる光景に内心ビビっており、一瞬カチンコチンの無表情になった。
「大旦那様は現在遠征中であり、留守にしております。
代わりに大奥様がお待ちです。こちらへどうぞ」
「重ね重ねありがとう。では、お言葉に甘えさせていただきます。
さ、ノアもついてきて」
「は、はいっ!」
私はきょろきょろと辺りを見回しながらお母さんの背についていった。
フカフカのカーペット、綺麗な木目の扉、大理石の壁、そしてそこかしこに飾られている絵や壺などの調度品。
屋敷の中は外観以上に、私にとっては異世界だった。
「それでは、こちらでお待ちください」
「ええ。ノアも座って」
言われた通りに応接室らしき部屋のソファにぽすんと座る。
果たしてどんな人が来るのか。
お婆ちゃんのことは厳しい人ってことぐらいしかあんまり聞いてないから、いまいち想像しづらい。
やっぱりお母さんに似ているんだろうか。
お母さんは厳しいって印象ないからそれだと尚更イメージしにくいなぁ。
「大奥様、こちらでございます」
などと
なるほど、この人が私のお婆ちゃんか。
目尻も眉もキリッと吊り上がっており、これは確かに一目見ただけで厳しそうだという感想が浮かぶほど。
「お久しぶりです、お母様」
「……」
お母さんが立ち上がって挨拶をした。
私なんかとは比べ物にならないくらい流麗な礼だ。
けれど、お婆ちゃんはじっと見つめるだけで何も言わなかった。
見る人が見れば、それは数年ぶりの親子の再会としては実に冷ややかなものに映っただろう。
でも、私にはそれが久しぶりに会う娘に何と言ったらいいのかを逡巡しているように見えた。
「そこのあなたは?」
「あっ、はい! ノア・グレイラットです!
パウロ・グレイラットとゼニス・グレイラットの娘です!
本日からこのお屋敷にお邪魔させて——」
「……声が大きく、はしたない。
淑女であるならば、より貞淑になさい。
どこの田舎娘ですか」
うわぁお。
いきなりの罵倒に面食らってしまった。
いや、私に対する罵倒っていうより、つい口から出た……みたいな?
こんな悪し様に言われたことは初めての経験だが、不思議とムカムカはしなかった。
田舎娘は否定できないからなぁ。
「貴族令嬢としての自覚が薄いようですね、全く……。
それよりもゼニス、あなたのことです」
「はい、お母様」
「……今更のこのこと現れて、何をしにいらしたのかしら?」
「それは、手紙に書いた通りのことです」
「このラトレイアという家の責任と期待を全て投げ捨てて出奔したあなたはもう、この家の住人ではありません。
そのような者が、こちらの返事も待たずに図々しくも押しかけるとは、ずいぶんと偉くなったものですね」
「……」
お母さんの顔が曇る。
言い返そうとして、しかしチラリと私の方を一瞬見て、再度お婆ちゃんに向き直る。
「差し出がましいのは重々承知しています。
ですが、今回は娘たっての願いです。
親として、子の行く末を考えればこそ、今一度この家に戻って頭を下げに参りました。
——どうかお願いします、この子を、ノアをラトレイア家で一時預かっていただけませんか」
「わ、私からも、どうかお願いします!」
「……」
お母さんが頭を直角まで深く下げると同時に、私も同じように頭を下げてお願いする。
おかげでお婆ちゃんの顔は見えないから、何を考えているかはわからない。
沈黙が数秒続き、そしてお婆ちゃんがようやく口を開く。
「……良いでしょう。
その申し出を受け入れます」
「! 本当ですか!? ありが——」
「ただし、条件が一つ」
私たちの声を遮るように凛とした声が響く。
有無を言わさぬ厳しさを孕んだその言葉に緊張が走る。
「あなた達2人、共にグレイラットの姓を捨て、ラトレイアの姓を名乗りなさい。
そうすればこの家に逗留することを認めます」
「なっ!?」
お婆ちゃんが出したその条件に、お母さんが絶句する。
グレイラット姓を捨てる。
それは要するに離婚すれば私を家に泊めてやる、ということだ。
それはあまりにも吊り合っているとは思えない条件である。
特に私にとっては大問題だ。
私はルディのお姉ちゃんとして成長するためにここに来たというのに、ルディと形式上でも家族でなくなってしまうということなのだから。
「それは、いくらなんでもおかしいわ!」
「何がおかしいというのですか。
この家の敷居を跨ぐというのなら、それはラトレイア家の一員という証。
ならば、貴族の淑女として家の名前を背負うのは当然のことです」
「私たちはもうグレイラットの家の者よ!
軽々しくそんなことができるわけないじゃない!」
「ならばこの家の敷居を跨ぐことは許しません。
大体烏滸がましいのですよ、勝手に屋敷を飛び出した挙げ句、今度は家に戻ってきたと思えば身勝手な要求ばかり……はぁ、あなたを産んだことが私の人生最大の汚点でしょうね」
「ッ!! ……わかったわ、お母様。
そこまで言うのなら、お望み通り出ていかせてもらいます。
少しでも期待した私が馬鹿だった!」
「ええ、そう。あなたは大馬鹿者です。
二度と顔を見せることのないように、すぐに出ていきなさい!」
お母さんとお婆ちゃんの口論は次第にヒートアップしていく。
さながら極限まで熱したトウモロコシみたいにどんどんと弾けていき、ついにはお互いが睨み、怒鳴り合い、当初の予定などまるでどっかに飛んでいってしまったかのように取り返しのつかないところまで行ってしまう。
「何をしているのです、さっさと出ていきなさい!」
「言われなくとも、そうさせていただきます! さぁ、行くわよノア!」
そして最後にはお互い立ち上がって罵り合い、耐えかねたお母さんは私の手をぐい、と引っ張って応接室を出て行こうとする。
私は、非力ながら踏ん張って、ソファに座ったまま動かなかった。
「ノア……?」
「お母さん、大丈夫だよ。落ち着いて」
お母さんはそんな私に毒気が抜かれたようで、少し深呼吸をしてから、改めて座り直した。
それから、私はお婆ちゃんの方を真っ直ぐと見据える。
お婆ちゃんは相変わらずの仏頂面だ。
しかし私には、それがちょっとした困惑を表しているのだと、なんとなくわかった気がした。
「お婆ちゃ……お婆さま! まずは名前を教えてくれませんか?
私、お婆さまのことは何度かお母さんから聞いているけれど、お名前はまだ聞いていないの」
「……ラトレイア家の者でない人間に、おいそれと名乗る名はありません」
「そんなこと言わずに! ね、どんな名前なの?」
「……クレアです。クレア・ラトレイア」
「良いお名前ね!」
ふーっ、とわざとらしく溜め息を吐きつつ答えるお婆さま。
うん、やっぱり思った通りだね。
私、この人あんまり嫌いじゃない。
嫌いになる要素しかないけど、嫌いになれない。
「私、お婆さまの考えてること、なんとなくわかるよ」
「……何を」
「お母さんと会えて、嬉しいんだよね!」
「そんなわけがありません。
今のやりとりを見てどうしてそう判断する要素があるのです」
「勘かな!」
そう、言うなれば直感。
直感的に、この人と私は、どこか似ている所があると思ったのだ。
さっきのお母さんとの喧嘩で、それが何となく理解できた。
きっとこの人は、不器用な人なんだ。
そしてその不器用さが、少し私と似ているんだと。
「なんというか、嬉しいけど、すごく怒ってる。
だから、どういう顔すればいいかわからないんでしょ」
「……」
図星っぽい。
私はさらに言葉を続けた。
「お婆さま。
私、グレイラットの家に産まれてとっても幸せなんだよ。
お父さんもお母さんも、私をたくさん愛してくれてる。
弟のルディもすごく可愛くて、強くて、カッコよくて、私の自慢なんだ。
だからさ、なんていうか……あんまり心配しなくていいんだよ。
私もお母さんも、ちゃんと幸せだからさ!」
お婆さまは虚を突かれたように黙っている。
彼女はきっと、意地っ張りでかつ見栄っ張りなのだ。
自分の弱い所を見せたくない。
自分のすごい所を見てほしい。
それは、ルディに対する私のスタンスにとても近いものであるように感じた。
もっとも、私はお婆さまほど不器用なつもりは……いや、私も家出未遂してたな。
人のこと言えないやつだコレ。
とにかく、お婆さまはお婆さまなりにお母さんのことを心配してたから、帰ってきてくれたのが嬉しい。
それと同時に、それくらい気にかけるような娘が自分たちに何も言わずに出ていったことを、とてもとても怒っている。
そして、今度こそ自分の手でちゃんと育てたいと思っている……んだと、私は感じた。
だから私は言ったのだ。
私たちは元気です、幸せです、って。
ちゃんと自立して、家族を作ってる。
それなら認めてくれるはずだって、そう思った。
根拠とかそういうのは何もないけど、直感でわかった。
彼女はお母さんが言ってた通り、見た目ほど悪い人じゃないんだって。
なら、こうやってお互いにいがみあって、せっかくまた会えたのに喧嘩別れなんて、悲しいじゃないか。
それに、お母さんとミリスの話をした時に、私はちゃんと聞いているのだ。
「お母さんは、お婆さまと仲直りしたいって言ってたし」
「ゼニスが……?」
「うん。
お互い意固地になってたけど、いつか機会があったら、謝りたいって。ね! お母さん!」
「ええ、そうね……そんなことも話したわね」
お母さんはそう言って、私の頭を撫でてくれた。
いつも通りの優しい手つきで。
「お母様……ううん、お母さん。
あの時は、勝手に出て行ってごめんなさい。
どうしても、お母さんに決められたままの人生に不安があったの。
このままじゃ、本当に私が求める幸せを手に入れることができなくなるんじゃないかって胸騒ぎがあったから、この屋敷を出て行った」
「……」
「今思えば、もっといいやり方はあったはずよね。
もちろん冒険者になって、尾を引くことが一度もなかったわけじゃないわ。
でも、後悔だけはしてない。
だって……家族がいる今が、こんなに幸せなんだもの」
お母さんはそうして、ふわりと花が開くように微笑んだ。
お婆さまはそれを見て、眩しそうに目を細めてから、ふい、と目線を斜め下にそらした。
一見、相手を軽んじるように見えるそれは、私たちの目にはしっとりと感慨に浸る様子に見えた。
「……はぁ、わかりました。
そこまで言われたなら、私からはもう何も言うことはありません。
あなた達の好きになさい」
「ってことは……」
「いちいち言わなければわかりませんか?
……このラトレイア家は、あなた達の逗留を認めると言っているのです」
お婆ちゃんはこめかみを押さえながら、やや疲れたように、それでも尚、内心納得しているような深い溜め息と共にそう言った。
交渉!成立だ!
「おおぉー! やったーーー! さっすがお婆さま、懐が深い!」
「ふふ、よかったわね、ノア!」
「ですがこの家に寝泊まりする以上、最低限の礼儀は身につけてもらいます。
真面目に取り組まないようでしたのなら、即刻叩き出しますのでそのおつもりで」
「わかったわ! じゃなくて、わかりました! お婆さま!」
「全く……」
こうして私たちのラトレイア家訪問は、つつがなくとは決して言えないものの、なんとか収まるべき場所に収まったのであった。