ルーデウスの双子の姉 - 弟に勝てなさすぎるので本気出す -   作:抹茶れもん

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皆さまいつも素敵な感想、及び評価ありがとうございます。
読んでいて楽しいですし、何よりやる気の源になります!
さて、今回の展開は正直悩みました。
賛否はあるかと思いますが、必要だと思って書きましたので、後悔はない!
忌憚なく感想、評価等をしていただけると作者としても嬉しいです。
そしてお気に入り登録の方もよろしければ是非!
それでは、今回もどうぞよろしくお願い致します!


第十六話 「未熟者」

 私は自分で言うのもなんだが、割と寛容な方だと思うのだ。

 私にも、ルディに勝てない日々が一切ストレスにならなかったと言えば嘘になる程度には、相手に嫉妬したり、不満に思ったり、叫び出したくなることはあるのだから。

 

 ロキシーやお父さん、お母さんたちは私のことも才能があると褒めてくれたし、贔屓目はあっただろうが、自分でも世間一般的には優秀な部類だろうとは薄々思っている。

 それはつまり、自分ほど上手く魔術が使えない人もいるということを、私なりに理解していたってことだ。

 だから、他の人が私にそのことで文句を言ったり、嫉妬したりしてきても、自分だってその気持ちはわかるのだから、相応に我慢しようと自戒をしていた。

 

 だがしかし。

 こりゃあ、あんまりなのではないだろうか。

 

 確かに私の配慮が足りなかった部分はあるだろうし、ここの文化をよく知らずに来た私が悪いのかもしれない。

 でも、私だってここに学びを得るためにきたのだ。

 だから自分なりに真面目に授業に取り組もうとした。

 

 それをなんだい!

 ちょーっと私が早めに魔術を成功させたくらいで、こんな陰湿な嫌がらせをしてくるなんて!

 私なんて同じことを学んでるルディに全戦全敗なんだぞ!

 勝率0%なんだぞぅ!

 他人の足を引っ張る元気があるくらいなら、その手間を魔術の練習にでも充てなさいよ!

 

 そう、私はこの仕打ちに対して、見事にあったまってしまった。

 繰り返すが、私は結構寛容だと思っている。

 しかし、それにも限度というものがあるのだ。

 ヒトガミとの初対面の時も、私は何にもしてないのにあーだこーだと罵られ、結果的に耐えきれなくなり罵り合いへと移行した。

 

 つまるところ、私もまだまだ子供であったということだ。

 ある程度までは許せるが、自分が悪いことをしたという自覚がないのであれば、普通にプッツンしてしまう幼稚さがあった。

 ルディであれば違っただろう。

 あのできた弟ならいくら自分が馬鹿にされようと、事を荒立たずに場を収めたはずだ。

 

 まぁ、なんというか。

 今回のこれはさすがに私のキャパシティをオーバーさせたわけで。

 一度目の嫌味やら無視はまだスルーできた。

 二度目の言いがかりも私の思慮が足りなかったと無理矢理に納得はできる。

 だが、三度目のこの嫌がらせはもう無理だ。

 だって三回目なんだから。

 堪忍袋の緒が切れるのも道理というもの。

 

 ……端的に言って、私はキレた。

 

「ねぇ、これあなたの仕業でしょ!」

「……相も変わらず口の利き方を知らんようだ。

 クク、それになんのことだ? 身に覚えのない言いがかりをつけるとは、これだから庶民は野蛮でかなわん」

「んんん!」

 

 あー、腹立つわ!

 言いがかりというのなら、最初にかましてきたのは一体どこのどいつだってんだい!

 

「あなたお父さんとお母さんに教えてもらわなかったの!?

 人の嫌がることはしちゃいけませんって!」

「……ほう、平民ごときがまだこの中級貴族である私に難癖をつけるか。

 見上げた土民根性だが、果たして自分の愚かさに気づいているのか?

 お前は身分差も考えず、貴族に喧嘩を売っているのだ」

「はぁ!? 先に仕掛けてきたのはそっちじゃん!

 今から謝れば許してあげるから、ちゃんと『ごめんなさい』ぐらい言ったらどうですかっ!!」

 

 男子の顔に青筋が浮かぶのが伺える。

 ちょっと言いすぎたかもしれないとは思ったが、その時は私としても引っ込みがつかなくなっていた。

 自分は悪くない、悪いのは先に攻撃してきた向こうの方であると、薄っぺらな意地に視野が狭くなっていたのだ。

 売り言葉に買い言葉。

 であれば次にくるのは自ずと理解できようというもの。

 

「吠えたな、平民風情がッ!

 そこまで文句を言いたいのなら、決闘でどちらが正しいのかを明確にしてやろうではないか!」

「そんなこと、やるまでもないでしょ!

 あなたが悪い! あなたが謝る! 私はそれを許す!

 それで万事解決よ!」

「ほう……どうやら口先だけだったようだな。

 フン、所詮は平民。一端に文句をつけるだけで、自らでは何をしようとすることもなく、日々をのうのうと生きる人畜であったか。

 親の顔が見てみたいものだ。さぞや愚かしい馬鹿面を晒しているだろうな!」

「なぁーんですってぇえ……!?」

 

 それはなんとも安い挑発であっただろう。

 だが、完全に頭に血が昇っていた私には冷静な判断ができなかった。

 その罵倒が私だけに向くのなら、まだ耐えられたかもしれない。

 しかし、何も悪くない私の自慢の家族さえも馬鹿にされるなら話は別だ。

 なんとしても目の前のいけ好かないやつに、目に物見せたくて仕方がなかった。

 少し考えれば、私にはそんなことできっこないってわかったのに。

 

「わかった! その決闘受けるから! 絶対私が勝つんだから!」

 

 相対する貴族のお坊ちゃんは、いっそうニタニタとした下衆な笑顔を深めていた。

 

---

 

 あれよあれよという間に決闘の準備は進み、私と主犯格と思わしき少年は校外の広場にて向かい合っていた。

 その私と彼を取り囲むように同級生たちが野次を飛ばしている。

 今日は忌々しくも晴天だ。

 いつもは晴れの方が好きだが、今日に限っては曇りとかの方が個人的に嬉しかったよ。

 

 さて、正直に言うと、私は早まった真似をしたことに今頃焦りが湧いてきていた。

 なんせ私はこういったことで勝った試しがない。

 そういう呪いだからだ。

 『人間には勝てない』というこの呪いは、おそらく今回も当然のように適用されるだろう。

 

 それに加え、私が正式な決闘のルールというものに疎かったのも災いした。

 なんでも、こういうものは剣によって決着をつけるというのだ。

 私は剣なんてこれまでの人生で一度も振ったことはなく、今もその慣れない重みに若干ふらついている。

 こんな様で勝つなんてお笑いもいいところである。

 だが、それでも切り抜ける術が残されていないわけではない。

 

「愚民よ。この決闘、()()()()()()()()()()()()()()だ」

「へぇ、そりゃよかったよ」

 

 これだ。

 この勝負条件に唯一の抜け道がある。

 それは、()()()()()()()()()()()ということ以外に明確なルールがないこと。

 つまり相手に剣を当てるまで何をしてもいいってことだ。

 例えば、魔術を使ったりとかね。

 

 作戦は一応立ててある。

 まず、魔術師は基本近づかれれば負けだ。

 この勝負でもそれは同じ。

 だから、近づかせない。

 『泥沼(マッドドロップ)』で足を止め、その間に『土枷(アースカフス)』と『土網(アースネット)』で拘束する。

 そしてその後は悠々と近づいて首筋に剣を突きつければゲームセットだ。

 

 この決闘は()()()()()()()()

 私は人には勝てないから、きっと目の前の男子に対して手に持つ木刀はどれだけ振るおうと空を切るだろう。

 

 なら、最初から当てる気ゼロでいればいい。

 作戦通りに事が進めば、剣を当てていないので私は勝てない。

 だが、周囲の人や当事者の少年はどう思うだろうか。

 手足と身動きを封じられ、剣を突きつけられたらどう思うか。

 実際には負けていなくとも、()()()とは感じるだろう。

 勝負を決さずにこの場を乗り切るなら、これ以外の手はないと私は思った。

 

 もちろん、これは希望的観測が大いに盛り込まれた作戦だ。

 もしかしたら普通にいつも通り負けるかもしれない。

 いや、むしろその可能性の方が遥かに高いだろう。

 じゃあ、負けたらどうなる?

 あんなことを平然とやれる人にこんな場で負けたら、今後どうなってしまうのか。

 緊張と恐怖で手に持つ木刀が湿り、取り落としそうになる。

 

 それでも、強気でいかないと。

 私はここに大人になりにきたんだ。

 目の前の障害だけに神経を注ぐ。

 怖気付いていられるものか——そう思った。

 

 そもそもこんなことになっていること自体、私の未熟であることは、その時はすっぽりと頭から抜けていた。

 

「初め!」

「ッ!」

「何ぃ!?」

 

 号令がかかった瞬間には、すでに私の魔術は発動していた。

 『泥沼』は少年の足を粘着質の泥で絡めとり、先手を取ろうとして踏み出した彼はバランスを崩して膝から地面に倒れ込む。

 

 私はそれを見て、歓喜した。

 外れなかったからだ。

 仮説は合っていた。

 もし間違っていたなら、作戦の起点となるこの魔術は外れていたはずだから。

 私はこれならいけると内心安堵を感じながら、腕と神経は冷静に次なる魔術『土枷』を発動しようとし——

 

「ぐっ!? ア゛ッつ!?」

 

 背中に、燃えるような熱を感じた。

 否。

 実際に、私の背中には火がついていた。

 

「ア、うあぁぁ!!」

 

 あまりに唐突な出来事で、一瞬でパニックに陥ってしまう。

 勝手に服が燃えるとか有り得ない。

 なんで。

 もしかして、周りの取り巻き達が火魔術を?

 熱い。

 早く消さないと。

 痛い。

 お父さんからもらったのに。

 大切にするって言ったのに。

 

「『水滝(ウォーターフォール)』ッ!!!」

 

 頭からバケツをひっくり返したような大量の水を被り、ローブに着火した炎を消し去る。

 特有の焦げ臭い匂いが、私の心臓を早鐘のように打った。

 落下した水の勢いでフードが外れ、陽光が肌をビリビリと刺激するが、そんなものは全くもって気にならなかった。

 慌ててローブを確認する。

 お父さんがくれたローブは丈夫なのか、多少焦げついてはいたが、修繕不可ってほどじゃない。

 よかった、約束を破らずに済んで……。

 

 安堵の溜め息が自然と漏れる。

 それは、決定的な隙だった。

 私が背後に気配を感じた時には、すでに頭を蹴り飛ばされていた。

 

「うぐぁっ!!」

「貴様、高貴なる私の膝に泥を付けるなど……もはや許してはおけん!

 その不遜な態度を叩き直してやろう!」

 

 地面に這いつくばる私に、瞳に怒りとそれ以上の嗜虐心を湛えた少年は足を振り下ろした。

 顔と、腹と、背中と、腕と、足を踏みつけにされる中、私は縮こまってそれに耐える。

 いつしかその暴力行為には、彼の取り巻き達も参加していた。

 

 この決闘は()()()()()()()()()()()()()()

 剣を当てるまでなら何をしてもルールに縛られないのは、別に私の専売特許ではないのだ。

 おそらく、彼らは私を挑発して決闘の舞台まで誘き寄せ、後ろから火魔術で攻撃して隙を作る。

 後は全員でリンチにするのだ。

 そういう計画だったのだ。

 

 私が即席で考えた策より、もっと時間をかけ、根回しをし、権力と人脈という武器をフル活用した。

 それは紛うことなく卑怯な所業だが、その卑怯さこそが彼らの強さだった。

 それに対して、私はなんだ?

 よく考えもせず、安易に挑発に乗って、相手の強さをみくびって、自分の強さに慢心して、挙げ句の果てにこのザマだ。

 今の私は見る耐えない未熟者で、大馬鹿者で、たいそう惨めなやつだった。

 

「ほう、平民にしては中々良いペンダントをしているな」

「! 触るなッ!」

「こんな土まみれの薄汚いものに触れるものか。

 だが、そうまで大切にしているのなら、踏みつけにしてやるのもやぶさかではない」

「あっ……!」

 

 お母さんから5歳の誕生日にもらったペンダント。

 それは何度も何度も踏みつけ、蹴られ、いとも容易く壊された。

 お父さんからもらったローブも焦げ付き、蹴られたせいであちこちがほつれ、土と泥で汚れていく。

 家族を悪し様に言われたことに怒ったのに、その家族からもらった大切な物は、私の短慮のせいで失われてしまった。

 

 いや、本当に私は家族のために怒ったのか?

 自分が罵られたことを、家族が罵られたことに転嫁して、鬱憤を晴らそうとしただけではないのか?

 そうだとしたら、愚か過ぎて笑えてくる。

 こんななりで、大人になるなど笑い話にも程があるというものだ。

 

 私はせめてこれ以上失わないために、ペンダントの残骸を手に収め、必死に蹴撃に耐え忍んだ。

 

 それからしばらく経ち、少年たちは嬲るのにも飽きたのか、はたまた授業の予鈴でも鳴ったのか、いつの間にか姿を消していた。

 ボロボロになり、大の字に寝そべって見上げた空は、決闘前はあんなに晴れ渡っていたにも関わらず、今はどんよりとした厚い雲に覆われている。

 

 今は授業に参加する気は起きなかった。

 ぼーっとしながらも、自然と治癒魔術で傷を癒やしていく。

 上の空のまま、私はあの時どうすべきだったのかを考えた。

 

 冷静になれば、答えは簡単に出てくるものだ。

 ただ下手に出ればよかっただけ。

 どんな嫌がらせを受けても、どんな悪口を言われても、じっと耐え、ヘラヘラ笑ってやり過ごせばよかったんだ。

 そうすれば彼らも自然と私のことを視界から外していただろうに。

 それが、大人の選択というものだったはずだろう。

 

 だが、同時にこうも思うのだ。

 私は本当に間違っていたのかと。

 何をされても言われても言い返さず、奴隷のように傅くことが正解だったのか?

 もしそうだとして、その後はどうなっただろうか。

 味を占めた彼らにいいように使われるだけの、それこそ奴隷のような私がいたんじゃないのか。

 

 ぐるぐると思考が回っては止まることを繰り返す。

 正解とは、果たして何だったのか。

 いや、そもそも正解なんて初めからなかったんだ。

 今までの子供らしい単純な世界には答えが明確にあって、正解と間違いがちゃんと用意されていた。

 でも、大人になればそれは違うんだろう。

 今みたいに、正解なんてない袋小路みたいな問題に何度もぶつかることになるんだ。

 

 そう思ったら、途端に怖くなった。

 私のような無能な未熟者が、そんな厳しい世界で生きていけるのか、不安が胸中を支配する。

 何かをしなきゃいけないのに、何かをするのが怖かった。

 そして、そうやって何も出来ずに泣きじゃくって、殻の内に引きこもってしまう自分を幻視して、惨めで情けなくて怖かった。

 

 そこまで考えて、使い果たした体力と気力に抗えず、私はそっと目を閉じた。

 

---

 

 ぱちりと、目を開けるとそこはいつもの真っ白空間だった。

 覚醒した私の前には、口に手を当てて笑いを堪えるヒトガミの姿があった。

 

「随分としけた面をしているじゃあないか」

「……やっほ、ヒトガミ」

「ククク、君のそんな顔を見るのは初めてだ。

 いやぁ、胸がすく思いとはこのことだねぇ!」

「あーあー、そうですかい……」

 

 私はヒラヒラと手を振って、不貞腐れたような態度をとる。

 それがふと、いつものヒトガミの仕草と同じだと気づき、顔を(しか)めた。

 なるほど、ヒトガミはいつもこんな気持ちだったわけだ。

 そりゃあ、暴言を吐き散らかすのも当然かもね。

 

「まー、ちょっとあっちで色々あってさー。

 自分の無力さ……みたいなのを痛感してるわけ」

「そうかいそうかい! そりゃよかった!

 君にはいつも煮え湯を飲まされてきたからねぇ。

 実に清々するってもん——」

「……ふぅ、悪かったよ。

 今まで失礼な態度とっててごめんね、ヒトガミ」

「……えっ、何? キモ……」

 

 ヒトガミはガチ困惑顔をしてそう言った。

 こいつ、下手に出れば調子乗りおってからに。

 

「まぁ、何かさ。

 久しぶりに、でっかい壁にぶち当たった気分でさ。

 きっと私はあの時選択を間違ったと思うんだけど、それでも本当にそれが間違いだったのか、どうにもわかんなくなっちゃってね。

 こういう時、どうしたらいいのかな」

「……ふぅーん。

 で、具体的に何があったわけ?」

「んー、話せばちょっと長くなるんだけど……」

 

 そして私は事の顛末をヒトガミに話した。

 ヒトガミは興味深そうに話を聞いており、私が話し終えるとニヤリと笑って語りかける。

 

「フフ、なるほどねぇ。

 いやぁ、ミリス貴族ってのは本当にロクな奴がいないもんだ。

 正に、人間のクズってやつだね」

「別にそこまでは言ってないけど」

「そうなのかい? 本当に?

 君はそんなことをされて、全く気にしていないのかい?

 君は一切、彼らに怒りを抱いていないのかな?」

「……そりゃ、当然怒ってはいるけどさ」

 

 ヒトガミは今まで私が見てきたのとは、全く違う雰囲気を放っていた。

 まるで迷える子羊を導く神さまのように、聞く人を優しく諭して落ち着かせるような声で会話を進めていく。

 私は、それがなんだか気持ち悪かった。

 

「だろう? それに考えてもみなよ。

 君は今日、彼らに負けたんだ。

 負けたら今後はどうなると思う? 自分より下だと知らしめた彼らは、一体どういう行動に出ると思うんだい?」

「……いいように扱き使ってくるだろうね」

「その通り。

 君はミリスに魔術の勉強をしにきたんだろう? そんな状態でまともな学習ができると思うかい?」

「……何が言いたいのさ、さっきから」

 

 ヒトガミはいっそうニヤけて笑う。

 その問いかけを待ってましたと言わんばかりだ。

 

「君に助言を与えよう」

「は? どうゆうこと?」

 

 ヒトガミは独壇場に立ったように、流暢に語り出した。

 

「僕はね。

 世界の全てと、そこに住む人間の未来を見ることができるのさ。

 その力を使って、君に彼らを倒す術を教えてあげよう」

「……よくわからないけど、あなた、私のことは見えないって前に言ってたよね?

 それでそんなことができるの?」

「もちろんさ!

 確かに僕は現実での君の姿も、君の未来も見ることができない。

 ただし、君以外は別さ。

 君に危害を加えた連中……彼らが破滅するような未来なら、はっきりくっきり見えるとも。

 君が頷いてくれるなら、僕は快くこの力を貸してあげよう。

 どうだい? 悪い話じゃないだろう?」

「……」

 

 確かにヒトガミの言う通り、このままでは彼らの奴隷コース一直線だろう。

 それでは、私の目的は達成できない。

 彼らは執念深いから、徹底的にやらないとダメなのも理解できる。

 今の状況を打開するのには、ヒトガミの助言に従うのが最も手っ取り早い近道なのだろう。

 私はそこまで考えて、ヒトガミに向き直った。

 

「いや、あなたの助言はいらないよ。

 私一人でやる」

「……僕のことが信用できない気持ちもわかるさ。

 だけどね、君一人で一体何ができるんだい?

 現に今、君は一人で立ち向かってボロ雑巾のようになっているじゃないか。

 大人しく僕の助言を受けるのが、賢い選択というものだよ」

「そんなの、一回負けたぐらいで何ってもんよ!

 私、ルディには余裕で100回は負けてるわ!

 なら、ルディの足下にも及ばないあいつらなんかに、いつまでも負けてばっかりじゃいられない!

 何度負けても最後に一回勝てれば、今はオールオッケーよ!」

 

 ヒトガミは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 いつもの見慣れた光景に、私も調子を取り戻す。

 

「だいたいさ、私あいつらは心底憎たらしいけど、別に破滅してほしいとまでは思ってないよ。

 だって、もしそんなことを私がやってたら、気持ち悪いから!」

 

 いじめの主犯格の少年が、無様に地面に這いつくばるのを想像する。

 それは、確かに胸がすく思いがするだろう。

 でも、それで泣き叫ぶ彼のような人を見て、私は平気でいられるだろうか?

 もしそれで平気そうな顔をしている私を、私が見たらどう思うだろうか?

 きっと貴族の彼らと同じくらいの、侮蔑の視線を浴びせるだろう。

 

「私は、ミリスに魔術を習いにきたんじゃない。

 ルディに誇れる、立派なお姉ちゃんになりにきたの!

 だから、これは私の問題。

 私が自分でなんとかしなきゃならないの!

 あなたの力なんてお呼びじゃないわ!」

「チッ! あぁそうかい! せっかく親切にしてやったってのに、無碍にしやがって。

 どうなっても知らないよ? 今度は殴られるだけじゃ済まないかもしれない。

 君の家族に危害が及ぶかもしれないし、今よりもっと酷いことをされるだろうね?

 君は女で、彼らは男だ。

 ()()()()()()()もあるだろうからねぇ?」

「そういうやり方がどういうやり方かはわからないけど、覚悟はしてる! 今決めた!

 確かに、どう足掻いても失敗するしかないんじゃないかって壁にぶつかるのは、すごく怖いよ!

 だけどっ、でも! それで何にもできなくなっちゃうのは、もっと怖い!」

 

 ヒトガミもまた、いつも通りの横柄な態度に戻っていく。

 そうだ、こっちの方がヒトガミらしくて好感が持てる。

 彼の剥き出しの感情は、私にとって心地よかった。

 もし私が素直に助言に従っていたのなら、もう二度とこの彼の素の表情を見ることはできなかっただろう。

 

「だから、私は戦うわ!

 絶対もう、挫けたりなんかしないからっ!

 今度は勝つわよ、絶対にね!」

「フン、そうかい! じゃあさっさと行ってこいよ、ここから出て行け! 君の顔を見るだけで虫唾が走るんだよ!」

「うん! わかった! 行ってくる!」

 

 そうして、私は立ち上がって歩いて行こうとして、「そうだ、言ってなかった」と思い至り、再びヒトガミに向き直る。

 対するヒトガミはイライラとした表情を隠すことなく、腕を組んで威嚇していた。

 

「ありがとね、ヒトガミ。

 あなたのおかげで覚悟が決まったよ」

「……はぁ? 何を言うかと思えば、君は僕を煽っているのかい?」

「煽ってないよ。ちゃんと感謝の言葉を伝えたつもり」

「君は愚かな選択をした。

 わざわざ遠回りをして、そしてその回り道は必ず良い結果になるわけじゃない。

 未熟者で能無しの君に、僕の助言なしで一体何ができるって言うんだ。

 今からでも頷くと言うのなら構わない。

 チャンスは一回だけだ、どうする?」

「変わらないよ。

 あなたの助言は必要ない」

 

 ヒトガミは歯軋りをして私を睨む。

 自分の思い通りに事が進むと思ったら、急に横道に逸れていって計画が狂った……そう言わんばかりの苛立ちが感じられた。

 きっとヒトガミは、助言によって私に恩を売り、そうしていいように使う駒にしたかったのだろう。

 今まではその機会がなかったが、偶然絶好の機会が巡ってきた。

 これもまた直感でしかないけれど、そういうことだと思う。

 

「私はあなたの駒になることはないよ」

「そうかい。

 なら、君は僕の敵ってことで——」

「私は、あなたの友達でいたいから」

「……は?」

 

 そう、私に助言を与えようとするヒトガミは、私を見てはいなかった。

 いつもの憎まれ口は私を見て言っていたのに。

 それが、ただの都合のいい駒を見るような目になっていたのが、気に障った。

 

「あなたの助言を受ければ、私はきっと楽だったと思う。

 でも、そしたら今の関係は崩れてた。

 あなたが差し手で、私が駒であるだけの、乾いた関係になってた気がするの」

「僕にとってはそれが非常に好都合だ。

 君との時間は不快でしかない」

「うん。多分だけど、私はあなたにそう思っててほしいんだ。

 あなたの、その素の部分が、私は好きだから」

「……」

 

 ヒトガミは、それを聞いて呆然としていた。

 とんでもない馬鹿を見つめる瞳だった。

 

「ん! 言いたいことは言ったから、私は帰るよ!

 やらなきゃいけないことが山積みだもの!」

「……二度と来るな。顔も見たくない」

「嫌だ。また来るよ」

 

 私は踵を返して、歯噛みするヒトガミに手を振りながら無の世界を出て行く。

 あっちでやることは多いのだ。

 ここは心地が良いけれど、いつまでもいられるわけじゃない。

 

 今でも正解のない問題に直面するのは怖ろしい。

 けれど、きっと大人はみんなそうなのだ。

 正解がない問いかけに対して、自分なりに考えて、答えを見つけて、それで得た結果を受け入れなければいけない。

 それが、私がこの貴族学院で学ばなければならないこと。

 

 大人になるっていうことなのだ。

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