ルーデウスの双子の姉 - 弟に勝てなさすぎるので本気出す -   作:抹茶れもん

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第十七話 「己の価値」

 ヒトガミと話した後、目を覚ました私はそのままラトレイア邸に帰宅した。

 目を覚ました時にはもう夕方で、授業もほぼ終わりかけだったからだ。

 

「ノア、どうしたの!? こんなに泥だらけになって……学校で何かあった!?」

「なんでもないよ。ちょっと喧嘩しただけ」

「いや、でも……」

 

 出迎えてくれたお母さんは、ぎょっとして何があったのかを聞いてきた。

 まぁ、「ちょっと」っていうのは無理があったかもしれない。

 なんせ傷は全部治したけれど、汚れた服はそのままだし、いつも首から下げていたロケットペンダントをつけていないのだ。

 私のことをよく見ていてくれているお母さんなら、何か相当なことがあったんだろうと考えるのは自然なことだろう。

 

「大丈夫だから! 明日もちゃんと学校に行くわ! やらなきゃいけないことがいっぱいあるもん!」

「そ、そう……でも、あまり無理はしちゃダメよ」

「わかってるって! 次はもっと上手くやるから!」

 

 お母さんはまだまだ心配そうにしていたが、一応納得して引き下がってくれた。

 私がいつも通りにしていたから、少しホッとしたのもあるだろう。

 お母さんは私がちゃんと一人でできなかったら連れ帰る、と言っていた。

 私はミリシオンに来てからまだ何もできていない。

 だから、ここでお母さんからバツをもらうわけにはいかないのだ。

 

 それからご飯を食べて英気を養い、尋常じゃない疲れを癒すためにぐっすりと眠った。

 明日からは忙しくなるし、ストレスも過去一番にかかるだろう。

 そのためにも、しっかりとした休息をとっておかなければ。

 

 翌日は使用人さん達と同じくらいの時間に起き、手早く支度を済ませて学校に赴いた。

 まだ薄暗く、ちょろっと朝日が出ているくらいの早朝に起きたのは、誰よりも早く学校に到着するためだ。

 遅い時間からじゃあ、絶対難癖つけて絡まれるのが目に見えている。

 そしたら私は動きづらくてかなわない。

 放課後という手もあるけど、貴族達は授業が終わった後も割とお茶会などで残って時間を潰すらしく、動きづらさは日中と変わらない。

 逆に公の場には遅れてくるのが貴族としてのステータスでもあるらしく、朝はギリギリまでやってこないはず。

 だからこそ、誰にも邪魔されることがないと思われる早朝にやれることは全部やっておくのだ。

 

 では、私にやれることとは何か。

 それを考える前に、私はまず達成するべき目標を決めておかなければならなかった。

 それは最終的に私はどうなりたいのか、ということ。

 それはもちろん、ここでしか学べない魔術を身につけることだ。

 

 しかし今のこの状況が続くようであるなら、それは難しいと言わざるを得ない。

 私は形はどうあれ決闘で負けたのだし、彼らに奴隷の如き扱いを受けるだろう。

 それじゃあ、おちおち勉強している暇もないし、お母さんから言われた「成果」も出すことはできない。

 

 故に、今の私に必要なものは()だ。

 それも魔術の技量や剣術の腕前などではなく、この「貴族学院」という特有の場で最も強い効力を持つ力。

 それすなわち、「権力」である。

 私にはそれが圧倒的に足りない……というか、元からそんなもの持ってない。

 その分野のヒエラルキーで言えば、私は正真正銘最下層の隅っこに追いやられている状態だ。

 

 私が決闘で負けたのも、そもそも決闘騒ぎまで発展したのも、私にそういった権力が足りなかったからだと思う。

 だから、この学院で生き抜くためには、彼らが手を出すことを躊躇うような権力を持たなければ話にならないわけだ。

 要するに、これから私がやらなきゃいけないことっていうのは、私自身の権力をつけるっていうことになる。

 

 それじゃあ、権力をつけるっていうのはどうすればいいのか。

 私が目をつけられているのは、中級貴族。

 つまり、少なくともその中級貴族以上の権力を手に入れなきゃいけない。

 彼が逆らえないような地位を持つ存在にならなきゃいけないってことだ。

 そして色々と考えた結果、私がそんな存在になるのは無理ってことに落ち着いた。

 彼らは親が貴族だから貴族なのであって、貴族という地位は子供が努力して得られるとかいう簡単なものではないからだ。

 第一、私も貴族になりたいなんて思わないし。

 

 その代わりに思いついたのが、彼らよりも権力が強い人に守ってもらうこと。

 要は、中級貴族の彼の後ろについていた取り巻き達のような存在になるってことだ。

 それはそれでなんだか癪に障るが、背に腹は変えられない。

 無論、私をイジメてきた奴じゃダメ。

 根本的な解決になってないし。

 

 だから、私が目をつけたのは先生だ。

 教師と生徒。

 この2つには師弟関係という超えられない圧倒的な権力差がある。

 私やルディがロキシーには頭が上がらないみたいにね。

 教師に鍵を刺されれば、彼らだって動きにくくなるに決まってる。

 まぁ、最大の問題はその教師にも私が邪険にされてるってことなんだけど。

 それでも、ただの貴族の生徒よりも、まだ味方に引き入れられる可能性は高いはずだ。

 その一縷の望みに賭けて、私は朝っぱらから職員室に向かって全力ダッシュしているわけである。

 

「——と、いうわけで! ぜひ、お力を貸してください! 彼らにそれとなく釘を刺すレベルでいいんです!

 私は、ここに精一杯学びに来たんです……どうか、協力してください!」

「……」

 

 職員室の扉をお淑やかにノックして入り、担任教員の下にツカツカと歩いて行き、ハキハキとした大声で頭を下げた。

 積極的に無視をしていたこの人に言ったところで望み薄かもしれないが、もしかしたらということも……。

 

「ダメだ」

「……何故ですか」

「そんなもの、単純だ。面倒事にいちいち構っている暇はこちらには無い。

 だいたい、身分差とは絶対なものなのだ。

 本来、平民たる貴様のような者がこの地に踏み入ることすら許されん。

 ラトレイア伯爵夫人のご好意によって君の在学が許可されていることが、いかに異例であるかをよく理解しろ」

「……」

 

 まぁ、案の定袖にされるよね。

 彼からしてみれば、わざわざ他家の諍いに首を突っ込んで、とばっちりを受けるなどまっぴらごめんだという思いなのだろう。

 それに、私だって特別扱いされていることぐらいわかっている。

 だから、一昨日(おととい)は何をされても耐えていたのだ。

 でも、それがいつまでも続き、私一人では改善の余地が見込めないなら話は別だ。

 なんとしてでも頷いてもらわなければならない。

 

「なら、私の価値を証明して見せます!」

「価値だと? ハッ、笑わせるな。

 ラトレイア夫人からは貴様のことは平民として扱って構わないと伝えられている。

 貴様の出自についての情報も提示された……。

 確かにラトレイアの血筋と、アスラ王国の貴族グレイラット家の血を継いでいるようだが、父母共に勘当されている。

 そんな貴様に、由緒あるミリス神聖国の中級貴族、その子息以上の価値があるとでも——」

「私は! 無詠唱で聖級の魔術が使えます!」

「……何だと?」

 

 話は終わりだ、とばかりに捲し立てて追い払おうとする担任教師の言葉を遮って、大声で宣言する。

 私だって、失態から学ぶ。

 ミリスに行きたいと駄々をこねた時、私は要求するばかりで、何も提示しようとしなかった。

 あの時は家族だから結果的に通じたが、今度の相手は赤の他人。

 こっちからも、相手に価値があると思わせなければ、交渉なんて夢のまた夢だって、あの一件で学んだのだ。

 

 だから、私は私が持つ最大の価値を提示する。

 それはもちろん、今までに磨き上げてきた魔術の腕だ。

 これはルディには及ばずとも、一角(ひとかど)のものだという自負はある。

 アピールができるチャンスは一回。

 ここぞとばかりに、全力で私自身の価値を説く!

 そうして認めさせるのだ。

 私のことを、この学院に置いておく価値のある人間なのだと!

 

「私は聖級までの水魔術、そしてその他基本3属性の魔術を上級まで、さらに中級までの治癒と解毒の魔術、その全てを無詠唱で扱えます!

 さらに、私自身が開発した新しい戦闘魔術の技法だってあります!

 私はこの学院に、ここでしか学び得ない魔術を学びに来ました!

 私の魔術はこの学院と、そしてミリスに大きく貢献できます!

 ただの中級貴族では決して成し得ない影響を、この神聖国に与えることができます!

 これでもまだ私には何の価値も無いと、そうおっしゃるおつもりですか!?」

 

 執務机にバン、と手を突きながら、脅すように身を乗り出して、今度は私の番だと言わんばかりの剣幕でそう捲し立てた。

 私の気迫と、その口から発される到底信じられない言葉の羅列に担任は困惑しながらも、平民如きが、という感情のこもった目つきで睨みつける。

 

「そんな戯言、到底信じられぬわ! 平民風情が愚弄するな!」

「信じられないとおっしゃるんでしたら、今すぐにでもそこの校庭で『豪雷積層雲(キュムロニンバス)』ぶちかましてやりますよ!」

「たわけが! 貴様如きに付き合っている時間などないわ!

 口先だけの薄汚い愚民めが、さっさとこの部屋から出て行くがいい!」

「いいえ、絶対に譲りません! 嫌でも認めてもらいます!

 私だって人生かかってるんですよ!

 我が師、水聖級魔術師()()()()()()()()()()()()()()()()()、渾身の水聖級魔術をご覧になるまで、私は梃子(テコ)でも動きませんからー!」

「このっ、愚民が……!」

 

 私の襟首を引っ掴んで強引に職員室から叩き出そうとする担任と、そうはいくまいとぎゃあすか暴れ回る私。

 互いに鍔迫り合いを続ける乱闘騒ぎに、何事かと教師陣達が集まってくる。

 

「落ち着きたまえ、君達。

 そう騒ぎ立てることでもないだろう」

 

 ええい、この際もうここでぶっ放すか——とそう思った時、今しがた外野からやってきた一人の教員らしき初老の男性がよく通る声で待ったを掛けた。

 乱痴気騒ぎに終止符を打つ鶴の一声に、たちまちその場は静まり返った。

 

「君、名前は?」

「……ノア・グレイラットです」

「そうか、良い名だな。

 服装を整えて外に出たまえ。

 この場に居る皆も同じくだ」

「なっ! 貴様、ランジード! 正気か、この者の好きにさせるなど!」

 

 私の襟首を掴んだままの担任が、ランジードというらしい教師に対して怒鳴りつける。

 ランジード先生の右目は眼帯で覆われていて見えなかったが、残る左目には極めて冷静な光を宿している。

 

「彼女の言うことが真実であるなら、一笑に付すことはできませんでしょう」

「冒険者上がりの、魔術しか取り柄のないお前が指図をするな!」

「貴方達が貴族であるなら、尚のこと彼女の言は無視すべきではありますまい。

 貴族とは国家を正しく運営し、更なる発展に努めるもの……国の益になることでしたら、無為にするのはそれこそ神聖国への、ひいては開祖ミリス様への裏切りだとは思いませんか」

「ッ! くそ……!」

 

 ランジード先生はかなりヒートアップしていた担任をいとも容易く論破し、冷静な口調であっという間に宥めすかしてしまった。

 鮮やかなその手腕は惚れ惚れする程のものである。

 彼の作った流れに、渋々といった様子で教師達が外に出て行く。

 

「さあ、君も早く外に出なさい。

 君の言葉が正しいのかどうか……私も魔術に携わる人間の一人として、大いに興味があるのだよ」

「は、はい! あの、ありがとうございます!」

「……ふっ、気にすることはないさ」

 

 ランジード先生は、慌てて頭を下げる私をどこか懐かしむような、穏やかな目で見つめていた。

 

 

 職員室から外に出ると、すでに薄暮時は過ぎ去っており、空は澄み切った青空が広がっていた。

 

「うんうん、絶好の『豪雷積層雲(キュムロニンバス)』日和だね!」

 

 晴天が一息で豪雨となれば、デモンストレーションとしてこれ以上の好機はないだろう。

 辺りを見渡すと、ちらほらと登校してきた生徒達の姿も見受けられる。

 その中には、主犯の少年貴族も混じっていた。

 先生方の大集合に、何事かと野次馬根性を発揮した者達が広場にどんどんと集結していく。

 

 思えば、これほど大勢の前で聖級規模の大魔術を使った経験はない。

 そもそも『豪雨積層雲』自体、おいそれと使うものではないので、私自身の経験値も言うほど多いわけではなかった。

 集中する視線の痛さに、ゴクリと生唾を飲み込む。

 緊張で、ロキシーからもらった杖を握る手も汗ばんでいた。

 

「では、始めてくれ」

「……はいっ!!」

 

 だがしかし、ここが正念場。

 私の学校生活の分水嶺だ。

 踊るように杖を振り、イメージを確固たるものにする。

 ありったけの魔力を絞り出し、空へと送り込み、充満させていく。

 瞬く間に黒雲が青空と登ってきたばかりの太陽を覆い隠し、暴風吹き荒れる嵐を再現する。

 緊張なんて感じてる場合じゃない——全力で、自分にできる最大最高の魔術を、今ここに!

 

「『豪雷積層雲(キュムロニンバス)』ッ!!」

 

 ()めに高らかと魔術名を名乗り上げ、それと同時に収束した雨雲から轟音と稲光を伴う豪雷を地面に叩きつける。

 

「まさかッ、こんな小娘が……!」

 

 いけ好かない担任教師が驚愕に口を戦慄(わなな)かせる。

 中級貴族子息くんもまた、同じような表情だ。

 なんというか、鼻を明かせたみたいで胸がすく思いだね!

 

「よいしょっ、『竜巻(トルネイド)』!」

 

 ひとしきり彼らの度肝を抜かれた顔を堪能して溜まった鬱憤を晴らした後、これくらいでいいだろうと風魔術で雲を散らし、お開きとする。

 まだ少し残っている雨雲から差す陽光は、実に神秘的で美しかった。

 

 私の肌が弱くなかったらフードを取っ払って走り回りたくなるほどに清々しかったが、ぐっと堪えてランジード先生に向き直り、代わりに満面の笑みでピースサインをしてみせる。

 彼もまた驚いているようだったが、そんな私を見てふっ、と苦笑し、パチパチと手を叩いて褒め称えてくれた。

 周りで見ている人達の中にも、それに合わせて拍手をしてくれる人が数少ないがいてくれて、私は初めてこの貴族学院という場所で認められた気がした。

 やばいね、ちょっと、涙が出そう。

 

「素晴らしい、見事な魔術だった! 君ほどの才媛はこの学院始まって以来いないだろう。

 誇りなさい。君は確かに、自分の価値を証明した」

「っ……! はい! ありがとうございます、ランジード先生!」

 

 ガバっと頭を下げて感謝の意を伝える。

 この機会を得られたのは、(ひとえ)にランジード先生のおかげだ。

 彼がいなければ、私はまた彼らに手酷く扱われることが確定していたであろう。

 彼は正しく恩人と言える人だ。

 

「構わんよ、君はよく頑張った。

 さて! この場に集まった諸君もまた、彼女の荘厳にして威風堂々たる水聖級魔術をご覧にいただけただろう!

 これを見てまだ彼女がこの学院に相応しくないと思う者がいるならば名乗りを上げたまえ!

 彼女がこのミリス神聖国を更なる発展へと導くことが、断じて有り得ないと思う者のみ手を挙げよ!」

 

 ランジード先生はよく通る大声で、聴衆にそう言った。

 苦々しい顔をする者は一定数見受けられたが、この空気の中で名乗り出る勇気がある人間はいなかった。

 

「文句がある者はいないようだな! ならば今後、彼女を無碍に扱うことのないように!

 ……おっと、そろそろ予鈴が鳴るな。

 皆、授業に遅れるわけにもいくまい。

 この度はこれで解散とする! 全員、次の授業の準備をしなさい!」

 

 彼の言葉に、弾かれたようにいそいそと校舎内に戻っていく生徒達。

 一部、舌打ちをしたり、敵意ありげに睨んできたり、先生に向かって黄色い歓声をあげる女生徒など、様々な人がいたけど。

 ……ランジード先生はどうやらとても女性におモテになるらしい。

 確かにイケオジだもんね。

 私はもっと童顔の方が好みだけど。

 

「あの、ランジード先生」

「ガダルフだ。ガダルフ・ランジードという。

 この貴族学院で魔術の講師を務めている、しがない召喚魔術師だ。

 気軽にガダルフと呼んでくれて構わない」

「あ、はい。じゃあ、ガダルフ先生で!」

「ああ、そちらの方が耳馴染みがあっていい」

 

 ガダルフ先生はそう言ってにこやかな笑みを浮かべた。

 この落ち着いた雰囲気が人気の理由なんだろう。

 彼に熱を上げる女生徒がいるのもわかろうというものだ。

 

「ガダルフ先生はどうして私を助けてくれたんですか?

 こう言うのもアレですけど、私って結構な問題児だと思うんですよ。

 職員室でも騒いじゃったし……」

「確かに、あれはあまりよくなかったな。

 これからは気をつけるように」

「はい! わかりました!」

「素直だな。良いことだ」

 

 私ここに来て初めて褒められたかもしれない。

 うん、やっぱり自分を認めてもらえるというのは嬉しいことだ。

 

「それで、私が君の手助けをした理由だったか」

「あ、はい。なんでですか?」

「君、ロキシー・ミグルディアの名を出しただろう?」

「はい……あっ! もしかしてロキシー師匠のお知り合い何ですか!?」

「そんなところだ。

 私はもう歳で引退したが、元は冒険者でな。

 彼女とは15年ほど前、一時期共にパーティを組んでいたことがあった。

 言うなれば、その時の縁だ」

「おお〜!」

 

 ロキシーの知り合い!

 なるほどなぁ、謎が解けた。

 どうして私という面倒事の塊を助けてくれたのか、ずっと疑問だったのだ。

 というか、またロキシーに助けられたってことになるのか私。

 今度祈りを捧げておこう。

 

「短い間だったが、私と彼女は命を預けあった友だ。

 友の弟子を名乗る子供を無碍にはしない。

 それに、私も冒険者上がりということでこの学院に馴染むには苦労したからな。

 君は一目で真面目で素直な良い子だとわかったし、才能も感じられた。

 見捨てるには惜しいという思いもあったのだ。

 納得してくれたか?」

「はい!」

 

 貴族学院には性格の悪い人しかいないんじゃないかと思っていたけれど、存外良い人もいるじゃない!

 生徒も全員が全員、私を目の敵にしているわけでもなさそうだし、やっぱり早めに行動しておいて良かった。

 私とガダルフ先生はロキシーの話題を肴にしながら教室に向かった。

 何と一時限目は彼の授業なのだとか。

 我ながらツイてるなぁ。

 やっぱ人生悪いことも有れば、良いこともちゃんとあるもんだね。

 

「ガダルフ先生は召喚魔術を使うんですよね?」

「ああ。使うのは主に精霊召喚だが、基礎として他の分野の魔術もいくつか習得している。

 この学院では、基本的に付与魔術を教えているが」

「付与魔術! 魔法陣とかに使うやつですよね!」

「その通りだ。よく勉強しているな」

「えへへー!」

 

 あ〜、久しぶりに魔術トークができる!

 ガダルフ先生は私のよく知らない魔術についても詳しいようだった。

 

 召喚魔術。

 これに関してはロキシーからもお母さんからも習っていない。

 攻撃魔術や治癒魔術とも別にカテゴライズされており、使い手も少ない。

 それ故、未知の部分も多いそうだ。

 

 私は常々、この召喚魔術が私の呪いを克服するキーになるんじゃないかと思ってきた。

 「呪いが私にかかっているのなら、召喚魔獣に攻撃させればいいじゃない」戦法を使えるかもしれないのだ。

 必ず成功する可能性があるわけではないが、やれることはやっておきたい。

 それに、ミリスで召喚魔術が学べる機会があるとは思ってもみなかった。

 これは千載一遇の大チャンスだ!

 

「ガダルフ先生! ぜひ、私に召喚魔術について教えてください!」

「いいとも。私にできることなら、何でも教えよう。

 ロキシーにも召喚魔術を教えたことはあるのだが、私が至らないばかりに、あまり上手く教授はできなかったがね。

 とはいえ、そうすると君は私の孫弟子にあたるのだし、否やはない」

「ありがとうございます!!」

 

 よし、一歩前進!

 彼は他の魔術の講師にも渡りをつけてくれるそうなので、治癒系統などのミリスで盛んに研究されている魔術もこれから学べるはずだ。

 ようやく上手いこと回ってきた感じがする。

 

「初回の授業は付与魔術についての簡単な説明だ。

 君も席に着きなさい」

「はいっ!」

 

 教室に到着した私は、彼の指示に従い一日ぶりの自分の席に向かう。

 その途中、件の中級貴族くんに憎々しげに睨まれた。

 どうやら彼らはまだ諦めてはいないらしい。

 もしかしたら、また何かしら仕掛けてくる可能性もある。

 先生に釘を刺されたとはいえ、教師が預かり知らないところで何かやってこないとも言い切れないしね。

 

 この通り、問題は全部解決したわけじゃないのだ。

 ただ、明らかに良い方向には進み始めていると思う。

 これが正解なのかはわからないけれど、ひとまず私はこの結果に満足できている。

 

 けれどまぁ、とりあえず。

 私は相も変わらず侮蔑の視線を向けてくる彼らに、あっかんべーをしておいた。


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