ルーデウスの双子の姉 - 弟に勝てなさすぎるので本気出す -   作:抹茶れもん

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ちょっと長引いたので分割しました。
続きはまた近日中に上がる予定です。
それでは、今回もどうぞよろしくお願い致します!



第二十話 「伯爵家の皆さま」

 

 時は半年以上前に(さかのぼ)る。

 私とお母さんがブエナ村を旅立って割とすぐの頃のことだ。

 

「ゼニス、あなた妊娠していますわね」

「へぇ、おめでたじゃねぇか!」

「そうねぇ。ギリギリ、ミリスに着くまでには間に合うかしら」

「このペースで進めるなら出産までには間に合う余裕があるじゃろうな」

 

 旅の途中、ちょうど赤龍の下顎に差し掛かるあたりで、お母さんの妊娠が発覚したのだ。

 

「ロキシー、妊娠ってなに?」

「あなたの新しい弟か妹がゼニス様のお腹の中にいるということですよ」

「!!??!!!!?!!!?!!?」

「だいぶ混乱しているようですね……」

 

 そりゃ混乱もしますわよ。

 その時初めて妊娠の概念を知った私は一瞬世界が丸ごとひっくり返ったかと思ったもんね。

 だって新しい弟妹が産まれてくるとかいう未知の概念に遭遇したんだもの。

 私にとって弟というものは産まれた時から隣にいる自分の半身といった存在であったため、その衝撃はひとしおだった。

 

「男の子かしら、それとも女の子かしら。

 楽しみだわ! ね、ノア?」

「おっおとととうといももももうと」

「ゼニス、お嬢はまだそっとしといてやれ」

「ふふ、そうねギース。

 本当はパウロに見守ってもらいながら産みたかったのだけど、こうなったら仕方ないわ。

 お母様も身重の女なら悪いようにはしないでしょうし、ある意味丁度良いタイミングだったのかもしれないし」

 

 そういうわけで、私に新しい家族ができるようです。

 

---

 

 お母さんのお腹は随分と大きくなった。

 私達がミリスに来て数ヶ月経ったし、環境も落ち着いているため出産には最適だと言えるだろう。

 

 私の最近のマイブームはぽっこりと膨らんだお母さんのお腹を優しく(さす)ってあげること。

 なんというか暖かなものを感じられて、それがとても心地良いのだ。

 これが命の温度というものなのだろうか。

 

「ねぇ、ノア。

 最近、学校はどうかしら? 上手くやっているの?」

「うーん、ぼちぼちってとこかな〜」

「あら、そうなの……」

 

 そう、ぼちぼちだ。

 けれど、一時期と比べてかなり明るいものになったとは自負している。

 お母さんを心配させないためにも、そのことはちゃんと伝えておかなきゃ。

 

「うん。あ、でもね! 良くしてくれる人もちゃんといたよ!

 えっとね、ガダルフ先生はこう……大人!って感じの人で、私に魔術をちゃんと教えてくれるんだ。

 あっ、あとね、あとね、新しく友達ができたの! クリフ先輩って言ってね、すごく魔術の得意な子なんだよ!」

「! そう! それは良かったわね!」

 

 クリフ先輩との一件の後、私と彼はちょくちょく互いに魔術に関しての議論をするようになった。

 彼の知っているミリス神聖国が独占している魔術についての知識は私になく、逆に私は彼の知らない上級の基本属性魔術をほぼほぼ網羅している。

 互いの知識の穴を補い高め合う経験は初めてのことで、私はたいへん満足だ。

 

 今度彼の家に遊びに行って本格的な治癒魔術を扱うという講師と渡りをつけてくれるという。

 いやぁ、実に楽しみで仕方がない!

 ミリスに滞在している間に治癒・解毒・結界・召喚を聖級以上のランクまで習得するのが目標である。

 腕が鳴るよね!

 

 ただまぁクリフ先輩とは学年が違うので、彼と遊ぶのは大抵は放課後か昼休みぐらいしか時間がない。

 それ以外の空き時間や授業などは前と変わらず某貴族くんとバチバチしている。

 

 というわけで、魔術についてはクリフ先輩やガダルフ先生の協力もあって絶好調、しかし人間関係はイマイチ。

 よって私の学校での総評としては「ぼちぼち」なのである。

 

「お母さん安心したわ。

 あなた、あまり学校に上手く馴染めていないようだったから」

「あはは……めんぼくない……。

 というか正直、今もあんまり馴染めてるわけじゃないけどね」

 

 ここ数ヶ月、学校に通ってみてわかったことだ。

 私にはあの貴族学院の堅っ苦しい空気は居心地が悪い。

 やれ格式だの、やれ身分だのと事あるごとにのしかかってくる邪魔なものが鬱陶しくて仕方がないのである。

 

 だが、近頃は入学初期と比べてクラス内での立ち位置も変わりつつあったりする。

 

「でも実は最近、私に話しかけてくれる人も増えてきたんだよね」

 

 ちょうどクリフ先輩との一件で私と彼が懇意にしているということが学校でも知られてきたぐらいから、ちょくちょく会話を続けてくれる人が増えてきた。

 おそらくクリフ先輩の家柄のご威光あってのことで、私と仲を深めた方が中級貴族に目をつけられるよりも得であるとの考えだろう。

 

 私は打算的なものを感じつつも、それを良しと考えている。

 学校とは社会の縮図だ。

 なら、自分の居心地が良いところばかりではないだろう。

 その中で自分なりに落とし所を見つけて、ちょっとずつできる範囲でより良くしていったほうがいい。

 この数ヶ月、学院という荒波に揉まれながら私の出した結論がそれだった。

 

 そういったことをかいつまんで、お母さんにお話しした。

 そしてお母さんは懐かしむように微笑んで言う。

 

「そうね。お母さんもこの国のそういうところが嫌で家出しちゃったもの」

「そうなんだ」

「ええ。でも、ノアは違うのね。

 ちゃんと自分の意思を持ったまま、折り合いをつけられてる。

 誰にでもできることではないわ。

 偉いわね、ノア!」

「えへへー! まぁ、頼りになる人が居てくれたおかげかな!」

 

 私一人ではもっと状況は悪かっただろう。

 もしかしたら未だに(みじ)めな学校生活を送っていたかもしれない。

 そうならなかったのは、ひとえにガダルフ先生やクリフ先輩のような人達がいたからだ。

 これも人の縁、というやつなのかな。

 一期一会の縁というのは得難いものだ。

 こういうのはこれから先も大事にしていきたいよね。

 

「というかお母さん、だいぶお腹おっきくなってきたね」

「そうねぇ。体調も最近は安定してきたから、そろそろかしら」

「そろそろ?」

 

 ということは、もうすぐ会えるんだ。

 新しい家族に。

 どんな子かな。

 でもきっとルディに似てかわいくて、利発で良い子が生まれてくるんだろうな。

 

 楽しみだけど、ちょっと不安だ。

 まだ立派なお姉ちゃんになれたわけではないというのに。

 だってお母さんの言う「成果」とやらも、まだ形すら掴めていないというのに。

 果たして新しく生まれてくるこの子に尊敬されるような人間でいられるだろうか。

 

「大丈夫よ」

「お母さん……?」

「大丈夫。あなたは立派なお姉ちゃんになれるわ。

 だって、私とパウロの自慢の娘なんだもの」

「! うん! 私、がんばるわ! それでがんばって、この子も私のこと自慢に思ってくれるお姉ちゃんになる!」

 

 お母さんはなんでもお見通しだね。

 いつも私のことを支えて、発破をかけてくれる。

 よし! これからも精進あるのみ!

 次の課題は「成果」を残す! そのために今できることを精一杯やろう!

 

 そんな風に私が決意を新たにしたところで、屋敷の使用人さん達が何やらバタバタと慌ただしく支度をし始めた。

 私は気になって、近くを通りがかったお婆さま付きの執事さんに拙いお嬢様口調で話を聞く。

 

「ねぇねぇ、どうしかしたのかしら? 誰かお屋敷にいらっしゃるの?」

「これはお嬢様、ご機嫌麗しゅう。

 ええ。これより我ら一同、遠征よりご帰還なされる御主人様とテレーズ様の御迎えにあがるところにございます。」

「あら、お父様とテレーズが! それは楽しみ。会えるのを心待ちにしていたもの」

 

 お母さんは嬉しそうに目を輝かせた。

 お話を聞くかぎり、この屋敷のご主人様、つまりカーライルお祖父様とお母さんの妹さんのテレーズさんが来るのだという。

 私は話に聞いていただけで会ったことはないが、お母さんがこんなに楽しそうなのだ。

 きっと良い人達なんだろう。

 私も会うのが楽しみになった。

 

「御主人様、並びにテレーズ様! ご帰還です!」

「あら、帰ってきたみたい!」

「ほんと!? 私見てくるね、お母さん!」

 

 たたたっ、と駆け足で玄関まで行こうとする。

 だがしかし! その瞬間、背後に悪寒(はし)る!

 

「ノアさん?

 廊 下 を そ の よ う に 走 っ て は い け ま せ ん よ」

「ヒェッ……お、お婆さま……」

 

 おおっと、ノア選手、これは迂闊(ウカツ)

 テンションの迸るままに駆け出した私を言葉のみで完全に静止させてみせたのは屋敷を切り盛りする支配者、クレアお祖母さまである。

 この人のお説教は圧が世界一なので私は完全に(しつけ)られた子犬のようになってしまっている。

 基本的に正論だから素直に反省する私です。ハイ。

 

「全く……そんなご様子では先が思いやられます。

 あなたはラトレイアを継ぐ者ではありませんが、それでもこの屋敷に滞在する以上、最低限の作法というものを良い加減身につけて貰わなければ困ります。

 罰として今後、礼儀作法の稽古の時間を二倍に延長します」

「なん、だと……」

 

 私は死刑宣告を受けた異教徒のように愕然とした。

 2倍はいくらなんでも罪に対する罰が重すぎやしないかね、お婆さまや……。

 と、私が絶望に打ちひしがれている間に、2人の大人が執事さん達のお迎えを受けて帰還した。

 

「クレア、今帰った。変わりはないか」

「お帰りなさいませ、カーライル。

 ええ。私は見ての通り壮健です」

「それはよかった」

 

 1人はきっちりとした礼服に身を包んだ白いお髭の真面目そうな初老の男性。

 お祖母さまはカーライルと呼んでいたし、きっとこの人がお屋敷のご主人様なのだろう。

 ということは、もう1人の女の人がお母さんの妹のテレーズさんかな。

 確かに、顔立ちがよくお母さんに似ているようだ。

 

「テレーズもよく無事で戻りました」

「……はい。お出迎えありがとうございます、ただいま戻りました母様」

「……ええ」

 

 おおう。

 お祖母さま、なんかお祖父さまの時と比べて空気が剣呑じゃない? 折り合いが悪いのだろうか。

 それにしてはお互いいがみ合っているわけでもなさそう。

 複雑な関係というやつなのかな。

 

「……それで、君が話に聞いていたゼニスの娘かね」

「! はい! ご主人様、ご機嫌うるわしゅう。

 ノア・グレイラットと申します」

「うむ。礼儀がなっているな、良い事だ。

 ゆっくりと滞在していくといい」

「ありがとうございます!」

 

 お祖父さまは仏頂面で眼光が鋭かったので、お堅い人なのかと最初は思ったが、どうやら案外気さくな人かもしれない。

 

「やあ。初めまして、ノアちゃん。

 テレーズだ。君のお母さんの妹で、君にとっては叔母に当たるかな」

「テレーズ叔母さま! ご機嫌うるわしゅう!」

「ははは、素直な良い子だね。

 だが叔母さまはいらないよ」

 

 テレーズ叔母さま……いや、テレーズさまはそう言って私の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 そしておもむろにしゃがんで私をぎゅっと抱きしめながらさすさすと身体をまさぐり大きくスーッと息を吸い込んで——

 

「——これはいいな」

 

 と恍惚とした表情に似合わぬ凛々しい声でそう言った。

 あの、どういう状況ですかコレ……。

 

「テレーズ、おやめなさい。

 なんとはしたない顔をしているのですか。

 武の道に進んだとはいえ、貴女も立派な貴族の出なのですよ」

「……ハッ!? 私としたことが……すまない、ノアちゃん。

 姉様が手紙で娘と息子があんまりにも可愛いと熱弁するものでな、つい気になってしまって……。

 いやしかし、確かにこれはすごい可愛いな……」

「はぁ」

 

 お祖母さまに諭されたテレーズさまは我に返ったように離れたが、未だに目が爛々としている。

 悪い人ではなさそうだけど、ちょっと怖いなこの人。

 近寄らんとこ。

 

「クレア、それでゼニスはどこに?」

「奥の寝室で横になっているはずですよ。

 近々臨月を迎えるでしょうから、安静にさせています」

「そうか。ご苦労様」

 

 お祖父様は声音こそ落ち着いていたが、私は彼が秘かに驚いていることをなんとはなしに悟った。

 

「しかし、君のことだ。

 ゼニスと喧嘩でもしているんじゃないかと思っていたが、仲良くやれているのだね」

「ええ……ですが、それもノアさんのおかげです」

「?」

 

 お祖母さまは私の頭にポンと手を置いて言う。

 

「彼女が私とゼニスの本音を引き出してくれなければ、貴方の予想通りになっていたでしょう、カーライル」

「そうなのか。君はゼニスの優しいところが似ているのだな。

 私からも礼を言おう、ノア。

 クレアとゼニスの仲を取り持ってくれて、ありがとう」

「えへへ、どういたしまして!」

 

 そこでお祖父さまは初めて薄く微笑を浮かべ、屋敷の奥へと歩いていった。

 きっと、お母さんと積もる話があるのだろう。

 家出して数年が経ち、結婚して子供まで産んでいる娘と男親の、水入らずの会話というやつだ。

 ふっ、ここは気を利かせるべき場面だぜ、ノアちゃんよ。

 

「ねぇ、テレーズさま」

「ん? なんだい、ノアちゃん」

「お庭で一緒に手合わせしよ(遊ぼ)ー」

「! ああ、良いとも。

 ゼニスはしばらく動けなくなるだろうからな、私で良ければ羽を伸ばす相手に相応しい活躍ができるだろう!」

 

 というわけで、私はラトレイア家の住人全員とやっと顔を合わせることができた後。

 てっきり追いかけっこぐらいの軽い運動だと思っていたテレーズさまに全力の『水弾(ウォーターボール)』をぶっぱなしまくったのでした。

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