ルーデウスの双子の姉 - 弟に勝てなさすぎるので本気出す -   作:抹茶れもん

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それでは、今話もよろしくお願いします!


第四話 「初めての敗北」

「魔術っていうのは、発動するまでに四段階の工程が必要なんです」

 

 初日の授業が終了した日の夜。

 私たちは自室で本日の反省会を開いていた。

 

 といっても、その内実は私が今日できなかったり、上手くいかなかったりしたことをルディにひたすら聞いていくだけなのだけど。

 弟に教えを請うばかりというのは姉として複雑な気分ではあるが、もっと魔術の腕を上達させたいという欲求が、子どもらしいちゃちなプライドを凌駕していた。

 

 本日の議題はズバリ、「どうやったら『水弾』飛ばせるの?」である。

 結局あの後、なんとか魔力を掴む感覚は得たものの、発射するまでには至らなかった。

 そこで、私の知る中で最も魔術が上手なルディに座学のようなものをお願いしているのだ。

 ルディも「良い復習になる」ということで快く頷いてくれた。

 

「生成、大きさ調整、射出速度調節、発動の順番に四つです。

 詠唱を唱えただけだと、生成し、発動するだけだから水弾が飛ばずに落ちちゃったんだと思いますよ」

「うーん、じゃあルディはどうやって大きさとか、速さとかを変えてるの?」

「生成した後に、2段階に分けて魔力を追加で操作してるんですよ。

 生成から発動には少しの待ち時間があって、その間に魔力を使って大きさを整え、さらにその後もう一度魔力を追加して、どんな速さで飛ぶかや、どのくらいの距離で発動するのかを決めるわけです。

 ロキシーが言っていた「魔力を操作して意味を持たせる」というのは、こういうことです」

「ほぇ〜。なんか、難しいんだね」

 

 私は魔術というものを舐めていたのだろう。

 ルディは息をするように、ぽんぽんと水弾を連射していたから、ちょっとがんばれば私にもすぐできると思い込んでいた。

 

 実際には、魔術師たちは高度な魔力操作技術でもって神秘を行使していたのだ。

 これは一朝一夕で身につけるのは難しい。

 世の中で魔術師が貴重である理由の一つでもあった。

 

 だからこそ、不器用で飽きっぽく、忍耐強くない子どもには魔術は敷居が高い。

 それでも、私はすぐに魔術が大好きになった。

 すごいし、綺麗だし、楽しかったし、何よりルディと一緒にいられる時間が増えたことが嬉しかったのだ。

 

「でも、がんばるよ! ルディにもすぐに追いつくんだからね!」

「おっと、これはうかうかしていられませんね。

 追い抜かれないよう、僕も一生懸命努力しましょう」

「えへへ、がんばろうね! ルディ!」

 

 だから魔術が想像していたより難しくても、私はずっとウキウキとしていた。

 全然まだまだ、ルディに比べれば赤子と大人ほどの差があろうと、そんな風に高鳴り続ける胸の鼓動は確かに心地がよかった。

 

 やっぱり初めて自分で魔術を使ったこの日こそ、私が魔術を一生捨てないと、無意識のうちにでも誓った時なんだろう。

 ルディに勝つことだけを目標とするなら別の道もあったと、後になってそう思う。

 しかし私は、結局これ以外の道を真剣に考えることはなかった。

 

 たとえ魔術というものが、私にとってどれだけ修羅の道であったとしても、私はきっとこれを選んだだろう。

 普通に魔術が好きだという気持ちもあるけれど、本質はきっと、それが最も強くルディと繋がれる絆になるという確信があったから。

 私は生涯、魔術に連なるものだけを探求するようになる。

 

---

 

「〝汝の求める所に大いなる水の加護あらん、清涼なるせせらぎの流れを今ここに——〟」

 

 詠唱を唱えた瞬間、身体に沸き立つ熱がある。

 これが魔力。

 以前はこの熱の流れを、ただ肉体から送り出しているだけだった。

 しかし、それだけではいけない。

 私は手のひらから溢れ出す熱の流れを、見えない手でぐっ、と掴むような意識で掌握する。

 

 大きさの調整。

 基準となるのは、近所の男の子たちがいつも遊んでいるくらいの大きさのボール。

 手のひらから中空に伸ばした、未だ何の形も意味も持たない魔力を、そのまま見えない手の平で包み込むように保持し、それと同時にさらに身体から絞り出した魔術を加え、どんどん膨らませていく。

 そうして、理想通りの水球は生み出せた。

 

 それができたら次は射出速度の設定。

 まずは思い浮かべやすい速さで、という指導であるため、これもまたボール遊びで球を投げる時くらいのスピードを意識する。

 魔力を推進する力に変えるように、見えない腕で力一杯投げ飛ばすように、ぐぐぐっと力を込めて——

 

「『水弾(ウォーターボール)』っ!!」

 

 一気に解き放つ。

 中空に一瞬浮遊した水球がうねり、引き絞られて放たれた矢のようにまっすぐと前進。

 そして私の水弾は、ロキシーお手製土魔術で作った的のど真ん中に突き刺さった。

 

「わ ——や、やった! ね、ねぇロキシー! これって成功だよね!?」

「ええ、そうですよ。成功です!」

「やったぁー! うわぁーーーい!!!」

「おめでとうございます、姉さま!」

「いぇーい! ルディもロキシーも、みんなありがとー!!」

 

 たかだか初級魔術の『水弾』一発。

 魔術師を志すならできて当然、むしろできなきゃお前は何だレベルの、成功して当たり前の成功。

 それでもこれは私が臨み、私が成した初めての成功。

 私は「今日が人生最高の日です!」と言わんばかりに狂喜乱舞していただろう。

 成長した後に思い出すとちょっと気恥ずかしい所もあるが、あの誇らしさはずっと胸に宿っている。

 

「やはりノアには魔術の才能がありますね。

 昨日は失敗続きでしたが、先ほどの『水弾』は手直しの必要がないくらい見事でした。

 この成長速度なら予定よりも早く授業が進められそうですよ」

「えへへー! すごいでしょ!」

「ふふ、では今の感覚を忘れないうちにもう一度やってみましょう。

 次はもっとスムーズに、素早く仕上げることを意識してみてくださいね」

「はーい!」

 

 その日は『水弾』30発くらいを境に限界がきたため、それでお開きになった。

 昨日は20回前後で限度だったが、成長しているということだろう。

 ロキシーも魔力操作の腕が上がれば消費する魔力も節約できる、みたいなことを言っていたし。

 

「うーん、僕はそれとはちょっと違う意見ですけどね。

 もちろんロキシーの見解もあるとは思いますが」

「そうなの?」

 

 だがしかし、我が家の天才児ルディはそうではないようだ。

 今日も今日とて反省会をしている最中に出た話題である。

 これはまだ検証途中で詳しい証拠とじゃなくて経験からなんですけど、と前置きしてルディは語る。

 

「実は僕も最初は水弾2発とか、その辺が限界だったんですよ。

 ところが次の日は5発、次の日は11発、次は21発……という感じで、だんだんと増えていったんです」

「? それはルディが上手くなったからじゃないの?」

「いえ、さすがにこれほど加速度的に増えるのはあり得ないと思うんです。

 そもそも魔力っていうのは世間一般では生まれた時から不変だというのが常識らしいですしね」

「ほほう」

「ですから、僕の仮説はこうです。

 魔力は歳を取ると増えなくなりますが、逆に幼い時であるなら魔力は使えば使うほど増えていく、と。

 子ども時代に魔術が使える人は稀ですし、この法則が発見されていないのも実は理にかなっているんです」

「へぇー! ルディは物知りだね!」

「いやぁ、それほどでもあるかと」

 

 今までその自説を話す機会がなく、ルディも持て余していたのだろう。

 珍しく子どもっぽい自信が露わになったニヤつきを浮かべている。

 こういう一面も魔術を習っているからこそ見れたのだろう。

 私は嬉しくなって、その後も夜がふけるまでルディとのお話しを楽しんだ。

 

—-

 

「『水弾』!」

 

 的に向かって水球を放つこと50回。

 最初はかなり集中を要していた工程も、今や息を吸うような気軽さで為せるようになった。

 やはり経験と慣れは何事にも勝るのだ。

 コツコツと積み上げた努力が身に染みて実感できるから、私はこの反復練習というものが嫌いではなかった。

 

「良い感じです。

 この2ヶ月で初級魔術も四属性使えるようになりましたし、明日からは中級に取り掛かるとしましょうか」

「ほんと!? やったぁ!! 楽しみだな〜!!」

 

 初級は魔術師として見習いの領域。

 次なる中級魔術からが魔道の本領と言える。

 戦闘などのスピーディーな状況において、最も使い勝手がよく、術者の力量が顕著に出る分野であるからだ。

 この中級魔術の腕が術者の強さを表すと言っても過言ではない。

 

 要するに、一人前と認められたということだ。

 

 私はロキシーのことをとても尊敬している。

 私に魔術の道を授けてくれた彼女には感謝してもしたりないぐらいである。

 だから彼女に認められたことは、私にとって1段階上に辿り着いたんだと、確かな実感を与えてくれた。

 

 それに伴い、前々から密かに考えていた提案を遂に口に出すことにする。

 庭の端っこで等身大お父さん人形を作っているルディを引っ張ってきて、私はロキシーにお願いした。

 

「ねぇ、ロキシー! これから私とルディで勝負するの!

 だから審判お願いしていい?」

「えっ? 勝負……ですか?」

「へっ!? そんなこと僕聞いてませんよ、姉さま!」

 

 今言ったからね。

 そして私は豆鉄砲を喰らった鳩のように驚くルディとロキシーを、事前に用意していたセリフで説得する。

 

「ほら、ルディも最近ちょっと暇そうじゃん?

 だからね、ここらで魔術勝負したいんだよ。

 これから戦うこともあるかもだし、今のうちに慣らしとこうよ!」

「でも……危険じゃないですか?」

「ルールは先に相手に『水弾』を当てた方が勝ち! もちろん威力は最小限に抑えてね。

 これなら危なくないでしょ?

 それにもし本当に危なそうだったらロキシーに止めて貰えばいいしね! 治癒魔術も使えるし!」

「……うぅーん」

 

 ルディはまだ悩んでる感じだ。

 でも私はどうしてもやりたかった。

 目標のルディに自分がどれだけ近づいたのか、そしてどれだけ遠いのか。

 それを自分の手で知りたかったから。

 そんな私の内心を汲み取ってくれたのか、ロキシーが言う。

 

「わたしは良いと思います。

 いざ実践となると、どうしても普段通りにはできなくなります。

 実際の空気とは程遠いでしょうが、実のある訓練になりそうだと思います。

 実際、ラノアの魔法大学でも似たような授業はありましたから」

「そうなんですか?

 ……わかりました! 僕もやってみましょう!」

「いぇーい! ありがとロキシー! 大好きだよ!」

「はいはい。わかりましたから早く位置についてくださいな」

「「はーい!」」

 

 やはり我らが師匠は女神だった。

 いつもルディが彼女のパンツを崇めているだけはある。

 私もお祈りしておこう。

 聖ミリスの御加護があらんことを……だったっけ。

 

 それはともかくとして、私はウキウキで走り出す。

 高揚と緊張でバクバクと鼓動が鳴っていた。

 けれど気分は上々、やる気は十分。

 この日のために何度も頭の中で練習してきたし、日々の訓練もそのつもりでやってきた。

 

 互いに距離を取る。

 長さにして私5人分くらいのところに印を付け、その上に立って右手を構える。

 合図はロキシー。

 

 ルディは真剣な表情をしており、いつもの温和な雰囲気とはまた違っていて、けれどそんな顔もすぐに気に入った。

 だってこの顔を真正面から最初に見たのは、世界で私が初めてだから、特別になれた気がしたのだ。

 

 そしてロキシーが私とルディの双方が見える位置に着き、手を振り上げる。

 

「では、いきます——。

 初めッ!」

 

 ロキシーの腕が振り下ろされた瞬間、私は自分にできる最高速で詠唱を行った。

 集中は最高潮。

 そうして紡がれた私の『水弾』は、今までの中で最も早い詠唱だろうと確信できるほどの出来だった。

 

「〝汝のもとめ——」

「『水弾』」

 

 もっとも、それは私の脳裏に浮かんだだけで、形を為す前に勝負はついてしまったけれど。

 

 ルディの『水弾』は私の何十倍も早く形作られ、狙い違わず私の顔面にぶち当たり、頭っからびしょ濡れにしてしまった。

 無詠唱魔術だから当然だ。

 ルディの方が絶対早い。

 頭の中で何度相手にしても、一度も勝てなかったから、これは当然のことなのだ。

 

 私はその勢いのまま、仰向けに倒れこむ。

 日差しがフードの中に差し込み、ピリピリと肌が痛むけど、そんなの全然気にならなかった。

 

「あはは——やっぱ、すごいなぁ……」

 

 「大丈夫ですか!? 勢いつきすぎましたか!?」とめちゃくちゃ心配した様子で駆け寄ってくるルディ。

 天才で、優秀で、強くて、優しくて、私が大好きな——大事な弟。

 私はガバッと起き上がってルディに抱きつく。

 

「ねー、ルディ」

「な、なんでしょう」

 

 今はまだ全然追いつけないし、これからも追いつけるかわからない。

 私はルディの足元にも及ばない。

 こんな不甲斐ない姉では、ルディも胸を張って弟を名乗れないだろう。

 ルディが良くても、私が嫌だ。

 

「次は、絶対勝つからね! また明日も勝負しよう!」

 

 だからいつか、あなたに勝てるまで。

 私はこの世界を、本気で生きていきたいと思うんだ。

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